第33話 『人々』の思惑
side ???
ここは寂れた神殿。
戦乱の時代に破壊されたままの姿ながらも、残った柱や壁は手厚く磨かれ、未だに神聖さを感じさせる空間。
そこには、乞食のような姿をした男から貴族を思わせる女まで多種多様な人間が集まっていた。
その共通点は、武器の類いをどこにも帯びていないこと。中には兵士らしき体格の者もいるのに、防具は身につけていても敵対者を殺すための武装はない。
「山間の僻地。ラタ市の仲間から報告が届いた。政府内の預言者が告げた転生者の出現、確認された……そして、同時に美の女神の使徒の撃破が報告された。それを成したのは……我らが同胞、ディーレ教徒とのことだ」
乞食らしき姿をした男は、社会的には最も弱者に見えるにも関わらず、この集団の中では最も発言に重みがあるのか、他の者は皆黙って彼の言葉に聞き入る。
「転生者はその能力により人心を操り、多くの人々を苦しめていたらしい。その戦闘の余波で街の鉱山が大きく破損したそうだが、そこから見つかった新たな資源により街が衰退する心配はないそうだ。これはまさしく、必要以上の犠牲を生まない幸運。我らが同胞が戦ったという証だろう」
乞食は杖で地面を小突き、目を伏せる。
「自らを省みず、転生者の悪行を止めた同胞に黙祷を」
その場の一同は共に目を伏せ、黙祷する。
非武装を旨とし、積極的な攻撃を行わないことを信条とする彼らの間では常識なのだ。仲間が偉大な戦果をあげるということが、その身を犠牲とした一世一代の献身の結果だということを。
「同胞よ、此度の転生者も我らの神からの使者ではなかったようだが、落胆することはない。星を読む者は告げている。我らが神、女神ディーレの力がこの地に届く日はもはや目前。今日か、あるいは明日ですらあるかもしれん。かの者がこの地に現れた暁には、かの者が道を踏み外さぬよう、速やかに確保し、導かねばならぬ」
静かな、しかし確かな覚悟の感じられる首肯が集団から返る。
それは、怒鳴り声で勢いに任せて納得させるわけでもなく、集団心理に呼びかけることで洗脳するわけでもない、彼らにとって言うまでもないほど決まりきった結論である証拠。
「さあ、同胞よ。我々は、期を待つべきだ。各々、いつでも使者の助力を行えるよう、それぞれの立場での日々の営みを続けてほしい。以上だ」
結局の所、司会であった乞食以外は一人も口を開くことなく集会は終了した。それは、これが新たな転生者についての単純な報告会であったということ。新たな行動については何も決まらなかったということだ。
それを理解して、遠方から気配を消して聞き耳を立てていた『私』はようやく胸をなで下ろすことができた。
彼らはまだ、大きな行動をするつもりがない。彼らはまだ、転生者が『もう一人』同時期に来ているらしきことを知らない。
中央政府の抱えている預言者の存在、そしてその預言は政府と一部の有力者以外には秘匿されているが、彼らに情報が漏れていることは最近判明した。
しかし、預言の正確な内容までは漏洩していない。
彼らは女神ディーレを信仰する組織……その中でも、最も政府に警戒されている過激派慈善団体『兎粥』。
大戦末期から存在する組織であり、あの『兎爆弾』を発明した危険組織。
そのスタンスが専守防衛であり、報復以外での自爆を行わないことや、その構成員が年齢役職性別貧富を問わずどこにでも潜んでいる……言い換えれば、刺激すればどこで爆発するかわからないことから積極的な迫害は禁止されているが、こうして動向は常に監視されている要注意団体。
彼らは例外なく強い信念を持った上で術を修めるため、私欲のために自爆術式を用いて脅迫テロなどが行われたことはない(そもそもそんな半端な覚悟では自爆術式は起動しないらしい)が、仮にもしそれを指示するような存在が現れたら……多大な被害が出ても何もおかしくない。
故に、その動向観察と彼らに流れる可能性のある情報の統制には、我々政府の最高機密部隊の一つが割り当てられ、対応を決定する権限も与えられている。
今回の事件の詳細情報……『美の女神側の転生者を倒したのは幸運の女神側の転生者であり、彼はおそらく生存している』という情報は幸運の女神を信仰する彼らにとって重要な情報であることは今の会話から判断できる。
そして、彼らの想定している行動が最終的に転生者の意向に従う形で、転生者を自分たちと同じ思考に縛り付けてしまうことになることも。
情報によれば、敵対した相手がわかりやすい私利私欲に走った転生者だったとはいえ、それと敵対し街の人間に犠牲を出さなかったという転生者は比較的良識的な部類だ。しかし、まだこの世界の常識を知り尽くしたわけでもない。
もしも同じディーレ教徒だとして彼らに囲われてしまえば、とんでもない命令を出すようになる可能性は否定できない。
その動きを力ずくで止めることは危険性が高く現実的ではない。
ならば、先に押さえるべきは転生者の方だ。
(『女神ディーレ側の転生者』の情報は箝口令を敷く。その上で、情報が拡散しないように注意を払いながら少数精鋭の捜索隊を手配し、転生者に先に接触する。それしかない)
密偵は帰り着き、報告するまでが任務。
平和を望む者として……そして、私と同じディーレ教徒として、彼らに行動を起こさせるわけにはいかない。
彼らの存在が争いを好まないディーレ教徒を武力による迫害から守ってきたのは事実だが、その反面で世間からの差別や倦厭を招いたのも確かな事実だ。
戦乱の時代から年月が過ぎて自爆術式が戦争で使われたのが過去のことと認識され、ようやく温和で穏やかなディーレ教徒のイメージが定着した。
爆弾の最も重要な機能は『爆発しないこと』だ。
彼らの存在はディーレ教徒を護っているが、それはいつ爆発するかという懸念であってこその話。
しかし、善意の方向性が違っても、敵対してはならない。敵対の意思を持てば、彼らの強固な信仰へ応える幸運はこちらの不運に転じる。
どうか、私たちのために……そして、彼ら自身のために、無事な帰還という幸運を女神ディーレに祈ろう。
side ???
ここは日の光の差し込まない地下深くの神殿。
その存在を知るものがほとんどなかったために戦火を逃れて経年劣化以外の傷はほとんどないものの、整備が十分にされているわけではないのか土汚れや闇に住む生物の痕跡が多く見られる。
ここは秘密の神殿。
公には存在しないとされている宗教施設。
『邪神』と呼ばれ信仰を禁止された神を信仰し続ける密教の砦。
そこに、身形や体格を曖昧にする大きめの外套に身を包んだ男が現れ、神殿の奥の闇へと告げる。
「『我ら忘れず。讃えるべきは母なる星』」
仲間内で決められた合い言葉の一つ。
時間や人数に合わせて定められた正しきものを口にすると、警戒が解かれ闇の中から男へと向けられていた矢の狙いが下げられる。
「ご苦労。して、収穫は?」
外套の男は布の包みを取り出し差し出す。
握れば手の中に収まってしまうほどの大きさだが、まるでガラス細工でも扱うかのような丁寧な手つきで布を広げ、中を見せる。
それは、凍った肉片。三角形に切り取られた、人間の身体の一部。
「『言葉』に権能を込められた転生者から切り離された喉の肉であります。微少ながら、神威の残滓が感知されます」
闇の中にどよめきが響く。
そして、闇の中から現れた腕が、肉片を布ごと取り上げる。
「これは素晴らしい。これこそ我らに真に必要な物。此度の働きは誠に見事なものだ」
「いえ、私はただ痕跡を辿る内に見つけたのみ。遺骸の他の部分は政府の者に回収されてしまいました」
「それでよい、いや、それが却って良い。権能行使の直前に切り離されたからこそ、力がまだ残留している。保存状態もいい。十分に研究に値する」
腕は闇の中へと肉片ごと消えていく。
そして、代わりに声が響く。
「兄弟姉妹よ、聞くがいい。たった今、我らは大きな進展を得た。我らが神、我らが『母』の戒めが解かれる日は近い。備えるのだ、天への行軍のために」
side グラハム・バロックス
儂は今、夢を見ている。
だが、直感できる。これは儂の頭の中から生まれた妄想などではなく、神託だ。
美の女神の信徒として神官となり、五十年。
教えを学び、教えを理解し、教えを伝える立場へと身を置き、気付けば聖都の大神殿に住むまでになっていた儂でも、こうして信仰する女神と直に会話をする機会など両の手で数えられるかどうかというところ。
しかし、その内の一回はつい最近のことだ。
新たな御使い、転生者の降臨。
そして、かの者には役目を与えてあるから信徒に手を出させず、騒がせるなという神託。
儂はそれを護った。
位階の高い信徒に通達と同時に戒厳令を出し、指定された地に他の神殿から干渉がないように情報を操作した。
そして、その結果が部下から知らされたのが今日のこと。
本来、信仰する神と対面できるというのは最大の栄誉であるが、今日ばかりは眠りに落ちるのを躊躇った。
「あの子、失敗したわ。あの小娘……ディーレが降ろした転生者に潰された。最期は現地の子に止めを刺されたようだけど、その前にほぼ無力化されていた。つまり……ふぅ、今回は私の負けね。相性のいい能力を与えて、後出しで不意を打って……それでもひっくり返されるなんて、本当に目障りな女よ。あの『幸運』は」
静かに唇を震わせ、只人の歌声など遠く及ばない美声でありながら……美の女神は、怒りを抱いていた。
女神の敗北、女神の怒り、女神の宣告。
儂は女神の言葉の通りに動いた。逆らわず、違わず、疑わず、迅速に正確に動いた。
だが、それで負けたなら……責任を問われても、逆らうことはできない。神が罪人だと言えば、聖人だろうと罪人になる。
平伏し、自身の手を見て震えを自覚する。
下される判決を、女神の気紛れを待つことに耐えられず、女神の言葉が完全に終わったのを感じ取ってから数秒待ち、言葉を発する。
「申し開きもございません! 我らが信徒が御使い様に助力していればこんなことには……すぐにでも、討伐隊を編成させ、異教の転生者とそれに手を貸した下手人を……」
『転生者』が軍隊に匹敵する戦力を持っていることは知っている。おそらく、戦闘になれば被害は悲惨なものになる。
だが、女神の怒りが地上に放たれれば、それどころではない天変地異が起こりかねない。太古の文献にあるような事象が再現されたら天地がひっくり返るという言葉が比喩にならない。
だが、女神は気怠そうに息を吐く。
「やめなさい。彼らには好きにさせなさい。直接手を出すのも、回りくどく悪評を広めるのも、末端の信徒に迫害させるのも許さない。内密にことを収めなさい。それに、コヤナギ……ショウタ、だったかしら。あれは素行が悪かったから破門でいいわ。これで、同じ信徒としての復讐とかもいらないでしょう?」
不干渉、それどころか自らの遣わした転生者を切り捨ててまでその仇を護るような命令に、耳を疑う。
しかし、女神はもう伝えるべきことを伝え終えたという風に儂から注意を外し、独り言を呟いている。
「能力自体は相性で圧勝してた……なのに、能力なしで転生者を倒したなんて……いいわ。すごくいいわ。持ち前の幸運で当たりの駒を引いたみたいだけど、あんな子にはもったいないわ。従者なんかより、そっちを奪った方が面白いじゃない。ふふふ、力で屈服させたりしちゃいけないわ。自分を信仰していた有能な転生者が自分の意思で私の方へとその目を釘付けにしたら、あの子はどんな顔をするのかしら……ふふ、今から楽しみだわ」
その表情は、儂が女神に初めて見る……本来、全てが思いのままになるはずの女神が、いつも退屈を憂いているように見える女神が見せることのなかった、店先で洋服を見初めた生娘のような活き活きとしたものに見えた。




