第187話 『偉業の称号』
side 狂信者
大領主様と転生者チームによる顔合わせの後のこと。
城の中、私とテーレさんに割り当てられた客間で、荒野さんの勧誘に向かう前に頼んでいた資料を読んでいると、マジックアイテムのメンテナンスを行っているテーレさんからふと、思い出したように問いが投げられました。
「そういえば、珍しいわね。あんたがあんな形で気を遣うなんて」
「あんな形でとは、どの件に関してのどんな形ですか?」
「大領主に、戦いの後の手柄を持たせるみたいな形にしようとしてることよ。確かに過剰戦力として疎まれる可能性もあるけど、仕事が終わったら解散するなりなんなり手はいくらでもあるでしょ。それを、名実共に立派な君主みたいに花を持たせようとするなんて……いつもは、『とりあえず目の前の目的さえ達成できればその後のことはその後考える』みたいな感じでしょ?」
「まあ、否定はしませんがね。必要なことですから……大領主様には、出世してもらわないと困ります」
「出世って……既に『大領主』って地位が一つの頂点でしょうに。どこに出世してもらうつもりよ」
テーレの問いかけに、そういえば『そのこと』についてまだ話し合っていなかったことを思い出しました。
いえ、テーレさんならこの程度のことはとっくに把握しているものと思っていましたし、この資料も私の個人的な確認作業のために頼んでおいただけなのですが……まあ、天使という立場で管理している情報はあくまで人の生死であり政の不文律などは管轄外ですかね。幸運としておきましょう。丁度、話題のためなデータが今まさに手の中にあるわけですし。
「『ガロム中央会議』の最高議員……簡単に言えば、この国の最高権力者十二人の一人になってもらいたいですねえ。でないと、私たちが『第五の偉業』を取るのは現状不可能ですから。どんなに世間に知られる偉業を成しても、第四の偉業すら難しいかもしれませんねえ」
「え……どういうこと? コネクションを作っておけば偉業認定が楽だっていうのはわかるけど、『不可能』って……」
「テーレさん、最初に『偉業の称号』について話してくださったとき、言っていたでしょう? 『第三の偉業までは比較的楽に取れるけれど、第四と第五は難しい』と」
「うん、確かにそういう話はしたけど……」
「それで私は『第三と第四の境目に何があるのだろうか』と気になって、コインズの街でカーリーさんに調べ物の練習がてら調べてもらいました。もちろん、その後でアーク嬢と世間話をしている間に確認をしましたが、結論は同じ。『第三までと第四からの偉業認定では審査機関が変わる』ということです」
「それが……審査が厳しくなるのは当然でしょ? 審査機関が変わろうが変わるまいが……」
「まあ、そうなんですが。逆を言えば第一から第三の偉業を取るのが楽すぎるのですよ。『第四の偉業』は明確に人類への貢献を条件としていますし、それはむしろ順当と言えますが、第一から第三の偉業は言ってしまえば『真面目に冒険者をやっていればいつか取れる』という範囲です。まあ、死なないように気を付けつつ積極的に依頼を受け、素行にも問題がなければという前提ではありますが、一定数の依頼達成や団体指揮の経験など、『偉業』と言っては形骸化しているように見える部分がある……ゲームの『達成目標』じゃないんですから、人間が審査するならもっとわかりやすく『偉業らしい偉業』を求められてもいいでしょう?」
私の指摘を受け、やや盲点を突かれたような顔をするテーレさん。
まあ、その世界の常識を疑えというのは少し難しい話ですからね。言われなければ特に深く考えもしないことというのはあるでしょう。私も地球のことについて全ての概念を深く考察したなどと口にできるわけもありませんし。
「あんたの言うことはわかるけど……システムの形骸化なんて珍しくないんじゃない? そんなそこら中に世界の危機が転がってるわけじゃないし、『偉業』のために無茶して死なれたら困るわ」
「まあ、そうなんですがね。それにしては偉業取得者に対する報酬や与えられる権限、名誉は形骸化していない。わかりやすい『成り上がり』の構図が傍目から見てもわかる程度に効率的です。依頼の一定数達成にしてもその都度ギルドから報酬は受け取っているのですし、それでさらに称号を得て一目置かれ、生活も楽になるというのはギルドから見れば少し損な話では?」
「……第一から第三の偉業認定はギルドの権限。モチベーションアップのための投資って考え方は?」
「私もそうだろうと思います。まあ、これだけなら『第四の偉業』からの難易度上昇はひとまず置いておいて、『偉業の称号』という名のギルド内出世システムなのだと思います。金、銀、銅やAからFといったランク分けは、転生者が当たり前に現れるこの世界において『面倒な下積みなんてすっ飛ばして高ランクになろう』という意図での予期せぬ破壊や乱獲を行われるリスクが高まりますから。むしろ、『偉業』という『活躍の数』でランクアップを縛り、どんなに派手にやっても一段階しか上がらないと意識させれば勝手な動きを封じやすくなるでしょう」
「確かに、それはあるかもしれない。実際、明確に基準があるから『このくらいやれば第一の偉業くらいは取れるだろう』って一旦止まる転生者もいるし……」
日暮さんのようなゲームの好きな転生者の感覚で言えば『経験値100だろうが100万だろうがレベルアップでリセットされるのなら一度に稼ぎすぎるのは損だ』という判断でしょうねえ。
実に合理的です。しかし、その合理性はシステムの構築側からしてみれば、むしろ『正規ルート』の思考でしょう。あくまで、私の推測に近いものですがね。
「さらに『ランク』ではなく『偉業の称号』を基準に用いる利点は、悪行のペナルティとしての『降格』が簡単なことです。『ランク』なら強さの指標として認識されますが、『偉業』は名誉の指標です。『悪事が明らかになり名誉が傷付き、偉業で得た称号を返上することでそれを相殺する』……そうイメージしやすいでしょう? 実際、『深紅の剣』のクライスさんなどは一度は『第三の偉業』まで達成していますが、盗賊に身を落とし各地で働いた行為のペナルティとして偉業の称号を段階的に失っていますし、他にも蛮行や緊急事態に出くわした際の非協力的態度によってせっかく獲得した『偉業の称号』を失ったという話が多数ありますね」
「つまり……楽に取れる偉業は、むしろ勝手な行動をさせないための足枷になる?」
「はい、その通りです。第一から第三の偉業でも、段階ごとに目に見えるほど生活が変わるそうですから。宿屋や商会での優待、借金の保証、役人への顔の利かせ方や異性からのモテ方、それを失って生活が後退するのは嫌でしょう……せっかく頑張って偉業を得たのに」
「飴と鞭……ギルドや軍が懲罰を与えられないほど強い転生者なんかがいても、先に飴を与えておけばそれを取り上げると脅すだけで十分に鞭になる。そういうこと?」
「はい、合理的なシステムだと思います。しかも上限が多過ぎも少な過ぎもしない『第五の称号』であることもいい。第一から第三、道程の半分以上を進むのは案外楽で、残りの二つの峠が難所。これでは『ここまで来たのだから』となかなか引き返せなくなるのも心理でしょう。半分を越えるというのは精神的に大きいですから」
「そして逆に、段階が少ない分『偉業の没収』が発生するとペナルティが大きく感じる。しかも、偉業認定の難易度は上がっていくから、取り上げられるのは一番苦労した『偉業』の成果……第一の偉業で『偉業の有用さ』を教え込んで、第二の偉業で『偉業獲得による出世の効率の良さ』を理解させる。第三の偉業で足留めしつつ『現状維持』を強く意識させて、しかも第四の偉業からは明らかな別格として認定の厳しさと同時に得られる利点を跳ね上げて降格を強く忌避させる。そういうことね?」
「はい、このシステムがよくできてるのはあくまで『ご褒美を与えるか与えないか』だけで報償罰則どちらも成り立ってしまうところです。対象がどれだけ強くても、認定側が『与えない』と言うだけで罰を与えることができる。そもそも、処刑だなんだという物理的肉体的社会的制裁は『破砕槍』さんのような防御性能の高い転生者の罰則にならない可能性がありますからね。それならば、与えたものを取り上げる形の方が実質的な強制力が高いはずです」
「相手がどんなに強くても……ってわけね。言われてみれば、確かにその通りだわ」
「その上、ゲーム慣れした転生者ならそういったスコアや名誉もどうしても気になってしまいますし、特に受験戦争の厳しい社会で育った日本人などにとっては受験と進学の繰り返しを想起させますしね。それが『逆戻り』するなど考えたくもないでしょう。これを考えた方は『転生者』を制御するためによく考え抜いたのだと思いますよ」
流し読みですが資料を読み終わりましたので、テーレさんに手渡します。テーレさんは資料のタイトルを改めて見て、目を丸くしています。
「……とまあ、ここまではテーレさんから『第五の偉業』を目指すと聞いた段階で私が漠然と『そういうシステムなのだろうな』と思いついた話ですが、ここからは第四、第五の偉業認定のシステムの話。ゴール目前の関所とゴールそのものですから、ここからは単なる賞罰で処理するわけにはいきません……その資料を見ての感想は?」
「……なるほど、『私たちには第五の偉業の称号が取得不可能』って、そういう意味ね。まったく、何が『偉業の称号』よ」
そう言ってパラパラと目を通した資料を私に返すテーレさん。
まあ、これまでの話と資料のタイトル……『第四、第五の称号取得者と貴族の親族関係についての調査資料』を見れば、わかりますかね。
「第四の称号、第五の称号は審査機関が違う……第三まではギルド権限だけど、その先は実質最高議会の下位組織。つまり貴族集団の判断。そして、第四の偉業を認定された人間はその全てが有力貴族と『親戚』になってる」
「第五の偉業に関しては、ほとんどが最高議員の血縁者と結婚し、さらに『子供が生まれてから』ですね。おそらくですが、最高議員の方々が直々に『この世界に情が移ったこと』を保証した、というところかと」
「『まず親戚になっていないと信用できない』ってのは、いかにも貴族らしい考え方だわ。いえ、むしろ……いざという時のための『人質』ができる、そう見た方がいいのかしら」
「『第五の偉業』を達成してしまえば、もはや称号システムでの賞罰ではコントロールできませんし、人類に貢献してもらうための別の動機付けが用意できてから、ということなのでしょうねえ。それに、いくら偉業システムが目の前に吊り下げたニンジンを追ってもらうための構図だとしても、実際にゴールできる人が定期的に生まれなければ実在性が怪しくなりますし、それならばせめて動かしやすい関係を、ということかと」
「……マスター、そういえば大領主が言ってた『第四の偉業』までは確約できるって……」
「審査機関への推薦権限もあるでしょうが、暗黙の了解として存在している有力貴族との繋がりという条件も用意できる……養子縁組か戸籍上の伴侶かはわかりませんが、誰かそのような関係を用意する、という意味でしょうね。それを断るのなら称号取得を断ると同義になりますし」
「なるほど……そこまでは、まあわかった。けど、何でわざわざあの大領主が最高議員にならないと……あ……」
テーレさん、言っている途中で気付いたようですね。
これに関しては、テーレさんとの最初の話し合いから考えていたことですが、やはり政治とは面倒ですねえ。
「三大女神の神殿……」
「はい、その通りです。この国では神殿がかなりの力を持っていますし、そのほとんどは三大女神の神殿の派閥です。女神ディーレ様は、三大女神から敵視されている……ディーレ教徒の評判も、『兎粥』の件もあり世間的によくありません。信仰を統合して主神様へ捧げる中央教会に属する方もいるとは思いますが、政治的にはディーレ教徒の味方をするということが三大女神の神殿や世論から嫌われる要因になり得ますから、好き好んでやりたいという方は最高議員にはいないでしょう」
「最初から『政敵』だらけの私たちは、どう取り入ろうとしても既に地位を築いていてリスクしかない最高議員に後ろ盾を作れない。その資料を見る限り、最高議員の承認がなければ『第五の偉業』の称号は得られない?」
「今でも、政敵は多いですからね。下手に後ろ盾なく称号を得たとしても、先日の不当裁判のように小さな汚点をでっち上げられて適当に取り上げられるのがオチでしょう。そうならないためには、私たちに味方をしてメリットのある有力貴族の方……つまり、大領主たるライエルさんの出世を後押しする必要がある。幸い、『研究施設』に癒着していると目される最高議員の方がいるそうですし、『研究施設』の件を解決してその方を糾弾し席を奪うことができればライエルさんは活躍からその席に座ることができる。そのために、私たちの活躍が目立たなくなることよりも彼の活躍にケチが付く方が困るのです」
私たちの旅の目的は『聖地創建』。
そのために必要な『第五の偉業』ですが、そのためには必ずしも目先で取れる最高の『偉業の称号』を取得する必要はありません。
政治的不利を多く抱える私たちにとっては、『偉業の称号』を早くに取得してしまえばガードできない弱点を生み出してしまうことになる。
極論を言えば、そうですね……
「『第五の偉業』の称号を得れば、もう称号剥奪は行われません。私たちは半端な名誉を求めず、誰もが『偉業』と認めざるを得ない所業を重ね、水面下で全ての条件を整えた上で剥奪の暇なく一息に第五の称号に至る……というのができたのなら、理想的ですかね」
ただの無名の冒険者として道半ばで倒れるか、奇襲に全てを注いで聖地を築くか。
『全てか無か』。
勝率はいかほどかまだわかりかねますが、元より着の身着のまま転生したこの世界。こちらの元手はディーレ様にいただいたこの命一つ、悪い賭けではありません。死後の名誉というのも、あまり興味はありませんしね。
そのためにも……
「ライエルさんには、この賭けに最後まで付き合ってもらうつもりなのです。こんな段階で躓いてもらっても困りますし……こちらも、少しばかり動き始めるとしますかね。まずは、彼の人となりを知るところから」
長々とした説明回なので『偉業の称号』のシステムについての要約。
・第一の偉業
「くっそ、転生して好き放題できると思ったのに思ったより不自由な世界だな……おっ、この称号なんだ? ギルドや宿で割引き? まあ、ねえよりマシか。もらっといてやるよ」
・第二の偉業
「おおっ! 第二の偉業になるとこんなにサービス増えんのか! こりゃいいぜ! もっと上をとりゃ快適な生活ができるぜ」
・第三の偉業
「やったぜ! 前よりちっと手間取ったが第三の偉業認定成功だ! これでチマチマ地味な仕事なんてしなくても楽に暮らせるぜ……なに? 変なことしたら称号没収? 一気に特典が増えたし生活のランクが下がるのは嫌だな……大人しくするか」
・第四の偉業
「ハッハッハッ! こないだの大活躍でとうとうここまで来たぜ! 貴族の令嬢にもモテモテで言うことなしだ! しっかし第四の偉業の時は結構大変だったからな。没収されたらたまんねえし、無闇に暴れたりしないように気を付けなきゃな。ま、ここまで生活が充実してりゃそんな必要ねえけどな!」
・第五の偉業
「ワッハッハッ! これで儂も一国一城の主じゃ! 妻子に恵まれて自治領なんてもんも手に入れて! しかも名実共に貴族入りして社会的地位も万々歳! 命懸けで魔王なんて厄ネタとやり合った甲斐があったぜ! こんな報酬が約束されてなきゃあんなことしなかったなー。ん? 好き放題暴れるんじゃなかったのかって? そんなもんするわけねえだろ、妻や子供が悲しむわ。後は勝ち組としての人生をノンビリ謳歌するだけじゃ。家族や俺の土地を脅かすものでも現れない限り戦ったりする必要ないからの!」
こうして、異世界で好き勝手に振る舞おうと思っていた彼はよき領主として一生を終えるのであった(なお、領地は魔王支配地の近隣である)。




