第31話 「するべきことを」
本日は三話同時投稿です。
平成中に一章全部投稿すると書きましたが、後三話ほどあるので嘘にならないように月曜日辺りに投稿します。
side 狂信者
テーレさんの記憶消去拳から逃れ、疲れて眠ってしまった彼女に布団をかぶせて一緒に眠りについたと思ったのですが……どうにも意識がハッキリしていますね。眠ったはずなのに。
しかも、今の私は眠っているはずなのに、立って目を開いて周囲を確認している自身を認識しています。
ここはどこかで見たような、真っ白な空間ですね。
……はて、もしや私、寝ている間に死んでしまったのでしょうか。
なるほど、今日は特に幸運が続きましたし、生存に必要な幸運まで使い切ってポックリと往生してしまったわけですね。
「いえ死んでません! 早まらないでください! お詫びのために精神だけお招きしただけですから!」
おや、目の前に現れたのはディーレ様のお姿。
どうやら私はとうとう夢の中にはっきりとディーレ様の姿を見るほどにディーレ教徒としての意識が高まっているようです。
「いや夢でもないんですってば! 本人ですから! いや目を閉じて何を念じているんですか!」
「女神ディーレが一柱、女神ディーレが二柱、女神ディーレが三柱……」
「増やそうとしてる!?」
失礼失礼、明晰夢なら意識すれば改変が可能かと思いまして。
しかし、ディーレ様はお一柱のまま。つまりこれは明晰夢ではなく、夢のお告げのようなものなのでしょう。
「これはこれはディーレ様、突然のご訪問に興奮してしまい、つい冷静さを欠いた振る舞いをしてしまいました。この償いはなんなりと……」
「お詫びに来たのに償いをしようとしないでください。ややこしくなりますから。償いがしたいなら、とりあえずは私の言葉を黙って受け取ってください」
「了解しました。ディーレ様の御慈悲に感謝を」
「では……この度は、私の部下の天使がご迷惑をおかけしました。そして、第一の生の補償であるはずの転生で我々神々の都合に巻き込んだことを謝らせてください。本当にごめんなさい」
立ったままですが、お辞儀よりずっと深々と頭を下げてくださるディーレ様。
その姿勢からは真剣さと誠実さが伝わってきます。
『お止めください』と言いたい所ですが、黙って言葉を受け取る約束です。ならば、しっかりとこの心の眼に焼き付けましょう。ディーレ様の旋毛の形までしっかりと。
「…………」
「あ、喋ってもいいですよ。というかそんなに見つめないでください、なんか怖いです」
「了解しました。ではこの眼を……」
「捧げなくていいですから! もう、本当に極端ですねこの人は」
「申し訳ありません。しかし、ターレさんの悪戯くらいでそんなにも深々と頭を下げていただくのはこちらとしても心苦しいもので」
「悪戯くらいとは……結構大変な迷惑をかけてしまったと聞きましたが」
「それはまあ、彼女を信じていたテーレさんにはそうかもしれませんが、私個人に関してはディーレ様に頭を下げていただくような大事ではありません。まあ、テーレさんを謀ったこと自体には思うところはありますが、それはまた別の話です。彼女たちのキャットファイトに口を出す立場ではありません」
「ほぼ殺し合いに近いやりとりをしたはずですが……それをキャットファイトとは、器が大きいというのか何というのか」
「『狂っている』と?」
「そんなことはありません。断じて」
強い否定です。
誤魔化しでも宥めるためでもない、有無を許さぬ否決です。
「……申し訳ありませんでした、ディーレ様。神を試すようなことを口にしました。失言をお赦しください」
「はい、赦しましょう。償いも必要ありません。むしろ、今回は私が何か補償をしなければいけませんし」
「補償……ですか」
転生システムも本来の残り寿命の補償だそうですし、神々の世界では責任問題が流行っているのでしょうか。本来は人生の責任など本人に帰結するべきものなのに、難儀なことです。
「ターレのことは上司であり保護者である私の監督不行き届きです。彼女が勝手に他の女神の担当する転生者を唆し、あなたとテーレを攻撃させた……ということになっているので」
「美の女神イディアルは……なるほど、小柳くんは破門されましたか。使い方によっては素晴らしい能力を持っていたのに、残念です」
美の女神がターレさんを魅了したわけではなし、唆したというにも嫉妬を煽っただけで方法を指示したわけでもなし。多少責任追及されそうな部分があっても権力の強い存在が罪を追求されにくいのは世の常ですか。
むしろ、下手をすればターレさんが小柳くんを唆したという面を強調されてこちらが不利と。
「理解が早くて助かります。私は権能も小さくて特別なことなんて全然してあげられませんが……新しい能力とかは無理ですが、ちょっとしたマジックアイテムや武器防具くらいなら送れますよ」
「そんな畏れ多いものは……というのは、またディーレ様を困らせてしまいますよね」
「はい、形式的にも立場的にも、あなたに何かを望んでもらわないと困ります。今回のことは、イディアルさんのことがなくともターレを育てた……いえ、テーレやターレたちを育てた私の責任です。私は、あの子たちをできるだけ平等に育てたつもりでしたが、テーレの生まれ持った性質に対しても平等であるためには、他の子より手をかける必要がありました。それを、ターレはテーレの方が愛されている証拠だと思ってしまった。それが事の発端だと、ターレ自身の話から感じ取りました」
「なるほど、ターレさんは現在天界にいるのですか?」
「はい、現在は治療中です。本来はあの子も連れてきて一緒に頭を下げるべきでしたが、何とぞご容赦ください」
ふむ、補償……償いというのなら、ターレさん自身が辛い思いをしなければならないのは道理ですね。確かに、人間なら監督不行き届きは重罪ですが……ディーレ様は善意と幸運を司る女神様ですから。配下の天使とは言え事前に悪意を察して予防しろというのは難しいでしょう。
甘やかすわけではなく、『見返りを求めない純粋な善意』を象徴する女神ディーレはそういった計算ができないと信じられている存在、そういった計算ができてはいけない神格なのですから。
だからきっと、ディーレ様自身はもう既に十分に苦悩しているでしょう。もしかしたら、誰かからの悪意や、それを陰で防いでくれる誰かの心遣いに気付いても、何も知らないふりをしなければならない場面もあるかもしれません。
さらに仮定を重ねるなら、その密かな感謝の表現が贔屓や差別に見られた可能性も……これは妄想邪推空想ですね。忘れましょう。
「では、補償……にはならないかもしれませんが、可能ならお願いしたいことが。ともすれば通常の補償より難題かもしれませんが」
「な、なんですか?」
「そう警戒しないでください。誰それの尊厳に関わるようなことではありません……とは言えませんが」
「な、なんでもというわけではありませんからね? 内容によってはお断りしますよ?」
「では却って気軽に求めさせていただきます。ディーレ様、今回テーレさんを陥れようとしたターレさんから、今しばらくディーレ様の加護である『幸運』を剥奪していただきたい」
「そっ……それは……」
「それこそが、テーレさんの『不幸』に、いえ、それを覆そうと彼女が重ねた努力と意思力に嫉妬したターレさんへの適切な罰則だと思ったので。天界の法に口出しをするつもりはありませんが、形式的とはいえ被害者である私の意見が介在する余地があるのなら」
「できなくはありませんが……」
「そして、できるならその上で彼女への温情を」
「……あなたは、ターレを苦しめたいわけではないのですね。むしろ……」
「はい、私はできればテーレさんとターレさんにいつか仲直りをしてほしいと思っています。勘違いや擦れ違い、誤解誤認煽動洗脳、そういったもので起きる軋轢は解きほぐされ、解消されるべきです。でなければ、不要な不幸が生まれますから」
テーレさんの『不幸』を、ディーレ様に特別扱いしてもらえるものだと思っていたターレさんは、きっと生まれながらに幸運の加護を受けて、その辛さを知らなかったのだと思います。
自分が気付かないままに、ディーレ様からどれだけの愛を受けていたか……それは、一度親離れして守護を離れてみなければわからないでしょう。
お二人が、テーレさんとおそらく彼女が同じ天使の内で一番信じていたターレさんが、元の関係性を取り戻すには必要なことです。
ま、確実に私はターレさんに恨まれますがね。
女神ディーレにできない冷酷な処罰が誰からの提案かなど、すぐにわかるでしょう。
「はい……わかりました。それがあなたの『善意』なのですね」
「私はするべきと思ったことをするのみです。それが私のしたいことであり、その根源が物事を善くしたいという意思だと考えれば、確かに『善意』と言えるのでしょう」
真っ白で距離感も掴めない空間ですが、遠くから近くへ向けて曖昧な空間が広がり、はっきりとした領域が狭まっているのを感じます。
用件が済んだ、ということなのでしょう。余計な時間をいただくわけには行きません。
「あなたは、狂ってはいませんが……随分と、生きにくい生き方をしていますね。そのままでは……いえ、やめておきましょう。ただ一つだけ。その先には私がいます。その意味はあなた次第ですがね」
意識が遠退いていきます。
どうやら、本当の睡眠に落ちてゆくようです。
ディーレ様……いつか、再び生を全うした暁には、この転生への一生分の感謝を述べましょう。
そのように会えるように、心がけましょう。
side ディーレ
私の担当した初めての転生者が、再び第二の世界へ帰って行きます。
意識が遠くなっていっているはずなのに、深々と礼をして、私の言葉に思念で答えて行きましたね。
「熱心なのに自分勝手な信者さんですね。アイテムなんかに見向きもせずに恨まれ役だけ持って行くなんて」
事象に関わる全ての人間の……いえ、全ての心の感じる幸福の総量で行動を決定する行動原理。『みんなが幸せになれますように』と願っていると言えば、世界の闇を知らない子供の夢にも聞こえるけれど、彼のそれはそんな甘い考えではありません。
より大きな幸福が生まれると思ったなら、その過程や手段で大きな負債を許容する。そして、彼には『誰がその負債を払うか』に区別がないのですから。
ターレの現世で使った肉体の履歴、そしてそこから得た座標で視た過去の記録。彼は小柳宗太という転生者を絶対悪だとは思っていませんでした。けれど、彼の行為が、周囲に与えた不幸と釣り合う幸福を得ていないと判断して、容赦のない攻撃を加えた。
もしも小柳宗太が、その能力を他人の幸福のために使っていたのなら、美の女神に心酔した転生者として敵対していたとしても、あっさりと降参していたかもしれません。
ひどく危うく、ひどく真っ直ぐな人です。
私の『幸運』は私にも何が起こるかなんてわからないけれど、もしかしたら、テーレと彼が出会い、惹かれ合ったのはそれこそ幸運なのかもしれません。
ターレはテーレのそういう部分を天使らしくないと思ったのだろうけど、テーレには自分本位で動ける我が儘さがあります。
自分が当たりを引くために、他人に外れクジを押しつけられる技量があるのです。
そんなテーレを一目見た彼が、彼女に固執した。人間の価値を悪平等なまでに平等に見る彼が、人間ではない天使として特別視して、天使の中でも特別な個として彼女を選んだというのは、きっと大きな意味のあることなのでしょう。
願わくば……それが、あの二人の両方にとっての幸運であることを。
「あ……そういえば、ターレが隠してたステータスリストのこと、教え忘れましたね。テーレに連絡を……いえ、今日は大変な日だったのですから、ゆっくり眠らせてあげましょう」
『信仰』のスキルが高いといっても、彼は前世では目立った犯罪に関わったという経歴もありませんし、ちゃんとした学校に入れる程度には常識的だったはずです。少々考え方は特殊ですが、今回は事態が事態でしたし、何もなければ殊更警告が必要なほど無鉄砲な行動はしないでしょう。
「さて、では転生者の案件はここまでにして、本日寄せられた信仰の確認を……」
あ、早速彼らの活動していたラタ市からの信仰がすごく増えてますね。
では、その中から特に想いの強いものを選んで読んでみましょう。信仰と共に届いた強い願いを内容次第で叶えるのも、神様の仕事の一つですから。
『ラタ市在住 盗賊のお頭さん
ディーレ教徒のおかげで生き別れていた娘と再会できました。感謝してもしきれません。
P.S それはそれとして、ディーレ教徒怖い』
『ラタ市在住 ガラクタ集めさん
ディーレ教徒のにいちゃんのおかげで死んだと思っていたとうちゃんと再会できました。しかも、とうちゃんの知り合いの伝手で勉強を教えてもらえるそうです。幸運ってやつは本当にあるんだなって思いました。ディーレ様、ありがとう。
P.S それはそれとして、ディーレ教徒ヤバイ』
何故だか、一番強い想いが感じられたのがP.Sの後の部分だったのですが……
「え、ええっと……大丈夫、なんですよね?」
感情相関図
ディーレ様→狂信者
「第二の生は幸せになってください」
ディーレ様→テーレ
「いつも頑張ってるんだから少しくらい休んでもいいのですよ?」
狂信者・テーレ→ディーレ様
「「全てはディーレ様のために」」
テーレ→狂信者
「怖くて目を離せないけど無能ではない」
狂信者→テーレ
「なんかよくわからないけれど愛おしいです」
親の心子知らず。神の心信徒に届かず。




