第157話 「『準犯罪者名簿』を」
side 狂信者
「ハッハッハ! いや、噂の変人転生者がどれ程のものかと思って試したが、まさかここまでとはな! 俺が笑っても驚かなかったということは、影武者にも気付いていたのだろう?」
そう言いながら分厚いステーキを頬張るのは、このクロヌス地方の大領主様。
先程まで王座にいた影武者の方(受け答えを見る限りは弟さんなのでしょうが)、無理をして偉そうにしていたあの方よりもずっと『王様』という感じがします……いえ、そう見せているのかもしれません。判断が難しいです。
なんでしょうねこの感じ。ライリーさんは悪意などを感知していないようですし罠が仕掛けてあるわけではなさそうですし、待遇に不満はありませんが。
先の『悪戯』が失敗した後も、こうして気に入ったから昼食を共にしろとほとんど命令のような形で食堂へ導かれ、何も言わせない内に数々の料理(それも私がこの世界に来てからよく好んで食べるもの)を並べられました。好みなどのリサーチも済ませているということみたいですね。
ここまでされて遠慮するのも失礼なので、私も肩の力を抜いて答えるとしましょう。あちらが王様のように振る舞うのなら、こちらもまたそう扱いその客人として振る舞うのが礼というものでしょう。
「気付いていたというよりも、『そうするべきだろう』と思っていただけです。本当に外見的な特徴は前もって聞かされていた通りで見分けなんて付きませんでした。今でも急に入れ替わられたらわかりませんよ」
実を言えば、王座に座っている方が本当に大領主の『ライエル・フォン・クロヌス』という方なのかどうか、城に入る前から疑念を抱いていました。
何せ、小柳さんのような周りに全くわからない形で相手を洗脳できる能力があるのですし。こちらの能力が一応わかっているとしても、念のために対象設定を免れるための策が一つや二つあるべきでしょう。噓を見破る能力の対策のためか自分自身が大領主だとは一度も言及していませんしね。
「なるほどな、この世界を舐めてはいないというわけか。ますます気に入った! 神に選ばれたと思い上がって見下して来たのなら現実を見せてやろうかと思っていたぞ」
「まあ、そうでしょうねえ。この世界、転生者より強い人たくさんいますしね。慢心ばかりしている人は『研究施設』への対抗戦力としても役に立たないでしょう」
一応『敵側』ということになるルビアさんならば、『触れれば勝ち』ですしね。あっさりと操られて敵に回るとかは勘弁して欲しいものです。
「ちなみに、一応言っておきますが毒消しは常用しているので悪しからず。テーレさんが先程から除けているお皿は何かが入っているのでしょう?」
「ああ、それな。勘のいいやつかどうかを試そうと激辛のを混ぜさせておいたのだが……おまえ、さっきから普通に食べてるな。まあ、食えない程にはしていないはずだが。辛いの好きなのか?」
「美味ならば好ましく思いますよ? この地域の味付けは独特だなと思っていましたが」
そんなに辛いもの好きだった憶えはないのですがね。しかし、『辛い』とは『痛い』と同じ感覚だと言いますし、修業で痛みに慣れたことで辛さも平気になったのでしょう。リザさんの最初の方の料理などは味付けの失敗を誤魔化すためにスパイスを大量に入れた激辛料理でしたしね。勿体ないので残さず食べましたが。
しかし、やはり一般的に見れば罰ゲームのレベルでしたね。味の記憶を共有していたライリーさんが突然悶え出したわけです。
となると、テーレさんがその料理を避けていたのは毒への警戒などではなく……
「……別に、そんなわかりきった悪戯に付き合ってやる必要ないって思っただけだし。無理して食べるほどのものじゃないし」
まあ、テーレさんは甘党ですしね。
無理して食べる必要もないでしょう。
「だが……それはともかく、『研究施設』の名を簡単に出すのはよくないな。それが何を意味するか、どれだけ知っている?」
「さあ、実の所は詳しいことは何も。ただ、何やら偽の金貨を製造したり不治の病の治療法を探したりと、広範の『研究』を行っているようなことは知っています。後は、貴族コミュニティが大きく関わりそれなりに権力を動かせる組織である、というくらいですかね。何しろ、こちらも自ら意図して関わりに行ったことはないので」
「そうか……なら、これに関しては知っているか?」
そう言って、大領主様が懐から取り出したのは蝋で栓が固められた小瓶。透き通った硝子の内側には、黄色い粉が詰まっていました。
「さあ……何でしょう?」
「お前たちが助けた特殊工作員が回収した『研究施設』の関連品。これが入っていた木箱のラベルによれば新種の毒薬らしい。従来の解毒法が一切通じず、遅効性で徐々に相手が弱っていくそうだ。まだ効果の程は確かめていないが、本当だとすればそれこそ身内での殺し合いが大好きな貴族連中垂涎の品だろう。これだけでも、十分に警戒すべき組織だ。そして……もしも、そいつらの本拠地を調査する際にこれ以上の発明品などが見つかれば……」
「なるほど、実動部隊として治外法権のような扱いを受けている部分のある『転生者』を利用したいというのは、その意味もあってのことでしたか。事前に野心家だということは聞いていましたが、抜け目ないですねえ」
「『もしも』の話だ。俺は何も、命令も依頼もしていない。だが、もしもお前らが仕事の途中で価値のあるものを見つけたら、中央政府に安く買い叩かれる前に入手経路なんて聞かずに買い取ってやってもいい。そう言っているだけだ」
転生者の関わる組織の作り出した、これまでこの世界になかった何か。転生特典による生成物か、あるいは地球の現代知識によるものか、その両方か。どちらにしろ使いようによっては大きな利益に繋がるでしょう。
そして、このように共犯関係をチラつかせることで融通の利く人間であることをアピールしつつ、やんわりと専属のマネジメントを申し出る。実際、この世界の貴族的権威や法律への忠誠心というものを持つのが難しい私たち転生者に対しての姿勢としては悪くないと思います。
こうして昼食を共にするというプライベートなシチュエーションで人払いを行ったのも、このような会話を記録に残さないためですか。
そのために、わざわざ危険を冒して自ら私たちに向き合って語りかける。影武者を使い安全を確保する慎重さと最も大事な話をするために真摯に相手と向かい合う誠実さがある。交渉の相手としては申し分ないと思います。
しかし……
「大領主様、どうせ手にするのなら、物ではなく人をお勧めしますよ。両方というのならそれもいいですが、物だけというのはよくありません」
今回の場合、私とテーレさん個人に対する損得勘定だけでは困ります。
どうせ大貴族様が味方に付いてくれるというのなら、その権力を堂々と行使してやってもらいたいことがあるのです。こちらとしては『取得物を買い取ってもらう』というようなあっさりとした関係で交渉が終わっては困るのです。
忘れないうちにそちらの話題に話を持っていきたいのです。
そのためには、ここらで異論を挟むべきでしょう。
「……なるほど、話すがいい」
「ではありがたく。まず第一に、説明書なしに『よくわからないもの』を起動するような行為は危険が大きすぎます。得られる利益が予測不能ならば暴走や誤用によるリスクもまた予測不能でしょう。『森の民』の遺産が正しい運用法を失伝させたことで各地で不治の呪いや暴走事故という形で悲劇を生み出しているのと同じです」
「……ふむ、続けろ。第一と言うのであれば、当然第二第三があるのだろう?」
「はい。第二には、それが転生者による生成物であればそう遠くない内に『天使』による回収が行われます。転生者に付き添って現世で従者として振る舞う時はともかく、『公務』のために出力全開で降臨する天使に抵抗するのは被害的に割に合わないでしょう。つまり、安定して利益を確保できるとしたらそれは天使に回収されない知識や技術のみ。それならば人を確保すべきです」
「第三は?」
「人を確保したのなら、その技術を改良できる可能性が残ります。その毒物にしても、いつまでも解毒不可能とは限りませんし、解毒法が確立されれば改良が求められることもあるでしょう。完成品だけを手にしていては栄華は一瞬で終わります」
「ほう……なるほどな。面白い視点だ。まだあるか?」
「はい、最後に一つ。彼らの中には純粋に世のため人のためになる『研究』を目的に、その資金や理解を求めて協力している方がいます。その割合はわかりませんが、最低一人は確実に。才能があったのにも関わらず環境に恵まれなかっただけの方が。そのような方まで『罪人』として抹消してしまうのはこの世界の人類にとっての損失です。そういった方は、『研究施設』の『運営者』とはまた別にリストを作成した方がいいでしょう」
私の言葉を聞き終えて、しばし沈黙する大領主様。
まあ、提案した私にもわかりますよ。『物品』をくすね取るのと『人材』をくすね取るのでは裏で回すべき手の数が違うでしょう。法的にギリギリになることもわかります。
しかし……
「マスター、あんたまさか……」
「ええ、まあ……ドレイクさんに提示しようとした『情報』の中身なのですが、知人に『研究施設』の関係者がありまして。その方がこちらに協力的になってくれるのなら寛大な処置を期待できないかなと」
もちろん、第一から第三の理由も本心です。
しかし、その着想も最後の理由あってこそのこと。リスク計算で行けば、『研究成果が手に入りそうなら手に入れる』くらいのスタンスが丁度いいというのは理解しています。
しかし、ハイリスク、ハイリターンになるとしても、彼女の知人として逃げ道は残しておくべきです。
「まだ確約はできませんが、私ならその方を足掛かりに『研究施設』に直接接触できるかもしれません。しかし、私は噓を口にすることが難しい。ですので、交渉材料として真実を語るために用意していただきたいのです。どうしても罰しなければならない人物の名を並べ立てた『罪人名簿』とは別の、あくまでも唆され協力させられていただけという形で処理できる『準犯罪者名簿』を」
side ルビア
「くしゅん!」
学舎の屋上を吹きすさぶ冷たい風のせいか、不意にクシャミが出た。
日光は暖かいけど、もう結構寒くなり始めたし、さすがにここでの昼食はやめた方がいいかもしれない……かといって食堂だと吐き気で昼食どころじゃなくなるし、どこで食べたらいいのやら。
「なんだよねーちゃん、風邪引いたのか? 貧弱だな」
「あんまり風邪とか引いたことなんだけどなー。ラクタちゃんは寒くない?」
「こんだけ着込んどいて寒いとか言ってたらスラムで生きていけねーよ」
隣に座って心配するように言葉をかけてくれたのは、私と一緒に昼食を食べる友達であるアリスちゃん、もといラクタちゃん。
本名は『アリス・クレバール』なんだけど、最近までずっと本名を隠してたらしくて『ラクタ』の方がしっくり来るらしい。
学院の人は貴族出身ばっかりだから彼女の奔放さは浮いちゃってるみたいだけど、それに負けずに生きてる強い子だ。ちなみに、戦士職適性の推薦入学で転入してきたらしくて勉強はかなり苦労してるけど腕っ節は強い。この前は中等部の子に喧嘩で勝ったそうだ。
「にしても物好きだよなー、ねーちゃんは。こんな屋上でガリの実ばっか食って。オレも嫌いじゃねーけど、そればっかりじゃ飽きねーか?」
「私だって、好きでこればっかり食べてるわけじゃないんだよ……ただ、他の食べ物が喉を通らないだけで」
「肉とか食うのは大事だぞー。オレなんか、しっかり食うようになってからどんどん力が湧いて来るんだからな!」
そう言って力こぶを見せるラクタちゃん、ドヤ顔かわいい。
言葉遣いも男の子みたいだしちょっと乱暴者なところもあるけど、私はこの子のこういう所、昔の妹に似てて結構好きだったりする。
ちなみに、私とラクタちゃんが『友達』になったのは、私がこっそり寮に注文していた箱入りのガリの実が間違って捨てられそうになっていた時、私が何も言えずに困っていたところを助けてもらったのがきっかけだ。
貴族ばかりの学院には『ガリの実』という食物を知らない人もたくさんいて、彼らには『食べ物』として送られてきた箱の中に詰まっていたガリの実が何かの嫌がらせか何かに見えたらしくて悪意はなかったんだけど、ラクタちゃんが『食い物を捨てるなんてもったいない』と怒って、怒られながらも回収してくれたのだ。それでお礼を言いに行ったのが交友の始まり。
お互い少し孤立した者同士、不思議と打ち解けることができた。同じクロヌス地方の田舎出身という共通点もあったし。
こうして一緒にいる時間は友達のあまりいない私にとって貴重で、とても楽しい時間だと思う。けれど同時に、心の奥底に痛みを感じる時間でもある。
もしもあの時、彼が私の失敗の尻拭いをしてくれていなかったら……『ゼット』と名付けられたあれを止められなかったら、私の実家と同じクロヌス地方にあるというラクタちゃんの故郷も、たまに話に出てくる、生き別れていてようやく出会えたというお父さんも、呑み込まれていたのだろう。
それはとても……見つめるのが辛い事実だ。
もしそうなっていたら、彼女は離ればなれであっても慕っていることがわかる、やっと手に入れた家族を故郷ごと失ったという報を受けることになっていただろう。
私は、治療院のみんなが受ける差別を無くそうとしてあれをやった。計画ではもっと安全で小規模になるはずだったけど、危険だったのは同じことだ。
けど……ラクタちゃんみたいに、スラムの出身という差別を前にしても堂々として、自分の力で乗り越えようと頑張っている子もいる。私のしたことは、勝手に『救ってあげる』と言って、その果てに彼女のような未来の芽を摘んでしまいかねないことだった。
いつかは、この子にもそれを話さなければいけなくなる日が来るのかもしれない……『友達』として。
でも……
「……ラクタちゃんは、お勉強苦手だもんなー」
「なんで唐突に悪口!?」
『研究施設』は秘密の組織。
『研究』に役立つ能力ある人々が集まって、互いの研究に協力する組織。残念ながら、肉体的な才能で学院入りしたラクタちゃんが招かれることはない。
私たちの研究が成果を上げて日の目を見るその日まで、私たちが本当に全てを打ち明け合うなんて不可能なのだろう。
ただ……
「ラクタちゃん……いつか、私が悪いことして捕まっても、友達でいてくれる?」
「はあ? なんだよ。盗賊にでもなるんなら、うちの父さんに口利きしてやるぜ?」
「ふふ、ありがとう」
私の正体は、もう狂信者さんとテーレさん、二人にばれてしまっている。まだ学院にいられること自体が不思議なんだけど、いつまでも続くわけではないと心のどこかで思ってる。
叶うならば……最後に、隠す必要のなくなった私の正体を、この小さな友達に打ち明けられたらなー……なんてね。
小ネタ設定
ちなみにガリの実は『どんなに顎の強い人でも簡単には噛み砕けない』かつ『どんなに顎の弱ったお年寄りでも噛み砕ける』(誰が食べても『ちょっと食べ物にしては硬すぎる』という食感を与える)という性質を持ちます。
さらに、熱すると(たとえ茹でたとしても)脱水して軽くなり、さらに食感が硬くなる(食べにくくなるものの保存性は上がる)という性質があるので歴史上ガリの実を『柔らかく』調理できた料理人は一人もいないのだとか……
なので、決してガリの実を普通に食べているルビアさんの顎が鍛えまくっている狂信者の顎と同等の強さというわけではないです。




