第147話 半死人
side テーレ
私が作ったマスターの法具『ルーンダイス』は癖の強いアイテムだ。
そもそも法具というものが使い手に合わせて調整していくものだから癖が出てくるのは普通ではあるんだけど、それでもこれは特別製だ。
何せ、法具の最も基本的な目的である『魔法の暴発を防ぐ』という役割をかなぐり捨てている。注文通りに作ったものが『六つの面に刻まれた呪紋のどれかに対応した魔法が確率的に平等に発動する』なんて品だ。しかも、その内の一つは魔力を注いで現実性の歪みを蓄える……つまり、魔法発動のためのエネルギーを蓄積する『蓄積』のルーン、さらに別の一つは『治癒』のルーン(厳密には【過剰回復】の弱体版)が割り当てられたもの。敵への攻撃として考えるのなら『外れ』だ。
攻撃の安定性を取るのなら、こんなリスキーな仕様にするよりそれぞれの魔法に対応した法具を用意した方がいい。それなのに、こいつときたら……
『「外れ」の目があった方が、「当たり」の威力が上がりそうじゃないですか。それに、もしもその相手が攻撃すべき対象ではなかったなら、幸運にも不発になってくれるかもしれません』
そう言って、そのままの仕様でそれを使っている。
確かに、ディーレ様の加護である『幸運』は、『物事が思い通りに運ぶ幸運』よりも『思わぬ出来事が最終的によい結果に繋がるという幸運』の要素が近い。つまり、攻撃の結果を運任せにすれば、意図していなかった形で最も適した結果が出る可能性がある。
それに、マスターは法具を投げる時、『奉納者』の称号で貯めたポイントを自動で消費して【祝福】によって幸運の加護を瞬間的に上げている。普段から私に『あーん』なんてやったり……私の口にわざわざ食べ物を運んだりしてコツコツ貯めているポイントだ。
簡単な作りで量産可能な法具だと言っても数に限りはあるし、称号の残りポイントに合わせた数だけ作っておけばいいっていうのは消費ペースの計算とかもやり易くて合理的ではある。
だけども……
「前に投げます! もし外れならサポートお願いします!」
「こういう時に効果抜群の当たり目が六つに一つしかないって結構不安なんだけど!」
馬で走りながら、正面を封鎖しようとする不出来なゾンビ軍団に賽子が投げ込まれ、運良く出た『浄化』の魔法により無力化される。
魔法はイメージ勝負だし、リスクで威力が上がると思ったなら実際そうなってるんだろうけど、こういう状況では怖すぎる。
「そこは左の道だ! 右は軽く溝になっていて挟撃されやすい!」
後ろから一人で馬に乗っているキャシーの声が飛んできたからルートを調節する。前は私とマスターの二人乗りで正面の屍人や悪霊の妨害を突破して、後ろのキャシーが声で道案内をしている。
そう、私たちは文字通りに敵軍を切り拓きながら馬を走らせている。相性がいいにしても、この周りの森や村を殺し尽くして作り出したであろう、何百いるかわからない悪魔の群れを相手にしてだ。
「くっ、また集まってきてる……スピード上げるよ! キャシーも遅れないようにして! 離れたら死ぬから!」
「テーレさん! 私の『浄化の光』はどうしますか?」
「あんたのは私たちも見えなくなるから奥の手! 【斥力弾】!」
近くの木陰に怪しい気配を感じたから、先んじて射撃攻撃を放つ。すると、吹っ飛ばされた屍人は遠く離れた林で爆散した。どうやら、体内に爆薬でも仕込まれていたらしい。あれは『浄化』だと無力化できなかった。時折、こういう個体が混ざっているから困る。
「弾も無限じゃないってのに……」
馬を止めるわけにはいかない。
そうすれば、すぐに森の中に配置された屍人や悪魔に囲まれてしまう。今は動き続けているからこそなんとか単発攻撃で対応できる程度の妨害しか受けないようにできている。けど、このスピードという武器がなければさっきの屍人爆弾みたいな『浄化』じゃ対応できないやつまで集まってきて囲まれる。下手をすれば死ぬ。
決して馬を止めず、進行方向に近付く敵には即座に対応。
そして……
「そろそろあっちも、ルートは特定してるわよね……」
国道方面は案の定、既に馬二匹で突破できるような状態にはなかった。真っ先に警戒されるべきルートだから当然と言えば当然だ。だから、私たちはルートを森の中に変更して、できるだけ敵の気配の少ない方へ向かってる。
だけど、目的地が中央都市クロヌスだとわかってる以上、敵が馬鹿じゃないならこのルートの先、街の近くで必ず通る場所、かつ戦力集中が確実に間に合う場所で全力でこちらを出迎えてくれるだろう。
こっちは魔法を使えば魔力電池や法具を消耗する。あっちは時間をかければそれだけ多くの戦力を集結できるし、屍人爆弾みたいな細工もしやすくなる。
つまり……
「ノンストップで、可能な限り消耗を避けて、そして何より速くこの森を突破する……全く、スキル使いっぱなしでお腹減るわね」
「はい、エナジーバーの補給です」
「あんがと!」
カロリーだって重要なリソース。
こんな戦いながらでも食べないとやっていけないわ。
side 狂信者
まだ微妙に雨の降り続く薄暗い森の中。
鬱蒼と茂る木々の隙間には、何かよからぬものがこちらを狙っているような不安を抱かせる闇が満ちています……まあ、今のこの森では比喩ではないのですが。
右を見ても左を見ても本当に屍人だらけ。
馬に乗って速度で引き離せているからなんとか置いてけぼりにして風景の一部と割り切れるものの、中にはそうはいかない者もいます。
「……右側、併走者発見!」
『屍人』といっても、その姿形が人間とは限りません。知能の高い人間は怨念の感情などを遺しやすいというだけで、今のこの森に充満する負のエネルギーの中ではモンスターを始め、鳥や大型動物も屍人となっているようです。
「コボルトゾンビ、三体です! 次の曲がり角で接触します!」
私は左右を警戒しながらテーレさんに報告、テーレさんが対応というのが基本的なフォーメーションですが……
「丁度カートリッジ交換のタイミング! マスターが対応して!」
「了解です!」
状況次第ではこういうこともあります。
私だって、守られているばかりではありません。
「【祈った 握った 投げた】」
賽子は三つ、ゾンビさんは基本的に回避という動作をしないのでちゃんと狙えば当たります。
「【乱数調整】」
賽子の投擲、結果はまあまあです。
一つは『浄化』を発動し、一番遅れていた個体を無力化。二つ目は『石化』を発動、『石』の質量は投擲時に込めた魔力にもよりますが、一辺1cmの立方体が突如として数十キロの質量を持って衝突し、二体目のコボルトゾンビさんは大きく吹っ飛ばされておそらく再起不能。
しかし、三体目のコボルトゾンビさんは撃退できず……どころか、少し元気になったようにみえますね。どうやら、『治癒』の目が出て肉体を修復してしまったようです。私の回復魔法は厳密には神聖属性ではなく純粋な再生力の注入なので屍人相手でも攻撃手段にはなりません。
仕方ないので、馬まで到達して飛びかかってきたコボルトゾンビさんは直接首を掴んで止めました。
「ゥゥウ……ガウッ!」
「怨みを残して亡くなられた無念はわかりますが、それは私たちに向けてもしょうがないものでは……」
「……っ! 狂信者! そいつを右へずらせ!」
キャシーさんからの声に、反射的に言われたとおりにコボルトゾンビさんを移動させると、その身体に衝撃が加わり、腹部から鍾乳石のような槍が飛び出しました。私とテーレさんには届いていませんが、キャシーさんの声がなければ危ない位置と勢いでした。
「これは……」
「幹部の『遠投のガレス』の魔法だ! おそらくはあの高台の上! 狙撃が可能な程の射程があるから気を付けろ!」
「なるほど、助言に感謝します。落馬していたら大変でした」
「れ、礼などいらん! お前らがやられると困るからな!」
では、一方的に感謝しておくとしましょう。
それに、『治癒』の目が出たのは外れではなかったようです。しかし、いきなり狙撃とは……コボルトゾンビさんが盾になってくれてしかも修復されていてくれて本当によかった。初撃さえ防げれば何とかなります。
「どうやら、盗賊団の幹部の方々もゾンビにされていたようですね。【万物鑑定】でも同じゾンビとしか映らなかったので気付きませんでした」
さて、狙撃とは厄介ですが、あの高台なら距離にして600mくらいですか……遠いですね。
ふむ、コボルトさんの死体はかなり真新しい。少し生暖かく、つい先程殺されたばかりのようですね。
「【浄化】……ゼットさん、このコボルトさんと先程浄化したコボルトさんの二体で、あの高台の上のゾンビさんを仕留めてきてくださいますか? なるはやで」
『隣人、「なるはや」ってなに?』
「『なるはや』とは『なるべく早く』の略語です。時間がないので文字数を節約しました」
『なる。じゃ、行ってくる』
ゼットさんがコボルトゾンビさんの傷口から侵入し、その血液を黒く染めて再び動き出したので手を離します。
こちらも森の中を動き続けているので、狙撃のタイミングはそう簡単ではないでしょう。それよりも……
「幹部の方々が死人として使役されているとしたら、リーダーさんとガレス氏を除きあと五人でしたか」
「四人! 『血塗れのアリア』は抜いていいから! 絶対に死んでないから! 他でもない私が保証するから!」
「……では、残り四人としておきましょう。他の方の得意な攻撃法などの情報はありますか?」
「『岸壁のホセ』はでっかいハンマー使い! 『無知のアミダラ』は鞭みたいに撓る剣! 『法螺吹きトーラ』は冷気の魔法! 『短足のチョッチ』は鉄とか操ってきて、時々電撃も使う!」
「皆さん個性的な二つ名ですね。それと、最後の方はおそらく磁力の使い手っぽいです。というと、砂鉄攻撃とかもしてきますかね……こんな感じに」
何かが高速振動するような音がしたので、そちらに向かって賽子を投擲。
出た目は『石化』だったらしく、空中に形成されていた高速振動する砂鉄のチェーンソーのようなものを貫通して向こう側の木の上に隠れていた小太りさんを撃墜。さらに、テーレさんがすかさず斥力弾を放ち、元々切れ目の入っていた小太りさんの頭を遥か遠方へ吹っ飛ばしました。
「……あれ、本人の魂を身体に閉じ込めたまま悪魔をぎゅうぎゅうに詰め込んで無理やり悪魔に近い存在として使役してるわ。あの鎧悪魔のやり方を真似たみたいだけど……趣味悪いわ」
「となると、あれは半死体であり半生体だったということですか?」
「……『真紅の剣』のリーダーは『死霊使い』だって情報あったわよね。人間は完全に殺してしまえば、そこから急激に魂の情報が拡散して劣化し始める。特殊な環境でもなければ生前の人格を完全に残した幽霊なんて残らない……魂の劣化が始まれば、生前の技能や魔法も使えなくなるのが普通。だけどこれは……」
「『死霊使い』が『生きた人間』を強引に使役するために魂を拡散しないようにしている……いえ、『殺しておきながら死なせないようにしている』というわけですか」
「そういうこと……洗脳とか催眠とかの方がまだ倫理的だわ」
「合理的ではありますがね……おっと、さすがに個別では止められないと察して三人同時に来ましたか。テーレさん、割り当てはどうしましょう?」
「……左側の二人は任せて。右のアミダラだっけ、あの鞭みたいな剣のやつはお願いするわ」
「了解です」
二人でタイミングを合わせ、馬を止めないまま一緒に地面へ飛び降ります。テーレさんはブーツに仕込んだ術式で、私は身体強化の魔法で、瞬間的に馬を追い越して加速。
テーレさんの方は心配いらないでしょう。そして、私の方も……
「やはり、無理やり操られているというだけあって、反応が遅いですね」
かなり接近してからようやく振り下ろされた剣の鞭。単なる棒などで受け止めても、回り込まれて致命傷になるでしょう。
ですが……
「【過剰回復】!」
握り込んでいたガリの実に生命力を過剰注入。
成長が早く丈夫なことで知られるこの植物は、一瞬にして樹齢五年程度の若木まで育ち、振り下ろされた剣の鞭を枝で絡み取ります。
そして、そのまま若木をアミダラさんの成れの果てへと突き立て……
「【過剰回復】! 【浄化】!」
体内から張り裂けるように急成長させ、行動の全てを封じた上で浄化。短時間で確実な無力化が必要だったのでこの手を取りましたが、無用な苦痛がなかったことを祈ります。
テーレさんも同時に仕事を済ませたようなので、共に追いついてきた馬に乗り直し、再び鞭を打って加速。
『隣人、片付いた。とりあえずドロドロにしておいたけど、よかった?』
「はい、ありがとうございます。ゼットさんも済んだそうです。これで幹部ゾンビの心配はいりませんね」
「よしっ! じゃあ飛ばすわよ!」
「キャシーさんも遅れないようにしっかりと……どうされましたキャシーさん、微妙な表情をして」
「いや……私も一歩間違えたら今みたいに流れ作業で始末されていたのかと思うと、少しな……上辺だけの交友だったが、やつらの墓には酒でも供えておこうかな。慰めに」
キャシーさんの表情は、まるで主人公側に寝返って同僚達が瞬殺されるのを目の当たりにしてしまった一人目の四天王のような複雑さが見え隠れしていました。




