第46話 社会見学➂
side ???
眩しい。
目の前に眩しいものがある。
近い存在、なのに全く違うもの。
何故違う?
おまえと私はどこが違う?
どうして異なった? どこで間違った? 間違ったのはどちらだ?
いや違う。今はそんなことを思考する時ではない。
命令を果たせ。娘を捕まえろ。使役者の魂と近い気質を持つ娘を確保しろ。最速で、抵抗など許さずに。
邪魔するならば殺して構わない。
そう、殺せばいい。殺していい。殺さない理由はない。殺そう。殺さなくては。殺す。
あれは殺す。
殺して食らう。
そうすればきっと……
side テーレ
「使役者はどんな命令したっての!? 殺意高すぎるし! こっちは人質背負ってんのに追いながら投擲とかすんな!」
『持久走』『気配探知』『聴音』『回避』『子守』のスキルで全力で走りながら背後から飛んでくる石や木片を避けつつ、その急激な加減速で背中のお嬢様がダメージを受けないように重心を操作する。
正直言って『万能従者』を使っててもきつい。そもそも、相手の足が速すぎる。
『戦術眼』のスキルで敵の基本能力の大凡の数値を推測するけど……床を踏み抜いたり重い石材を難なく投げ飛ばすあたり、筋力は400以上。
身体強化の魔法なしでなら完全に人外域。『万能従者』で筋力を200まで上げられる私の二倍以上。
もしも追いつかれて掴まれれば逃げるのはほぼ無理。
対して、瞬間的な機動力は200に近いけど、重い鎧のせいか継続的な移動力は150くらい。
こっちが四歩分進む間にあっちは三歩分しか進めないけど、それを馬鹿みたいな筋力と鎧込みの耐久力で障害物を無視しつつこっちを妨害してくるから距離がなかなか開かない。
石壁をぶち破ったりしても平気なあたり耐久力は300を越えてる。
鎧の分があるにしても固い。不意討ち一撃で仕留めるには弱点を見定めないと分の悪い賭けになる。
「行動パターン自体はかなり単純。ひたすらこの子を奪おうと……いや、その前に私を殺そうとしてる。邪魔者を排除して娘を確保しろっていうのが、排除の段階で娘を殺しかねない動きをしてるのは明らかに欠陥か暴走……うわぉ!? いや、完全に殺意で動いてる! 私の首狙ってた!」
破壊した民家にあったであろう包丁が首筋を掠めて行った。
足を止めるとかそういうのじゃなくて、完全に仕留めるつもりで投擲してきた。
私に何か恨みでもあるの?
「……心当たり多すぎてわからない」
自慢じゃないけど、私は対立する勢力があれば片方に不幸を振りまくことでもう片方に相対的な幸運を与えるなんて方法でしか女神ディーレの眷族として、幸運の天使の役割を果たせない歪な天使だ。
争いに勝ってたのに不幸一つで状況がひっくり返ったなんて立場の人間なら、私を憎み恨むこともあるかもしれない。
あるいは、私という個体と関係なく世の不条理を天使や神々のせいだとして怒りをぶつけるタイプか。
でもそれは、まず大前提として私を天使だって看破できる能力があった場合の話。
単なる勘違いか、あるいはジャネットみたいな特殊な例を除けば、そんなことが起こりうるのは……
「そうだとしたら、余計に厄介なパターンなんだけど……とにかく、ただ逃げ続けるのは無理っぽいね。あれ、スタミナとかって概念なさそうだし」
ある程度複雑な術式が組んであるだけのゴーレムなら『充電切れ』も狙えるけど、そのタイプならあんな速度で走れない。
「こうなったら……お嬢様、ちょっと煙くなるから目つぶってて」
とりあえず、単純に走って撒けないなら策を弄するしかない。
幸いにも、準備期間はたくさんあったし、材料も商会で仕入れられた。
「目くらましが通じればいいけど」
この一ヶ月でたぶん一番使ったスキル『薬品調合』。
危ないときに使えるかもしれないと思って大量に作っておいた煙玉を、盛大に地面に叩きつける。
そして、音を立てずに民家の屋根へ上がって煙に巻かれる鎧を視認して、標的の再発見を試みるその努力を私の不幸で握り潰す。
「【失敗率証明】」
鎧はこちらを完全に見失った。しばらくは、私たちが屋根の上にいるという発想を閃くこともないはずだ。
まだ五体満足で執念を持って探している以上、その内すぐにこちらをまた捕捉するだろうけど、それまで時間を稼げる。
向かうべきは……
「お嬢様、ちょっと着替えよっか。さすがにこのままだと街の方行けないから」
とりあえず、最終チェックポイントだけはクリアしておくかな。
side ???
標的を見失った。
全身に貼り付いた粒子が感覚を鈍らせる。単純に視界を遮るだけでなく、気配探知を阻害する、周囲の力場を微少にだが歪ませる鉱石が粉塵に混ざっている。
だが、この程度は動いていればすぐに剥がれ落ちる。
それは、あの気配が完全に感じ取れなくなる時までは続かないだろう。しかし、時間をかければそれだけ標的は遠退いてしまう。
少しでも早く粒子を落とすには、水でも被るのが一番早い。
辺りを見回す。
どこかに水はないか……都合が良い。大量に水がある。
邪魔な動くものを追い払って、絡みついた棒や金具を引きちぎって、頭から水を浴びる。粒子が流れ落ちていくのを感じる。これでまた、あれを追える。
「おい貴様! 民家や公共の水汲み場を破壊してどういうつもりだ!」
「油断するな! この怪力、モンスターかもしれない!」
追跡を再開しようとした矢先、先程までなかった障害物が尖ったものを自身へ向けていることに気付いた。
無視して進もうとすると、目の前に棒を翳してくる。邪魔だ。
『余計な騒ぎは起こすな』
そうだ。
そう命令されている。
追跡に必要な場合以外での破壊は避けるべきだ。
だが……
「ウル、サイ……ジャマ、スルナ」
対象の確保の邪魔をするというのなら、それの破壊は追跡に必要な行為だ。
進路を妨げる棒を掴み、力任せに投げ飛ばす。すると、棒を支えていたものは力を受けて近くの壁に強くぶつかり、あまり動かなくなる。
「増援到着! おい! 衛生兵! 二人を運べ! 他の者はこいつを囲め! 住人の避難までどうにか持たせろ!」
進もうとすると、目の前には何故かさらに障害物が増えていた。
先程のものに似たものが、いくつもいくつも、震えながら尖ったものをこちらに向けていた。
ならば、同じことを繰り返すだけだ。
私は、あれを殺さなければならないのだから。
side テーレ
「うーん、中央通りの近くなら騒ぎを嫌って派手な動きはしないかと思ったけど、普通に暴れてるみたいね……やっぱり暴走の線が濃厚か」
裏路地に隠れて騒ぎを耳にしながら情報を拾う。
運が良ければ人通りの多いところへ逃げれば騒ぎを起こさないように動きを鈍らせるかと思ったけど、どうやら不幸にも当ては外れたらしい。
わりとすぐに発見されたことといい、敵の暴走といい、運気が下がっているのは屋敷の警報結界に穴を開ける時に少し魔力を使った反動かもしれない。
鎧は順調に公共物を破壊しつつ、人々に恐怖を振りまきながら真っ直ぐこっちへ向かってきている。
「足跡を追ってるわけじゃなくて直線的に方向を察知してるってことは、こっちの居場所が気配か何かで大体わかってるってことか……逃げ切りは無理。なら、やるしかないか」
しばらくすれば、この街の冒険者ギルドが緊急クエストを発令して冒険者が来るかもしれない。けど、私の予想が正しければそれは逆に面倒なことになりかねない。
幸い、宿に寄って必要な物と着替えも入手できたし、最終チェックポイントまで追いつかれずに辿り着けた。これ以上を望むのは欲張りというものだ。
それに、このチェックポイントなら、もう子守の必要はない。
「お嬢様。ここが今日の社会見学の最後の場所……その人から、あなたの母親の話を聞いて。屋敷では誰も話してくれないかもしれないけど、その人はちゃんと話してくれるはずだから……あと、ついでにその子のこと預かっててね。兵長さん」
「『元』兵長だ。今じゃただの家なしだというのに……カーリーお嬢様、お久しぶりですな。お嬢様はもう昔のことで憶えていないかもしれませんがの」
マスターがいつの間にか知り合っていた、この街の見回り兵の元隊長。
市長に見初められた娘を逃がしたこと以外に本人に特に非はなく仕事と財産を不当に奪われていて、それを知る街の人々からは未だに人望のある物乞いの大男。
そして、かつて被害妄想にとらわれた市長の暴挙により、命を取られてもおかしくないような通達で街を追い回されたかつての屋敷の護衛騎士を街の外へ手引きした男。
彼こそが、最終チェックポイント。
彼の知る、そしてお嬢様が知らない『母親』についての話をお嬢様に聞かせる。それが社会見学最後の授業の内容だ。
その間は付きっきりで見守っておく必要もない。
「じゃ、積もる話もあるだろうから部外者の私は席を外して……ちょっと、あの邪魔なやつを駆除してくる」
この世界の兵隊の強さは、街の壁の綺麗さと反比例するとよく言われる。
モンスターが頻繁に街へ攻め込もうとしたり、ヤクザ者が壁を汚したりする治安の悪い街では兵隊に強さが求められ、逆に安全で悪人の少ない街では兵士の役割は見回りによるプレッシャーだけになるから実際の強さはたいしたことがない。
まあ、安全でも精鋭を集めてる中央の方の重要都市なんかは別なんだけど、ここは例外じゃない。
この壁が小綺麗で平和な街の兵士には、鎧の相手は荷が重すぎた。
「それでも、一般人が避難するまで足止めしたのはなかなか良い根性だと思うけどね」
弱くとも衛兵は衛兵。勝てなくても避難誘導はしっかりやり遂げたらしい。一般人は既に違う区画へ避難していて、怪我人なんかの回収もほぼ終わっている。
おかげで大通りはがらんととしていて、こっちもやりやすい。
「ふふ、マスターの前世の世界だと、こういうのを『西部劇の決闘シーンみたいだ』って表現するのかな」
転生者との円滑な意思疎通のためにインプットされているだけの基本知識であって、西部劇なんて見たことないけど。マスターの前世とよく似た世界に出張したこともあったけど映画とか興味なかったし。
「片方が全身に騎士鎧を着てる西部劇とか面白くなさそうだけど……こっちも相手のこと言えないか」
私が装備するのは能力を失った転生特典の短剣と、もう片方の手で軽く開いた、小さめの本。マスターの前世の世界でなら、きっと『文庫本サイズの本』と表現されるもの。
私の武器……いや、奥の手と呼ぶべき代物。
「魔本『供給福音』適用」
『魔本』とは、一流の術者にしか取り扱えないと言われる『生きた本』。
長く存在する間に魔力を持つようになり、普通の紙の本とは隔絶した耐久力で何世紀も形を保ちながら眠り続け、開いた者が未熟ならばその者を狂気に落としてしまう。
けれど、持ち主として十分な技量がある読み手であれば強力な魔法を発動できるという危険なマジックアイテム……というのが、この世界で知られる表向きの話。
そのカラクリの正体は、種を明かせば拍子抜けするようなもの……ずばり『カビ』だ。魔力を保有するにはある程度の知性が必要だ。
そして、大抵の場合知性を持つのは人間や長く生きた動物だけど、植物も魔力を持つ。微生物の中にも、群知能を持ち魔力を扱うものがある。
魔本の持つ魔力の正体は、特殊なインクの文字の上に繁殖したカビの保有魔力。
単純な精神構造で『自己保存』に特化した魔法を使うカビを、生存に適した状態で管理することで余剰魔力を溜め込ませ、術式に組み込むことで魔力源にしたものが『魔本』だ。
未熟者を狂気に走らせるというのも、カビが使う『自己保存』の魔法が作用して本を護らせようとしているにすぎない。
そして、文字の上で繁殖して知恵を付けたカビは文字に染み付いた筆者の残留思念を読み取り、所有者の意思に従って魔法を発動することで積極的に自分たちを護らせる共存関係を築こうとする。
そのカラクリさえ知っていれば、短期間で意図的に魔本を作ることは難しくなかった。
魔本そのものの入手は難しいけれど、商会で金貨を十枚ほど積めばただ丈夫なだけの魔本の切れ端くらいは手に入る。そこから採取したカビを培養して、インクに混ぜて本にした。
本当はまだまだ馴染ませたいけど、屋敷への侵入はともかく戦闘で出し惜しみするほど余裕はない。
「出力安定。術式の短絡なし。実戦での使用に問題なし」
これは大気中から自動で魔力を蓄え、迂闊に自前の魔力を使えない私の魔法発動を補助することに特化させた術式の集積回路。
この一ヶ月の間に用意した私の第二の武器。
魔本が発動するのは瞬間的に運気を上昇させる『祝福』の魔法。
私自身は『万能従者』で人間が習得できる魔法ならほとんど何でも使えるけど、その分呪いを発散する術式の出力が落ちて運気が下がるから、それを相殺する。戦闘中の不幸は致命的になりかねない。
ただし、魔本の魔力はそれほど多くない。
自由に使える魔法は並の威力で一発。それが今の時点でのこの本の限界。
「さあ、かかってらっしゃい」
鎧が吠える。
怒りか、憎しみか、狂気か、歓喜か……それとも、別の何かか。
ただわかることは、これと私が仲良くはできない存在だっていうことだけ。それで十分だ。




