第185話 女神達の軋轢
side ディーレ
少し原点に立ち返り、『転生者』について説明しましょう。
『転生者』というシステムは、主神様が考案・導入したものです。
それというのも、それ以前に行われていた現世への発展支援……いわゆる『神威の証明』のために送り込まれた神器がその本来の役目を終えた後も神々からの加護の厚さの証明品、天界からの後押しの強さを計る指標として用いられ、それが戦乱の時代と呼ばれる多くの戦争のきっかけになってしまったのが原因です。
まず前提として、天界はどこか一部の地域を贔屓して加護を与えるということはあまりありません。というか、天界が加護を与えるのは人類であって、人間同士の争いにどちらかを絶対正義として干渉することは基本御法度です。
神器を与えるのも『その地域に悪霊が異常発生して早期解決しなければ死都が拡大するから』『気候の変動により満足に作物が作れなくなった土地がある』『戦争が泥沼化し戦士ではない人々まで死に瀕している』というような状態に対してであって、間違っても『山奥の村に与えたこれを領主が徴収して独占しろ』という意味合いではないのです。なんならちゃんと夢枕に立って説明しているくらいなのです。
それなのに一部の人間ときたら神託をただ『神器が地上にもたらされた』という情報として喧伝して堂々と『必要な土地』に軍隊を送る始末。悪い時には神器を受け取った本来の支援相手を皆殺しです。
しかも、状況が改善し神器がいらなくなっても神殿規模の結界金庫にしまい込んで回収担当の天使の目を逃れ、使いたいわけでもないのに『保有している』ということを権威の根拠にして支配強化やら領地独立やらを企てたり、さも自分自身のもののように乱用して力に溺れたり……まあ、端的に言っていろいろとよくない結果に繋がったわけです。
そこで見るに見かねた主神様が導入したシステムが『転生者』という新たな試み、この世界にとっての部外者であり中立者となり得る異世界の人間……それも、その出身世界における終わりに満足していない若い魂を招き入れ、神器の代わりに彼らの求める願いを叶える形で疑似権能を与え、彼ら自身の倫理観や状況判断を尊重することで意思なき神器にあった『適切でない使用者に使われてしまう』という欠点を克服できないかというコンセプトです。
一応、神器の中にも『最初に受け取った人間以外起動できない』という制限を付けたりしてみたことがあるのですけど、持ってるだけで『これは神の寵愛を受けている証明である!』とか叫ばれたら同じでしたし。それなら、生きた人間で金庫にしまい込んでおくわけにも行かない転生者の方がまだ悪用しにくいというものです。
身も蓋もない話ですが、生ものなので百年くらいで自動回収できますし。
もちろん、転生者も善人ばかりというわけではありません……というか、世界が違えば価値観も倫理観も違うので、中にはかなりの問題行動を起こす子もそれなりにいるのですが、いくらなんでもある程度の『これはない』という非倫理的行為はどこの世界でも似通ったものです。元々の世界の信仰対象がはっきりしている人はそちらの『死後の世界』に行きますから、あまり極端な人は来ない……はずですし。
明らかな非道行為に対する拒絶感や嫌悪感が似通ったものであれば、能力を乱用しそういった行為に用いる転生者は他の転生者に敵視され、自然と淘汰されることになります。転生者システムの自浄作用とも呼べるかもしれません。これによって、転生者システムは異世界の知識・技術による発展という副産物も相まって、新たな『神威の証明』の手段として確立しました。
……というのが建前の話ですが。
倫理観や価値観の違う多種多様な転生者の自浄作用を十全に発揮させるためには、この世界のそれらを押し付けることはできない……というか、元々『部外者』として客観的な視点で疑似権能を行使することを目的に異世界の子たちを招き入れたわけですから、その行動に天界が口出しをするのは本末転倒です。
そして、自浄作用を阻害しないためには転生を担当する神様がどの神様であり、その転生者がどの神様の担当転生者を倒してもお咎めなしでなければならない……つまり、『転生者という駒を通してならどこの神様とでも自由に戦える』という状況ができてしまったわけです。転生者の行動を強要することはできませんが、転生を担当した神様としてこちらの世界についての説明義務はありますから情報を選んで与えることはできますし、そもそも転生者を選出するのはこちらの神々なわけですから。
先代の主神様の御触れ以来、天界で直接対峙して権能をぶつけ合うことや人間同士を争わせて信仰を奪い合うことを禁止されて不満の溜まっていた方々はこの新システムが『代理戦争』の手段となることに気付き、それぞれが『自分の転生者』の活躍によって信仰を獲得しようと奔走。その流れで元々は世界運営の業務分担のために区分されていた三大女神の派閥が信仰争奪戦の戦力図として確立し、天界は空前の転生者ブームに。
結果として天界に溜まっていた冷戦状態に近い緊張はガス抜きの手段が与えられたことで緩和し、神々も信仰をより多く得ようとこちらの世界の発展につながりそうな転生者を真剣に選ぶようになったので、結果的にはよい改革になったとも言えます。
もしかしたら主神様はそこまで見越してこのシステムを導入したのかもしれませんけど。
……まあ、みなさんがそうやって真剣に転生者を選んでいる中でサイコロを振って決めた私が何か言える立場ではないんですけども。
長々とした説明になりましたが、こういった成り立ちから私たちは転生者同士のケンカには基本的に不介入ということになっています。転生特典などについても互いの情報戦略ということになっているので、アドバイスもあまりできません。まあ、私の場合は直属の天使であるテーレが『従者』として彼についているので微妙なところですが、テーレはそういうルールのギリギリを攻めるのは得意なので大丈夫でしょう。
しかし、口出し手出しはできないと言っても天界で転生者同士の戦いが神々の注目の的になっているということは、神殿などに集まって上がってきた報告からまとめられた『戦績』は当然、天界に伝わっているわけです。なんならちょっとした賭けも行われているような状態なわけです。私は『幸運』の権能を持っているため賭け事全般参加させてもらえませんが。
何が言いたいかというと……
『女神ディーレのとこの転生者が三大女神の転生者倒したって本当?』
『しかも倒された側も他の転生者を何人も倒してるって』
『ちょ、ソースどこから?』
『音楽神の神殿。近々吟遊詩人が歌い始めると思うから注意推奨』
『マジネタかよガチやべーじゃんGKじゃん!』
まあ、こういうわけです。
ルール上は誰が誰と戦って勝敗がどうなっても恨みっこなしの転生者システムですが、だからといって完全な公私の切り離しは神様であってもできないもの……むしろ、基本的に物欲などで困ることのない神々だからこそこういう刺激に目がないと言えますか。
彼が頑張った結果なのでそれを恨む気なんてありませんが、それはそれとしてこちらは天界での他の神々からの視線が集まりすぎて怖いという話です。
というか……
「ほう、随分と人気者ではないか、善意と幸運の女神。天界でも無害で知られる其の方がそれほどまでに戦上手とは思わなかったぞ」
「い、いえ……アービスさんに比べたら私なんて……」
「いやいや何を言う……その我の駒を二つも落として、謙遜の技量は超一流か」
戦の女神、アービスさん。
息抜きに食事に来た大食堂でいきなり声をかけてくるんですから怖いですよ。いつも派閥の神々でなんとなく分かれている利用時間からずらして会わないようにしているのに。
まあ、本当は神様ですから料理を食べに来ることが必ずしも必要というわけではないんですが、精神的な疲れを癒やす息抜きには丁度いいですし、私みたいな元が人間というタイプの神々にとっては生前から残っているこういった習慣は結構大事なんです。
ですから、仕事を忘れてこの場所で食事を頼むことで落ち着いて食べたかったんですが……これなら、持ち帰りにした方がよかったかもしれませんね。
何せ、天界で話題となっているのは、私の担当転生者である狂信者くんの快進撃……言い換えれば、私が転生者システムという神々のゲームの上で大御所である三大女神の面目を潰してしまったということですから。
しかも、目の前のアービスさんに関しては二人目だそうですし……
「いっそのこと、悪巧みや奇策の神でも名乗ったらどうだ? それとも、『転生者殺し』の担当神だと胸を張る手もあるぞ」
私、なんでかアービスさんにすごく嫌われてるんですよね……。
確かに人間だった時代は近いのですが、生前は何の関係もなかったはずですし、神様になってからも私はここまで嫌われるようなことをした憶えなんてありません。相手が人の子であれば目を見て全てを察するくらいできるんですけど、神様同士ではそうもいきませんし、以前に思い切って理由を聞いてみたら何だかすごい顔されましたし。
「彼はその手で転生者を天に還したことはありませんよ……戦った直後に死んでしまうことはありましたが」
「そうだな……自らの手を汚さずに勝利だけを奪い、他人の手で止めを刺す。大した手腕だ」
あ、そういえばアービスさんの所の彼に倒された一人目の転生者の方がそういう最期でしたね……皮肉を返したみたいになってしまった。気を付けないと。
「聞いたところによると、転生特典として直属の天使を送り込んだそうじゃないか。転生者の一人も持たずに何をしているかと思ったら、まさかその一人目で他の転生者を圧倒するために入念に計画を練っていたとは、さすがは幸運の女神、コイン一枚で古参に勝てればそれはさぞかし話題になるだろう。これから先もそれが続けばだがな」
「…………私は、何も。私はただ、あの子たちに幸せな人生を送ってほしいだけです。他のみなさんが転生者の子たちをどう思っていても、私にとってはただ、運良く救い上げられた数少ない人の一人ですから」
「ふん、善神として模範的な答えだ。本当に元が人間か疑わしいくらいだ……さては、人間だったときには狂人扱いされていたか? あまりにも善良すぎて人間味がないと」
…………人間だったとき、ですか。
まあ……確かに、間違ったことは言われてないかもしれませんね。実際、おかげで早死にして、なんか気付けば神様になっちゃってたわけですし。
私の反応が気に入らなかったのか、アービスさんは少し顔をしかめます。やめてほしいです、怖いので。
「送り込んだ天使はテーレと言ったか。最近は天界で気配を感じないものだから、とうとう天使をやめたかと思ったが、まさか人間の従者として現世に降りていたとは……何のつもりで明らかに性質の合わない天使を抱えているのかと思ったが、まさかこのような使い時を見越していたのだとしたら軍神たる我から見ても驚きの知略だ。そして……何も考えずただ育て、自主的な忠義から行動させたとしたらとんだ魔性だ。美の女神も驚きだろう」
……………。
「転生者の方もどうやってそこまで手懐けた。いや、そうなるであろう不幸な最期を遂げた人間を選び出したのか。己の死で弱りきり、ほんの僅かな慈愛に対して一生を捧げてもいいと思ってしまうような所に優しく微笑みかけ、手を差し伸べる。実に効率的で効果的だ。実に小狡い『善意』の使い方だ。さすがは善意の神と言える」
……………………。
「しかし、不幸だとは思わないか? 結局は最小限の恩義を与えるだけで後は何もしてくれない女神に命を捧げ、四面楚歌の世界で奮闘するなど。いや、違うか。それが幸福だと思ってやっているのだったな……だとしたら、そいつらが愚かしいだけか。汝は何も悪くない……ただ『幸運』に、そういった愚かな魂が集まってきて勝手に奉仕してくれるのだからな」
………………………はあ。
ええまあ、その通りなのかもしれません。
私の『幸運』のために周りの人に苦労や不幸を押しつけてしまっているというのは、全員が幸せになれる未来が難しい世界では確かに真理なのはわかってます。
けど……
「私のことは好きに言ってください……けど、あの子たちのことは『愚か』だなんて言わないでください。だからあなたは自分の担当の子に……荒野耕次さんに見離されたんですよ」
「違う! 我があれを見離したのだ! 勇者として振る舞うべき才覚がありながらその全てを停滞に費やすような者など……!」
「転生者が第二の生をどう生きるかはその個々人の自由です。才能があるからといって勝手に選んでやったのに、思ったように動かないからと見離すのは……転生者の担当としてよくないと思います。彼が擬似権能を制御しきれなくなった時に、その状況を改善するくらいなら……越権行為にはならないと思いますよ」
「……言わせておけば、そちらは激戦の続く転生者に報償の一つも与えていないだろう。少なからず増えた信仰もあるはずだ、転生者本来の役目である『神威の証明』に貢献したことへの報償を与える権利は得ているだろう。何故、強化してやらない?」
「彼が求めていませんから。彼は愚かではありませんが……『与えられただけの力』と『自分で得た力』の違いをちゃんとわかっている子です。まだ、自分を磨くべき時だと考えているそうですよ……それでも、事足りていると」
まあ、彼が本当に力を必要としたときのために別個リソースとして貯蓄してはありますが。
それに……彼がテーレに頑張りを見せる機会を奪ってしまうというのは、それこそ過干渉ですしね。
「……ふん、悠長なことだ。状況をわかっていないらしいな……汝の転生者は確かに目まぐるしい活躍を見せている。だが、ここまで高まった期待を折られれば……神々も、現世の人間も、その失望は大きかろう」
「それは……また、現世の人に何かを吹き込むつもりですか?」
「天使テーレの入れ知恵か……いや、私は何もしない。転生者同士の衝突に我々が干渉しては意味がない、そうだろう? 既に、互いに衝突は不可避な軌道に乗っている……ならば、後は見守るだけだ」
「……『研究施設』、でしたか。一応、訊かせてください。うちの子はかなり憤っていましたが……なんで、無理やりに戦争を起こしてまで『研究』を進める子を容認しているのですか?」
「軍神に……『戦の女神』である我にそれを問うか? 人は争い、競い合うことで技術と文化を育て、繁栄する。転生者から平和な時代に得られる知識も出尽くし異世界由来の『現代化』は停滞した……ならば、次は戦時の発展だろう」
「……アービスさんこそ、同じ元人間とは思えない、真面目な軍神さんですね。さすがは、生前は国家を治め黄金期を築いた名君と語られる女王様……繁栄のための多少の犠牲はやむなしと」
あの子たちのことで少しだけ怒ったので、先程の言葉と似たようなことを返してみると、アービスさんの表情がまた少し変わりました。
単純に怒っている……というようには見えませんが。
「……ふん、ここで言い争ってもしょうがない。勝敗は現世の転生者の対決で決まる。ならば、我々は一つ……『賭け』をしてみないか?」
「……『賭け』ですか。私と、アービスさんで?」
「ああ、そうだ……『戦の女神』と『幸運の女神』が、互いにこれからぶつかり合う自分の手駒に賭ける。戦の勝利が知略によって得られるものか、それとも幸運によって得られるものかをはっきりさせることになるだろう。賭け代はそうだな……互いに『神核の記録』を一つ、というのはどうだ。勝った側の望むことに関して、負けた側の記録を差し出しその扱いも委ねる」
『神核の記録』……現世の人間からの信仰などで性格や姿、性質などが変化することのある私たち神々が自己の中に持つ連続性の証明……あらゆる記録に残されることなく私たちの中にだけ存在することも許される、個神情報の記憶。
場合によっては信仰によって構築されたイメージを否定する……つまり、信仰を大きく損なう可能性のある偶像の弱み。賭けに負けたら、それを相手に握られることになる、そういう賭けですね。
「先に言っておこう……我の勝利の際には、『汝の最期にまつわる真実』を指定させてもらう。構わないだろう? 何せ、現世では『聖典の中で最も有名な逸話の一つ』とすら呼ばれているものだ、今さら隠すことなど、何もなかろう?」
『私の最期に関する逸話』……つまり、私が飢えていた主神様に焼き菓子を渡したという逸話。私が神様として扱われるようになった、ほぼ唯一の由来に関しての、その登場人物本人である私の生前の記憶を賭け代として手にしてからの『客観的史実としての真実』の公開ですか。
なるほど……そう、来ましたか。
「わかりました。では……私は『あなたのこれまでの行いの中で一番悪いこと』についての記録を指定します。そちらからの提案です、このくらいの倍率の偏りはいいですよね?」
「……よかろう、汝の心臓を目にできる時を楽しみにしている」
それだけ言って、去っていくアービスさん。
私の心臓……ですか。まあ、確かに昔話なんて美化されているもの、それが『史実ではこうだった』なんて知れ渡れば、神様としては致命的かもですね。
けど、あんな言い方をされたら賭けを受けないわけにはいきませんし……はあ。
「本気で殺意を向けられるほど嫌われるようなことをした憶えなんて、本当にないんですけどね……なんでだろう」
そっちを賭けてもらった方がよかったかな……。
女神の関係がドロドロしやすいのは古今東西大抵の神話で同じ。




