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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
四章:見境なき『差別者』たち

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番外編:不良天使と身勝手な聖人①

side テーレ


 あれはまだ、大陸に戦乱が続いていた頃。


 国も人も疲弊しきって、それでもまだ対立をやめられない国々があった。

 その領土では戦禍を逃れようとしたモンスターの大移動、隣国との戦争、そして互いの国が相手を疲弊させるための策として送り込んだ盗賊、そんないくつもの要因で疲弊して干涸らびた村々には、死が溢れていた。


 まだ現世での仕事を許されたばかりの私は、そんな村々を巡っていた。

 飢えに病に理不尽な蹂躙、そういう苦痛に満ちた世界で死を迎えた人間の魂が穢れや怨みで変質する前に浄化して天に還す、大事な仕事だった。


 でも、正直に言えば私はまだ天使として半人前だった。

 天界で何十年かの仕事を経験して浄化や武器の扱いみたいな術は一通り習得していたけど、現世での実地経験は全然なかった。


 天使の中には、いつも見ている純粋な魂とは違う、生きたまま苦しむ人間や惨たらしい死体を初めて目撃して、ひどくショックを受ける子も多い。

 本来はもっとそういうものに耐性を付ける訓練を積ませてから現世に送り出すものだけど、戦乱は死者の管理や浄化なんかの仕事を一気に増やした。


 そのおかげで、天使は人手不足になり、経験が足りなかったとしても、自主的に現世視察に同行したことがあったり、現世の酷さへの耐性が高いと判断された子は現世に派遣された。


 光輪に組み込まれた機能で人間には不可視の状態になって、死屍累々の地上を飛び回り、ひたすら担当地域を浄化し尽くす。


 死体や、まだ死んでいないだけの人間を見続ける過酷で……慣れてしまえば退屈な仕事。

 少なくとも、私にとってはそうだった。


 一緒に現世担当になったターレは一向に慣れないみたいだったけど、私は割りとすぐに死体なんて見飽きてしまった。

 むしろ、時々見つける『あたり』が持ってる宝石やら貴金属品やらを探すのを楽しめるくらいだった……これは流石に私だけかもしれない。


 だって、『勝手に現世の金品を持ち帰るのは禁止』なんてルールがそれまで必要なかったんだから。

 ……まあ、そんなもの天界では何の価値もないんだけど。


 そういうコレクションは退屈しのぎの趣味として、私の現世での一番の興味は、まだ死に絶えてない村を見つけたとき……特に、盗賊に襲われている村なんかを見つけたときに、大いに刺激された。


 それは、戦乱の中ではよくある光景。

 盗賊がろくな防衛力のない村へ押し入って、抵抗する男たちを殺し尽くして、最後に民家の奥に隠れた女子供を囲い込む。

 そして、そこから始まるのは、獣じみた欲求を満たすための……いや、獣だってもっと節度がある、人の尊厳を否定するようなまさに人間の闇を象徴するような光景。


 私たち天使は、あくまで死者の魂を浄化することが目的であって、生きた人間の争いに干渉するために現世に来ているわけではない。

 だから、何もしない。ただ、干渉せずに死ぬのを待っている。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 そうだ、これは仕方のないこと。

 助けるのは天使としてのルールに反するのだから、せめて無力な彼女たちが死んだらすぐに魂を天に還してあげるために待機してるだけなんだから。仕方ない、決して、悪いことをしてるわけじゃない。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 なのに、こうして窓から覗き込んでその現場を見ていると息が荒くなるのは何でだろう?

 身体が火照る、ドキドキと胸が高鳴る、視線を逸らせない。

 苦しいわけじゃない。辛いわけでもない。むしろ……


「ハァ、ハ……ん?」


 いいところで……訂正、追い詰められた不幸な母娘がいよいよ命か尊厳かの選択に折れて自らの服に手をかけた絶体絶命の場面で、民家にもう一人の男が侵入した。


 一瞬、盗賊の仲間かと思ったけど、盗賊の男たちの表情を見るにそれは違ったらしい。

 決して貧弱ではない盗賊たちよりさらに一回りほど大きな、ぼろ布を袈裟のように身に巻き付けた鎧のような筋肉の塊。

 その侵入者の顔は、怒りに歪んでいた。


「なによ、あいつ」

「な、なんだよてめえは! 村の生き残りか? 逃げてりゃよかったものを、俺たちの楽しみの邪魔をした報いだ! ぶっ殺して」


「この外道が! 恥を知れいっ! ふんぬっ!」


 その動きは、完全に虚をつくもの。

 獲物を構えた盗賊を相手に一瞬たりとも躊躇うことなく踏み込み、放たれた拳。

 所詮、戦いに慣れていない村人としか向き合ったことのない彼らに避けられるものではなく……


「あべし!?」

「どごあっ!?」

「ふぼぁん!?」


 あっという間に、民家に侵入していた盗賊全てが頭を天井にめり込ませて首吊り死体のごとくブラブラと吊り下がっていた。

 それを拳一つで成した男は、母娘に向かって歩き、頭を下げる。


「すまなかった。あと少し早くこの村に来ていれば、他の者も救えたはずだった。盗賊は全て倒れている。安心して服を着てくれ」


 確かに、私がこの民家に注視している間に、いつの間にか盗賊たちは全員のされていた。

 でも、村の男は既にみんな死んでいるし、女子供だって残りは少ない。これでは、もうこの村は村としての機能を維持できないだろう。

 ヒーローは遅れてやってきた。何人かの人間を救うことはできたけれど、村を救うことはできなかった。


 私は少しがっかりした。

 本番を見ることができなかった……というのは、ないとは言わないけど。一番がっかりしたのは、この半端な結末だ。


 九死に一生を得て、運の悪い十中八九の村人が死んで、不幸中の幸いは本当に不幸に対して添え物程度にしかならない。それが、この世界の真実だ。

 むしろ、これから男手も失って生きていく彼女たちの人生には苦難がいくらでも立ち塞がるだろう。


 幸運の女神たるディーレ様の力がもっと強ければ……この村の人々がもっと善良で、ディーレ様からの加護をもっと受けていたら、こうはならなかっただろうに。


 そう思って、とりあえず死人の魂を浄化しようと振り返ると……そこに、不可視のはずの私を見下ろす筋肉達磨がいた。


「あー、えーっと……まさか、見えてない、よね?」

「悪霊退散!」

「ぐえっ!?」


 『浄化』の魔法の乗った拳が思いっきり鳩尾を抉る。

 本来は人間の攻撃なんて大したことのないダメージしか受けない天使の肉体だったけれど、『浄化』の魔法は私の内臓の深くまで響いて不意討ちだったこともあって悶絶した。


「ぐぁぁああ! なにこれめっちゃ痛い! 私天使なのに! 私天使なのに!」


「天使だあ? ふざけるでないわ! おのれは彼女らが危機に瀕している時、助けもせずに見て愉しんでいただろうが! それにこの溢れ出る負の気配! 他の者は騙せても儂は騙されんぞ、この天使に化けた悪魔が!」


「いっ……っっったいわね! 人間が無礼にも程があるわ! 私はれっきとした天使だっての!」


「じゃかましい! 完全に浄化してやるからそこに直れ! この聖拳でさほど苦しむ間もなく……うっ!」


 起き上がろうとする私の前で、膝から崩れ落ちる大男。

 その片手は腹を押さえ、顔は苦痛に歪んでいる。


「……どしたの?」


「うるさい! おのれなんぞ、腹さえ満たせばすぐにでも……」


 つまり、空腹で立っているのも限界らしい。

 まあ、この時代食べ物なんてどこへ行っても手に入らないし、旅をしていようが野草すら見つからないことも多いから、行倒れも多い。

 それにしたって、食糧の貯えもなく旅なんて……いや、逆に食糧がないから探しながら旅をしていたのかもしれないけど。


「……ふーん。じゃあ、何か食べさせてあげたら、私のことを『天使』だって認めてくれる? 私としては、悪魔呼ばわりされたままっていうのは気持ち悪いしー」


 相手が弱ったとみるや、ここぞとばかりにマウントを取る私。

 うん。思い返してみても、少なくとも天使には見えないわ。


「ふんっ! そう言って、この村のものを盗んで持ってくるつもりか? それでは儂が盗賊に便乗して食糧を盗むのと同じではないか! この村のものは、この村の人々のものだ! 勝手に奪えるものか!」


「……この強情め。わかったわよ、じゃあ、誰にも迷惑かけずに食べられるもの……いや、食べられてしかも美味しいものを持ってきたら、私に『ご無礼を御許しください天使様』って謝ること。いいね?」


「ふんっ、誰が……うぐっ……よ、よかろう……だが、その言葉を違えたら、ただでは済まさんぞ?」


「はいはい、じゃあちょっと材料取ってくるから、それまで死なないでねー」


 約束した以上、ちゃんと美味しくて害もなくて栄養もある、文句の付け所のない絶品料理を食べさせてびっくりさせてやる。誰にも迷惑の掛からない、誰も食べようとしない珍味やゲテモノで作った特製料理だけどね。




「ぐぉおおらぁああああ! 待てやこんの不良天使が! どういうことだこの材料は! 毒ばっかりじゃねえかぁあ!」


「アッハッハッハ! ほら、全部毒のあるところは外してあるから大丈夫だっての! ていうか、あれだけ食べて大丈夫だったんだから食べた部分が無害なのはわかってるでしょ?」


「信じられるかこの悪魔め! どんな邪悪な魔法を使った!」


「普通に料理しただけだって! ほら、何なら作り方教えてあげようか?」


 まあ、こうなるのは大体察してた。

 動物は本能で食べられる部分を選んで普通に食べてるものだけど、欲張りな人間は全部を食べ尽くそうとして一部でも毒にあたれば先入観で勝手に『食べられない』って思い込むし。自分がいかに無知だったかっていうのを思い知るがいい。


 信じられないって言うんなら、自分で作っていくらでも食べてみりゃいいのよ。

 誰も食べない分、どこにでも取り残されて余り倒してる生き物ばっかりだし。

 どうせ普通に食べられるものなんて足りてないんだから、プライドと胃袋を天秤にかけて、その度に悪魔と呼んだ私の知識に屈するがいいわ。


 数十分後。


「くそぉ……仕方がない、約束は約束だ。天使として認めてやる……だが、悪辣な盗賊を見逃していたことは許さん、このクソ天使」


 悔し気に自分で再現した毒粥(ポイズンポリッジ)を飲み干す無礼な筋肉馬鹿。

 本当はもっと丁寧に謝らせたいけど、多分それをやろうとするとまた殴られるからこれで妥協しよう。


「だって天災やら疫病ならともかく、人間同士の戦いには天界の住人は手を出さないことになってるし。そもそも、こっちはあんたら人間がちゃんとやってれば作物も十分に取れて平和に過ごせるようにしてやってんの。それなのに勝手に戦争ばっかりやって畑を腐らせて、怨み辛みばっかり世界に遺していくし……神々とか天界のせいにすんなっての! 人を生かすも殺すも人の仕事でしょうが!」


「ふんっ……所詮は天使も神もこの世界を救う気はないということか。救いのない話だ」


「あんたらが本気で頑張れば自分たちで救えるだけのサポートはしてあるって言ってんの! てか、そもそもあんたなんで私がそんなはっきり見えて……ああ、なるほどね。あんた、どっかの由緒正しき王族か何かでしょ?」


「…………」


 図星……かな。

 この大陸の古代原始国家では、古い神々が直接王座について人間を治めていた。

 そして、その子孫には時々人間でありながら神性を僅かに持った人間が生まれることがある。それなら、このやたら強靭な肉体や不可視状態の天使をはっきりと視認できる能力も納得できる。


「……儂は、ただの『ホワイト』という名の旅人だ。王族などではない」


「ふーん。家を捨てた? それとも追い出された? まあいいわ。私はそこら辺の霊を浄化するのに忙しいから、もう用がないなら行かせてもらうわ。私にどうこう言う前に、自分の手で一人でも多く救ってみなさい。そうすれば、どこかの物好きな神様が、あんたに加護を与えてくれるかもしれないし」


 翼を広げて飛び去ろうとした私を目で追うこともせず、ホワイトは粥をよそう。

 だけど、ふと思い出したように声だけで私を呼び止めた。


「待て、クソ天使。おのれはどこの神に仕えている」


「何よ。神殿にクレームでもつけに行くつもり?」


「違う……飢え死にを免れたのは事実だ。その礼に、儂がこれから誰かを救ったら、その神の恩寵だと言ってやる。礼は神に返す。だからおのれには借りは作らん」


「……善意と幸運の女神ディーレ様。それが、私の仕える女神様。これでいい?」


「ああ……あばよ、クソ天使」


「精々頑張ってディーレ様への信仰を広めなさいよ、『ただの筋肉馬鹿のホワイトさん』」


 これが、私がホワイトという男と初めて出会った時に起きたことであり、その全て。

 彼が生き、彼が死ぬまでを語る伝説の序章だった。







side ホワイト


 本当に癪だが、儂がより多くの人間を救うには、あの天使が食わせてきた『ポリポジ』というゲテモノ料理を広めるのが一番の近道だった。

 最初は、誰もが本当に食べられるものかと疑って、中には毒を食わせようとしていると喚き散らす者もいた。


 だから……本当に不本意だが、儂はあの天使のことを利用した。

 利用せざるを得なかった。


「いいか! これは儂が考え出したものではない! 儂の目の前に現れた天使から賜った、飢えを凌ぐための知恵だ! 疑うならば儂に椀を渡せ! いくらでも毒見してやる!」


 最初は、誰しもが疑いの目で見ていた。

 だが、実際に儂が残らず平らげた粥を見ると、飢えで縮みきった腹が鳴った。

 そうして、飢えた者共は、自分たちを納得させるように口々に言った。


「これは奇跡だ」

「毒草や毒蟲が、食べ物に変わった」

「これは天使様がこのお方に与えた力だ」

「天使様が与えたのだから、食べてもいいんだ」


 元々食えるのを知らなかった、食える部分があることを知らなかっただけだ。

 だが、人間とは自分勝手なものだった。あたかも、民草の飢えを心配した神々や天使が世界の法則を変えたかのように、新しい知識を『奇跡』と宣って人から人へ、村から村へと伝えていった。


 途中、不完全な伝達で毒の部分を取り除かずに死んだ者もいた。

 儂はそんな悲劇を繰り返さぬために、自ら各地を廻り、正しい調理法を広めていかなければならなかった。


 そうしていくと、地方の廃れた代々の知恵を残したいと自ら毒抜き法を持ち込む者まで現れ、より大規模な炊き出しを行うために資産管理が必要となり、いつの間にか炊き出しはそれなりに力を持つ組織へと変化していった。


 その道程では軍や教会、国に目をつけられたこともある。

 飢えを根絶し、国力を取り戻す奇跡を独占するなと言ってきた。儂は聞かれれば答えたし、むしろ村々で分け隔てなく教えて回っていたのにだ。


 儂を捕えようとしてきた将軍とやらを捕まえて締め上げてみれば『貴様は敵国に有利な情報を与えて報酬を受け取っただろう』だと? 知ったことか。飢えた村人に、明日をも見れない子供に、国境など関係あるものか。


 飢えを知らない権力者共の言うことに不満を持つ者は儂だけではなかった。

 儂と同じようによりよい世界を願い、権力や金を求めず飢えた人々へ立ち直るための食事と知識を与えることを目的にした慈善団体ができたのは自然な流れであったし、天使に会ったことを公言している儂がその代表として祭り上げられたのも不思議ではなかった。


 だが……


「おい! 会計は何をやっている! こんなに金が入っているわけがないだろうが! これは誰から受け取った!」


 途中からは、上手く行きすぎていた。

 丁度、慈善活動の守り神として有名な女神ディーレの旗印を掲げ始めた頃からだ。

 資金難に都合よく現れる投資者、頼んでもいないのに増える物資、そして、挙げ句の果ては……


「教主様! 試験の結果が出ました! すごいです、これならすぐに実用化が……」


「試験だあ? そんなことを命令した憶えはないぞ! なんだその動物は!」


「お忘れですか? 新発見された魔獣『毒牙兎』ですって! 見てくださいこの繁殖データ! これを食肉用に放牧すれば予想では一年で……」


 都合よく『新発見』された魔獣。

 知らない内に、儂の名前を使って研究させて、品種改良まで済ませていたという馬鹿げた代物。

 そして……その増殖力は悪意すら感じるものだった。


「人間以外に取り除けるものもいない毒を持つ、食肉に適した兎? 捕食者もなく、際限なく増え続けるこれが自然界に逃げればどうなるのかわからないのか!」


 儂の声はいつしか、幹部にすら届かなくなっていた。

 どんなに怒鳴りつけても、次の時にはそんなことがなかったかのように勝手に事を進めている。

 これは異常だ。

 こんなことができるとすれば……それこそ、神や天使の類しかいない。だが、やつらは人間の世界にこれほどの干渉をしない。直接は、という一言はつくが……間接的に干渉してくるとすれば、その方法は一つだけだ。


 儂がいても幹部共は儂の命令を無視して動いている。逆に言えば、儂がいなくても教団は問題なく動く。

 かつては国軍に追われながら旅をしたこともあったのだ。不自然な動きをしている教団員を尾行して、資金提供の現場を押さえるのは難しいことではなかった。

 

「貴様らか……転生者。『名無しの槍』、それに『魔眼女王』。三大女神の内二柱の転生者筆頭が、どんな親切でうちの教団に金を出してくれるって言うんだ? え?」


 転生者。

 神々が異世界から送り込んでくるという、その力の代行者。

 それもよりにもよって、この世界で最強の『勇者』二人。


「ほう、噂の教主様はただのホワイトカラーじゃないらしいな。喰いがいがありそうだ」

「こら、殺りに来たわけじゃないって何度も念押ししたでしょ。やり合うんなら私が……うん?」


 金を受け取っていた若い教団員を首根っこで引っ張り、表情を見る。

 虚ろな目に、いきなり首を引っ張り上げられたのに希薄な反応。幹部共にも時折感じることのあった不気味さが、今までにないほどはっきりと表に出ていた。


「貴様ら……喧嘩を売りに来たなら、儂が直接買ってやる。だが、こんな下っ端から操ってセコセコと……どんな了見だ?」


 儂が怒りに震える肩を押さえつけながら問いかけると、『魔眼女王』はとぼけたような驚きの声をあげる。


「あらやだこの人、全然感染しない……もしかして神性持ち? 直接かかったら一番楽だったのに」


「どっちにしろお(かみ)からは『自分でやらせろ』って言われてんだから。本当はもう少し後の予定だったが、ここまで来たならもういいだろ。ほれ、うちの神からの届けもんだ。有効活用しろよ」


「あ、破り捨ててもダメよ。私の虜ちゃんたちに渡して勝手にやってもらうだけだから」


 殴りつけてやろうかとも思ったが、教団員が操られている以上、迂闊なことはできなかった。

 軽く放り出されるように投げ渡された紙の巻物を見て……目を見張る。


「『ご自由に』、だそうだよ。国の仇が取りたいなら、あなたにとっても悪い話じゃないんじゃないかなー? お、う、じ、さ、ま?」


 眩い光と共に姿を消す二人の転生者。

 下手人二人の姿が完全に消えても、儂はまだ動揺から抜けきることはできなかった。




 危機に瀕した国には、多くの場合転生者が現れて救いが与えられる……戦乱の中期には、そんなことが言われていた時期もあった。


 だが、それは勘違いだ。『転生者が現れる場所』には『危機に瀕した国が選ばれる』というだけだ。

 その違いは、言葉の上では大きく違わないように思えても、現実としては大きく違う。

 儂の……俺の国には、救いはなかった。俺の国が危機に瀕してから滅ぶまで、転生者なんて現れなかった。それはただ、運が悪かったのではなく運がよくなかった……『時期がよくなかった』。それだけのことなのだろう。


 俺は、より大きな二つの国の間で磨り潰された国から、命からがら逃げ延びた。

 正体を隠すために生まれつき飛び抜けて恵まれていた体格を生かして、誰にも元は王子だなどと思われないよう名を捨て、歳を誤魔化し、旅僧に扮した。


 全ては生き延びるために。

 そしていつか……あの国々に、世界に、救いを与えなかった神々に復讐したいがために。この世界の理不尽に何か一つでも牙を向ける日のために。

 あるいは……何もできなかった、何もしなかった、そうして生き残ってしまった儂の罪を贖うため。


 その手段は今、俺の目の前にある。


「これは……こんなものを、実用化できれば……」


 紙に描かれた魔法の設計図。

 ここにあるのは基礎理論でしかないが……これを攻撃魔法として確立すれば、今までの歴史には影も形もなかった新兵器ができる。

 世界で誰よりも早くこれを使えれば……復讐は叶う。今ある組織の力と合わせれば、現実的に。

 だが……


「くっ……奴らの言いなりになってか……」


 いや、言いなりにすらなっていない。

 勝手に事を進ませないために、形だけは俺が主導していることにして情報を止めているが、これを危険視できる人間はもう俺の下にいない。一度情報を渡せば、この術式が『誰でも使える必殺兵器』として完成するのも、遠いことではないだろう。


「くそっ……これが完成すれば……」


 転生者から渡された図面を睨みながら、頭を抱える。

 誰にも相談はできない。誰が操られているかもわからない。

 誰にも……


「久しぶり……ホワイト。ちょっと見ないうちに、ちょっと老けたんじゃない?」


 振り返る。

 そこには、安心させるような柔らかい口調とは裏腹に、鋭い瞳をこちらに向ける天使がいた。


「ちょっと、最近羽振りがよすぎるんじゃないかと思ってね……警告に来たわ」







side テーレ


 『教主ホワイト』。

 現世からの報告で聞き覚えのある名前があったから気になって詳しく調べてみた。始まりはそれだけだった。


 私の教えた料理を広めて飢えに苦しむ人々を助ける……まあ、それはいい。過度の干渉にもならないし、説得力の補強として天使に教わったっていうのを語るのもいいだろう。

 だけど、ここ最近の活動は気にかかった。


 人間が力を得れば増長や暴走を起こすのはわかる。

 それにしても、不審な部分が多すぎた。

 突然変異種のモンスターを食用に繁殖、謎の資金援助、それに政治干渉……あきらかに『ズル』をしているのが明らかだった。その最終目的が社会的弱者を救うためであるのは間違いないけれど、その過程が歪んでいっている。

 短期間で急成長をするためには、正攻法では間に合わないのはわかってる。でも……


「詳しく調べさせてもらったわ。戦の女神と美の女神の神殿からの資金援助、それに政財面のパトロンも……表向きディーレ様を信仰しておいて、裏で他の女神から手を借りてるなんて随分と器用なのね」


 確かに、ディーレ様の名前だけは広まってる。だけど、私の気持ちとしては裏切られた気分だ。

 いや、それだけならまだいい。人間が悪事を働くのも悪知恵を働かせるのもあたりまえのことだ。むしろ、目的が善のためっていうのなら、多少の汚い手も許容すべきだとは思う。


 だけど……これはダメだ。

 手の中にある、その紙はダメだ。


「それを私によこしなさい。いや、それだけじゃなくて他の研究も全部。あんたはそれがどんなものか、わかってないでしょ?」


 この教団は女神ディーレの旗印を掲げているけど、その実態はもはや別物だ。


 今はただ成長し続けるだけ、評判もよくて実績も上げている。でもそれは、知名度を上げるためだけだ。

 十分にディーレ教徒の主導する組織として名が売れたら、この教団は一気に危険なことをやり始め、方々で被害を出し始める。そのための準備が、今の不可解な技術提供や資金援助だ。


 この教団はディーレ様の悪評を広めるために利用される。

 十分に有名になってから暴走させて、女神ディーレという『信者が温厚なだけの力もないけれど平和的な女神』を『危険な信者を抱えるはた迷惑な女神』として認識させるための策略だ。


 そして、今ホワイトが手にしている紙は……本当に、取り返しのつかないものになる。


「それはダメ……それは、今の魔法じゃ防げない。防御不可能な『殺すだけの魔法』になる。そんなものが世に出たら、誰も彼もが『殺される前に殺す』しかなくなる。元々の魔力の強さも関係なく敵を簡単に殺せるようになってしまえば、兵士の数だけがものを言うようになって、その兵士も身を守れなくてバタバタ死んでいく……戦争の死亡率は跳ね上がるよ。そして、貧しい村人や奴隷が数をかさ増しするためだけに徴兵される……今までにない数の犠牲者が当たり前になる。あんたの名前は、英雄になると同時に史上最大の殺戮者として歴史に刻まれることになる」


 最初の内は技術を独占できるかもしれない。

 でも、これは構築済みの理論さえあればいずれ他の組織にも再現できてしまうものだ。


 そして恐ろしいことに、この術式は本当に一方的に相手を殺すことしかできない。

 防御術式や防具は、今の人類の魔法技術では完全なものが作れない。即死を免れてもいずれ死ぬ。そして、そうなれば撃たれた側も死ぬ前に報復で相手を撃つだろう。戦闘になれば参戦者のほとんどが死ぬ。

 まさに『致死』の魔法だ。


「研究をやめて、それを渡して。今ならまだ間に合う……それをどうしても完成させるって言うんなら……」


 天使は現世への過度の干渉を禁止されている……でも、元々が天界から与えられた早過ぎる技術というのなら話は別だ。


「私は、あんたを殺さなきゃならない。ディーレ様のために、まだあんたが『ただの慈善団体の主導者』として崇められている内に」


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― 新着の感想 ―
まさかそんな事情があったとはなぁ…
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