第186話 司令官の胃痛
side 狂信者
日暮さんの悩みを解決してから十日程経った日のこと。
日に日に迫る寒気に追われるようにして、馬車の旅を困難にする雪がいつ始まるかというスリルを楽しみながらも、本当の意味で初めていろいろな物に触れ、自らの暴走に怯えることなく世界を見て回ろうとする日暮さんの反応を見守る旅路はなかなかに充実したものでした。
なんとか雪が降り始める冬本番の前に中央都市クロヌス、その中心にそびえる領主の居城に帰還することができたのは大変に幸運でした。
別ルートからクロヌスへ来た荒野さんとアトリさんも無事に到着しているようで、一安心です。
アトリさんは荒野さんが集めてしまった難民さんたちが新たに住み始めた街(盗賊団『深紅の剣』が根城として使っていた場所だそうです)に行って食糧供給の体制が安定するまでの炊き出し役としてお仕事に励んでいるとか。
アトリさんの『特殊な料理を作る能力』は元々が非可食物の土や石などでも可食物に変えられるそうなので(アトリさん本人の評価としては味に関してもっと美味しくしたいそうですが)彼らにひもじい思いだけはさせずに済んでいるそうです。その仕事も、もうすぐ必要なくなってこちらに合流できるらしいので再会が楽しみです。
そして、大領主様ことライエル・フォン・クロヌスさんには日暮さんを直接紹介し、依頼されていた『スカウト』は結果として成功したという報告をしたのですが……
「ああ、確かに俺は『連れてくるように』という依頼もした。それは認めよう……それに、アトリという予定外の転生者も役に立っている。それに関しては期待以上だと言っていい……だがな」
私があの唐突な謎かけを受けた王座の間。
城主の特等席に腰を下ろしているのは正真正銘本物の大領主様でありますが、その顔は少々苛立ちと疲れを感じさせているように思います。
その大領主様に相対する右手には、大領主様への挨拶もそこそこに、城の内装に抑えきれない好奇心の瞳を走らせる日暮さん。
左手のテーレさんのさらに左手には、能力の応用なのか場違いな丸太椅子にどっかりと座り、これからの雇い主の前だとは思えないような態度でこの世界でどうやって入手したのやらあるいは能力で作ったやらわからない『酒』という文字が記された陶器の酒瓶を傾ける荒野さん。
ちゃんと整列しているのは軽く溜息をつきながら肩をすくめるテーレさんと今すぐにでも走り出しそうな様子の日暮さんの手を握って引き留めている私の二人だけという状態です。
「俺はこうも話したはずだ。『研究施設』への対抗手段として強力な転生者が必要だ、とな……俺はてっきり、ある程度の同意は確認した上で連れてくると思っていた」
「ちゃんと『研究施設』との対立の話はしてありますよ。それに関して同意も得ていますし、荒野さんに関しては一緒に連れてきた方々の生活を保障するための援助を条件にした協力契約も結んだはずですが」
「もちろん、ちゃんと契約したわよ。なんなら写しもある」
テーレさんの補足情報です。
荒野さんも黙々と威圧感を振りまいていますが、ちゃんと契約はしてあります。ただ、モチベーションの高さまでは約定に含まれていなかったようですが。
「……そうだな。確かにそうだ、戦力としての協力には同意しているのだろう。だが……もう少し、どうにかならなかったのか?」
「どうにかというのは?」
大領主様はどうやって言葉にしたらいいかを悩むように額に手を当てて深く嘆息しているので、まずは右手の日暮さんを見つめ、目で問いかけてみます。
日暮さんは城を観察していた視線を大領主様へ移してから、ジーッと見つめて、顔を背けます。
「……偉そうな人嫌い。それにゲームだと、この手の貴族って絶対私たちを利用しようとしか思ってないもん。ヒノキの棒で特攻させられたくない」
……まあ、偏見が多分に入っているとは思いますが。
しかし、よく考えてみれば実は対人経験がかなり少なく、それでいて能力は他の追随を許さないというアンバランスな日暮さんが『体よく利用させられて使い潰される』ということへ警戒を強めるのは当然のこと。むしろ、そのくらいの方が安心できるくらいです……その情報源がゲーム知識であるのが偏見の元だと思いますが。
スタンスとしては『戦力としての協力には同意したけれどあくまで私とテーレさんへの協力であって大領主様に従うわけではない』というのを、この態度で示していると言えますかね。
さて、今度はテーレさんの向こうの荒野さんを見てみます。
彼の場合は、難民の方々の衣食住を確保してもらった恩義もありますし、大領主様にそこまで反発する理由はなかったように思うのですが……
「やつらの受け入れは感謝しとるし、その分の働きもするつもりじゃ……だがのぉ、わいは役人が嫌いじゃ。そも、やつらが元の住処なくしたのも大概役人のせいじゃ。馴れ合う気はないで……仕事になったら呼べや。それまでは好きにさせてもらう。それに、わいは戦争のために力を使うのに納得しとるわけじゃねえでな」
なるほど、役人嫌いとは盲点でした。
確かに、難民の発生原因は盗賊や災害もありますが、何よりその後の生活の面倒を見ようとしない行政の仕事というのもありますし、この世界の世情を見るにやろうと思えば中央政府への申請で支援ができても『私腹を肥やすため』『支援の際にそれまで行ってきた不正がばれるのを嫌ったため』というような理由で適切な対応がされなかった例はいくつもあるかと。
荒野さんはそういった方々と長く一緒にいたわけですし、元々持っていた貴族階級への反感がさらに高まってしまったとしても不思議はありませんね……その責任を目の前の大領主様に求めるのはどうかと思いますが。そこら辺は理性でわかっていても水には流せないのですかね、仕事はする気があるというのですし。
彼のスタンスとしては、難民に対する支援が行われるのは本来当然のことであり、契約上はある程度の仕事をするつもりではあるが積極的に仲良くしたくはないと。加えてその信念とも言える『停戦主義』から能力の戦争利用については異論があると。
大領主様からすれば……契約があるとはいえ、いざぶっつけ本番でちゃんと戦力として動いてくれるかが不安かもしれませんね。彼の能力は無理やり『停戦地』を作ってしまった例もありますし。やろうと思えばこの中央都市を丸々包み込む結界とかもできてしまう可能性がありますから。
まあ……これは、もう少しどうにかならなかったのかというのもわかりますが……
「お言葉ながら大領主様……私たちはお二人を力で従わせたわけではありませんし、雪が降り始める前に帰還しなければならないというタイムリミットもありましたから。連携に不安があるのならこれから交友を深めるしかないかと」
「……時期が時期だったことは認める。それに、多くの転生者が『解決』に失敗してきた事案を後方支援を求めることなく解決してきたこともな。時間が足りなかったというのなら、懐柔……交友が済むまで報償は……」
「本当に、よろしいのですか?」
「……言いたいことを率直に言え」
「私たちが独力で二人を戦力としての協力を快諾するまでに『懐柔』するというのは……まあ、やれと言われれば成功するかどうかはともかくやりますが、そうなると大領主様の側に問題が出ませんか?」
「……そんな気はないやつだと思っているが」
すぐに意図を察していただける辺り、やはり聡い人ですね大領主様は。
であればこそ、不敬と言われるリスクがあろうとも忠言を告げる気になろうというものです。
「その評価は嬉しく思いますが、それとこれは別でしょう。外聞と言いますか、私のことをそこまで評価してくださってはいない方々の安心のためにといいますか……お二人が私軍同然の扱いになってしまうと、バランスが悪いのではないかと。私たちはあくまでこの件が済むまでの雇われ、仕官しているわけでも領地を拝領しているわけでもない、一介の冒険者なわけですし」
私たち……私とテーレさん、さらに加えて日暮さんと荒野さんという能力特化パーティーが結成される、それに関してはまあこちらとしては問題がありませんし、『研究施設』の件を解決するだけならば支障はありません。むしろ、そちらの方が連携が信頼関係が熟達し、総合戦力としては強くなるかもしれません。
しかし、そのルートで『研究施設』の件を解決してしまった場合……政治的にはどうなるかわかりませんが、大領主ライエル・フォン・クロヌス様の世間的評価は少し芳しくなくなるのではと。
これから先、私を抱き込んで臣下として扱うというのならともかく、私にその気がないことは事前に申告していますし、私は信仰を優先しますから。場合によっては政治的に勝手に爵位やら何やらを贈呈されてもふらっと出奔しますよ。いえ、むしろ……
「私たちに、こんな過剰戦力を独断で動かせるようにしていいと思っているのですか? それが信頼だと捉えれば嬉しいのですが、私がそれに応えるかどうかは時と場合によりますよ?」
「そういう考えを全く隠す気がないのは気に入っているぞ……というか、自覚があるのなら改善しろ」
「できると思いますか、改善」
「……今のは忘れろ、俺が悪かった」
正直言って、この面子ならば私たちが結託すれば普通にこの都市を落とせてしまいますからね。
『深紅の剣』が都市防衛を想定して用意していた戦力から考えて、あれが都市の中で増産されることを計算していたとしても悪魔やゾンビ五百体そこらで突破できると目された初期対応の兵力が日暮さんを止められると思いませんし、荒野さんは『支配域』を拡大していけば手がつけられなくなります。
私とテーレさんは……お二人ほど役に立つかはわかりませんが、テーレさんの『万能従者』と私の『恩師の加護』でそれなりに確実な暗殺ができるかと。
客観的物理的に可能か不可能かという話では、ですがね。
私も嫌なんですよ……一つのパーティーとして強力になりすぎたとかで、後から邪魔者扱いされたりする展開は。
これがあくまで、一介の冒険者の意思の元で行動しうる戦力ではなく、大領主様がある程度の深く繋がっていて即座に動かせるコネクション扱いであれば、相互監視の意味合いも含めてバランスよくなるのですが。これからの冒険者としてこちらの活動をしながらも『個人的な知人』として関係を続けられますし、大領主様もいざとなったら声をかけられる転生者がいるというのは政治的に悪くない話でしょう。
問題は、今この段階で『個人的な知人』という関係性を確立できるかどうかですが。このままでは、私はなんとか『知人』に収まったとしても日暮さんと荒野さんは大領主様にとって『知人の知人』でしかなくなってします。私が二人をこれ以上『懐柔』してしまった場合は特に。
日暮さんはまだギリギリ、『リハビリ中』ということで私とテーレさんのパーティーに加わったと言える段階ではありませんし、荒野さんに関しては契約に基づいたビジネスライクな関係です。私はテーレさんについてのケンカも一段落しましたし、もう少し仲良くしたいと思っていますが……先にこちらがこれ以上の友好を深めてしまうと、大領主様が割り込めなくなってしまいそうなんですよね……新しいクラスが決まったときにグループが確定してしまった時のような感じで。
大領主様もさすがに執政者であり政治家ですし、その手の空気を感じ取るのは難しくないでしょう。それに、コミュニケーション能力や人の懐柔についてもプロだと言えるはず。
しかし、それはそれとしてお二人はその一般的な交渉術で籠絡できるようなタイプではない、そういうことでしょうね。
「大領主様、私とテーレさんはあのキャシーさんにまつわる不当な裁判の後処理などの件から、恩義を感じてはいますしお噂から会う前から好ましい印象を受けていましたがお二人はそうではありません……むしろ、この世界に来てから色々と苦労をしたのでまだ簡単に人を信じられる心境にありません。日暮さんと荒野さんも、少々先入観がある様子。まずはお互いに、ありのままに互いを見ることから始めることを推奨します」
私の言葉にやはり色々と思うところはあったのか、わかりやすくしかめ面をして『できたらな』と小声で言って立ち去っていく荒野さんと、『うっ』と声を詰まらせて顔を逸らす日暮さん。
その様子を見て、また深く嘆息し、王座を立ち上がって奥の扉へと向かう大領主様。踵を返す瞬間、彼の口からはこんな言葉が聞こえました。
「わかってんだよ……俺の力でやらなきゃならないことは」
そのまま、流れでお開きとなった顔合わせ。
テーレさんは『不運』による状況悪化を警戒してかほとんど何も口にしませんでしたが、明らかな呆れ顔を見せてくれました。
まあ、私も拘りの強さや意固地さにはそこそこ自覚がありますし、私と同等かそれ以上の個性でそれぞれ災害のように扱われていたお二人が集まればさもありなん……テーレさんは大領主様に『わかるよその気持ち、でも残念ながら何にもできないから頑張ってねー』というような表情を見せていた気もしますが、気のせいですかね。
「さあ……どうしたものですかね」
よくあるヒーローシリーズの『○○レンジャーvs□□ファイブ!』というようなコラボ作品は大抵、実質共闘となりますが今回の場合は正しい意味での『VS』になってしまいかねませんし、司令官さんには頑張ってもらいたいところですねえ。




