第39話 真偽鑑定
side 狂信者
コインズの街にて、二日目の昼時。
しっかり休んで、ついでにテーレさんの作成した法具の使い心地を確かめたりして少々時間を潰した私たちは再び商会を訪れています。
さて、昨日は入りそびれましたが、商会の中の空気は中々に悪くないものですね。暖色系の壁や家具が落ち着きのある空間を演出しています。
テーレさんの話ではこの世界において、『商会』とは商人のネットワークであると同時に銀行などの金融機関を兼ねるもの、だそうです。
さらに、未来の優秀な組合員を得るために格安で利用できる教育機関なども経営されていて、アーク嬢もそこで講習や試験を受けて正式な商人として円滑に旅を始められたとか。
商会という組織の存在目的は、商人同士の契約に基づいた資金援助や技術公開といった投資による社会を巡る『価値』の増大と物価の調節、市場独占の防止。
そういった、前世の世界で近代社会に至るまでに試行錯誤で形成されたはずの富の搾取や暴利とは違う『皆がより豊かになるためのシステム』が最初から完成形を見据えたような丁寧さで確立されているのは、転生者の入れ知恵があったのかもしれません。
ともかく、そのような仕組みがあるおかげで、今回のような取り引きもスムーズにできる。
個人では買い取れないようなテーレさん持参の文化財も、『これを買いたいという資産家はこれだけの金を出すのは間違いない』という試算の元、未来の利益を見据える形で買い取り、現金では用意できない支払いを口座という形の契約で保証して頂けるわけです。
これは、『商会』という組織の信用があってこそのシステムです。
故に、当然買い取りの際の鑑定も念入りに行われたはずです。
「しかし、前世の感覚ではそれが一日程度で済むとは思えないのですがね」
「そりゃ、あんたの前いた世界と違って『魔法』があるからね。何百って品物を一つ一つ調べるんならそりゃ時間はかかるけど、ものが少ないなら鑑定魔法の得意な組員の時間が空けば一発で済むでしょ」
なるほど、言われてみれば確かにその通りです。
この世界では高級な機材などを使い回したり、研究所に物品を持って行ったりという手間がなく、人間そのものが鑑定に必要な装置の代わりになるのですから、技術の習得さえしてしまえば後はかなり楽でしょう。
しかし、それだけスムーズに鑑定が行えるということは『鑑定』自体はそれほど難しくない魔法なのかもしれません。
「ちなみに、鑑定の魔法は霊能系に分類されるよ。物に残った作成者の残留思念を読み取る形で、『本物そっくりに作ろう』とかって意思が残ってないかを調べる。ギルドで書いた来歴とかも嘘がないかどうか調べるのに残留思念を見るし。手紙だろうとなんだろうと嘘を物に吹き込むと後々あっさり看破されたりするから気を付けるように」
「似せようとする悪意……いえ、どちらかというと邪念の類いを検出することができるわけですか。他にも使える場面が多そうですね」
「冒険者が遺跡に入ったりしたときには、よくトラップを見つけたりするのに使うよ。ま、対抗する魔法や技術もあるから過信するのはよくないけど」
つまり、もしも贋作者が自分こそオリジナルだと原作者になりきっていたりすれば鑑定魔法の反応は『真作』と出る可能性があるわけですか。
それ以外でも、邪念の入る余地のないもの。そもそも魂を込めるような集中力を必要としない活版印刷の量産品などなら相性が悪い気がします。
まあ、テーレさんの持ち込んだ物に関してはレアリティの高い幻の絶版本以外は全て芸術家の手描きなどの類でしたし、むしろ鑑定の信頼度が高く処理が速く済んだのでしょう。
「となると、真贋の鑑定自体については心配はなさそうですね。後は値段交渉と、口座などの契約ですが……」
「もちろん、全部私がやる。マスターは黙って座ってて。連れてきたのは口座の登録のために本人が必要だからってだけだから」
「テーレ様、お待たせしました!」
テーレさんから何度も刺された釘をもう一度念入りに刺されていると、窓口から声がかかりました。先に商会の組員と諸々の確認をしていたアーク嬢です。
「鑑定とテーレ様の身分証、品物の品質、古文書の出版記録、その他記録照合は全部ちゃんと終わってます。すぐにでも交渉を始められます」
仕事が早いのはいいことです。
重要な客人用の、おそらく防音が成された奥の部屋で交渉のテーブルにつきます。ちなみに、私が中央で右手にテーレさん、左手にアーク嬢という両手に花の構図です。
私とテーレさんは品の所有者、そしてアーク嬢は仲介人。
対してテーブルの向かい側にはこの商会支部の責任者と思われる、恰幅がよくも威圧感を与えない人の良さそうな立派なスーツのお方……と、お茶を入れてくださった給仕の女性。
ふむ……支部長殿は少々運動不足に見えますが、指を見る限り余程机仕事が長いと見えます。さぞややり手のビジネスマンなのでしょう。
テーレさんが容易に言いくるめられるとは思いませんが、油断しないようにしなければ。
そして、給仕の女性は……護衛兼任ですかね。
魔力のあるこの世界では見た目の筋肉量や年齢が実際の戦闘能力と一致しないことは多いようですが、支部長殿の背後に立っていて全く身体がぶれないのは素人とは思えません。
いかつい護衛ではプレッシャーをかけて圧迫交渉をしたことになってしまうと考えれば円滑な交渉のために選んだ人物としては合理的です。
まあ、別に戦うわけではないので構いませんが。
だから、給仕さんもそう私を睨まないでください。私は別に荒事担当として連れてこられたわけじゃないので。
場が整ったところで、支部長殿がさわやかな笑顔で口を開きました。
「この度は、大変貴重な品々をお持ち込みいただき、ありがとうございます。鑑定に時間をかけてしまったことを謝罪します」
ふむ、凄めば怖そうですが、口調を柔らかくすれば角がなく優しい印象を与えるいい声です。
『お客様』への対応は一流、ラタ市からの道中でテーレさんから教えていただいたスキルレベルの話で言えば交渉術で180は固いといったところですか。
スキルレベル100が標準的かつ常識的な成人の技量、それを下回れば苦手、それを上回れば人並み以上と判断されるそうです。
そしてテーレさんの『万能従者』は全てのスキルレベルが200、その道のプロとされ、長年その仕事に従事している専門職の方と比べて遜色ないパフォーマンスを見せるそうです。
スキルレベルが300や400を超えると走行のスキルで水の上を走れたり、変装のスキルで骨格や身体中の色素の量まで変えたりという常識では少々無理のある、魔法に片足を突っ込んだような現象を引き起こせるらしいですが、支部長殿はそれほどではなさそうです。
これなら、互いのレベルが拮抗して、いい交渉になるでしょう。
「ご丁寧にどうも。あれは実家の蔵にあった大昔のコレクションで、元の持ち主ももういないからお金にしたいと思ってね。ちゃんと価値のわかる人が持っていた方がいいでしょ?」
「ごもっとも。あなたにとっての価値がないものでも、見る人が見ればかけがえのない代物です。そうして埋もれている『価値』を発掘し、世に出すのが我々の仕事ですから」
「でも、だからって捨て値で売ろうと思ってないから。ちゃんとした値段を提示してくれなきゃ、売却は取り下げて直接買い手を探しに行くから」
「それはご安心を。商会は信用を売りにしていますから。では、それぞれの品について確認しましょう。まず、一点目の音楽家『ポップマン』の直筆の楽譜ですが、これは有名な楽曲の作成段階で記されたものと考えられ、前半部分が完成品と一致しており……」
「『ポップマン』神話劇場シリーズの第二曲五番、通称『海底都市』。古代後期の神話で女神イディアルが滅ぼした都市が沈み行く最中の混乱と混沌の表現……だったと思うけど。有名というか代表作の一つじゃない?」
「はい、お客様は博識でいらっしゃる。これほどの価値のあるものを扱えるなど商人として誇らしい限りです」
「そう。てっきり曲名をぼかしたのはもっとマイナーな曲と思わせて値段を下げるつもりかと思ったんだけど」
「いえいえ、音楽史に興味のない方には詳しい解説をしても知識をひけらかしてお客様を馬鹿にしているようだと感じる方もいるので」
ふむ、ますます仕事がありませんね。
テーレさんの『万能従者』は知識に関してもこの世界のものなら生き字引のように一般知識を引き出せるそうですし、『知識:音楽史』あたりのスキルを使ったのでしょう。
アーク嬢もびっくりしていますね。さすがはテーレさん。
しかも……
「この品なら専門の研究者に話を持ち掛ければ、そうですな、このくらいの値は固いかと」
「研究者もいいけど、私としては貴族のコレクターの方がいい値をつけると思うけど。昨日、商会の中で偶然聞こえた話だと中央貴族の一部が泡銭で浮かれてるみたいじゃない? もうちょっと、商会の腕ならこんくらいの値段は軽いでしょ」
テーレさん、いい笑顔ですね。
相手の裏をかき困らせる、そんな悪戯心も悪意の一種。こういった形での発散なら、悪くありません。
しかし、そうなると本当にお邪魔するのは忍びない。
とりあえず、出されたお茶でも飲んでいましょうか。
香りもいいですし、味も一流品。おや、お茶菓子も……
「おや……アーク嬢、少々いいですか?(小声)」
「な、なんでしょう? 正直私もテーレ様の知識についていけなくて……(小声)」
アーク嬢も暇していましたね。
まあ、ならば気兼ねなく質問しましょうか。その方が商会の組員として私にものを教えているという体裁が取れますし。アーク嬢も緊張しているのか口調がいつもより硬いですしね。
「あのお茶菓子の隣の方眼鏡。あれはなんでしょう? 置かれ方が『ご自由にお使いください』という感じなのですが(小声)」
「あれは鑑定魔法のお試し品、『鑑定鏡』です。品や印鑑などが本物であることを確かめたり、あと……親の会話に暇をした貴族の子供がいろいろなものを見て暇を潰したりするのに使います(小声)」
「なるほど。術式が刻んでありますね。そういえば喫茶店に万華鏡が置いてあったりするのを見たことがありますし、その類ですか(小声)」
「どの程度はっきり違いが判るかは、使う人の適性にもよるから、未来の鑑定士の卵を見つける狙いもあります。実はこの部屋の家具の中にもいくつか『偽物』があったりするので、それを見分けられるか試したり(小声)」
「それは面白そうですね……私も、そちらの鑑定のモノクルを試してみても?」
最後の部分は支部長殿に聞きました。丁度、品の区切りがついたところだったので。
支部長殿は思いのほか手強いテーレさんとの話が付いてふっと気を抜いたところだったのか、軽く答えてくださいます。
「構いませんよ。簡易なものですので精度は大したことありませんがね。それでこの部屋にある偽物を全部見つけられればあなたは一流の鑑定士になれる才能が有りますよ」
「ではさっそく……」
「マスター。わかってると思うけど、凝視するつもりじゃなくて、ちょっとよく見るってだけでいいから。魔力を意識して励起させようとかとか思っちゃダメだからね」
テーレさんは私がモノクルを破壊してしまうのを警戒しているご様子。
確かに、『測定結晶』のこともありましたからね。この世界のマジックアイテムというものは魔力という万能エネルギーを用いる以上、理論上はどんなものでも爆発する可能性があります。ちょっと怖いですね。
しかしご安心を。
同じ失敗をしないように対策はちゃんとしています。
「大丈夫です、テーレさん。昨夜作ってもらったものは、ちゃんと持ち歩いていますので。超過しかけた魔力はそちらへ」
法具には魔力を蓄積しておけるものがあります。
厳密に言えば、魔力そのものではなく魔力の消費によって発生する現実性の歪みをバネのように蓄える呪紋が刻まれた法具ということになりますが。
昨日の実験で私は普通よりも魔法が暴走しやすいというのがわかったので安全のために試作の法具にその『蓄積』の呪紋を刻んでいただきました。アーク嬢から光が隣接する部屋まで漏れていると指摘されてしまいましたしね。
夜中なので他の方々はお眠りだったのか苦情は来ませんでしたが。幸運に感謝です。
ちなみに、この『蓄積』の呪紋というのはコンデンサのようなもので限度はありますが、それによってある程度瞬間的な魔法のブーストも可能だとか。
使わなくても徐々に世界の平均的な現実性に引っ張られていくため消耗してしまい多くは維持できませんがね。
「ならいいけど……交渉の邪魔にならないようにしてよね」
「了解しました」
おや、給仕さんの視線がやや生暖かいご様子。
子ども扱いされる私の姿は、確かに見ていて少々笑えるものかもしれませんね。構いませんが。
この世界において私は何も知らない無知な子供以下であることなど最初から知っていますし。無知の知を自覚するだけの分別はあるつもりです。
それはともかく、ではさっそく……
「おお……世界の見え方が違いますね。カラフルです」
「カラフルですか? だったら、才能があるのかもしれませんね。偽物の邪念だけじゃなくて、他に込められた感情なども見えてるとそれに応じてやや色合いが変わりますし」
家具や食器、一つ一つに違った色彩が現れるのはなかなかにきれいなものです。
この、テーレさんの作ってくださった装備も、心を込めて作られた痕跡が光として視認できます。
「この下絵は大変価値のあるものですが、欠点をあげるなら保存状態が残念なところで……」
「その手はくわない。この筒の保存状態は完璧、それは百年以上前からその状態でしょ? 当時は無名画家で紙の使いまわしも珍しくなかったんだから。詳しく調べればわかるはず」
ふむふむ、色の違いから察するに家具だけでなく食器にもレプリカが混ざっていますね。
なんと、支部長殿の歯の一部もレプリカとは。なかなかのひっかけ問題です。いえ、単純に差し歯なら指摘するのは失礼ですし、悩みますね……
「ちなみに、この本は販売前に出版禁止されたために出回っていないはずですが、どうやって入手を……」
「さあ、大昔のことなので。製本所に務めている知り合いにでももらったのかも」
おおっと、よく見れば給仕さんの片目もレプリカですね。
瞳孔が光に応じて動くあたり、魔力を通して本当に視覚を担うことのできる義眼かもしれません。これはカウントしない方がいいかもしれません。
しかし……
「では、三つ合わせてお値段は……特別に、端数を切り上げまして金貨にして520枚というところでどうでしょう。さすがに大金であるため、一括現金化はあまりお勧めできませんが」
「まあ、そのくらいかな。とりあえず、すぐに用意してほしいのは金貨10枚くらいでいいから」
確か金貨一枚が日本円にして十万円程度の価値でしたね。
こんな短時間でこれほどの大金が動いてしまうというのは驚きですが、この世界には遺跡から発見される伝説のアイテムなどもあるというお話。
モンスターに破壊された街の修繕や、魔王討伐の懸賞金など、大金を動かす道が円滑に整えられているのでしょう。
資産の移動が活発であるということは、市場が豊かであるということ。求める物が求める人へ渡り、社会全体の『価値』が増えるということですから。
ラタ市は低層民が中心となっていた街なので経済の中心から離れている部分もありましたが、こちらはなかなかの好景気なようです。
「では、こちらが即金分の金貨10枚です。ご確認を」
何はともあれ、交渉は問題なく終了。
このモノクルも返さなければなりませんが……?
「確かに10枚、確認……」
「ストップです、テーレさん。少々、質問をしても?」
実は先程からずっと、色彩の違いはわかるのですが、どの色が『偽物』であるという反応なのかがわからなくて困っていたのですが……
「これとこれ、どちらが『本物』ですか?」
ますますわからなくなってしまいました。
これが先ほどの問題の一部だというのなら、さすがに悪質です。
「……何を言ってるの? それ、どっちもただの金貨じゃない?」
「はい、本来はどちらも『本物』であるはずのなので、困惑してしまいまして……」
「……ねえ、マスター。ちょっとこの10枚、『同じ』だと思うやつで二つに分けて」
テーレさんに言われて、金貨を二つに分けます。6枚と4枚。モノクルなしで見た外見は全く一緒、収穫期の小麦の穂が描かれた金貨ですが……
「支部長さん……この二枚、今すぐに最高精度で鑑定してもらえる? 念のためだけど」
支部長殿は動揺しながらも、金貨を受け取りました。
どうやら、彼も全く意図していない事態が起こっているようです。
「いや、しかしまさか……金貨のチェックなど毎日しているはず……」
「一枚一枚、偽物があるはずだって念入りに全力で鑑定してるわけじゃないでしょ。マスターの勘違いだったなら、鑑定の手間賃は払うから。急いで」
「……わかりました。最優先で確認するので、少々お待ちください」
支部長殿は決意を固めた表情で部屋を出て行きました。
そして、待つこと十分程度。
「お待たせして済まない……確認したいのだが、こちらの金貨と同じだと分類した金貨……あれは、どちらの山でしたかな」
緊張の面持ちの支部長殿の質問に答え、モノクルを通して同じ色の光を放っているように見える金貨の山を選びます。
私が一番困惑したのが、部屋の中で見たものの数の比率的に目算をつけていた『偽物』であるはずのものが、『こちら』であったことが一番大きいのですが……それは、支部長殿にも衝撃だったようです。
「この支部の金庫から出された10枚の金貨……そのうちの6枚、半分以上が『偽物』……だと?」
テーレさんがこちらを軽く睨みます。
気付いていたのに言わなかったというわけではなさそうですが、『また面倒を起こしやがって』というところですか。それは本当に申し訳ないと思うのですが、気になってしまったものはしょうがないでしょう。
この街もまた、闇が深そうですね。
「さて、商会は『信用』が命とのことですが……一つ選択を。ここで我々の口封じを試みるか、共に協力してこの事態の原因究明を試みるか。もしも前者なら不幸な結果が予想されますが、後者ならこの偶然もきっと一つの幸運、女神ディーレの加護でしょう。あなた方が望むなら、私は喜んでこの眼をお貸ししましょう」
いい歳して子供みたいに玩具ではしゃぐ狂信者。




