第40話 計算の先生
side テーレ
商会支部の大金庫。
商会という建築物そのものを一つのアイテムのようにして、人間ではなく地脈からエネルギーを抽出して防御術式を常時展開する重要施設。
地上のお客に見せるための内装とは違う、ただただ無骨で厳重な魔方陣の刻まれた石壁に囲われた地下の密室。
マスターの前世の世界で言うところの核シェルター並みの防壁。
最悪、転生者の性格次第では資金調達のために盗みに入ることも選択肢に入れて調べていた場所に……
「おっと! 見つけました! この袋はほとんど偽の金貨です! 確認を!」
合法的に入れる可能性とか考えたことなかったんだけど。
まあ、確かに変な気を起こさないようにってマスターは(自分から提案して)ガチガチに拘束されてるし。
防御術式があるから許可なく銅貨の一枚でも持ち出せば下手すれば死ぬようなトラップが作動するけど。
「ふむふむ、さすがにかなり偏っていますね。金貨全体の一割もありませんし、私たちの前に出された金貨の内の偽物の割合が高かったのは丁度集まった部分に近かったのでしょう」
「だが……他にもあるということは、偽金と知らずに市場に金を流してしまっていたということか。この商会が」
「偽金というのはどうでしょう。想像理念が歪んでいるだけで、物理的組成は恐らく全く同一ですし。一枚一枚疑って鑑定しないとわからない精度なら仕方ないかと。市場全体の貨幣価値が落ちるほどの量とは思いませんが……問題は、正式な造幣所を通さずに造った貨幣を使って得をしている方がいることですかね。労働の対価であるべき貨幣を、たとえ無から生み出せるとしても楽をして得ようというのは本末転倒です。そんなことをしては堕落してしまいます」
耳が痛い。
私もただ天使として長い寿命を使って後で売れる物を集めてただけだし。
ま、天界のお金はこっちでは使えないからその分を換金したってことで正当化するけど。マスターも最初日本円を換金してたし。
「この袋の番号は……くっ、帳簿によれば中身のほとんどは市長の屋敷の改装費用の支払いだ。材料や職人への依頼料をまとめて受け取った……つまり」
「私腹を肥やしているのは市長さんですか。若い女性に対する収集癖といい、素行の悪いお人のようですねえ。では、他には特別目立つものはないようなのでそろそろ外へ出ます。偽の金貨を全て集めるところまでお望みなら一度拘束を外していただきたいのですが」
「ああ……すまない。本来ならば我々が気付くべきことを」
「構いません。むしろ……あなたのような正直な方がいてよかった。問題を隠そうとしていたなら今頃誰かが倒れていたでしょう」
気付いたとしても、言う必要はなかった。
マスターしか気付かなかった、高精度の偽金。問題なく使えるし、気付かずに使ってしまったと言っても罪に問われないようなものだ。
なのに、危険を冒してまでそんなことを……
「ただ今戻りました、テーレさん。」
「おかえり。よかったね、商会に貸しが作れるよ……上の方に消されなければね」
私だったら、あんなタイミングで言わずに情報拡散の準備してから脅しのネタに使ってる。
あの支部長が生真面目なタイプだったからよかったものの……もしも偽金グループの一員だったりしたらどうするつもりだったのか。
「それはないでしょう。おそらくこれは、転生者の能力による産物ですから。知ってたらテーレさんのような知見のある客人に半端に混ぜて渡すなんてしませんよ」
転生者の産物。
確かに、『物質複製』くらいなら利便性は高いしよくある能力だ。
でも、だからといって断言はできない。考えが浅いのか……また、変な方向から独自の解釈で確信をもっていっているのか。
「転生者とは限らないでしょ。精密に同じものになるかはともかく、魔法でも造れないことはないんだから」
「いいえ、魔法による物質作製は精神に依存するためにコンディションで細部に『揺らぎ』が出るはずです。一つ二つなら可能かもしれませんが、これは何十枚とありながらあまりにも『均質』過ぎます。鑑定魔法で見た時のオーラのようなものは『本物』よりも全てが均質でしたし、鋳造機を再現したとしてもそこまで均質には造れないということでしょう。それに、モノクルを通して見たあの金貨の纏うオーラは、なんというか……ゲームでよくある『所持金を自由に増やせる裏技』を見つけたかのような、一つ一つの意味が薄い感覚がしたのです。お金というのは手垢のように物欲が染み付くものですし、従来の鑑定をすり抜けるため、造幣のために新種の魔法を開発していたら、もっと思い入れや邪念が染み付くと思うのです」
そんな細かな感情まで読み取れるほど鮮明に見えるのか、マスターの鑑定は。
特別適性が高かった……というより、こういう表現ができるくらいに『物体に残留思念が残る』っていう認識が強かったのかな。
まあ、習得して損する魔法じゃないし、法具の扱いの訓練が終わったら早めに教えておくか。
いや、でも回復と身体強化も生存力を確保するために早く習得させたいし、どっちにするかな。鑑定も罠の対策として使えば生存力に繋がるし、比較的安全な街の中にいる内に一通り習得させておくのが一番か。
「……楽しそうですね、テーレさん」
「えっ?」
「悩んでいるように見えますが、楽しんでいるようにも見えます。よほどいい策謀を思いついたのかと……たとえば、悪徳市長に一杯食わせて利を得るような」
……何その顔。
『テーレさんが楽しいなら、私も喜ばしいです』って感じ?
心中察したみたいに言ってるけど、全然的外れだし……
「そんなの……悩むまでもないわよ。もう市長の弱みを握ってるんだから、煮るなり焼くなり好きにできるでしょ。商会の信用を落とさないためには、この街で一番偉くて一番悪い人に落とし前つけてもらわないと」
ここまで関わって、『はいサヨナラ』じゃ商会の本部に本気で命を狙われかねないし。『商会の恥を知る人間』から『商会に恥をかかせた人間を捕まえるのに協力した人間』くらいにはなっておかないと、せっかくの軍資金も安心して使えないし。せっかくのパイプを作れる機会を逃しちゃもったいない。
「次の市長宅からの大きな支払いの時に金貨を徹底的に鑑定して、その入手経路を問い詰めればチェックメイト。聞く限り無能なのにこの街で好き勝手やれる財力を考えれば、そうと知らずに真っ当な稼ぎとして偽金を渡されてるとは思えないしね……それまでにどう料理する?」
鑑定を手伝うだけでもいいけど、それだと地味な役回りになって後々名声をあげるのに利用できない。
できれば、市長が偽金を支払うところじゃなくて、受け取るところを押さえるような形で関われたら活躍した感じが出るんだけど。
「いっそのこと、私がちょっと忍び込んで裏帳簿でも探してくるか……」
「いけませんテーレさん。テーレさん一人にそんな無茶はさせません」
「無茶なことないよ。何なら美人の使用人集めてるらしいし、そこに混ざって潜入できるし」
「敵側に転生者が関わっている以上、テーレさんの単独行動は危険です。ラタ市でのことをお忘れですか?」
「うぐっ……」
「より確実に弱みを握るため市長宅へと潜入するという案は同意しますが、テーレさんにお任せすることはできません。なので……私が行くとします」
「……はい?」
「支部長さん、少々お願いしたいことがあるのですが……」
まさかこいつ……
side 狂信者
古い歴史を感じさせながらも街の印象と違わぬ小綺麗な壁を持つ豪邸の前、警備の方がいらっしゃる門前にて挨拶。事前に連絡しておいた時間の数分前です。
「友人の休暇中、代理で家庭教師を務めることとなりました。短い間ですが、よろしくお願いします」
まさか女装すると思いましたか?
クックッ、残念ながら違います。いえ、独り言ですのでお気になさらず。
準備と仕込みに三日ほどかかりましたが、市長のご令嬢の家庭教師として潜入することに成功しました。
算術の能力認定は商会で試験を受けさせていただきましたし。あまり難しい計算は得意ではないので、高校レベルの数学ができれば解ける問題でよかったです。
元からいらした家庭教師の方はテーレさんが夜道で行った奇襲的交渉により『故郷の身内に不幸があったため急遽友人に仕事を託して帰省した』ということにさせていただきました。
ちなみに、テーレさんは今はまだ屋敷外で待機しています。
テーレさんの仕事は私が内部を見て構造や警戒度をある程度調べてからということになっています。一応、こちらが見えるところで待機しているそうですが。
「確かに話は聞いている。しかし、彼からそんなにすぐ仕事を任せられるような友人がいると聞いたことはなかったのだが……しかも、普段は冒険者か? 荒事屋が家庭教師を?」
「はい、冒険者としてはまだまだ駆け出しで新米もいいところですが。私は職種にはあまり拘りがありませんので。こうして私が持つ技能が収入に繋がるのなら冒険者だろうと家庭教師だろうと仕事に貴賤はありません。安全か否かの違いはありますが」
「そ、そうか……まあ、商会の能力認定証は本物だし、問題はないな。では、わんぱくお嬢様の相手をよろしく頼むぞ」
幸運にも、警備の方に疑いを持たれることはなかったようです。
高い柵に囲われていますが、それは心理の壁。内側に入ってしまえばこちらのものです。
「では、これからよろしくお願いします」
side カーリー・ローリー
今日から、算術の新しい家庭教師が来るらしい。
先生が休みならお勉強も休みにしてくれればいいのに。
算術なんて嫌い。
どうせ、家を継ぐのは中央の学院に行っているお兄様なのに、いつかどこかの貴族と結婚するだけの私にそんなの必要ないのに。
どうせまた、つまらない問題を解けって言うだけなんだろうな……それなら、先生なんていなくても本だけ置いていけばいいのに。
コンコン……ノックの音。
「お嬢様、カーリーお嬢様。新しく算術教師の任に着いたものです。入室許可をいただけますか?」
「…………ダメって言ったら?」
「このまま扉越しに授業をさせていただきます」
無理にでも入ってくると思ってた。私の言葉よりお父様の言葉の方が重いんだから。
でも、顔も見ずに扉越しにずっと立たせてるのはさすがにかわいそうだ。
「……いいよ。入ってきて。その代わり、面白い授業をして」
無理なことを言ってみる。
勉強なんてつまらないのに、面白くなんてできないのに。
「了解しました。では、失礼します」
人の良さそうな笑みを浮かべて、新しい算術教師が入ってきた。
初めて見る人。このお屋敷にいたことのない、新しい人。
でも結局やることは同じ。
いつもみたいに、本やら問題用紙やらを抱えて、それを見せて『問題を解け』っていうだけなんだろうなあ。
「さて、荷物を置く場所は……まあ、どこでもいいでしょう。どうせ使いませんし」
いきなり邪魔なものみたいにてきとうに置いた……え、使わないの?
「友人から借りたのですが、どうにもいけませんね。法則発見の経緯も何も書いていない、大凡、結果だけを知る誰かさんが自分の発見と称して持ち込んだのでしょうが、あれではつまらない。算術が生きるための能力として必須な商人はともかく、高等教養として習得するお嬢様には苦痛でしょう。とりあえずの教材は……まあ、これで十分ですか」
出したのは……小さな箱、いや、違う。
手の平に四つか五つくらいは握れるような、木の立方体。
「サイコロ? 賭けで使うやつ? 私と賭けをしたいの? 負けたら嫌でも勉強しろってこと?」
「いえいえ、教材ですよ。このサイコロは六面体、この面を『1』として、一度振った場合、『1』が出る確率はいくつでしょう?」
「馬鹿にしないで。六分の一に決まってるでしょ?」
「ならば、六回振った場合には?」
何その問題。そんなの、一回が六分の一なんだから……
「六分の六でしょ……あれ?」
「それは期待値の考え方ですね。では、実際に六回振ってみて……それを十回ほど繰り返してみましょう。お嬢様の言うことが真理ならば、何度試行しても必ず『1』が出るはずです」
そういって、机の上でサイコロが振られるけど……六回振っても、一度も『1』は出なかった。
でも、それでも新しい先生は宣言通りにサイコロを振り続ける。
「第三実験終了。現在の確率2/18。第四実験……」
「先生、もういいよ。私もなんか違うと思ったから。だから答えを……」
「では、お嬢様が正しい確率を求められるまで、統計を取るために振り続けましょうか」
「……え?」
「統計が取れれば逆算して確率を求めることも可能かと。お嬢様が正しい算出法を思いつかなければ今日はひたすらサイコロをコロコロするだけになります」
「なにそれひたすらつまんない」
「では、どうやったら確率を求められますか?」
「えっと……」
「逆に、『1』が出ない確率はいくつですか?」
「六分の、五……」
「二回目も『1』が出ない場合は?」
「六分の五が二回だから六分の十……じゃなくて、六分の五の、六分の五……」
「では、その六分の五が二回の場合以外はどんな場合ですか?」
「『1』がどっちかで出るときだから……あ!」
「正解です」
私が六回分の計算をするのを待たずに、新しい先生はサイコロをやめて家庭教師の先生用の椅子に座る。
「どうでしょう? 多少は面白かったでしょうか?」
「……まあ、いつもよりはマシ、かな」
「ずっとサイコロが振られ続けるのを見るだけでは苦痛ですから、お嬢様も真剣に考えてくださりましたね。私もサイコロコロコロだけで終わらなくてホッとしています」
なんかこの先生……変わった人っぽい。
いつもなら、最初から『こういう時はこうやって計算しろ』って言われるだけでつまらないのに。
「『気付き』の快感というのは知識欲の生みだす幸福です。それを苦痛にしてしまうのはもったいない。私はあまり他人にものを教えるというのは柄ではないので、お嬢様に自分で考えることの大切さを知っていただきたく思っています。なので次は……このようなものはどうでしょう?」
先生は折りたたまれたマス目の書かれた紙を出した。
結局は問題用紙か……とも思ったけど、それは既に埋まりきった、かけ算の表。
「九九表、20×20バージョンです。実はこの中にはいくつか間違った数字がありまして……いくつ間違いがあるか見つけて見るというゲームはどうでしょう? 景品は、全ての間違いを見つけた場合は次回の授業内容をお嬢様の望むものにするということで」
受けたことのないタイプの授業。
変な人だけど……
「うん……わかった。そのくらい、すぐに解いてあげる」
この先生の授業は、なんだかいつもより面白そう。
NEW!
・狂信者はアルバイト『商会金庫の金貨鑑定』を始めた!
・狂信者はアルバイト『市長宅への潜入捜査』を始めた!
・狂信者はアルバイト『市長の娘の算術家庭教師』を始めた!
・狂信者はお金を貯めている!
……狂信者は軍資金と個人的なお小遣いは分けて考えるタイプ。
というより金銭は『労働への対価』なのでテーレがお金持ちになったからと言ってヒモにはならない。職種にはこだわらないけど変なところでこだわりを持つ男。




