第128話 『ポイズン・ポリッジ』
side 狂信者
観光都市レグザル、商会の宿部屋にて。
商会の宿で厨房をお借りしてテーレさんに昼食を調理していただいている間に、無事救出に成功したアーク嬢にこちらで起きたことを説明することとなりました。
「え、じゃあその老化作戦が効かなかったら……」
「はい、【神を試してはならない】で無敵状態を維持しながら認識外に隠れ、一週間ほど粘ろうかと考えていました。外からのアイテム補給も不可能なルールで同意を得ておいたので。私は石化中は基本代謝止まりますし。ただ、この作戦を実行すると闘技場を長期間占拠することになり迷惑がかかるので最終手段でしたが」
「本気で一週間も魔法を維持できる狂信者さんにしかできない戦法だね、それ。私なんて【過剰祝福】を維持できて一分や二分なのに」
「魔法にも維持に向いた魔法とそうでない魔法があるので一概には言えないと思いますがね。『妖精界の鍵』を応用している【神を試してはならない】に関しては、本来は不老不死となることを目的とした永続の変化が可能な魔法ですし。状態維持で引き延ばすだけなら一週間や二週間くらい難しくありません。むしろ戻るときの安全を考えないと『忘れ去られたまま数年後』なんてことがあり得るのが難点ですが」
「『時間無制限』だった時点で勝ち確定だったんだねー」
事前に考えていた攻略法としては、最も確実だと考えていたのが実際に行った【過剰回復】の代償による寿命削り。
次が、たった今アーク嬢に説明した【神を試してはならない】による長期防御作戦。
そして、第三が生き埋め作戦でした。さすがにダメージを受けないといっても呼吸はしているようでしたし、埋めてしまえば窒息するかと考えていましたが、甘くはありませんでした。
あとは、第四の策として私が死にかけた場合に起きる事態。
おそらく性別不確定で半分はダメージの通るゼットさんが自己保存のために『破砕槍』さんを仕留めてくださるかもしれないという考えもありましたが……これに関しては、あまり期待すべきではない策でしたね。
手応えとしては、どこまでが『私からの攻撃』に含まれるかというのは『害意』が判定基準だったと思われますし。
ゼットさんを使役するのではなく暴走させるくらいでないといけなかった可能性を考えれば意識して当てにすべき手ではありませんでした。
契約があるとは言え、ゼットさんもポテンシャル的には世界存亡の危機を招きかねない才覚の持ち主ですしね。
まあ、自由意志を持つテーレさんは『従者』であっても私の一部として判定されなかったようなので、やはり最適解はどうにかして二人で同時に攻撃するという攻略法だったのだと思いますが。
「強い弱いの基準は星の数ほどありますし、彼の言うように善意や愛が純粋な物理力によって破壊されることもあるでしょう。どんな幸せな家庭でも運が悪ければ地震や津波などの天災で自然の暴力に呑み込まれ潰れてしまう。そういうこともあるでしょう。しかし……彼の場合は、何よりもそういったものに対して無力な『男女の愛』という曖昧なものが致命的な弱点だった。だからこそ、彼は天災のように理不尽な暴力を演じたかったのでしょう」
始まりがどこだったのかは知りません。
彼の前世のトラウマが『どんな男にも、どんな女にも勝てる能力』を望んだのかもしれませんし、単なる『弱点と特攻対象を設定できる能力』を使う内あのような悪用法を思いついてしまったのかもしれません。
しかし、結果として『相手の性別が単一なら何人相手だろうと勝てる能力』を得てしまった彼はそれが適用できない『一緒に戦う男女』に恐怖を抱き、その存在を憎むようになってしまった。
敵対する可能性のある男女ペアを見つけると、隙を狙い片方を攫って引き離し、もう片方を自らの手で再起不能にするようになった。
彼の前に、『愛』を武器として立ち塞がる中睦まじい男女が現れないように。
「いやはや、私にとって性愛というのはよくわからないものですが、意志力や行動力に繋がる『力』として考えれば馬鹿にできないものですねえ。今後同じような能力の持ち主が現れた場合のためにもテーレさんとのコンビネーションを練習しておくべきですか」
「その無敵系の転生者を無敵の上から殴り倒したあんたが何言ってんのよ。ほら、ご注文の料理持ってきたわよ。ジャネット、こいつの子守りありがとね。お詫びもあるし、遠慮なく食べちゃって」
おっと、お待ちかねの大量の料理をお盆に乗せたテーレさんの入室です。おお、久方ぶりとはいえ豪華なものが目白押し。祝勝を兼ねてとは注文しましたが想像以上です。
テーブルも足りないのがわかっていたのか部屋の外から運び込む分のワゴンが扉の向こうにチラリと見えましたし、アーク嬢も驚いています。
「奮発しましたね、テーレさん」
「こ、こんな高級食材まで……巻き込んだお詫びにしても、いくらなんでも……」
「気にしないで。マスターの勝ちに賭けられるだけ賭けたから、このくらい利益のほんの一部よ。さすがは『無敗の決闘王』ってとこだわね」
どうやらテーレさんは所持金を可能な限り私の勝利に賭けてくださったようです。
まあ、勝ちか負けかしかない試合で、こちらは負けたら全てを没収されるという大一番でしたし、実質的に失うものはないのですからそうしない理由はありません。
敵は『決闘で無敗』として知られる裏では有名な冒険者、さぞかしいい倍率の賭けになったのでしょうねえ。
経験則から当然の勝利を期待して彼の側に賭けた方々にとっては不幸なことだったのでしょうが、本来賭博というのは余剰資金でやるべきもの。
勝つこともあれば負けることもあってこそ楽しめるというものでしょう。
しかし……
「テーレさん、先程アーク嬢から聞きましたが……彼の周りにいた女性たちはやはり恐怖で脅しつけられて連れ回されていたようです。故郷に帰るにもメンタルケアにもお金が必要になりますし……」
「……はいはい、あっちがちゃっかり自分自身に賭けてたらしいお金もあるし、それで路頭に迷って逆恨みされても困るわね。いいわ、商会を通じてアフターケアを依頼しておくわ。元々決闘で奪った財産を返すわけだし、こっちの勝ちで契約の情報口外禁止も失効してるからやり口を証明すれば被害者への保障もあるでしょ」
「よろしくお願いします……では、食事としましょう。とってもお腹が空きました。テーレさん、これからはあのガリの実味のエナジーバーを何本か常備したいのでまた作ってもらえますか?」
「強化したと言ってもあれだけ動いたらやっぱりカロリー消費激しいのね。全く、これからは戦力を維持するための食糧供給についても真面目に考えないと」
私の場合は運動で消耗したというより【常時再生】で栄養を消費している方が大きいのですがね。
彼をサンドバッグ代わりにして多少の手加減は覚えましたが、まだ肉体が強大すぎる膂力やスピードに慣れきっていません。
もう【恩師の加護】は解けていますが、先程までのスピード感が抜けずひどく不自由に感じますし、スプーンですら持ち上げるのに必要な力を意識しないといけません。これでは、【恩師の加護】の直後に戦闘をすることは難しいでしょう。
実を言うと、早く食べて体力を回復しなければ倒れてしまいそうな状態です。アーク嬢と話していたのも意識を保つためだったりします。
まあしかし、がっつく程ではありませんがね。
食への感謝を忘れるほどの状態ではありませんので、ちゃんと手を合わせますよ。
「今日も無事に糧を得ることのできた幸運、こうしてテーブルを皆で囲める幸福を神々に感謝します。そして、私の血肉となってくださる彼らに感謝を込めて、いただきます」
「苦境を乗り越えさせてくださった主神様に、そして身を挺して私を助けてくれる素晴らしい友人との出会いに感謝を。いただきます」
「女神ディーレ様のために働くこの肉体の糧として……いただきます」
この地方を原産とするフルーツと葉野菜を惜しみなく使ったサラダに、巨大な川魚の煮付けやミディアムレアの分厚いステーキ、根菜とハーブの利いた鶏がらスープに、肉や木の実、卵などが用いられたお粥のような料理。
質より量を優先しているようではありますが、それでも手抜きはなく十分に美味しい品々。
流石はテーレさんです。
「すっごい美味しい! これ全部テーレ様が?」
「宿の厨房で下拵えされてた材料も多少もらったけど、仕上げは全部ね。食べれないものがあったら言って、残しても私が食べるから」
「いえいえ、むしろおかわりが欲しくなるくらいですよ。特にこのお粥のような料理、街の店でチラリと見ましたが、この地域の伝統料理ですか? 観光客向けに宣伝されていてレグザル名物の麺料理と迷ってアーク嬢の意向で後者にしましたが、美味しそうだと思っていました」
「あ、狂信者さん。これは地域の伝統料理じゃなくて『聖ホワイトの日』由来の……」
「『ポイポリ』って料理よ。まあ、詳しく知らないならまず一度よく味わって食べてみなさい。街の売り物の方がずっと今風な味付けかもしれないけど」
「あ、テーレ様。これって確か……」
アーク嬢が何かを言おうとしましたが、テーレさんが手でそれを制しました。『まずは黙って食べてみろ』ということらしいです。まあ、味付けの少し変わった卵入りシチューのような感じで美味しい料理ですし、アレルギーなどもなさそうなので普通に食べますが。
「ふむ、この卵は普通の鳥の卵とは弾力が違いますねえ。よく混ぜても完全には溶けきらず不均一な食感が非常に美味ですし、ゴロゴロと入っているお肉もまた固めですがアクセントとして悪くありません」
「あ、いや、狂信者さん、知らなかったなら聞いてからの方が……あ、いえ、やっぱり何でもありません。うん、狂信者さんはたぶん気にしませんよね」
アーク嬢がテーレさんの方をチラチラ見ながら微妙な顔をしていますが、とりあえずは食べれば死ぬというわけでもないようなので食べてしまいましょう。はい、完食です。
「食べた? 食べたわね?」
「はい、食べました。して、アーク嬢が言いかけていたこととは……」
「あ……はい。それの正式名称は『ポイズン・ポリッジ』……『毒のお粥』って意味で、名前の通り使われてる材料のほとんどが毒のある植物とか動物とか、その卵も大きな蟲のモンスターのやつで……もちろん、ちゃんと毒抜きはしてあるから大丈夫だけど、人によって好き嫌いが分かれるというか、実はゲテモノに分類されてて……」
「ふふっ、私がいない間にまた問題を引っ張り込んだ罰よ。あはっ、最初にこれを作って食べさせてやったやつも、飢え死にしそうな時に差し出された器をガツガツかき込んでから原材料を知ってすんごい顔してたわ! あはっ、アハハ!」
心底愉快そうに笑うテーレさん。
暗い何かを吹き飛ばすように、何かを吹っ切るように。
テーレさんは私が食べたものの正体に動揺しているように見えたのかもしれませんが、私はむしろ……
「ハハハッ……よく、無事に勝って、生き残ってくれたわね。これからもあんたは自分勝手に無茶するんだろうけど……それはしょうがないとしても、ちゃんと戻ってこなきゃダメよ。勝手に馬鹿やって死ぬやつを看取るなんて真っ平御免なんだから」
確かに笑っているのに、どこか泣き出しそうなテーレさんの表情にこそ、驚きを隠せませんでした。
私はそこまで心配をかけてしまったのでしょうか。
しかし……テーレさんが語る気がないというのなら、殊更に問い詰めるべきことではないということでしょう。
今はただ、『聖ホワイトの日』に従い、全ての男女の絆を敵とした転生者を無力化できたことを全ての仲睦まじい男女への贈り物だということにして祝いましょう。
「さあ、おかわりは用意してあるし、まだ食べたかったらいくらでも作るわ。私の今まで作ったものの中で、一番の自信作だからね」




