第129話 至宝『黒い祭壇』
side テーレ
さて、戦後処理というのは切った張ったの盤面と同じくらいに手を抜くべきじゃない部分だ。
より後腐れなく、より大きな利益を得るために大事な処理だ。
ああなった転生者の方からは得られるものはないけど、もう一人主犯格になったやつはいる。お金も情報も搾り取れそうな丁度いいやつが。
「ギルドランキング『93位』フォード・スレッドマン。財力とプランニング特化の策略家……今回は、利益に目が眩んで情報の足りないまま私たちを狙ったことと、制御できない転生者を手駒にしようとしたことが失敗の原因だったわね」
「ひっ、待て! 依頼は取り消した! 誤情報についての謝罪文もギルドに送ったし、名誉毀損の賠償も相場以上に払った! 俺は例のアイテムさえ入手できれば傷付けるつもりは……」
「明らかに『奪い取れ』って流れになるような個人依頼を出しといて白々しい。マスターやジャネットは赦すだろうけど、私は赦さない……色々、確認したいこともあるしね」
ここは観光都市レグザルの中にあったこいつの別荘。
マスターは宿で休ませている。やっぱりあの超強化はノーリスクとはいかないらしい。
必要だったとはいえ、奥の手を曝すことになったのだから、失ったアドバンテージの分だけ十分な利益を得ておかなきゃ割に合わない。
「ギルドランキングに入ってる冒険者の情報は外部には機密だけど、ランキング内の冒険者ならある程度の情報は得られるはずよ。そして、あんたみたいなタイプが集められる情報を集めずに放置しているはずはない」
「だが、俺などランキングの本当に最底辺だ……上位ランカーの情報など、どれだけ金やコネを使おうと手に入らん」
「別に構わない。持ってるだけ、もちろん最新版をもらうわ。こっちから敵対するつもりはないけど、知っているに越したことはないから」
冒険者ギルドのランキングなんかは転生者が何人も入っていて信仰争奪戦のアドバンテージになるから天界では規制されていて手に入りにくかった情報だけど、概要くらいは把握している。
上位ランカーの中に、どんな偶然や不運があっても敵対すべきじゃないやつがいることも知っている。そういう相手は先に情報を得て関わり合いにならないように避けていくべきだ。
存在すら疑われるような完全に正体不明の第一位とか、『魔王殺し』の専門家として知られる第二位……そこら辺の『第五の偉業』の称号を手にして自治領を持ってるようなやつらとか、間違ってもテリトリーに迷い込むわけにはいかないし。
戦の女神に目を付けられた以上、他の転生者がまたやってくる可能性も十分にある。できるだけ情報は集めておかないと……
「もちろん、ランカーのことだけじゃなくてあんたの情報網で使えそうな情報は片っ端から貰っていくわ。普通の情報屋からは買えないような情報だって持ってるだろうし」
「そ、それで赦してくれるのなら……だ、だが、これだけは言っておくぞ! 俺は本当にあのアイテムが欲しかっただけで、本当は転生者との敵対なんぞしたくはなかったのだからな! そのアイテムも諦める! だからもう二度と関わる理由はない! 間違っても禍根を断とうとするようなことは……」
「はいはい、わかってるわかってる。あんたみたいなタイプは利益にならない復讐とかはしないって話でしょ。私もわざわざ恨みを買ったりは……」
……『あのアイテムが欲しかっただけ』?
……そのために、こんな小心者が転生者に喧嘩を売った?
……なんでそんなリスクを冒した?
「……ところで、聞きたいんだけど」
「な、なんだ?」
「持ってる当の本人が把握してないのがおかしいかもしれないけど……あんたがそんなに欲しがったあの『森の民の遺産』って具体的にはなんなの? そんなに価値があるもの?」
「な……なんだ、知らんかったのか。依頼のターゲットになっても差し出さんから、てっきり価値を知っていて護っているのかと……」
「はあ……価値なんて知らなくても、届け物として預かったら意地でも他人に渡したりしないのがうちの馬鹿なのよ。知ってるんなら教えなさい。隠してもいいことないわよ」
『森の民の遺産』というのは、前の戦乱で『森』に沈んだ旧都から持ち出された『森の民』の秘宝や価値のあるマジックアイテムの総称だ。
製法の失伝した魔法薬は不治の病を治せるだとか、遺跡の中でも特に歴史的に価値のある物品を持ち帰れば豪邸が建てられるだとか。
あるいは正しい使い方のわからないマジックアイテムが持ち出されてそれが呪いを振りまいたりしてとんでもない事故を起こしたりだとか。
とにかく市井に流出したら問題になるような噂の絶えない物品。
冒険者の中でも扱いが難しい上級者向けの獲物だとされている。
聞いた話だと裏側を覗き込んだジャネットが変な幻覚を見たくらいで済んだらしいけど、危険があるものなら早めに把握しておきたい。
『森の民の遺産』は独自の技術体系とその失伝のおかげで私の『万能従者』でも解析が難しい相手だ。
まさか突然爆発するような代物じゃないだろうし、戦の女神がマスターを狙わせるための動機付けとして利用しただけだろうけど……
「し、知らなかったなら教えよう。あれは……『森の民の遺産』と呼ばれる物品の中でも、長らく捜索が続いていた、おそらく最も価値のある品だ」
「……え? でもあれ、マジックアイテムの類でしょ? そういう実用品は本職のドルイド以外はうまく使えないから価値が低いはずじゃあ……」
「貴族連中が探しているものだから間違いない。あれは、マジックアイテムだが、同時に政治的に価値のある品物だ。『森の民』との紛争についての事情を知る冒険者ならば、聞いたことがあるはずだ」
芸術品ではなくてマジックアイテムなのに、政治的価値があるアイテム……そして、『森の民』との紛争に関係するもの……いや、待って。
もしも本当にそうだとしたら、あれの価値は単なる『遺産』どころじゃなくて……
「今は空席となっている、『森の民』の指導者……『十二氏族の大長』がその称号を得るための儀式に必要な祭具、その内で最も重要とされる『黒い祭壇』。こう言えばわかるか?」
知識として、実物の形や大きさは知らないけど宝物としての意味はわかる。
森の民が探し続ける王冠にも等しいものであり、十二氏族の族長の血筋であれば手に入れるだけで『森の民』の王権を手に入れることができるとされているものだ。
それを手に入れることができれば、紛争を続けさせることも終わらせることもできる。好戦派も調停派も血眼になって探している、真の『森の民の至宝』と呼べる財宝。
政治的に莫大な価値を持ち、売るべき相手に売り渡せば全財産をはたいてでも買い取るであろう品。
認識が甘かった。
修行をしていた時に偶然に届け物を頼まれたと言われて、コソ泥みたいな冒険者のせいで市井に流れたいくらでもある『森の民の遺産』の一つだと、錯覚していた。
よりにもよって、専門のトレジャーハンターたちが百年間も死に物狂いで探し続けても見つからなかったものが、それを探し求めてもいないマスターの手に偶然という名の『幸運』で転がり込んでしまったなんて、想像していなかった。
「本当に手放す気がないというのなら、覚悟しておくべきだろう……今回のことは、偶々すぐ近くにいた俺が功を焦って準備不足のままに手を伸ばしたに過ぎん。早期決着したといっても、情報はいずれどこからか広がっていく……今度は、俺など比べ物にならんような大きな組織、大きな権力を持った者が、お前達の前に現れる」
『敵対する女神に唆された転生者に襲われる危険』どころの騒ぎじゃない。
私たちは『世界一高価な宝石』をポケットに入れて旅をしていることを裏の世界に知られてしまったに等しい。
例え、今からあれをどこかに隠すなり捨てるなりしたところで、あれを欲する者はその手掛かりを求めて私たちを追うだろう。
もしも、あれを手に入れようとする貴族に売り渡したとしても、その派閥と反対側の『森の民』からは報復を受けるだろう。
当然だ。彼らにとって『森の民の遺産』は未だに彼ら自身のものであり不当に盗まれた財産として認識されている。
しかも、あのアイテムは『森の民』の王権そのものに等しい。
相手によっては『森の民』を差別する者に王権を奪われ、支配されてしまう危険すらある。そんな重要なものを預かっておいて『間違った相手』に渡してしまえば、私たちは絶対に赦してもらえないだろう。
私たちがこの状況を無事に逃れるには、私たち自身の手であれを『森の民』の手に……アーリンの手に直接返すしかない。彼女に正しい『大長』を立てさせて、恨みを買わないような平和的な終着を願うしかない。
今まで、代表不在で停戦も団結もできなかった『森の民』と中央政府との紛争だけど、その代表の権限そのものと言える秘宝が見つかった以上は今までのように惰性で争い続けることはできない。
総合的な戦力で勝ち目のない『森の民』の正しい指導者が『大長』になれば間違いなく紛争は停戦交渉からの終結へ向かうけれど、秘宝が感情で動くような間違った『森の民』や秘宝を盾にとって『森の民』に不利な条件を呑ませようとする貴族の手に渡れば間違いなく紛争は激化する。
中央貴族の中にも平和的解決のために秘宝を政府の名の下に返還しようとする人間がいないとは言い切れないけど、中央での『森の民』への差別意識の強さを考えれば期待はできない。
残念なことに、正しいことをしようとする天才が一人いたところで、それを邪魔する馬鹿が十人いれば悪い方向へ結論を出してしまうのが政治や組織というものだ。
つまり、私たちは自分の手で紛争終結の英雄になれなければ、解決の機会を不意にした戦犯になるしかない。
「……はあ。全くあいつは……『棚からぼた餅』どころじゃないわね。いくらなんでも大物引きすぎだっての……やっぱり、私が一緒にいないと、『幸運』が過ぎるのも困りものだわ」
うまくやり遂げれば紛争終結という大偉業。
失敗すればお宝目当ての亡者達に寄ってたかって引き千切られてゲームオーバー。
そりゃ、『依頼料』としてあんな力が貰えるのも納得の大仕事よね。これを護りきるには、並大抵の力じゃ全然足りないわ。
「やってやるわよ、ハイリスクハイリターンのオールベット。マスターが拾ってきたこの好機、私が結果を『幸運』に導いてやるわよ」
幸も不幸も結果次第。
これを『不幸』で終わらせてたまるものか。
side 狂信者
はてさて、しかし困ったものですねえ。
元はと言えば、私が迂闊にこの『森の民の遺産』をギルドで衆目に曝してしまったのがいけなかったのでしょうが、戦の女神がここまで積極的に攻撃を加えてくるとは。
今回は信徒一人と転生者一人への神託でしたが、戦の女神がその気になれば神殿から敬虔な信者達を刺客として仕向けるということもあり得るかもしれません。
神々の信仰争奪戦ではあくまで『駒を置く』ということが主な干渉法であり、他の神々の戦力への直接攻撃は非推奨、過干渉は主神様から怒られてしまうとのことですが、ペナルティ覚悟での攻撃もあり得ないとは言えません。
何せ、幸運の女神ディーレと戦の女神アービスでは現世における戦力の規模が違います。
こちらの転生者は私一人であるのに対して、あちらは派閥の神々を合わせれば数十人。『目には目を、歯には歯を』の法則で罰則があるとしても、全体に対する傷の大きさが違います。
さすがに今回のことで私がただの新米冒険者ではないこと……つまり、転生者である可能性が高いことは、戦の女神の勢力以外にも推測できることとなるでしょう。転生者として名を馳せていたわけではないとはいえ、『無傷無敗の決闘王』という大物を打倒してしまったわけですから。
そろそろ、身を守るための立場や後ろ盾も必要になってくる頃合いですかねえ。私とテーレさん、それにその周りの人々に手を出すことに対してペナルティを恐れる必要を感じさせるような何かが。
……名誉欲や自己顕示欲というものがイマイチよくわからないタイプなので、そういったものに関して考えるのは少し苦手なのですがね。
「……ギルドランキング、そういったものも考えておくべきですかね」
『ギルドランキング』は冒険者の間での競争を誘発する格付けであると同時に、冒険者ギルドが緊急時に頼りにするべき人類の重要防衛戦力として特別待遇を受けられるポジション。腕っ節自慢の平民が貴族のように権力を得られる数少ない成り上がりのルートの一つであると。
危険な大規模作戦などへの参加を断りにくくなるという欠点はありますが、政治的な妨害などを受けずにギルドを後ろ盾にできる可能性があるというのなら悪くありません。
「まだ、私にそこまでの実力があるとは考えていませんが……とりあえず、これからは積極的に依頼をこなしていくというのもありと言えばありですかね」
これまでは隠密行動を優先してギルドには籍を置いているだけのような状態になっていましたが、隠れ続けるのが難しいのならばそろそろ働き者の冒険者として依頼の数をこなしていく方へ路線変更するのも戦法の一つとしてありでしょう。
私の戦闘経験もまだ足りませんし、現在進行形で悩まされている【恩師の加護】の反動を考えるとこの力に無闇に頼るわけには行きません。
もちろん、依頼中に襲撃でもされれば危険なのは確かですが、その時は【恩師の加護】で緊急脱出するという選択肢を残しておけば……
「……ふむ、若干手が足りませんか」
私とテーレさんは襲撃を受けても自力で脱出できるとして、今は隣部屋で休んでいるアーク嬢などはそうはいきません。
我が身一つで護れるものは手元にあるものだけ。どれだけ個人としての武力があろうとも今回のように周囲の誰かを狙われる危険は残ります。
特にアーク嬢に関しては、事情が特殊で旅をやめるわけにはいきませんし、私と深い関係であると今回の件で周知されてしまったでしょうし……
「後でテーレさんと相談を……」
コンコン、と部屋のドアがノックされます。
テーレさん……いえ、違いますね。部屋へのノックは三回と決めてありますし、リズムも違います。
「……どなたですか?」
「宿屋の者です。実は先の騒動についてお話が……」
「損壊した宿の修繕費については加害者側から直に連絡が来るはずです。今は休んでいる最中なので後にしていただけますかな?」
「…………」
立ち去る気配なし。
本当に単にこの宿の従業員としての来訪ならば、休憩中に入って来ようとするのはおかしな話です。滞在費が払えず逃げるような気配もないはずですし。
だとするのなら……
「扉越しで良ければ、お話を聞きましょうか。無断で入ってきたら少し怒りますが」
実を言えばまだ身体が本調子に戻りきっていないので襲撃者の類だとかなり困ります。
扉一枚など本気の襲撃者相手ならば一瞬の防壁になるかどうかですが、破壊される瞬間に【神を試してはならない】を発動してテーレさんが帰ってくるまで耐え凌ぐくらいはできるでしょう。
十数秒の沈黙の後。
扉の向こうから届いた言葉は……想定外のもの。
「転生者様……女神ディーレの遣わせし使徒様。長らく、お待ちしておりました」
敵意や興味ではなく、五体投地しかねないような本気の敬意。勘違いでなければですが。
しかも、私が『女神ディーレの遣わせた転生者』であることを把握した上での接触……まあ、ディーレ様も神様ですから、こういうこともありますか。
私がディーレ教徒であることは隠していませんし、そこに転生者であるという情報が加われば簡単にわかることです。
「私は噓が嫌いです。『宿屋の者』というのが部屋に入るための詭弁であったなら訂正を」
「いいえ……それは違います。私は以前からここで働いておりまして、そこへあなた様がいらして……まさか、ご友人がお泊まりだとは。この命に代えても御守りすべき御使い様のご友人を悪漢の手に奪われてしまったことを、謝罪いたします」
「そうですか……いえ、失礼。噓がないのならいいのです。入室は許可できませんが……して、あなたが何者なのかについては伺っても?」
「はい……私は、我々は、女神ディーレへの信仰に命を捧げる覚悟ある者」
扉の向こうの方は、律儀に扉越しのまま名乗りを上げました。
「教団『兎粥』の者です。あなた様に、是非とも我々の指導者になっていただきたくお迎えに上がりました」




