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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
六章:祀ろわぬ『御使い』

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第163話 『組合長』荒野耕次

side 狂信者


 そこは、祭の中でもひときわ大きく目立つ櫓の中。

 もはや、木造の高層建築とも呼べるような立派な塔の内側に設けられた、木板に墨で『組合長室』という文字が彫られたプレートが掲げられた部屋でした。


 決して豪奢でも派手でもなく、簡素な台所やベッド、それに部屋の端にはこれまでの回収したポイントカードらしきものが何百枚と入った木箱の置かれた飾り気のない部屋。丁度、イベント時に役員が休憩するための役場の一室といった風情の、贅沢の贅の字もないような内装です。

 そして、その中央に一人、空の木箱に大股開きで腰かけ『スタンプを貯めた祭りの参加者』を待ち受けていた人がいます。


 頭は硬い黒髪を鉢巻きでかき上げ、瞳には鋼のような頑固さが見て取れ、顔全体で見れば日に焼けた色の濃い肌で武骨そうでありながらもどこか柔らかい笑みを浮かべる顔貌を持つ好青年。


 服装は着飾ることのないタンクトップと作業着のズボンというラフスタイル、防具の類は一切見て取れず、帯剣や暗器の気配もなし。ボディービルダーなどとはタイプの違う、生活の中で鍛え上げられたことが見て取れる細く引き締まった筋肉を持った青年です。

 全体的に表現するのならば『田舎で力仕事をやっている気のいいにいちゃん』といったところでしょうか。


 おそらくは彼が使役しているであろう鬼たちと比べれば華奢なはずですが、何故だか彼らのリーダーと聞いてとても納得しやすい第一印象をしています。

 そして……


「おお! 今日来たばっかでもうスタンプ貯めたんじゃな! すげぇな! どうじゃあ、楽しんでくれたか?」


 とてもフレンドリーに笑いかけながら話しかけてくる彼には、全くの敵意というものは見て取れません。

 ただ純粋に、この祭りの運営者として、屋台の出し物を楽しんでくれたことを嬉しく思うというように語りかけてきます。


 正直……テーレさんにも言った通り、この世界の在り方に違和感を持った者としてはとてもやり辛い。少し、思っていた性格と違う部分もありましたし。

 とりあえずは……


「一応は、楽しませていただきました。しかし、一つだけ確認を……あなたは、転生者。それも、この結界を管理している能力者、ということで間違いありませんか?」


「おう、そうじゃ。わいは荒野(あらや)耕次(こうじ)、元は大工で今はここの組合長やっとる。よろしくな」


 『転生者』という言葉を聞いた瞬間、僅かに鋭くなる視線。

 しかし、少なくとも表面的な友好的態度は崩れず……ですか。


「そうですか、私は『狂信者』などと呼ばれている者です。こちらはテーレさん。私も転生者で、このテーレさんとコンビで冒険者をやっています。ここへは、『山岳地帯に佇む謎の異常空間』として知られるこの結界の調査で参りました。他にも諸用はありますが、まずは対話を求めているということを認識していただければ」


 おそらくは、これまでも同じような用向きでここを訪れた方もいるのでしょうが、認識の一致は大事です。それを怠ると大事になります。

 さて、私の自己紹介の何かが悪かったのか、荒野氏は表情を曇らせ……


「なんやおのれ、他人行儀やなあ! もうちょっと気軽くはなせぃや! はははっ!」


「申し訳ない。これは癖のようなものだと思ってくだされば。それに……あなたは、ここではルールの制定者、ある意味で神様のようなものでは? 礼儀を払うのは当然かと思いますが」


「わいが神様? なんやけったいなこと言いおって。俺はただの『組合長』や。祭りを盛り上げてみんなを楽しませる役割じゃが、偉いわけじゃねえやろ。むしろ、『お客様は神様です』ってやつじゃろ?」


「なるほど、それで店員さんは鬼なのですか。なるほどなるほど……」


 『お客様は神様です』、ですか。そうですか。

 私が言葉の意味を分析して頷いていると、一歩下がって話を聞いていたテーレさんから言葉が発されます。


「礼儀作法とかの話はその辺にして。マスター、本題を忘れたわけじゃないでしょ。代わるわ、そっちの方が話が速そうだし」


「ではお願いします」


 私が一歩下がりテーレさんに前を譲ると、テーレさんは用意していたらしき話をすらすらと語ります。


 この空間が外部で『魔王認定』を検討されており、このまま話が進めば攻撃を受ける危険があること。

 クロヌス領の大領主様が現在進めている活動に荒野氏の能力が有効利用できそうなこと。

 そして、今の段階でならこの結界を解除してクロヌス領へ行けばことを荒立てることなく政治的問題の解決を保証していただけること、さらに大領主様の活動……テーレさんは具体的に説明しませんでしたが、『研究施設』との対決に力を貸していただければ、十分な報償も手にできるということ。


 前もって用意していた交渉材料の提示というわけです。

 聞く限りでは、かなりの好条件と言えますが……


「……断る。悪いな嬢ちゃん、何と言われようがわいはこの祭を終わらせる気はない。この山を勝手に使ったのは不法占拠だってのはわかってはいるが、動くことはできんのじゃ。悪いな」


 返答はやはり『NO』。

 まあ、利益や脅迫で動くのならば、これまでに来た誰かの誘いに乗っていますよね。

 しかし、困ったものです。


「そうですか……ところで荒野さん、この結界の外に出ようとするとかなりの抵抗を感じるのですが、これはどうにかならないものなのですか? 外では『侵入した人間が誰一人帰れない場所』として伝わっています。ここにいる方々の中には外の御家族が心配している方もいるでしょう。内側の方にも、御家族が恋しい方が……」


「居るかもなあ……じゃが、そういうやつなら勝手に出ていくじゃろ。どうしてもって言うんならなあ。そんで……その家族も、連れてきたんじゃろうな。ここはそういう場所じゃ。そうやって大きくなった、そういう場所なんじゃ」


「そういう場所とは?」


 まるで意図せずそうなったかのような言葉に私が問いかけると、荒野氏は一つ似合わない重々しい嘆息をした後、苦笑混じりに語り出します。


「最初は、小さな炊き出しじゃったんだがなあ。初めにこの山に出てきて、そこのやつらが野盗に蓄え奪われて困ってたから食べもんやらなんやら出したったんじゃ。そんで、そいつらが近くの村のもんとかも連れてきたりして、なんや知らん内にどんどん祭の会場が拡がってしまったもんでなあ……ぶっちゃけ、わいも運営が立ちゆかんくらいじゃ。外でここらを隔離するっていうんならそれでいい。ここはここで、勝手に楽しくやってくからなあ」


「運営が追いつかなくなる程に人が集まって困るというのなら、それこそルール違反者などは追い出せばいいのでは? 私は黒い鬼に襲われる冒険者の方を見ましたが、彼などは外に弾き出せばそれでいいのでは?」


「まあ、そういうやつはそれでいいけどなあ。ここにいるやつらのほとんどは、そういうやつじゃあないんじゃ。ここに惹きつけられるのがどんなやつか、わかるか?」


「……さあ、どうでしょう。候補はいくつか浮かびはしますが、確定情報は何も。影響力に個人差があるのは把握していますが」


 私の返答に、荒野氏は髪の毛をガシガシと掻きながら、もう一度だけ嘆息して答えます。


「ここに惹かれるのは、争いに飽き飽きした連中じゃ。野盗や盗賊、抗争や戦争、それに剣で食いぶち稼ぐ冒険者。どいつもこいつも、争いばかりの外の世界にはうんざりしたからここに集まってきたやつじゃ。転生者で変な超能力もらって冒険者やっとるおのれらには理解できんじゃろが、弱いやつにとっては外の世界は地獄になることもある。そいつらにとって、ここは最後の楽園じゃ……だから、わいはここを終わらせられん。外に出にくい言うんなら出やすくしてやるから、帰ってくれ。そんで、外のやつらに『俺達のことはほっといてくれ』とだけ伝えてくれりゃいい」


 なるほど、『最後の楽園』ですか。そういうことですか。

 これは難しそうですねえ。


「……マスター、退こう」


「テーレさん?」


「手応えがない。早いけど、帰らせてくれるって言ってるここが引き際だわ。それに、無理に引っ張り出しても、この転生者は……」


 『平和主義者』ということですね。

 『研究施設』との荒事の戦力として当てにするには向いていない。それくらいならアーリンさん辺りを真剣に探した方が合理的だというのもその通りでしょう。


「わかりました。私たちも、何もここの平和を壊したいわけではありませんし、あなたの気を害したいわけでもありません。帰らせていただくことに……」


 そう言って踵を返し、組合長室を出ようとしたところで……


「……まてや。狂信者、おのれは構わん。じゃが……その嬢ちゃんは、出て行かせん。『そう決めた』」


 突如として、激しい衝撃に見舞われ身体が浮遊感に包まれました。まるで、見えない巨大な掌に押し出されたかのように。

 しかし……テーレさんは、まだあそこに……


「悪いのぉ。だが、ピンと来たんや……この嬢ちゃんはわいが幸せにしたるで、安心せえや」


 『恩師の加護』を発動する間もなく、不可視の力に後ろへ後ろへと押し飛ばされ続けている。

 これは『攻撃』というよりも、私個人を結界の外へと追い出そうとする『ルール』が働いて……!


「っ、テーレさん!」

「マスター!」


 離れていく。

 テーレさんとの距離が離れて……



 私の視界は、真っ黒な壁を突き抜けると同時に暗転することとなりました。







「だ、大丈夫? い、生きてますか?」


 脇腹の辺りを小突かれる感触で、意識が少しずつハッキリし始めました。

 しかし、身体が重い……まるで、リザさんと共に修業していた頃の、身体中が言うことを聞かなくなるまで動き続けた直後のように、疲れ切っている。それでいて、運動の余熱がないというのが違和感ですが……


「うっ……ここは……」


「あ、生きてた! おにいさん、大丈夫ですか? 昨日あれに呑み込まれてから、帰って来れなくなったかと思ったらこんなところに……」


「昨日……ですか?」


 意識が覚醒し始めます。

 私がいる場所は木陰のようですが、周りを見ればかなり明るく、しかし午後ほど暑くない……午前の日光です。

 確か、あの中に入ったのは昼頃だったはず。内部での活動も数時間で、荒野氏と話したのは遅くとも夜。つまり、私は少なくとも四、五時間は倒れていたことになります。


 私を覗き込んでいるのは、あの結界内に入る前に話していた剣の少女。どうやら、私を見かけて起こしてくださったようです。

 まだ重い身体を強引に動かして、首元に貼り付けてある『テレパスカード』に触れます。


「『テーレさん、無事ですか? ……テーレさん?』」


 十秒ほどの沈黙の後、使用を中止。

 やはり、テーレさんは結界内部。弾き出されたのは私だけのようです。


「うっ、ぐ……この、疲労感は、飛ばされたダメージ……では、ないですね。『青鬼』が住人から回収した疲労感、ですか……くっ」


「あっ! 無理しちゃダメですよ! あなたも……中から、追い出されたんですね?」


 そう言って、上手く立てない私を支えてくださる剣の少女。

 私とテーレさんが昼食の時に近くに置いていたものを拾ってくださったのか、水筒を差し出してくださいます。

 しかし、私がそれよりも気になったのは、少女の一言。


「……あなたも、とは?」


「あ、はい……私もその、一度中に入ったんですけど、黒い鬼を倒したら外に飛ばされちゃって……おにいさんもそうなのかと思って」


 『黒い鬼を倒した』というのは、私たちとは違うパターンですが、この少女が結界内の『ルール』に重大に違反したことにより排除されたということは理解できます。

 つまり、あの結界は『どうしても存在を許せないもの』が内側に存在する場合、先程のように強引に外部へ弾き出されるということ。先程のことを考えれば、あれは『私の存在』自体を不許可とするようにルールの一部を変更したのでしょう。

 そして、テーレさんは『帰さない』と……全てが彼、荒野氏の思うがままになる世界に閉じ込められた形になります。


 油断した……では、済まされませんね。


「ライリーさん……動作の補助を、頼みます。ゼットさんは、疲労からの回復を」


 懐から出したガリの実を齧り、結界に向き直ります。

 既に一晩経っている。何が起きているかわかりません。


「む、無茶したらダメですよ! そんなフラフラで……」


「申し訳ありませんが、緊急事態です……テーレさんの無事を確認しなければ」


 壁面に手を当て、ゆっくりと手を押し込むと抵抗なく手が境界の向こうへと消えます。どうやら、ルールの適用は瞬間的なものだったのか、今なら弾き出されるということもなく侵入することができそうです。

 であれば、するべきことは一つ。


「無事でいてください、テーレさん……!」






※ちなみに荒野の訛りは転生者向けの翻訳術式が仲介しているのでソフトになっています。

(かなり地方の田舎出身だけどそのレベルの方言は書けないし読めないので便利な翻訳設定に頼る作者)

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― 新着の感想 ―
[一言] 狂信者の相手と折り合いをつけた善意の押し売りではなく、自分本位の独善的な善意の押し売りですか 悪い人ではなさそうだけど今まで戦ってきた転生者とやってることは大差ないですね その辺も狂信者が気…
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