第48話 任意同行
side グラード・ローリー
娘を取り返したという報告を待ちながら、この太々しい誘拐犯との交渉に応じるふりをしていると、慌てた様子で警備の兵士が入ってきて、私に耳打ちする。
その内容は、耳を疑うような信じられないもの。
「なんだと!? あれが暴走して街を破壊した!? カーリーは無事なのか!?」
届けられた報告は、とんでもないものだった。
あの特別製のゴーレムが……『研究施設』から譲り受けた私の切り札が、こともあろうにこんなタイミングで暴走するとは。
あれならば、相手が冒険者であれ小細工の間もなく仕留め、娘を奪還できるはずだったのだが……くそっ、不良品を掴ませおって!
「御当主様、どうなされましたかな? まだチェックポイントは半分しか開示されていませんが」
「黙れ! それどころではない! 第一貴様が娘を誘拐などしなければ……」
「何度でも言いますが、私はお嬢様が外を見たいと願ったのを聞き入れ、協力したに過ぎません。この屋敷の中まで部外者が入り込んでお嬢様を攫って外へ連れ出す、しかもそれを誰にも見つからずにというのは困難なもの。お嬢様がご自身の意思でいくらか脱出を意図した動きをしなければ無理な話です。しかし心配ですね……社会見学の最中に、『事故』でも起きたのですか? 警備の兵士さん、御当主様がお嬢様を心配しすぎて倒れそうです。早く詳細を」
「お、お嬢様は……無傷、です。精神的なショックはあるようですが、お身体には一切ケガはありません。そして、あれは……お嬢様を襲ったという謎のゴーレムは、お嬢様を連れ歩いていた少女に倒され、活動を停止したと」
「ふむ、さすがテーレさん。仕事はバッチリこなしましたね。では、このゲームももう意味はありませんか。そこまで報告が入るということは、もうお嬢様の安全は確保されているのでしょう?」
「それは、そうなのですが……」
「何をこいつの言いなりになっとるか! 娘の安全が確保されたならこいつを引っ捕らえろ! こいつは由々しき誘拐犯だ! 生きて帰れると思うなよ!」
娘が確保できたのなら、こいつにようはない。
徹底的に痛めつけて、私に楯突いたことを後悔させてやる。そして最後には死刑にしてやる。
「お、お嬢様は……『自分がワガママを言って勝手に外に出た』と言って聞かず、お嬢様と一緒にいた少女も誰が見ても身を賭してお嬢様を御守りしていたと……それで、衛兵が……」
報告を渋る兵士の背後で、扉が勢いよく開いた。
現れたのは、普段街の見回りをしている二人の兵士。
「ああ、その通り。事実関係の確認ため、同行願いたい……グラード・ローリー市長、冒険者殿。両者ともに」
「なんだと!? 何故私まで行かねばならぬ! それよりも早くこいつを引っ立てろ! こいつが全てを仕組んだ……」
「では、私は同行しましょう。どうやら、御当主様は何か誤解をされているご様子。私は最初から、お嬢様の外に出たいという願いに承諾を求めていただけなのですが、どうもそこにアクシデントが重なって混乱してしまったようです。ここは一度、頭を冷やすべきでしょう」
平然と立ち上がり、衛兵について行く誘拐犯。
衛兵の登場に驚くこともなく、躊躇いもない。そして、衛兵もそのあまりにもすんなりと従う態度に疑問を見せない。
「ま、まさか貴様……最初から、こうやってこの屋敷から脱するつもりだったのか? このタイミングで、自ら衛兵を手配しておいて!」
「さあ、どうでしょうね。確かに、このお二方とは個人的な知人であり、私が何か罪を犯せば彼らにお縄を頂戴したいというような話は以前した気もしますがね。まあ、私としては誘拐などという意図はないわけですし、懇切丁寧に説明するしかありません。お嬢様の証言もありますし、留置場ではそこまで悪い待遇にならないことを期待しますよ」
「き、きっさまぁああ! 私を最後まで馬鹿にしおって! 貴様なんぞ! 貴様なんぞ私がその気になればすぐに!」
「市長、彼は既に我々が確保した重要参考人です。彼に危害を加えるなら、市長と言えど不利になりますよ……街を暴れながら破壊した警備ゴーレムの件についても、カーリーお嬢様が屋敷のものだと証言しているのですから」
「な、なんだと! 私がこの街の発展のために、どれだけ金を払っていると思っている! 貴様らの装備も……」
「その件に関しましては、商会から近々連絡があるかと思います。今の段階で言えることは……市長、あなたが今まで払ってきた金貨、あなたの財力は今、我々に信用されていない……迂闊なことはしない方がいいでしょう。我々の上も、なんの見返りもなく街を穢したいと思うほど、腐りきってはいないのです」
「な、なんだと……貴様! まさか、ただの時間稼ぎのために……『研究施設』のことなど最初から!」
「さあ、何のことでしょう。私は一度もどこそこへ取り入りたいなどと言った憶えはありませんがね。知りたいということは言いましたが、どちらかというとその組織がどれほど秘匿性の高いものなのか、情報価値がどの程度なのかを確認したかったという程度のことで」
こいつは、『研究施設』についての情報を聞き出そうと、仮定を話すようにして反応を探るように見せていた。
だからこそ、私はこいつの欲している情報を握っているこちらにも十分に交渉するだけの材料があると考えて、余裕を持って冷静に対応することができた。だが……本当は、私が苛ついて大々的に人を動かすのを防ぐためだった?
「くそぉおお! この平民が! 貴族を馬鹿にするのも大概にしろ!」
「おっと、お叱りはテーレさんだけで十分です。では私はこれにて失礼。お嬢様によろしくとお伝えください」
奴が衛兵と共に去って行く。
私をこけにし、娘を外の世界に晒し、この怒りを嘲笑うように笑みを浮かべて。
「くそっ、ゆるさんぞ!」
side 狂信者
さて、衛兵さんの詰め所とは初めて来るところですが、以外と清潔な場所なのですね。治安が良いからこそ掃除の余裕があるのかも知れませんが。他に人がいないので今は私の貸し切り状態です。贅沢ですね。
「それで、どこからが計算だったわけ?」
お嬢様とは別で話を聞くために詰め所に連行されて事情聴取を終えたテーレさんは、任意同行してくる予定だった私を休憩室で待っていました。
彼女は暴走した警備ゴーレムを倒した強さと、街の人々に石を投げられても無抵抗を貫き少女を守った善良さからかなり緩い扱いを受けているようです。
私は事前と同行の間に事情をほぼ話し終えているので、形式的な質問だけで檻の中の部屋に入れられてしまいましたが、快適なのでよしとしましょう。
鉄格子を間に挟んでいるとはいえ、テーレさんと二人きりで話ができるわけですし。
「そう慌てないでくださいテーレさん。まるで私が何か企みを仕組んだ黒幕のようではありませんか」
「白々しいにもほどがあるでしょ。ていうか、計算なしでこんなになるわけないし。てか、檻の中でそんな太々しいとか意図せず捕まったやつの態度じゃないし」
「それはごもっとも」
まあ、確かにこうして檻に入るのは想定の範囲内でしたし、計算と呼べるものはないわけではありませんでしたが。
こうなったらいいなという希望と、こうしたらこうなるかもしれないという予測ばかり。後は運任せに近いもの。
「まず第一に、お嬢様が外の世界を知りたがるようにしたのは、まあ意図的なものです。彼女の世界は狭すぎた。自分の周りにあるものが善か悪か判断する力がなかった。なので、外の世界を見てもらいたいと思いました。そうすれば、市長の家が代替わりした後のこの街の人々は楽をできます」
「家を継ぐのは中央へ行ってる長男の方だと思うけどね……で、外を見せるのは良いとして。あの鎧は? 悪魔が出てくるなんて聞いてないんだけど」
「悪魔が出てきたのですか。それは知りませんでした。市長の態度から手練れの用心棒か何か……それも、違法性の高いものが隠されているという予想はできていましたが。まあ、少なくとも実力の保証された少数精鋭、決して実力の保証ができない正規の兵士団による数に任せた捜索はないでしょう。そんなことをすれば、誰か一人でも動きを気取られればお嬢様の命が危ないと考えられますから。そうなれば……違法な手段を使ったことのもみ消しに、御当主様は金貨を大量に使う必要が出てきます」
「それで使われた金貨の中に偽金があれば検挙の根拠になるって算段なわけね……そうじゃなくても、家宅捜査の口実ができればいいのか。どちらにしろ、あの市長が非合法な手段を取ることだけは予測してたってわけね」
「まあ、合法的な衛兵さんだけならテーレさんが捕まることはないでしょうし、お嬢様さえ安全なら最悪でも家出に協力したお騒がせ教師で済みます。それに……」
「そっちは聞いたよ。商会を通じて、『市長の支払い金が偽の貨幣かもしれない』っていうのを、市長の息のかかった街の偉い人たちにリークしたんでしょ。おかげで、一方的な不当逮捕の心配もないってわけね」
「お金とは信用ですので。偽の金貨を商会が見つけられるとなればもし偽金と知っていても、もちろん知らなくても、使う気はなくなるでしょう。商会としても、一度に街の有力者を大量検挙してしまえばこの街のインフラが回らなくなりパニックが起こることはわかっているでしょうし、どちらにしろ段階的にしか検挙できないのであればリークすることのデメリットもそれほど大きくないでしょう。その情報発信にかかる時間を私とテーレさんで稼いだわけですし」
本来はリークしてもあまり意味のない情報ですがね。
市長からの正式な事業費や給金として貰ったお金として持っているだけならその帳簿を見せれば単純に『騙された』で済みますから。
しかし、それがもし見せられないルートで渡された財貨だったとしたら……他の偽金ルートを詮索されるか、それとも非公式な取り引きを明かすかのどちらしかありません。
市長がこの街で好き勝手できていたのはその財力のおかげですが、その金貨が信用を失えば彼の優位は消えます。
「で……ある程度は安全になったから、お嬢様に外を見せるついでに散々おちょくってきたと。そんな目潰しくらいしかできない即席のアイテムだけ持って」
まあ、確かにその通りですね。安全確保には程遠かったかもしれません。
まだ、この懐に忍ばせておいた法具は不完全なものです。
見かけはただの小さな木の棒ですが、少しでも魔力を励起すればこの一ヶ月で持ち歩きながら溜め込んだ現実性の歪みを一気に開放し、『浄化の光』を瞬間的に暴走させて屋敷中の人間の視覚を一時的に暗転させるという、魔法的な閃光弾のようなもの。
いざとなったらこれで隙を作り、かつテーレさんへの合図としてどうにか逃げるつもりでした。
その時のための協力者も屋敷内部に確保してありましたし。
「おちょくってきたなどと、そのような言い方をされるようなことはしていません。私は一貫して、お嬢様がもっと外を知るようにした方が良いと訴え続けただけです。彼がそれを受け入れ、尚且つ愛娘を拐かされる親の心情を理解して改心してくれればと」
「どうせ近いうちに失脚するのに? 市長が改心したところで、商会は見逃さないよ。偽金を派手に使い続けた貴族を放置したら商会全体の信用にかかわる」
「一時だけでも、『立派な貴族』となって幕引きして貰った方がお嬢様の今後のためにいいかと思いまして。それに……」
まだ、決着はついていませんがね。
かの英雄の言葉を借りれば『賽は投げられた』、というところ。そして、まだ賽は転がっている最中です。私は静かにここで結果が出るのを待つのみです。
できれば、より善き目がでることを。
「……私に何も言わなかったのは?」
「『私は詳しいことは何も知らず、頼まれたら断れない立場の相手から頼まれて、外を見たいと言って聞かないお嬢様を護衛しただけです』。それが嘘にならないでしょう? 襲撃者の可能性を知っているということは、市長から誘拐と誤認されることを知っていたことになりますから」
「まあ、確かにそうだったけど……」
テーレさんなら何も言わず警戒系のスキルはちゃんと活性化させていたでしょうし、お嬢様を取り返しに来る何かを最初からフル装備で待ち構えていたら少しおかしな話になりますからね。
「まあ、市長にも他に伝手があるでしょうし、完全に打つ手なしというわけではないでしょう。もう一体くらい特殊な警備ゴーレムがいてもおかしくありませんし。しばらくはこのまま留置場で籠城と行きましょう」
「商会が正式に偽金のことを発表して、市長が失脚するまで?」
「はい、さすがに市長も街の破壊に関わった疑いのかかった今、ここを襲撃するわけにはいきませんからね。暗殺対策の方はよろしくお願いします」
「はいはい、どうせ私も取り調べられる立場だし、交渉してしばらくいてやるわよ。ちなみに期間は?」
「商会の支部長の話では、一週間とかからないかと。この一ヶ月で彼も市長の回した手を取り払うのに苦心していたようですので。私も、こっそりと閉店後の商会へ通い詰めて金貨の鑑定を続ける日々は少し疲れました。いい小遣い稼ぎにはなりましたが」
テーレさんはテーレさんで、何やら科学実験のような作業に苦心していましたがね。おそらく以前から言っていた戦力増強のための方策なのでしょうがね。
「はあ、やれやれ。試しに好きにやらせてみたらこれだから。何がしたかったんだか」
「さあ、どうでしょうね……私はもう、賽を振り終えましたから何も。後は『御当主様』の手番次第ということで」




