第32話 徘徊魔王
side テーレ
思えば、長い間この時を待っていた。
「い、いや……やめてください、テーレさん!」
天使ターレ。
鎖に繋がれた彼女を助ける者は誰一人いない。だって、これは彼女への正当な罰則なのだから。
「ふふふ、そんなに怯えちゃって。もしかして、痛いことされると思ってる? でも残念、期待通りになんてしてあげない」
恐怖で過敏になった神経は軽く頬を撫でるだけで全身を跳ねさせるに余りあるほどターレの身体を敏感にしている。
痛みに備え、反応しようとする機能であるそれに痛みで働きかけても、傷付くのは表面だけ。
それじゃあ、いつまでも償いは終わらない。
「ふふ、実は前からその純粋さを穢してみたいと思っていたのよ。軽蔑していた相手に優しくされるって、すごく屈辱的だと思わない……ふふ、黙り込んでもやめてあげないからね」
痛みなんて与えないように、優しく、でも強く抱きしめる。
貶めようとした相手に全てを握られているという恐怖、そしてどうしても反応してしまうことへの羞恥にターレの身体が小刻みに震える。
「ふふ、ターレ? 実は私、前からこうしてみたいと思っていたんだから。すぐ終わるなんて期待はしないでね?」
私に背徳に染まる口実を与えたのが悪いんだから。
ああ、まるで夢のように甘美な時間……
side 狂信者
「……ターレ……? ……前から……こうしてみたいと……思ってたんだから……スピー」
さて、朝ですが、どうしたものでしょう。
テーレさんがとても気持ちよさそうに布団を丸めたものを抱きしめて寝言を呟いているのですが。起こすのが忍びない状況です。
言葉の端々から察するに、ターレさんと仲直りして愛のある抱擁をしている場面のようですし。
しかし、あれほど弛みきった表情のテーレさんは見たことがありません。
眠りながらでも周囲の警戒ができると言っていた気がしますが……そういえば、眠る直前に布団を掛けながら『警戒などいいので安心しておやすみなさい』と言った気がします。
それが命令扱いになってしまったのかもしれません。
「夢は無意識の願望が反映されると言いますし、きっとテーレさんもターレさんともっと仲良く打ち解けたかったのでしょう。ディーレ様にターレ様の処遇についてお願いして良かった」
しかし、『おやすみなさい』が命令扱いとなると本当に私が起こすまでこのままかもしれません。
切りのいい所で起こさなければいけませんが、そのためには寝言を聞いてタイミングを見計らわなければなりません。
しかし何というか……
「ふふ……ここが敏感なのかしら……ターレ……」
さて、どこで止めるべきか悩みどころですね。
「っ~~~!」
ゴッ、ゴッ(←テーレさんが床に額を打ち付ける音です)。
ふむ、丸めた布団を離した段階で声をかけたのですが、タイミングが悪かったようです。
しかし、このまま放置して『仲直り』がエスカレートするとどこまで行くのか判断がつかなかったもので。
「テーレさん、床が窪んでしまいます。夢というのは自分の意思ではままならぬもの。こういったこともありますよ」
「うるさい、忘れて」
「別にいいではありませんか。仲良きことは素晴らしきこと、はい、こちら昨日のお鍋にガリの実を細かく砕いたものを加えたものです。どうぞ」
「……なにこれ、固すぎて食べにくい。美味しくない」
「良く茹でて柔らかくなれば雑炊のようになるかと思ったのですが、失敗しました。まさか加熱するとむしろさらに硬度が上がるとは、ガリの実が人気食材になる日は遠いかもしれませんね」
「物好きなマスター。この世界での『煮ても焼いても食えない』って諺は『ガリの実のようなやつ』って言うくらいなんだから、人気食材にはならないよ」
「食べられないことはありません。噛めば食べられますし、顎が鍛えられます」
「いつか歯の方が折れるよ」
ふむ、確かに固いのですが、鍋に入れるとジャガイモに近いダシが出るのですがねえ。
それに、空腹時に食べた時の充足感の方向性からおそらくタンパク質もそこそこ含まれていますし、スラム街で子供がこれだけ食べていれば最低限の栄養を得て生きていけるというのも頷けます。
問題は栄養が詰まっている分、果肉も凝縮されすぎているのかとても固いというところですが。
まあ、ガリの実の調理法は追々研究するとして、昨夜話していた今後の予定の確認です。
「さて、腹ごしらえもそこそこに。テーレさん、提案します。ラタ市には戻らない方がいいでしょう。このまま次の拠点まで移動しましょう」
「……その理由は? 言っておくけど、この世界には電車もバスもないし、都合良く乗せてくれる馬車なんてそうそう見つからない。歩いて行けないわけじゃないけど、楽じゃないよ」
それはそうでしょう。
徒歩での旅が成人の儀式として認められるような世界なのですから。歩いて行けない距離ではなく、しかし誰にでもできる楽な旅ではない程度の難易度と予測はしていました。
まあ、この世界では生物が魔力によって全体的に強靱化されているのも考慮しての話ですが。
単純な距離は私の前世で生きた世界では徒歩での横断が不可能な距離かもしれません。
「では理由として第一に、小柳宗太さんの生死が不明です。それなりにダメージを与えましたし、あれだけの経験をすれば安易な行動は慎むと思いますが、まだ彼の影響の残る可能性の高いあの街に留まるのは危険です。仮に彼が死んでいたとしても、魅了の効力が消える保証はありません。仇討ち闇討ち不意討ちを避けるためには拠点を移すべき、そう思って夜中の内に連れ出させていただきました」
「なるほどね……ま、妥当な判断か。さすがにあれだけ派手に自分勝手した転生者は指名手配沙汰だからね。生きてて復讐に来るにも、動きは把握できないわけじゃない」
何せ、能力を使って街一つを牛耳ってしまったわけですからね。
テーレさんを手に入れれば戦力的にはどうにでもなると思ってかなりの強引な命令も下したようですし、街の主産業の一つを爆破して損害を与えたのは大きいでしょう。
元より盗賊団と市議会が直結したいわば犯罪組織の縄張り。その乗っ取りに失敗したのです。アーリンさんがいれば対策もできますし、ただでは済みません。
「では、テーレさんも次の街を目指すことに賛成ということですね。次の提案です。私としてはこうして各地を放浪しながら善行の旅というのも悪くないと思いますが、『聖地』の創建というのは並大抵の行動では認められないでしょう。冒険者ギルドへの登録や戦闘訓練を考えると、テーレさんの方針としては勧善懲悪、悪者を倒して武功を上げるようなやり方を考えているように思いますが、合っていますか? 私が知っても問題ない情報なら教えていただいても?」
まあ、戦闘訓練も単純に私の生存確率を上げるためという可能性もありますが。それならモンスターの殺し方よりも身の護り方を徹底的に仕込めばいいだけの話ですし。
どの程度武力に重きを置くか、それによってこれからの鍛え方や準備の方向性が変わります。
「……そうだね。『提案』だから拒否権はあるみたいだけど、何も知らせずコントロールするなんてできそうにないし、まあ普通に答えるよ。まず、偉業の称号には五段階あるけど、最初の三段階は比較的簡単に手に入る。といっても、真面目にやること前提だけど、冒険者ギルドで一定数の依頼を成功させたり、大きな討伐作戦に参加して逃げ回らずにそれなりに活躍するだけでもそこまでは行ける。だけど、第四と第五の偉業認定は求められる基準が高い。というより、偉業認定を受けるためには中央政府の指定した王命って呼ばれる依頼をクリアしなきゃいけない」
「王命……とは、具体的にはどのようなものですか?」
「『政府指定の伝染病・呪いの治療法の確立』『モンスター群生地の完全開拓および新たな街の建設』『中央政府の総生産に明らかな上昇をもたらすような新魔法・技術の発明』……エトセトラ」
「なるほど、『教科書に載るような偉業』というわけですか。それを第四、第五の偉業で二つ」
確かに、それらを成し遂げられたのならば自身の名前をつけた都市の一つくらいもらっても不思議ではないでしょう。というか、それだけのことができる人間に『自由にできる領土と民』を与えておけば、どんな有益なアイデアを考え出し、実行してくれるかわかりません。研究の欲求も功名心も平穏も満たすことができる箱庭があれば、力が強くとも無意味に反抗することもないでしょう。
「だけど、ただの『発明家』や『錬金術師』みたいないわゆる生産職だけの人間が取れるのは第四の偉業の称号まで。まあ、それだけでも研究資金や施設にかなりの特権をもらえるから普通はそれで充分なんだけど……第五の偉業を認定されるには『魔王』の討伐を主導して成功したという実績が必須になる。だから、『聖地』を手に入れるにはどうしても戦闘能力が必要になる」
「『魔王』……ですか? まるでゲームの悪役の称号のようですね」
「うん、まあ翻訳でそういう意味になるってことはそのイメージが一番近いんだろうけど、この世界の『魔王』は倒されるべき運命を持ってるわけじゃない。土地を占領し、自分以外の知性の存在を許さないという他の知性にとっての悪。そして、同時にそれを叶えるだけの力を持つ存在の総称よ」
テーレさんの説明によると、『魔王』というのは縄張りは持つものの国を持つような統治者ではなく、主に生態系を破壊するような力を持ち、かつ他の知性体へと敵対する傾向の強い存在に対して定義された称号であるようです。
「まず、この世界には魔力ってエネルギーがあるっていうのはもうわかってると思うから、魔力そのものについては説明を省くけど、魔力は精神によって世界に影響を及ぼし、同時に精神や魂は魔力による影響を受ける。パワースポットや呪いによって魂から歪んだ突然変異の知性体は、その被害が一定を越えると『魔王』と呼ばれて、懸賞金の桁が上がって大々的な討伐の対象になる。一般的には、転生者と同じかそれ以上の強さが認められると『魔王』に認定されるかな」
逆に言えば、悪に走った転生者は魔王並みの迷惑さであると。
しかし、その転生者をおだてて魔王と戦わせるのが最も効率がいいために転生者が優遇されているわけですか。どちらが勝っても脅威が一つ減るわけですし、合理的です。
「魔王の知名度にもよるけど、強い魔王なら一体、比較的弱くても二体か三体討伐できたのならそれだけで第五の称号が手に入るし聖典に名前が載る。大抵の魔王にはその力のおこぼれをもらおうとしてモンスターが集まるから、実質の戦力は転生者単体より大きい。普通は軍や冒険者の仲間と協力して戦うことになる。だから、それを見据えるなら軍に入る手もあるんだけど……」
「軍事と政治は切っても切れないもの。派閥や武功の取り合いが発生する場所で問題になるのは他の女神の妨害ですか……下手をすれば、どんなに能力があったところで自分の手柄にはしてもらえないかもしれませんからねえ」
それならば、どうやっても仕事の達成と個人が繋がる冒険者の方が偉業の達成という目標のためには近道になると。
小柳さんのように女神の後ろ盾を持ちつつ、人心を操作できるような能力があれば形だけの偉業を積み重ねるのは簡単だったかもしれませんが、ないものねだりをしてもしょうがありません。
それに、私は地道な積み重ねというのも嫌いではないタイプですしね。
「まずは冒険者として戦力を整えながら依頼をこなして正攻法で第三の偉業までこぎつける。そして、同時に大きな事業に関われるようにどこかの大貴族か有力権力者の弱みを……とにかく上手く取り入って、個人では達成困難な第四、第五の偉業を達成するための準備をする。まあ、そういう裏工作は私が得意だし、『魔王』は人類の活動領域から大きく外れでもしないと遭遇しない……というか、魔王の縄張りが人類の生存できない領域って定義されてるんだけど、まだまだ気にする必要はないよ。普通に警報もなしでいきなり遭遇するようなモンスターくらいなら私の『万能従者』でもどうにかなるし」
本当に脅威になるモンスターである『魔王』には会いに行こうとしなければ出会うことがない。
つまり、こちらが準備を万全にしてから挑めばいいから、今は戦力強化に集中しろと。
まあ、今回脅かされた相手もモンスターや魔王などではなく他の女神の送り込んだ転生者でしたしね。
むしろ、今の私たちにとってはそちらの方が危険でしょう。
「転生者以外の普通の盗賊や冒険者も『万能従者』を使えばどうにかなるんだけどね……あ、いや、そういえば一体だけ。確率は低いんだけど遭遇しかねない『魔王』がいた。まあ、そんな偶然はまずないと思うけど、そいつについても一応教えておいた方がいいかな。もしかしたら『二次被害』には遭遇するかもしれないし」
「そうですね。知は力であり武器でもあります。知っておいて悪いことはないでしょう」
遭遇する可能性があるということは脅かされる可能性があるということ。
あるいは、必要とあらばこちらから会いに行くこともあるかもしれませんしね。
「じゃあ、簡単に説明するけど、そいつは現状唯一、縄張りを持たない魔王。『徘徊魔王』『通りすがり魔王』『怪獣魔王』、そんな呼び名があるけど、一番通りがいい名前は……『怪物進化論』、かな」
side リーナ・タングルス
全身が焼け爛れている。
苦しい、水が飲みたい……そこらの水溜まりの泥水でいい。文字通りに這いずりながら、野獣にも劣る姿で泥水を啜ると、ひどい味なのに喉の潤いを感じられる。
火傷を誰かに治癒してほしい。いや、死にたい。そうすれば、楽になる。火傷の苦しみからも、心の痛みからも解放される。
「ソウタ……私が、ちゃんと、してれば……」
冒険者の中には魔法で火を扱う人もいるし、野営で火を使うこともある。だから、火についての注意はギルドで良く受ける。
遺跡の中、風通しの良くないところで火を使うなっていうのも常識だし、もしも火事になったら異様に熱くなった扉は開けるなっていうのも常識だ。
それなのに私は、ソウタに言われるままに開けてしまった。
そして、私とソウタは吹き飛ばされた。
私はこの鎧に火炎耐性の術が弱めだけど施されてたから大きく飛ばされても死ななかったけど。ソウタは……
「ソウタは、私が死んじゃったって思ったから、一人で先に行ったんだよね……当然、だもんね……」
這いずるように彼の立ち去った方向へ追いかけていった。
そして、ようやく坑道の外が見えてきた所で、彼の後ろ姿を見つけた。
安心した。
やっぱり生きていてくれたと、ホッとした。
それなのに……その次の瞬間、彼の喉からは血が噴き出した。
彼は殺された。
相手はこう名乗っていた……『私掠怪盗ドレイク』と。
「ゆるさない……私のソウタを……彼を殺したあいつを、ゆるさない……」
私はソウタが好きだった。
その思いを口にした時には、何故かソウタがイライラして、虚しいといってもう口にするなと言ったから一度しか伝えられなかったけど、彼が転生者だろうと悪い人だろうと、本気で好きだった。
私は元々、何の取り柄もない貴族の家の末妹で、政略結婚にも必要ないくらいの末端で、半ば捨てられる形で家を出て冒険者になった。
適性だけ高かったから騎士職になった。
この不釣り合いな鎧は親の手切れ金代わりだった。
鎧で強そうに見えても見かけ倒しで、弱気で鈍くさくて、何にもできなかった。
最初は装備を見て強そうだからって仲間に入れてくれる冒険者たちも、私が何もできないと知ると離れていった。評判が広まると誰もパーティーに入れてくれなくなって、こんな片田舎まで来てしまった。
そこで、ソウタと出会った。
ソウタの言葉は魔法みたいだった。本当に魔法だったのかもしれない。
彼が戦えと言えば、私は迷いを忘れて剣を振るえた。彼が速く動けと言ってくれれば、私は本当に素早く動けた。
いつの間にか、自分に自信がついて、騎士としての適性があるっていうのが嘘だと思っていたのを改めた。彼は私に自信と戦う勇気をくれた。そこから、彼が好きになった。
彼が悪い人だとしても、好きであることに変わりはなかった。
きっと彼が悪いことをしてしまうのは寂しいせいだと思ったから、もっとずっと近くにいてあげたいと思った。彼がイライラして、やめろと言っても、それ以外のことで支えてあげようとした。
それなのに……
「ゆるさない……ゆるさない……」
私の尽くした、私が仕えた、私が剣を捧げるはずの人を、目の前で殺された。
なのに私は、ボロボロで、仇討ちどころか声を上げることもできなかった。
あいつは私に見向きもしなかった。
あいつはソウタの遺体を持って、どこかへ行ってしまった。
私には、ソウタの遺体を弔うことすら許されなかった。
あいつだけはゆるせない。
死ねば楽になれるけれど、復讐を果たさない間は死ぬわけにはいかない。
だけど、このままだともうすぐ死ぬ。
坑道から出たら森の中で、街に入るには山の麓を回らなきゃいけないけど、そんな力は残ってない。それに、街はソウタの敵に回ってた。ソウタと一緒に逃げた私が戻っても、治療なんてしてもらえないかもしれない。
悔しい。
生き延びたい。
こんな状態の私を治してくれる人なんて誰もいないのはわかってるけど、誰でもいいから手を貸してほしい。
お礼なら何でもするから。
だから……
「ひどいケガ。辛そうね」
這いずっていた私の目の前に、誰かが立った。
力を振り絞って見上げると、それは奇妙な呪紋が隙間なく描かれた古い布を全身に巻いた人型の何者か。その頭から生えた二本の巻角はそれが人間ではないと直感させる。
その姿は見たことのないもの。
だけど、冒険者の間の噂で聞いたことがある。
この世の理不尽の体現者。
あらゆる知性の敵。
そして、その中でも決まった縄張りを持たず、どこに現れるかわからないと警戒される特殊な存在。無軌道に地方をさすらいながら気まぐれに破壊する……『徘徊魔王』という異名を持つ者。
「ま、魔王……ダーウィン……」
魔の手が、私の額に触れる。
『死ぬよりひどいことになる』と恐れられる魔王の力が、私を満たす。
「ナオシテアゲル」
私は苦しみから解放された。
私は死から遠ざかった。
私は……人間という枠から転げ落ちたのを感じた。
side 狂信者
テーレさんは『怪獣進化論』と呼ばれる魔王の外見的特徴を説明した後、本題としてその魔王としての特異性の説明を始めました。
「簡単に言うと、『人類域を無軌道に徘徊する縄張りを持たない魔王』。そして『触れた生物を怪獣に変えてしまう魔王』。大陸中で目撃されてて、気紛れに転生者も簡単には倒せないような『怪物』を越えた『怪獣』を生み出して置いていく。本体の戦闘能力じゃなくて、二次被害で深刻な爪痕を各地に残していくって厄介な魔王なのよ。本体は人間サイズだし派手に暴れた記録もないから、その能力以外はそんなに強くないって言われてるけどね」
なるほど……確かに、それは厄介ですね。
仮にも魔王ですし、触れれば勝てるという能力であれば魔王としての個の強さは比較的目立たずとも、遭遇しうる脅威の中で言えば、さすがに強いか弱いかで言えば強い部類なのでしょう。
それに、下手に個として強力でいつも警戒されている魔王よりも被害が大きく厄介だというのもわかります。どこにいつ現れるのかがわからなければ他の魔王と違って万全の兵力で迎え撃つこともできないということですから。
「つまりその方に出会ってしまったら、万が一にも触れられないように注意しろと」
「それもそうだけど、むしろいきなり近場で『怪獣』が暴れ出す危険に注意した方がいいかな。大きさは個体にもよるけど、『通過しただけで村が一つ更地になった』なんて話もあるらしいから」
翻訳の関係か私のイメージの問題かもしれませんが、話を聞く限り『怪獣』というのはやはり特撮で出てくるようなサイズなのでしょうね。
まあ、それならそれで近付けばわかるでしょうし、目の前で生み出されたりでもしない限りは冷静に対処すればどうにかなるというもの。ただ生きているだけの命なら不要に刺激して怒らせる必要もありませんしね。
「ま、一応説明はしたけど、勘違いはしないこと。私たちが警戒しなきゃいけないのはやっぱり他の転生者だからね。他の転生者はそれこそ魔王の縄張りにでも入らなければ対等以上の敵対者に出くわすことはないけど、私たちはいつ他の転生者が攻撃してくるかわからないからね。特に、美の女神のところには喧嘩売る形になっちゃったし」
まあ、それに関してはちゃんと会話さえできれば小柳くんが能力を悪用していたためにラタ市の皆様に逆襲されたと説明すれば、まともな倫理観を持っている方なら対話で解決できる気がしますが。
もちろん、それを試みてダメならその相手は残念ながら倫理観に問題を持っているということなので全力で排除しなければなりません。
「了解しました。いつでも対処できる心構えと戦闘準備は整えておきましょう」
「まあ、危機感を持ってもらえるのは何よりだけど、それはあくまでも自衛の範囲であることを忘れないでね。ふりかかる火の粉は払わなきゃいけないけど、本筋の方が大事なんだから。まず私たちは、地方でギルドの依頼とかをこなしつつ移動して、中央政府の権力の中心である『王都』へ向かわなきゃいけない。そこで正式に偉業候補とされる案件を王命として受注する。そうすることで、私たちは自らの意志で偉業に挑んだ勇士と認定され、偉業達成の経緯が各地で記録されて手柄の横取りとかの心配がなくなる」
「なるほど。ちなみに、その王命というものは地方の冒険者ギルドでは受注できないものなのですか?」
「王都への道程自体が元々王都近くに住んでる貴族とか以外の地方から成り上がろうっていう人間を審査するための基準になってるから。無謀な蛮勇が下手に魔王の縄張りをつついて災害が起きても困るし、本気で活躍する気のない傭兵崩れに軍資金を渡しても税金の無駄になる。地方の有力者との癒着とかがあれば、地元の簡単な仕事を誇張して第三の偉業の称号まで手に入れることもできなくはないからね。だから、地方出身者は王都へ行く途中で私たちみたいに冒険者ギルドの依頼をこなしたり、決闘や護衛任務で実力を示すことで地方貴族から紹介状を集めたりして、信用に足る人間だと証明するの。その方が偉業認定されやすいし、審査を通れば軍資金や最新の情報みたいな支援が受けられる」
つまりは第三の偉業までは、真の英雄候補を見極めるための試験。
そして、その試験に合格した者、合格だと認めてもらえるだけの力を得た者だけが王都で最終選考の科目である『王命』に挑戦できると。
「だから敢えて王都へ直接ではなく中央から遠く離れた地に現れたわけですか。しかし、エネの村の成人の儀といい、この世界では旅が一人前の証明としてよく用いられるのですね」
「主神様は大昔、現世を旅することで今の主神の座に認められたって神話があるからね。それに倣ってるんだよ。ま、転生者のほとんどは手っ取り早く神殿で推薦状を手に入れて楽しようとするんだけど……」
「女神ディーレの転生者は今までになく、神殿にもそれほどの権限はないと。まあ、構いませんが。旅をして、世界を見て、行いを積み上げる。素晴らしいではありませんか。むしろ、そのような過程を経ずに楽をして手に入れる聖地にどれほどの意味があることか……まあ、実際にはそういった聖地もあるかもしれないので意味がないとは言いませんが。心の拠り所となれば後からでも価値は付随できます」
「やる気があることだけは助かるわ。でも、まずは達成できなきゃ本当に意味はないから。王都に行くにしたって、他の転生者からの妨害を受ける可能性は高いし、私は転生特典としては強い方じゃない。無事に王命を受注できたところで、戦闘系の特典を持った転生者ですら負けることのある魔王を倒せるかどうかはわからない。私は勝ちの確証のない賭けに、マスターの第二の生をチップとして賭けようとしてる。それでも、私の方針に従ってくれる?」
「ディーレ様にいただき、望まれればいつでも返上するべきこの命、お役に立つというのなら喜んで賭け皿に上がりましょう。それに……テーレさんと旅ができるというだけで、私個人としてはとても楽しみな旅です。むしろこちらからお願いしたいほどに」
「……ほんと、物好きなマスター」
ただ本音を口にしただけなのですがね。
まあ、物好きなのは否定しませんが。森羅万象事物全てを嫌悪して生きるよりマシでしょう。
「言っておくけど、そんな旅行気分でいられるほど短い旅じゃないから後で文句言わないでよ。順調に第三の偉業まで達成して王都で王命を受けられたとしても、その先の偉業は本当に大事業なんだから……達成できたとして、何年かかるかわからないし」
「それだけテーレさんと共に旅ができるということでしょう? 素晴らしいではありませんか、目的があり共に歩む方がいる。そして行く先には山あり谷あり峠ありの未知の道。燃えてきますねえ」
この第二の生は少々ハードモードかもしれませんが、それでこそ己が足で障害を踏み越える甲斐があるというもの。それでこそ、幸福への道のりが見つかるというものです。
神を試すべきではありませんが、神を信じる者としての力と信念を示すというのは非常に望ましい。
「下手するとそれこそ通りすがりの魔王に出くわして一巻の終わりっていうのもありえるんだけど。正直言ってあんたが藪蛇突いて余計な問題を起こすのが一番ありそうなんだけど」
「そこはまあ、それこそ幸運任せということで……おや?」
「どしたの?」
「いえ、この世界の空にはドラゴンが日常的に飛行しているのですかね?」
「は? 何言ってんの? そんなわけないでしょ。こんな人類域の空を飛び回る生物なんてそれこそ鳥か新種の怪獣くらいよ」
そうですか。
いえ、ならば気のせいだったのでしょう。
今、瞬きほどの一瞬だけですが、暗くなったような……この小屋の上を何らかの巨大な物体、いえ、『巨大な生物』が高速で通過していったような気がしたのですがね。
オマケの転生者紹介
『小柳宗太』
高校一年生(享年16歳)。
好きなもの『ロックミュージック』。
嫌いなもの『上から目線で命令してくる他人』。
父親は会社の幹部、母親は教育評論家という家庭で生まれ、金銭的には裕福ながらも自由はなくひたすら勉強させられる生活を強いられ、さらに学校では家に金があったことから喝上げの対象になる(最初に友達が欲しくて金でクラスメイトを釣ろうとしたのが発端であるが、それは以前の友達を親が『勉強の邪魔になるから』と勝手に引き離したことから、対等な友人を持つことへのトラウマを植え付けられ、最初から上下を求めてしまったのが原因にある)。
歩道を歩いていたら暴走トラックに巻き込まれて転生(事故に巻き込まれてから死亡までの時間は推定78秒)。能力は『他人を従わせられる能力』を要求し、美の女神はその条件指定を無意識の願望から選出(実は逆にその能力になる転生者として小柳宗太が選出されたのだが、それは知らされていない)。
転生時期は狂信者の降臨のほぼ直後、ラタ市内に降臨したものの、ガイドがいなかったため冒険者ギルドの存在を知るまでに時間がかかり、その間にスラムの住人や貴族から異世界の洗礼を受けて暴走を始める。
なお、操った魔法使いから音に関する魔法を習うが、三日で基本的ながらも複数種の魔法を使えるようになるなど天才的成長を見せ、師匠である魔法使いからも音魔法を磨き続ければ歴史に名を残すかもしれないと称賛されるが、小柳宗太はそれを『魅了されているが故の過剰な評価』と考え、まともに受け取らなかった。リーナからの告白に関しても同様の理由で聞き流している。
なお、彼の能力は『命令を聞かなければならない理由』として信頼や好意、畏怖を抱かせることもあるが基本的に命令しない限りは崇拝や信頼はあっても好意的な噓を口にさせたり恋愛感情を錯覚させたりといった効果はない。
幸福の青い鳥は、すぐ近くにいたことに気付かれないまま、主のいない家の外に飛び立った。




