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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
六章:祀ろわぬ『御使い』

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番外編:夢想したので再会します③

side 狂信者


 第三車輌は、野外のような風体でした。


 設計上ほとんど光が差さず、そこらの藁や生ゴミが腐っているのか仄かな悪臭が漂い、おそらくはそこに好んで住み着こうという人間はほとんどいないであろう市街地の死角。

 ラタ市では逃走の際にお世話になった、いわゆるスラム街です。


「ここは……ラタ市、ではありませんね。小柳さん、もう第二車輌は抜けましたが、ここは小柳さんの知る場所ですか?」


「……違う、憶えがない」


 先程、泣き顔を見られてしまったという羞恥からか罰が悪そうにしながら私の背中から下りる小柳さん。ふむ、こうして強がらずに弱いところを見せてくれるとやはり可愛い顔をしていますねこの人は。

 涙に腫れた目元や恥じ入るような赤ら顔など中性的な所もありますし、無理して弱った態度を隠さずにいれば世話を焼いてあげたくなる雰囲気がありますし、こういう路線で異世界デビューすればよかったのに。


「そうですか。となると……」


 先程から静かなライリーさんを見ます。

 まあ、ライリーさんは基本的に静かにお行儀よく部屋で本を読んでいるタイプですが、今の静けさはそれとは異なった静かさに見えます。


「ライリーさん……大丈夫ですか?」


 よく見れば、手が震えています。

 それに、いつにも増して肌が青白くなって、呼吸も浅く速くなっているように思います。質問しておいてなんですが、大丈夫だと言われても嘘だと判断するべき状態ですね。


「わかんない……わかんないのに、こわい……」


 手を握り、頭をそっと撫でます。

 やはり、指先が酷く冷たい……ライリーさんにとって、ここはいい場所ではないのでしょう。

 遠くに次の車輌へのドアが見えますし、ここもさっさと抜けてしまうべきでしょうねえ。


「ライリーさん、おんぶしましょうか? 歩くのが辛ければ私が……」


「ううん、いい……でも、手は握ってて」


「はい、了解です。無理をせず、いつでも言って下さい」


「うん……ありがとう」


 ライリーさんの手を握って、一歩を踏み出します。

 ここがどんなモチーフのデザインなのかはわかりませんが、周りから人の気配がします。そちらを見てみると、ガラスやカーテンなどのない粗末な木枠だけの窓から見える屋内に、色褪せた布服を着た女性と身形のいい男性が見えます。

 いえ、それだけではありません……女性は、布で包んだ何かを胸に抱えています。丁度……産まれたばかりの赤ん坊くらいの、何かを。


『買っておくれよ』

『いらないんだよ』

『パンの一切れでもいいんだ』

『好きに使ってくれりゃいいからさ』


 ライリーさんはビクリとなりますが、私の手をぎゅっと握ると、歩を進めます。

 本当に……名前の通り、勇敢で強い、私の自慢のライリーさんです。


 進むほどに窓の向こうの景色は移り変わり、そこにいる人々の姿が変わりますが、共通するのは、そこに子供がいること。それも、先に進むほどに赤ん坊から段々と成長しています。複数の集団であったり、一人だったりと状況は様々ですが、そのシチュエーションは一貫しています。


『役立たず』

『奴隷にでもしてくれ』

『オマケでつけておくよ』

『実験とやらで使えるだろ』

『数は揃えたんだ、金よこせよ』


 常に、その子供は『売り物』でした。

 時には一切れのパンのために、時には数合わせに、時には実験台に、それ以上の価値を見出されずに、二束三文で。

 時に同じ境遇の子供たちと出会いながらも、何度かの取り引きを経るとまた一人になっている……その顔には、面影がありました。


「ねえ……どうして、わたしだったのかな」


 ポツリと、ライリーさんの唇から言葉が洩れました。

 あまりにも弱々しく、耳を傾けなければ気付かずに消えてしまいそうな呟きが。


「たまたま、いつもそうだった……役に立たないのに、苦しいのに、他のみんなが死んじゃっても、わたしだけ……いらないから、わざわざ殺す価値もないからって」


 私の手を握る力が痛いほどに強まります。

 しかし……歩みを止めはしない。その力強さは、むしろ心強いとすら感じられました。


「でも、わたしは……アルジサマに買ってもらえた。アルジサマから、他の誰にもつけてもらえなかった価値をつけてもらえた。だから、大丈夫……アルジサマの隣なら、大丈夫」


 一歩、また一歩と、平気なはずはないのに、震えながらも胸を張り毅然として前進するライリーさん。

 ああ……なんと好ましい。

 今すぐに抱擁したくなってしまうほどに愛おしい。しかし、それはその歩みを妨げる行為になります。

 だからせめて、その手をこちらからも、少し痛むかもしれない程度に、ぎゅっと握り返すことにしました。言葉は無粋でしょう。


「……ありがとう、アルジサマ」


 ライリーさんは、自らの足で第三車輌を歩ききり、その手でドアを開きました。

 ああ……本当に、ライリーさんは、私なんかには勿体ないくらいに煌めく輝きを持つ、立派な方です。どんな掘り出し物よりも価値のある、大切な友人と出会えた幸運に感謝します。







 第四車輌はまたも野外の趣でしたが、今度はスラム街ではなく、山間の小さな村といった感じに見えました。


 いえ……小さな村だった、というべきかもしれません。目の前にある姿は、その成れの果てか、あるいは戦場と呼ぶべきもの。あるいは、惨憺たる殺戮現場。

 タイミングが悪かったのか、それとも相手が悪かったのか、ろくな防衛力を持っていなかった村が盗賊に襲われ、滅び行く瞬間を切り取ったような光景です。


「……これは、私たちのものではありませんね。ではいったい……」


「うおっ!?」


 小柳さんの方から悲鳴がしたので振り返ると、矢が小柳さんの後ろの地面に斜めに突き刺さっています。その向きを見れば、どう見ても小柳さんの身体を貫通していなければおかしいはずですが、小柳さんの身体には傷一つありません。

 悲鳴と合わせて考えると、どうやら矢は彼を透過して地面に刺さったようです。


「これは、どういうことでしょうか。この車輌では映画か何かを上映しているのですかね」


「違う……これは、もう一人、ここにいる誰かの記憶(トラウマ)。それも、すごく強くて、変わらない……だから、私たちが触ることもできない」


 どうやら、立体映像のようなものとして見るべき情景であるようです。

 盗賊さんたちが逃げ惑う丸腰の人々を襲い、次々に追い詰めて剣を振るっていきます。中には、ただ殺害されるだけでなく手足を切断して苦痛と恐怖に歪んだ顔を残して出血で死んでいく様を楽しむような姿も散見され……とても、見ていて愉快なものではありません。

 ライリーさんの言ったとおり、彼らは私たちに見向きもせず、目を離せば同じ蛮行を繰り返しています。ここにいる限り、この光景は終わりなく続くのでしょう。


 ライリーさんは、何かを探すように周囲を見回しながら、何かを呟きます。


「ここが、『もう一人』の場所だとすれば、これは事故? なら、ここの主を起こせば……」


 何を探しているのかわかりませんが、次の車輌への道も見つかりませんので私も何か違和感を持つものはないかと周囲に視線を巡らせてみましょうか。惨状に気分を悪くしたらしく私に寄りかかる小柳さんの分まで。

 ここがただの記憶の繰り返しだというのなら、違和感を持つべきは『繰り返しではないもの』でしょう。私たち以外に繰り返しではないもの、つまりこの部屋に存在するこの部屋そのものとは違うものを見つければ、おそらくそれは……おや?


『……たい……い……たい……いたいよ……』


 ……人の発する『声』とは、存外指向性の強いものです。

 全くの別方向へ向けられた声と、自分や自分の背後にいる人間へかけられた声を区別できる程度には。

 しかし、その中で……誰もこちらに見向きもしない空間で、こちらに向けてかけられた声があるとするのなら、それが偶然でなければ……


「ライリーさん……あの方です。あそこの、血溜まりの少女です」


 そこには、仰向けで血溜まりに横たわる少女がいました。

 その腹部には深々と剣が突き刺さり、おそらく背中の下の地面まで貫通して彼女を縫い止めています。剣そのものが止血になっているのか息があるようですが、時間の問題でしかないのは素人目にも明らかです。

 彼女だけは、ハッキリと私たちに目の焦点を合わせながら、言葉を口にしています。といっても、何故だかその容貌はノイズがかかったように認識できなくなっていますが。


『痛い……ずっと……痛い……』


 ふむ……なるほど。

 確かに、痛そうですねえ。

 であれば、さっさと抜いてあげるべきでしょう。治癒するにしてもまずはあれを抜かねばなりませんし。


「では、すぐに……」


「待って! 罠かもしれない! ちょっと待って、アルジサマ!」


 ライリーさんの腕が私の腕をガッチリと掴んで引き、私の動きを妨げます。かなり強い力、本気の制止ですね。

 ライリーさんがそこまで言うのなら、それだけの理由があるのでしょうね。


「ライリーさん、何故あの方を助けてはいけないのか、説明をお願いします。なるはやで」


「アルジサマ……アルジサマは今、その……何かの魔法か何かを受けてるの。それで、たぶんあの人が、その魔法をかけてる人なの。だから……」


「ふむ、私が何か干渉を受けていると……それは、私本人が認識できない類のものなのですか? 他者から見れば明らかに悪い影響が出るようなものですか?」


「ああ……それは、俺が保証する。最初、俺はてめえがやってるのかと思ったが、違うんだろ? だったら、あれがその敵だって言うのはきっと間違いねえよ。なんでそいつが苦しんでるのかはわからないけどな」


「ふむ、なるほど。そうですか……」


 小柳さんもそういうのなら、きっと本当のことなのでしょうね。

 小柳さん自身の能力が対象者に操られていることを自覚させないものですし、そういった能力を理解できても不思議はありません。だとすれば、今の私は客観的に見てどこかおかしい部分があるのでしょう。

 だとすれば、私が彼女を助けようと思ったことも、彼女の誘導かもしれません。彼女が苦しんでいるように認識しているのも、私を誘引するための罠かもしれません。


「確認です、ライリーさん、小柳さん。あそこにいる彼女の状況を端的に説明してください。認識が一致するか確認したい」


「……お腹に剣が刺さってて、血がいっぱい出てる」


「……仰向けで死にかけてるな」


 ふむ、認識している情報自体は一致しているようですね。

 そうなると……


「ライリーさん。先程『罠かもしれない』と言いましたが、それは罠ではないかもしれないという可能性があるということですか?」


「う、うん……一応。でも……そうだとしても、それはあの人が魔法か何かに失敗したから……だと、思う。その……わたしがアルジサマを守ろうとして、邪魔したから……」


「なるほど、そうですか……そうだとすれば、彼女は実際に苦しんでいるわけですね。確率の程は?」


「え……ごめんなさい、わかんない」


「では、現状では五分五分ということですね。それなら、助けましょう」


「ほ、本気なの!? 少なくとも、アルジサマに何かしようとした人なのは間違いないんだよ! 失敗したからだとしても、それはあの人が……」


「はい、情報不足な現状で結論を出したくはありませんが、いわゆる自業自得なのでしょうねえ。しかし、それでも助けますよ。彼女が苦しんでいるのが本当なら、それだけで十分です」


「で、でも、もし罠だったら……」


「その時は、ライリーさん。対処をお願いします。私も気を付けはしますが、既に術中であるという私は当てにならないでしょう。必要ならば私を拘束しても構いませんので」


「危ないのがわかってて……なんで、助けるの?」


 ふむ、おかしいですね。

 いつもならば、この段階で呆れながらも提案を受け入れてもらえる気がするのですが……ああ、なるほど。そういうことでしたか。

 まあ、それはともかく、質問に答えるのなら、簡単なことですね。


「相手が実在するか否か、見返りがあるかどうかは関係ありません。単純に、『助けるべきだ』と思うからです。目の前に提示されたシチュエーションに対し、そうすることが『最善』だからです。ここがどこであれ、私がどんな状態であれ、私が私であるのなら、そして善意の女神の信仰者であるのなら、そうするべきなのです……それとも、ライリーさんの知る本来の私は、ここでそういった選択をしない私なのですか?」


「……ううん。する、絶対する」


「それはよかった。小柳さん、もし罠だったら巻き込んでしまうかもしれませんが、よろしいですか?」


「嫌だって言ってもやるんだろうが、ったくよ……こんなやつが相手ならベタな罠で攻めるべきだったぜ」


 小柳さんにも許可がもらえたようで何よりです。

 では、一応落とし穴等の古典的な罠を警戒しつつ、近付きましてと……


「では、抜いたらすぐに治癒しますので、それまで我慢を。行きますよ……それっ!」


 スカッと、手が剣をすり抜けました。

 普通に尻餅をつきましたが、これトラップと違いますよね?


「あ……やっぱり」


「ライリーさん、何がやっぱりなのでしょうか?」


「これ、完全に固定化された『過去』の記憶だから、記憶に触れないと……私じゃないと、無理かもしれない」


「なるほど、ではお願いしてもいいですか?」


「……わかった」


 ライリーさんにバトンタッチし、代わりに周囲を警戒します。

 といっても、私が何かできるかはわかりませんが、何かあったときにすぐに対処できるように……おや? 


「あの、ライリーさん……今、剣に触ったのですか? 一つ、確認したいことが」


「な、なに? これ、すごく重い……古すぎて記憶(トラウマ)が固定観念になっちゃってて、無意識に変質に抵抗して……」


「周りの盗賊の方々がこちらを一斉に向いたのですが、これトラップですか?」


「……へ?」


 ライリーさんが顔を上げたようですが、正直それを確認する余裕がありません。

 一瞬でも気を抜いたら、矢が飛んできそうです。


「これは……違う。剣が抜けないのと同じ、変質に抵抗する精神の防衛反応。傷に触られて、痛くて暴れちゃうみたいな……」


「なるほど、危険は?」


「……気を付けて、切られたりしたら痛いし、もしも殺されちゃったら……」


「わかりました!」


 盗賊さんたちが襲いかかってきます。

 腕を『石化』し、剣を受け止めて投げ飛ばしましたが、やはり相互干渉できる。しかし、勝てる相手ではありますが、ライリーさんたちを守りながらでは、囲まれているこの状態は少々厳しい。


「……ッ! 『小柳宗太に命じる! 魔法の威力を上げろ!』」


 背後から小柳さんの声と共に、多数の風の刃が全方向に放たれ、飛来した矢や飛びかかってきた盗賊さんを吹っ飛ばしました。『浮気封じの呪紋(ルーン)』の後遺症か、それともドーピングありで一度至った魔法を再現するための自己暗示なのか、ラタ市での暴走ほどの荒々しさはありませんが、敵を食い止めるには十分な威力です。


「小柳さん! ありがとうございます!」


「勘違いすんな! こっちだって痛いのは嫌なだけだ!」


「それでも助かります!」


 小柳さんの風刃は威力が高い代わりに大雑把なところがありますが、そこは私がカバーして隙間を抜けた盗賊さんに対処します。【ただし、空気抵抗は考えないものとする】によって風刃は私を素通りするので、同士討ちの心配はありません。

 ふむ、いい調子です。


「もしや、我々は結構相性いいのでは?」


「馬鹿言え! んなわけあるか!」


 そうですかね。

 少し仲良くなれたと思ったのですが、残念です。


「ライリーさん、抜けそうですか?」


「んん、んんんっー、ダメ、すごく、重いっ!」


 問題はこちらですか。

 盗賊さんは倒れても無傷で復活してきますし、小柳さんもこのペースがいつまでも続くというものではないでしょう。

 ライリーさんは頑張ってくれているようですが、この調子ではまだ大分長くかかりそうですし……


「小柳さん! あれ、やりましょう。ライリーさんに!」


「『あれ』?」


「有効活用法ですよ!」


「ああ、あれかよ……いいんだな、てめえも、そいつも!」


「ライリーさん、構いませんか?」


「は……はい!」


 ライリーさんの返答を聞いた小柳さんは、一瞬の躊躇いの後、自らの声でライリーさんに『声援』を投げかけました。


「『ライリー! 頑張れ! 自分はできるって信じろ!』」


 それは、私の認識する限りでは間違いなく『命令』ではなく『声援』でした。本当に、心のこもった叱咤激励。それは、彼がこれまで下してきたどんな『命令』よりも強い力を持っているように感じられました。


「ぅぅ、うう、わたし、は、できる……アルジサマ、ぐっ、ぅ、うらぁぁぁあああ!」


 感じます。

 深々と刺さった剣が抜けていくのを。

 小柳さんの激励がライリーさんの精神に火を灯し、爆発的な力を生み出したのを。

 であれば、後は必然です。


「よくやりました、ライリーさん……そして小柳さん、彼女を助けられたのは、あなたのお陰です」


 第四車輌が、世界が、ひび割れて、崩れていきます。

 全てが理解できたわけではありませんが、この奇妙な巡り合わせが、終わってしまうのを感じます。

 また、それぞれの道に戻るとしましょう。


「小柳さん、あなたと仲直りできてよかった」


「ああ……こっちも、消え損ねててよかったぜ……また、迷惑かけるかもしれないが、その時はまた止めてくれるか?」


「ええ、友人のよしみですので」


 最後に見たのは、ついぞ見ることのなかった小柳さんの、少し申し訳なさそうにしながらも嬉しそうな……年相応の少年らしい、角の取れた優しい笑みでした。


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[一言] 友達や家族になれたかもしれない 友達や家族で居続けることができたかもしれない その可能性をそれまでの関係を 全てなかったことにする不寛容、拒否、決めつけ 狂信者さんはそれが嫌いだったんですか…
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