第23話 少年『小柳宗太』①
side 小柳宗太
世界は馬鹿ばっかりだ。
身体が大きい、声が大きい、家が大きい。そんなことを自慢に馬鹿が大きな顔をする。少なくとも、中学や高校って場所はそういうところだ。
「おーいぃ、こやなぎぃ? てめえの家、金持ちなんだろ? ちょっとばかし貸してくれよ? な?」
群れて威圧することだけが能な馬鹿共が……今に見てろ。
社会に出て困るのはそっちだ。喧嘩の強さや恐喝の上手さで生きていけると思ってたら大間違いだ。
「宗太! また1位取れなかったの!? あんたもうちょっとで一番なんだからもう少し頑張りなさいよ!」
黙れ!
ちゃんと、あんたが命令した通りに勉強してるのが見てわからないのか?
下で適当にやってる馬鹿共と違って上位の順位がそんな簡単に追い抜けるわけないだろうが。
なんで認めないんだ……こんなに努力してるのに、なんで叱るんだよ? 親の仕事は叱ることだけだとでも思ってるのか? 怒鳴りつければ怒鳴りつけるほど成績が上がるとでも思ってるのか?
本当に、馬鹿ばっかりだ。
「うん……わかったよ……」
今に見ていろ。
一人で生きていけるようになれば、いつか、自由になれば、お前ら馬鹿共なんか…………
「車が壁に突っ込んだぞ!」
「学生が巻き込まれた! 救急車呼べ!」
「うぇ! こりゃ酷え……」
結局、『いつか』……なんて、来なかった。
やって来たのは、居眠り運転で歩道に飛び込んできたトラックだけ。
理不尽で唐突な死に、何が起こったかすらわからないまま第一の生は終わりを告げられた。
そして……
「あなた、トラックに轢かれて死んだから。擬似権能……あなたたちの言うところのチート能力? あげるわよ。次の世界ですることは、そこの天使に聞きなさい」
死後の世界で俺を待ち受けていた気怠げな女神は、装飾や演出なんかを用いるまでもなく、その容姿だけで『美』を体現する存在だった。
彼女は人間に対して己を誇張するような振る舞いをすることはなかったにも関わらず、その物憂げな仕草すら美しかった。
何故だか、嘆くことも悲しむこともなかった。
俺は自分で思っていたよりもすんなりとそれを受け入れた。元々、あんなクソみたいな世界にいても、生きている気がしなかった。もう会えないことを悲しむような相手も、俺が死んで迷惑をかけたとしてそれを申し訳なく思うような相手もいなかった。
俺の願望に合った能力を与えられて、未発達な世界に送り込まれて、誰にも縛られずに自分の好きなように生きる。
いつかフィクションの中に見て憧れたままの転生。理想通りの、心のどこかでずっと求めていた新世界。
そして、失望。
控え目に言って、この世界の住人は野蛮な猿だった。日本という国が、どれだけ恵まれていたか。創作での中世西洋の世界がどれだけ美化されていたかを知った。能力なんて使うまでもなく、日本で培った知恵を使えば文明的に遅れた世界で生きていくことくらい難しくはないだろう……そう思っていた。
だが、この世界は、ここの人間は、俺に機会すら与えようとしなかった。
このラタ市という街の人間は、革新的な発明のアイデアも未来の知識も重要視しない、ただ野蛮に奪うことしか頭にない連中だった。
特に最悪なのは、この世界の貴族という連中だ。
「気安く触れるな! この汚らしい低層民が! 俺を誰だと思っている!」
元の世界では捨て去られたくだらない身分制度の産物。本人の能力に関係なく持ち上げられた無能共。
お前らなんかより、日本じゃ俺の方がずっと当たり前にいい生活をしていた。汚らしいのはお前ら方だろうが。それなのに威張り腐って……気に入らない。俺に当たり前に命令するのが気に入らない。
だが、俺にはこの世界で生きる力なんて何もなかった。
後ろ盾もなく、家もなく、経歴もない。
この世界で珍しがられて金にできそうなものは小汚いスリに盗まれた。
現代知識を生かして売り込むにも、見るからにひょろくて力の弱い俺の話なんて誰も聞かなかった。
それもこれも……能力を使うのを躊躇っていたからだ。
この世界で目立ち過ぎないように、行動を縛られないように、慎ましく大人しく生きていくなら与えられた能力なんて使わなくてもいいと思っていたからだ。
それが、間違いだった。
「俺の名を知らない? ふん、学のないやつめ。掘り出し物を買い付けにわざわざこんな辺鄙な街へと赴いたのに道案内すらできんのか。私は中央では高名な貴族家と親戚である……」
限界を迎えるのに、感情が爆発するのに、時間はかからなかった。
いつ、そいつの名前を復唱していたのか、はっきりと憶えてはいない。もしかしたら、無意識に『名前』に反応して呟いただけかもしれない。
今となっては、どうでもいい。どうしようもないことだ。
「……うるさい……死ね!」
言葉が口をついて出た。溢れ出て、止まらなかった。
俺に命令するやつなんてみんな死んじまえ!
俺を見下すやつなんて……
「はあ、はあ、はあ……あ……?」
『死んでしまえばいい』。
そう、最後まで口にした気もするし、しなかったかもしれない。
間違いないのは、その言葉を目の前にいたはずの貴族は聞かなかったであろうということ。
死んでいた。
勝手に、傷一つないのに死んでいた。
俺の言葉の通りに……死んだ。
俺の言葉が……殺した。
「あ、あ……」
どうすればいい。
どうすれば元に戻る。
どうすれば吐き出した言葉を元に戻せる。
その答えが出る前に……
「旦那様! 大きな声が聞こえましたが何か……」
逃げ出すことを思いつく前に、運命に追い詰められた。
その瞬間に、俺は『能力を使わずに生きる』という選択肢を失った。
「ご主人様、あの男の死体は金品や服を剥がしてスラムの浮浪者に見えるように処理しておきました。ご用件ができましたらまたなんなりとお申し付けください」
気付けば、深みに嵌っていた。
罪を隠すために罪を重ねる。罰を受けないように他人の意思を歪める。相手を騙し、名前を聞き出し、死体を捨てさせ証言を曲げさせる。そうすれば、あっけないほど簡単に俺のやったことは『なかったこと』になった。
一度使い始めた能力を捨てることなんて、また惨めな自分に戻ることなんてできなかった。
何かを食べるため、金を得るため、安心を得るため、優位を得るため。他人から『悪事』だと思われるであろう行いを抹消するのに慣れてくると、自分でも驚くほど簡単に箍は外れて行った。
そして……
「はは……ハハハ、アッハッハッハ! なんだよ、誰も俺を責めたりしてこないじゃねえか! ここでは、俺は自由なんだ! もう、命令される側なんかじゃないんだ!」
結局の所、受け入れてしまえば楽なものだった。
そうしてようやく、理解できた。
俺はこの世界に迷惑をかけるとか慎ましく生きるとか、そんなことを考えるべき立場じゃなかった。
俺はこの世界を変えるためにこの能力を与えられた、そのために女神が俺をこの世界に送り込んだ。俺は我慢する必要なんてなかったんだ。この能力は明らかに『人の上に立つ者』に与えられるべきものなのだから、考えてみれば当たり前のことだった。
それからは、俺は強者の側に立った。
金は冒険者ギルドでいくらでも手に入る。
無理やり金を盗む必要はない。それは単調なバカのやり方だ。
俺自身が強くなくても、強い冒険者に命令して働かせればいい。貢がせればいい。そうすれば、俺にはこの世界での冒険者としての地位や名声も手に入る。
当然、冒険者の中には俺に逆らうやつもいた。パーティーメンバーを奪う気かとか、仲間に手を出すなとか言って来たが、知ったことか。お前らに神の力はない。
そして、俺は欲しいものを手に入れていった。
仲間を手に入れた。
女を手に入れた。
金品を手に入れた。
他の奴らが努力を重ねて、時間をかけて、心身を削って手に入れるものを、簡単に手に入れた。
強い冒険者を従えるにつれて、強いアイテムをまとうにつれて、一言で大勢の人間が動くにつれて、自分が強くなっていくのを感じた。
そうして、瞬く間に手に着くものを手に入れても……まだ、足りないと言われた。
「この世界には、あなたの他にも転生者がいます。直接戦闘に長けた能力との戦闘になれば、あなたは不利を強いられることでしょう」
この世界の住人では神から能力を与えられた転生者には勝てない。それは、散々能力を使ってきた俺自身がよく知ってる。
いくらこの世界の住人を操って手駒にしていたところで、鎧袖一触にされてはどうしようもない。最悪、『命令』をする暇すらなく殺されるかもしれない。
「しかし、この街にいるもう一人の転生者の特典である『従者』を手に入れれば、あなたの最強の盾となり矛となります。あなたの能力なら、それが可能です」
俺にはより大きな力が必要だ。
この世界を丸ごと支配する力。
この世界を、変えることができる力。
一つでこれだけ強力な転生特典をもう一つ手に入れることができるなら、俺は間違いなく転生者の中でも最強の転生者になれる。
それはつまり、この世界で最強の存在になるということだ。
誰も、俺に命令できなくなる。誰も俺を無視できなくなる。誰も俺を縛る者はいなくなる。そういうことだ。
世界征服なんて野望じゃない。
これはもっと簡単な話だ。俺はもっと発展して高等な世界を知っている。だから、それを教えてこいつらの世界をもっと良くしてやるだけだ。そのために、俺の言葉に従うための環境を作ってやる。
俺は世界を作り直すんだ。
あんなクソみたいな日常しかない、馬鹿しかいないあの世界にようにならないように、導いてやるんだ。
未開の地の下等な人間共に幸せで快適な文明のあり方を教えてやる。それが女神に選ばれた俺の使命だ。
俺がこんな能力を持ってここにいるっていうことは、そういうことだろう?
「選ばれてなんていない……あなたは、自分の行動を正当化するためにそうやって責任転嫁してるだけよ。ま、そういうふうに勘違いしやすい人間として選ばれたって言い方はできるかもしれないけど」
坑道の中、不意を討って無力化した『従者』は、自由を奪われても口が減らない女だった。
ターレという天使の能力を通じて、天界で通信機代わりに使われているというテレパシーに乗せて俺の能力を食らわせてやったのに、こいつは眼が死ななかった。
「あなたの命令権は、確かに従者型の特典に有利よ……むしろ、そのためだけに選ばれたんでしょうね。ディーレ様の使徒としてこの世界に来た私たちを倒すためだけに。あーあ、こっちの転生者もこれだけ扱いやすいやつだったら大当たりなのになー」
「うるさい! 状況わかってんのか! 俺はお前をどうにでもできるんだぞ!」
俺がどんなに強く声を浴びせかけても、こいつは体の自由は利かないのに俺を挑発するように笑いやがる。
横っ面を殴りつけようが命令で苦しめようが、それを『この程度か』とでも言うように浮かべる呆れたような笑みが、俺をより苛立たせた。
「どうにでも? 本来の主人の命令に誤認させてるだけで、自殺も特典移譲もできないクセに? 笑わせるわね。あー、ホントにこっちが良かったわ。やっぱ私、運ないなー」
「クソっ、自分から俺のものになりたいって言えば扱いも考えてやったのに」
「そう言われたいなら言わせればいいでしょ? 心のない空虚な言葉をいくらでも聞けばいい。でも、初めから他人に『もの』なんて言葉を使ってる時点で底が知れてるわ。その点、こっちの転生者の方がまだいい」
「ふん、強がり言いやがって。そっちは転生特典もろくに使いこなせてないだろうが」
この街のもう一人の転生者の情報は、既に掌握した盗賊たちやギルドを使って調べてある。
出てくるのは、異名持ちという他は大した情報も上がってこない平凡な男の話ばかり。多少話し方や振る舞いが変わっているだけで、知らなければ転生者だとはまず思わないような情報ばかりだった。
なのに……こいつは、俺を鼻で笑った。
「あんた、何にもわかってないわね。私があいつに何もさせないためにどれだけ手を焼いてきたと思ってるのよ。元々は、別の便利系の特典能力を持たせた上で、理由をつけて別件扱いで時々降臨して手を出そうかと思ってたけど、今はそうしなかったことが正解だったと思ってる。あれは、能力なんてなくても何でもできるのよ……私の特典としての能力と違う意味で」
「なんだよそれ。元々、特典能力なんていらない天才だったとでも言うつもりか?」
「ま、確かに才能のあるなしで言えばある方だろうけど、そういう話じゃないわ。最初はなんで転生者がみんな欲しがるはずの転生特典を拒否したかなんてわからなかったけど、何日か一緒にいてわかったのよ。あいつは、まともな能力なんて持たせたらすぐにでも世界を壊しかねない。能力を与えられて、思惑通りに動かされてるだけのあんたとは違うのよ。そして、それをわかってて能力を望まないあたり良識もあんたよりよっぽどあるわ」
「チッ、意味が分からねえ……デタラメ言ってイラつかせようってか?」
「あれ? 私に能力で『嘘を言うな』って言ったのは誰だったっけ?」
「チッ、うぜえなてめえは!」
動けない女の顔をさらに殴りつけた。
だが、こいつは笑みを失わない。それどころか、仮にも転生特典の一部である肉体を殴りつけて逆に拳が痛んだ俺の仕草を見て、嘲笑う。
「いいか! てめえはこれから、てめえの愛しいご主人様に見放されて、心まで壊されて俺の下僕になるんだ!」
「あはははは! 全く怖くないわその脅し文句! それよりもこうして帰りが遅れた分あいつが何やらかしてるかの方がずっと怖いくらいよ! 覚悟しておきなさい、私に何かをするってことは、あいつの箍が外れるってことなんだから!」
「チィ! どこまでもうざいな!」
イライラする。
従者のくせに、下僕のくせに、どうしてこんなふうに自由を奪われても勝ち誇れる。
なんでこいつも支配されてるはずなのに、俺の操ってるやつらとこんなに違う。
俺は、あんな弱くてなんの能力もないやつの元から救い出して、もっと有意義な命令をしてやろうって言っているのに。
「命令だ! ここで俺と会ったこと、俺から命令を受けたことは全部忘れろ! 忘れたまま、俺の命令を実行するんだ! そして、仮に何かおかしいと感じて推測できても、俺たちに関することは何も話すな! いいな!」
俺を嘲笑ったことも、俺を不快にさせたことも全部忘れて、無意識に命令に従って行動して、絶望するがいい。
従者が、堕ちた天使ごときが美の女神に選ばれたこの俺を下に見た罰だ。
さあ、今に見ていろ。
てめえが期待をかけた転生者を、てめえの目の前で跪かせてやる。そして、権利を譲渡させた後はてめえ自身の手で殺させてやるからな。
片や異世界を『素晴らしい』と言って土下座をしてまで味方を作った狂信者。
片や異世界を『汚らしい』と言って能力で手下を増やした小柳宗太。
現代知識で無双なんてできなくても、まず頑張って信頼できる対等な友人の一人でも作れていたら、何かが違ったのかもしれない。




