第134話 小麦さん
side 狂信者
水路脇の堤防に生えた草原に腰を落ち着け、地平線まで広がる麦畑の向こうから上がる日の出を見ながら迎える朝……日本ではそうそう見られない光景です。
せっかくこのようなものが見られる世界に転生したのです、早起きして見る価値がある景色でしょう。
まあ、馬車の中で寝過ぎたせいで体内時計が狂って早く目覚めすぎてしまっただけなのですが。
「スーッ、ハァー。澄んだ空気ですね、一人で味わうのが勿体ないくらいです」
ちなみに、テーレさんは私のスータンの改造中です。宿で荷物整理をしているときに思い出したお土産……『剛樹の魔王』の分体の核となっていた枝を見せたら、自分が集めてきた素材よりも上の素材だと驚いていました。
これから赴く戦地でも防具として十分な性能を発揮できるよう、繊維や樹皮を布地の中に仕込んで防御力を上げるのだとか。
多少重くなるそうですが、私の身体能力が上がったので負担にはならないとのことです。というか、私の身体能力に合わせるために耐久力を上げたいとか。
お蔭様で、今の私は一張羅を取り上げられて予備の単なる黒シャツ装備。
まあ、装備の点検修繕改良の時はこうなるのが必然でしょう。
テーレさんは宿部屋に籠もりきって素材加工に没頭。
貴重な素材なので万が一にも失敗したくないからと追い出されてしまいました。テーレさん、結構職人気質というか凝り性というか、武器装備を作るの好きですよね。
「この町には敵の気配はなく、いつまでも気を張っていても仕方ないと……これから行く場所のことを考えれば、精神的にもしっかり休養を取っておけということですかね」
これから行く場所……それはこの地方、私たちが旅をしてきた『ラタ市』『コインズの街』『観光都市レグザル』などを内包する大きな括りでの地方『クロヌス領』の中心都市『クロヌス』の近くで行われる大規模な盗賊殲滅作戦の参加者集合場所。
日本で言えば『クロヌス領』は都道府県の一つであり県庁所在地へと向かうと考えればわかりやすいでしょうか。
この町からの出立は、次の乗合馬車の到着次第。何故そんなに急ぐのかと言えば、昨夜ギルドで受け取った手紙の件があるためです。
テーレさんの別名義での滞在登録に対して手紙を送れる人物はほとんどいません。
特殊なルートでテーレさんのダブルライセンスを看破した者でなければ、それは示し合わせていた連絡相手……ココアさん、ティアさんか、別行動のライリーさんくらいしかいません。
手紙に差出人の名前はありませんでしたが、間違いなくライリーさんからの手紙です。一応、【万物鑑定】で確認しましたしね。
『研究 施設 活動 悪魔 大量 出荷 盗賊 クロヌス 合流』
内容は単語の羅列。
そして、大雑把な到着日時と思われる日付。
他人に見られても大丈夫なように書かれた手紙……おそらくルビアさんの睡眠中にこっそり身体を動かしたのでしょう。
ライリーさん自身があまり難しい文法が使えないので単語の羅列になってしまったのかもしれませんが、要点は伝わりました。
『研究施設』が動き出している。
そして、以前のライリーさんのような鎧の悪魔が大量に盗賊へと出荷されているので、それに紛れてかどうかはわかりませんが、クロヌスで合流しようと。
テーレさんは少し渋りましたがね、あまり『研究施設』とは積極的に敵対したくはないので。
しかし、私がライリーさんの手紙かどうかの確認のために発動した【万物鑑定】による残留思念の確認では、強い怒りと決意が感じられました。
ライリーさんは、代償を払わず悪魔を酷使するような鎧の悪魔にかなりの憤りを感じているようでした。
一人でもその計画を止めようとしかねないほどに。
テーレさんの説得には苦労しましたが、大きな都市へ向かうことは元々の『大規模な依頼に的を絞る』という方針に矛盾しませんし、『研究施設』の作戦を掴めるほどに情報を得たライリーさんの回収はこの先彼らと対立するにしろ、そうでない関係を築くにしろ、必要な行程だということで納得してもらいました。
……まあ、契約の都合上ライリーさんが単体で無理をすると、私の記憶がその存在維持のためにガリガリと削られていくかもしれないというちょっと説明し辛いリスクもありますし。
到着までの日程はギリギリ。
この村を出たらノンストップで移動になるので、私の防御力をできるだけ上げておこうとテーレさんが夜鍋して加工に励んで下さっているわけです。何せ、素材にしても丈夫すぎてそう簡単に加工できないそうですから。
「軍と大規模な盗賊の衝突……それこそ、本物の戦場ですね。うっかり流れ弾で死なないように気を付けなければ」
きっと、たくさんの人が死ぬのでしょうねえ。
まあ、命はいつか死ぬものですが、テーレさんが今の内に平穏を噛みしめておくようにと言いたくなるのもわかります。
戦争など、起こる前に終わるのが一番です。
「……へえー。あなた、戦争に行くの?」
……おや、日の出を独り占めしていたかと思ったのですが、他にも同じ考えの方がいらっしゃいましたか。
素朴な布の服に、とても長い髪を丁寧に編み込んだどこか幼くも見える女性です。
髪は細い三つ編みがいくつも作られていて編まれている分短くなっているはずなのに、それでも腰に届くほど。『髪を切らない』というような願掛けか儀式をしているのですかねえ。
まあ、敵意は感じません。私への興味は強く感じられますが。
「これはこれは、おはようございます。もしや、特等席を横取りしてしまいましたかな?」
「ううん、私の特等席はあそこ。ここはみんなのものだから、誰が使ってもいいんだよ。畑の人でも、軍人さんでも、旅人さんでも」
そう言って彼女が目を向けたのは町の北側……神殿のある方です。神殿の周りに他の施設は見えません。
ということは……
「あの神殿の方ですか?」
「うん、昨日はうちの神官の一人が迷惑かけたみたいだからね。ちょっと見かけたから声かけてみた」
なるほど、そういうことでしたか。
確かに神殿からこちらは丸見えです。目のいい方なら私を識別できるでしょう。
「隣、座っていい?」
「どうぞどうぞ、ここはみんなの場所なので」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、よっこらせっと」
今日に勢いを付けて、髪の毛を踏みつけにしないように腰を下ろす三つ編みの女性……どこかで見たことがあるような、ないような顔をしていますね。どこで見たんでしたっけ。
「失礼ながら、お目にかかったことがありますか? 名前は憶えていませんが顔に見覚えがあるような……」
「はは、わたしは結構有名人だからね。知っててもおかしくないかもね……昨日、うちの神官に説教してたでしょ。冒険者ギルドで」
「なるほど、そういえば私の顔も知っていましたし、昨日ギルドにおられたのですか。それなら視界に入っているかもしれません……しかし、『うちの神官』とは?」
「はは、特に深い意味はないよ。わたしがあの神殿で彼より偉いってだけ。注意してくれて助かったよ。彼、わたしの言うこと聞いてくれないんだもん」
「そうですか、それは……まあ、想像がつきます。彼はあの店員さんを『嫁』と呼びながら愛されたがっていたわけではなかった……大方、綺麗な女性を側に置くことでステータスを得たかったのでしょう。アクセサリのようなものです。彼は女性を対等に見ていない、上司であれ女性の言葉を軽視しても不思議はありません」
「あは、そうだねー。そっかー、それでかー。なっとくー」
「……お若く見えますが、神殿での重役なのですか?」
あまり、そういうふうには見えないといいますか……彼女のような純朴そうな方が重役になれるのなら、彼のようなタイプの聖職者は生まれにくい気がしたのですが。
「あはは、女を見た目で判断しちゃダメだよー。特に年齢はねー。まあ、同僚の先輩たちよりずっと年下なのは認めるけど、強さは負けてないんだから」
なるほど、魔法か何かの才能で認められて異例の昇進を遂げたと。
私も魔法の扱いはともかく習得自体は早い方らしいので、同類かもしれませんね。功績や威厳よりも実用性優先というか、いざという時の戦術兵器扱いというか。
何気にあの神殿からこちらの顔が識別できたとしたらなかなかの視力ですしね。
私も山での修行で感覚も鋭くなった自信はありますが、それでも彼女があちらに立っていて顔まで見えるかは少々自信がありません。服装や髪の長さで察することはできるかもしれませんが、今の私は昨日と服装が違いますしね。
「でも……ちょっと、わたしのお悩み相談、聞いてくれる?」
「お悩み相談、ですか? 完全に部外者ですし、親身な意見が言えるとは限りませんし、無責任なことを言ってしまうかもしれませんよ」
「ちょっと身内には相談しにくいこともあるんだよ……だから、あなたを見つけて、あなただったらズバッと答えてくれるかなって」
身内には相談しにくいこと。
まあ、彼女は立場が複雑そうですしね。神殿の中でも味方と言える方がいるとは限りませんし、二度とここに来ない旅人相手だからこそ相談できることもあるかもしれません。
「うちの子供との仲が上手く行ってなくてねー。子供って言っても、わたしが産んだ子じゃないんだけどさ……いろんな事情で元の両親と暮らせなくなっちゃった子供達を預かってるっていうか、もらって来てるんだけど……最近来た子が、すごく気難しいっていうか、複雑な事情がある子でさー……わたしは、仲良くなりたいのに」
なるほど、神殿や修道院が孤児院として親のいない子供たちを育て、後の神官や修道女として教育するというのはよくあることですが、特別若いこの女性は他の方と比べて子供との接し方で他の方より不得手になるのもしょうがないでしょう。
「それは……確かに、身内には相談し難いですね。『本当の母親のように思ってほしい』なんて言っても、肉親としての母親を愛しているのであればそのポジションを譲り渡すことを母親への裏切りのように感じて反発することもあるとか。あるいは、新しい母親を受け入れることで前の母親を忘れてしまいそうで怖いという話も聞きますね」
「そう……なんだ。そういう、ものなんだね」
おや……思った以上に芳しくない反応ですね。
私の意見は一般論と言いますか、本などで見かけた『両親が離婚、再婚して子供が反抗的になった理由』として挙げられていた例を口にしてみただけなのですが。
「わたしさ……お母さんとか、最初からいないんだよね。だから、子供たちとどう接したらいいかわからなくて……普段は隠してるけど本当に欲しがってるものとかを調べて、あげてもみても怒って拗ねちゃったりするし……どうやって話しかけたら怒らないかわからないから、つい言葉も硬くなっちゃって余計に怒らせちゃうし」
「そうですか……まあ、私も何故に相手が感情的になるのかよくわからないということは多いので、適切なアドバイスはできないかもしれません。しかし……もしかしたら『構い過ぎ』、というものかもしれませんね」
「『構い過ぎ』……? 世話をし過ぎると怒っちゃうってこと?」
「はい、可能性の一つですが。本当に欲しがっているものを隠してしまうというのは、それを察してほしいという反面、心の奥を覗かれたくないという心理もあるかと。私も、無意識の願望を勝手に叶えてくれる奇跡の杯というようなものがあったとしても絶対に指一本触れる気はありません。そういったものを詳らかにされるのは気恥ずかしいものですし、おそらくとんでもないことが起きてしまうので」
「ふーん……そっか。恥ずかしがって怒っちゃうんだ……わたし、恥ずかしいっていうのも、よくわかんないかなー」
「そうですか……ちなみに、何か欲しいものが一つもらえるとしたら、何が欲しいですか?」
「うーん……わたしのおかあさん?」
なるほど、欲しいものは欲しいとストレートに言えるタイプの人なのですね。
それは確かに、いろいろと難儀しそうですね。人間として正直で素直だということは美徳だとは思いますが、気難しい年頃の子供と向き合うには少し厳しそうです。
迷いなく『欲しいもの』のチョイスにほぼ不可能で空気が重くなりかねないものを言ってしまう辺り、誤魔化しなども苦手なのでしょうね。
まあ、私も似たようなものです。
私が子供と接する際はどうしていたか……たとえばカーリーさんは、とても頭がよくて呑み込みの早い子でしたからね。むしろ私の先生としていろいろなことを教えていただいたくらいです。
「なるほどなるほど、これは私見ですが、私たちのようなタイプは、無理に相手のことを全て理解できる上位者を気取っても上手く行きませんし、とりあえずは『私にはあなたが必要です』と縋ってみるのはどうでしょう?」
「すがる……『縋る』? わたしが?」
「まあ、表現はいくつか選択肢がありますが、人間というのは案外『必要とされている』と自覚するだけでも満足を得られるものです。一度、皿洗いでも洗濯物でも何でもいいので頼んでやってもらうというのは。別に、その方だけができることでなくともよいのです。手伝ってもらえたらそれだけで効率が上がって助かるとわかれば。ちゃんと伝われば、ですがね」
比較優位……である必要すらありませんね。
効率能率利便性は脇に置いて、まず『必要とされる』という幸福を知らなければなりません。
そうでなければ、どんなに物質的に恵まれていようと人生は概ね悲惨なものになるでしょう。
世界にとって自分が必要ないと感じれば、そんな世界に対しての自分の価値もないも同然なのですから。それじゃあどんなに飽食暖衣が叶っても満たされませんよ、人というものは。
「ちゃんと伝われば……ちゃんと、伝えれば?」
「ええ、愛情の伝達率は送る側の考えているよりもずっと低いものですから、距離や価値観の壁があれば特に。気まぐれにでも頼んだことをちゃんとやってくれたらしっかり褒めてあげる。そうですね……普段は構い過ぎないようにした分、しっかりと抱きしめてあげるだけでも、気持ちは伝わると思いますよ。しかし、任せたことを失敗しても怒ってはいけません。元々、その仕事をする『義務』なんてないのですから。『言われたとおりにしようとしたら怒られる』ではその内、声を聞くだけで不快になっていきますから」
「……それ、実体験?」
「さあて、どうでしょうねえ。まあ、あくまで私見、推測想像妄想だと思って参考くらいに考えておいてください」
「そっか……あ……マズいかも」
おや?
表情が少し焦り始めたというか、どこか遠くを見やりながら急いで立ち上がり始めました。
なんとなく、私も立ち上がります。視線の先を私も追ってみますが……何も見えませんね。
「あー、あのさー。試しに、ちょっと手伝ってもらっていい?」
「はい?」
「あはは、ちょこっとこっちに来るだけならばれないかと思ったけど……そういえば、太陽ってあいつの持ち物だったね。見つかっちゃった……やっつけるの、手伝ってくれない?」
「やっつけるとは……どなたを?」
「ほら、もうそろそろ見えて来ると思うよ……あれ、太陽の中。見えて来たでしょ?」
言われてみた通りに上って来たばかりの太陽を見ると……確かに『誰か』いますね。
人型にも、そうでないようにも見えるもの。肩から生えているのは翼……? いえ、角?
いや、どちらでもありませんね……あれは『蛇』ですね。両肩から、腕より太い蛇が生えています。
そして、近付いてきてようやくわかりますが、頭の上にはラタ市で見たことのある……ターレさんの頭上にあったものとよく似たもの。
いえ、ターレさんの頭上のものよりも遥かに神々しい『光輪』。
「あの……『天使』に襲われるような心当たりがあるあなたは一体……」
「そうだね……じゃあ、『コムギ』って呼んで。はい、復唱『コムギさん』」
「……『コムギさん』。あなたは何者ですか?」
「教えなーい。ふふ、これであなたの共犯者だよ。狂信者さん?」
狂信者は自分で倒した個体の枝しか持ってきてないので山にたくさん残ってます。
『剛樹の枝』は簡単には腐らないので、リザさんがドロップ品の価値を知って仲間集めの資金として枝拾いを始めるのはまだ少し後のお話。




