第127話 絶望を知る時
side テーレ
闘技場の観客席にいるのは私以外には、例の『個人依頼』に関わった冒険者たちや、あの『破砕槍』という二つ名で知られる転生者が傍に置いている取り巻き……いや、恐怖で支配している奴隷の女達。
私たちのいる位置。
結界を囲んで階段状になっている闘技場の観客席からは、中で戦う二人の姿が見えている。結界で音の解像度が下がって話している言葉とかは聞こえないようになっているけど、戦闘で発生する爆音や衝撃音はこちらまで響いてくる。
展開は一方的だ。
マスターが一方的に攻撃を繰り出して……そして、そのどれもがダメージに至らないままに終わる。
私も話にしか聞いていなかった【恩師の加護】という規格外の身体強化。それこそ、単純な強化系の転生者相手でも十分に殴り勝ってしまうかもしれないほどの攻撃力。それなのに、ダメージは『ゼロ』のままだ。
「どうして……」
おそらく、防御力もかなり上がっている。
けれど、それは敵からの攻撃を完全に無効にするほどではない。
小石や土塊くらいなら問題はないけど、手足や槍を使った直接攻撃からはさすがにダメージを受けている。
倍率としては、特攻とかなしの攻撃を素の状態で受けた時と同じくらいだけど……それでも、下手をしたら負ける可能性は十分にあり得る。
これは勝負としてあまりに不公平だ。
どうして、こんなルールで……
「どうして、まだ『勝てる手』を使わないのよ……あの馬鹿は」
まだ、相手のことを気遣っていられるんだ。
あのバカマスターは。
side 狂信者
ふむ、締め技は首に腕が食い込まず、目突きは眼球を押し込めないと来ましたか。
なるほど、『概念的に無敵』というのはなかなかに強固な守りのようですねえ。
「俺もてめえのことを聞いたぜ。あの人質の女からな。正直に言って、反吐が出るぜ。てめえはよ、できもしねえ綺麗事ばっかり言って善人ぶっててよお!」
槍を振り抜いての斬撃。
掠っただけでも無視できないダメージを受けてしまうので、結界の内壁を蹴って立体的に大きく回避します。
彼に命中力に関する補正がないのは本当に助かりますが、逃げ場のない闘技場の中、あちらは小石などを使った間接的な攻撃もできるわけですし、同じことを続ければいつかは当たってしまいそうですねえ。
「『善意に従えば正しいことができるはず』? 『転生者だとしてもこの世界の住人と対等』? 現実見ろよこの痴呆野郎! やつらからみれば、転生特典を持った俺らなんて怪物だ! こっちが『仲良くしよう』なんて言いながら近寄ったところで石でも投げられるのが当たり前だ!」
『破砕槍』さんが観客席に視線を向けるとそこにいた冒険者の皆さん……そして何より、彼自身が連れて来た女性たちがビクリと恐怖の表情を見せます。
「『転生者の能力は世界をよくするために与えられたものだ』とか言うつもりか? はっ、前にそういうこと言ったやつはぶっ殺してやったぜ! そいつも転生者だったがな! で、どうだよ? 俺に天罰やら神罰やらはあったか? あったらここにいねえよなあ!」
こちらも土や小石を拾って投擲してみますが……ダメですねえ、完全にノーダメージです。
普通に人間に当たったらショットガンで撃ち抜かれたように穴だらけになりそうな速度でしたが、こちらが無機物を介して攻撃すれば通るというものでもないようです。
「これが現実だ! 俺は怪物で、てめえはどうやってか転生特典に頼らずにそんな力を手に入れても結局俺に勝てねえ! 綺麗事は弱いやつらが慰め合うために作った戯れ言だ! そんな善意やら理想論やらで積み上げた幸せなんて、俺みたいな絶対強者がその気になれば一瞬で踏み潰せる程度のものでしかねえ! 諦めやがれ! 暴力の強さこそが、力で奪うものこそが全部を手に入れるって真理が、この世界の真実だ!」
彼の見開かれた瞳がこちらを睨みます。
心底嫌悪するように、壊したくてたまらないものを見るように。
私を……視線だけで射殺そうとするかのように。
「自分だけ汚れずに、綺麗なまんま生きられると思うなよ屑が。大人になれよ、汚れずに生きていけるなんて幻想は捨ててな。幸せなんてもんは、他人から奪い取ってなんぼのもんだろうがよ」
……『自分だけ綺麗なまま生きていけると思うな』、ですか。
『汚れずに生きていける』というのが幻想ですか。
『醜い真理こそが世界の真実』……そう、ですか。
それがあなたの世界観ですか。そうですか。
……はあ、なんというか。
「なんですかその屁理屈。そんなの、あなたが目先のことで楽をしたいだけでしょう?」
理論構築が雑で、怠惰で、何より自分本位すぎて呆れますねえ。
もっと現実を見ましょうよ。もっと世界を見ましょうよ。
あなたの個人的な理論を、さも絶対の法則のように言わないでくださいよ。
「相互理解を諦めて怪物になってしまえばそれは楽な選択でしょう。欲しいものを他人から盗むのは楽でしょう。自分が正しく生きられないのを『世界がそうできているから』と思考停止してしまえばそれは楽でしょう。ただ物質的満足のみのために生きるのであれば、それが一番楽な道でしょう」
生きてはいけるのでしょうね。
他人から盗んで、奪って、一方的に否定して。
命に感謝せず胃袋を満たし、そのエネルギーでまた別の何かを奪って渇きをごまかす。
生きることだけに執心し、何かの命をもらって己に与えられた時間を、ただ次の時間を得るための活動に消費し、自分にとって本当はさほど価値のない金品や見栄を積み重ねるための作業を続ける。
けれど、それに何の意味があるんですか?
普通に考えれば、単に幸福の損失を重ねるだけじゃないですか。
「奪い、溜め込み、優越感に浸る。それを重ねた先に真の安心や満足なんてありませんよ。それとも、『愚神礼讃』などという言葉を例に出さなければわかりませんか? 他人から強引に奪わなければ手に入らないようなものこそ、世間では『分不相応』と呼ぶのですよ。そんな幸福、手に入るよりも簡単に懐から逃げて行くに決まっているでしょうに」
ノックバックは有効。
さらに、身体の上からの攻撃は身体自体を変形させずその反対側へ完全に伝導される。
となれば、壁際へ押し込んで足を踏み抜く形で地面に突き刺させ、一時的に動きを止めることは可能。
そして、やはりこれで確定ですね。この程度で『対人戦最強』を名乗るとは、それこそ分不相応な名乗りですよ。虚仮威しもいいところです。
「無駄無駄ムダァア! てめえの攻撃が俺に通じないことがまだ……」
「理解していますよ。あなたの能力は『弱点と特攻対象を設定できる能力』。そして、その内の『男性特攻』と『女性特攻』の二つの切り替えに特化することで対人戦での無敵を実現していたのでしょう?」
「……っ! てめえなんで!」
この反応、図星ですね。
私が推理を披露すると珍解答扱いされることがよくあったのですが、今回は一発正解したようでよかったです。まあ、外れていてもさほど問題はありませんでしたが。
「『男性特攻』の時には普通に付着した泥汚れが生き埋めにされた時に全くなかったのは特攻対象を『土石類』に一時的に変更していたから。つまり、自力で抜け出せない程度に『埋めた』後で設定変更の暇がないほどの連撃が土石を経由せずに叩き込まれ続ければ、あなたは抜け出せない」
地面に突き刺した足の周りの土を踏み固め、足を振り上げようとする動作の延長線上に私の身体が来て『土で私を攻撃する』という事象が発生しないように位置を変えながらスピード優先の打撃を撃ち込み続けます。
案の定、彼は抜け出すこともできず、態勢が制限されてこちらにもまともな攻撃ができません。
さらに攻撃を重ね、地面に深く彼の身体を押し込んで脱出を困難にしていきます。
善意の行使にしろ、戦闘での能力読みにしろ、大事なことは『相手の立場で考えること』です。
特攻対象二つの切り替え『AとBは重ならない』かつ『BはA以外の全てである』という条件で『無敵』になれる対象を選べるとすると、問題なのは『自分に飛んでくる攻撃がAかBかを即座に判断できるかどうか』です。
私がその『AとB』が『男と女』という性別だと推測したのは、彼の『漢なら正々堂々決闘で』という言葉が性別への執着を感じさせるものだった気がしたからです。
「テーレさんから聞いた話ですが、この世界には片方の性別にしか使えないマジックアイテムもあるとか。まあ、同じ『夢魔』にサキュバスとインキュバスがいるように精神体が性別で別種並みに違うのなら当然でしょうが、それはつまり『マジックアイテムで性別を判定することも可能である』ということでしょう? おそらく、人間だけでなくモンスターの類でも。素早い切り替えが可能ならあなたが受けていたモンスターの討伐依頼も難しくはありません」
マジックアイテムがなかったとしても人間相手なら男女の区別は目視でほぼ確実にできますし、全くの不意討ちであっても二分の一の確率で無効化できます。
さらにおそらく、自分の周りを自分を恨む女性で固めているのは敢えて自身への暗殺を実行させてそれを無効化することで『どんな攻撃も効かない』ということを自分を狙うものへ周知させてハイリスクな暗殺計画を未然に防ぐ意図もあったかもしれません。
それに、私が『顔』に当てた賽子で何故か防具に傷が入っていたらしき音から、おそらく防具は『装備者の装備部位へのダメージを一定割合肩代わりできる』といったマジックアイテムの類でしょう。それにダメージが入った瞬間、設定を切り替えれば無敵化してダメージを完全無効にできる。
防具は罠などの判定確認と、一撃死を防ぐためのもの。
テーレさんの室内爆弾で見えるような傷がなかった辺り、ほぼ条件反射のレベルで切り替えが可能なのでしょう。
そして、回復は無効化されないことを見る限りは鎧の他にも回復系のアイテムを仕込んで『肉体的には無傷』を装っていると推測できます。
まあ、私のサイコロでの顔への直撃はさすがに装備部位から離れすぎていたせいかダメージの肩代わりが発生しても傷が残る程度にはダメージが通り、場所が見えやすいために『無敵』で通しているイメージを『回復特化』にしてしまい相手が限界まで攻撃するという選択をするのを恐れたのか、即座に回復するのを躊躇ったようですが。
そして、その切り替え速度によって擬似的な『無敵』を実現し転生特典のスペック限界的には代償としてかなり深刻化しているはずの『弱点』を隠蔽できていると考えると『男性に強く女性に弱い』『女性に強く男性に弱い』といった反対の性質のものに対して有利不利が逆転する能力だと考えられますね。
「あなたが『決闘』を好むのは、一つに『相手が確定すること』が理由であり、もう一つに『自分の無敵を印象付ける』という目的があるからでしょう? 何せ、その『無敵』の本質はあなたが男女に同時に挑みかかられないことが前提です。倒した相手に残虐行為を行い、愛する人と共に立ち向かうには危険な相手だと印象付けて闘争の外に避難させる、そのためのパフォーマンスでしょう?」
だからといって、その行為を『仕方ないこと』とはとても言えませんがね。私には『無敵になること』に、そこまでの価値があるとは思えませんし。
「逆に、その行為の意味や意図からどうしてそんな無益な行動をする必要があったのかと考えたら、案外簡単に確信が得られましたよ。条件付きの『無敵』の持ち主は運命的にその『弱点』と引き合ってしまう。であれば、あなたは身近に敢えてその『弱点』を堂々と身の回りに置いてそうと気付かせないようにしているのではないかと」
彼の『無敵』の種類としては『女の腹から生まれ落ちた人間には負けない』という予言を受けたマクベスさんや『神に属する者には殺されない』とされたギリシャの巨人族の皆さんに近い無敵能力。
前者は帝王切開で生まれた騎士に、後者は人間と神のハーフであるヘラクレスさんに倒されたのです。
テーレさんの言っていたとおり、この手の能力は弱点を狭めるとその分だけ因果的に弱点への攻撃を引き寄せてしまうというのですから、ある程度のリスクは許容しているべきでしょう。
それに、種にも寄りますがライオンや蜂の社会では基本的に戦闘員は雌、ある種の魚のように雌が一体の生態系ならば戦闘員は雄、というようにモンスターでも種によって戦闘になる個体の性別は多くの場合限定できるはずです。
『性別』という点に注目して彼の受けた依頼と断った依頼を見比べれば、性別の概念に乏しい植物系や性別に関係なく襲ってくるモンスターには近付くことさえないようにしていると気付くのは難しくありませんでした。
「信仰する神への忠義でもなく私とテーレさんのコンビを狙ったのは、私たちがあなたの行いに憤る可能性の高い『善意の神の信徒』であったことと、何より『一緒に戦えるほど信頼し合っているであろう男女のコンビ』だったからではないですか? あなたは、どんな男性にもどんな女性にも勝てる。だからこそ、『信頼し合っている男女』に危機感を覚え、引き裂きたいと思ってしまうのでは?」
「う、くっ、てめえは……」
あの時、私の【乱数調整】を棒立ちで受け止めたのは、こちらに余裕を見せるためではなかったはずです。むしろ、あの時こそ最大の危機だった。
もしも、あのまま私とテーレさんが連携攻撃を仕掛けていたら、攻撃のタイミングが全くの同時になってしまうことが一度でもあったら……能力ははっきりと露見していた。
あの時、私は『私とテーレさんのどちらかの攻撃を防げるようにするともう片方は防げなくなるのではないか』という仮定こそ立てていましたが、確証がありませんでした。
攻撃力の上昇で自暴自棄になって暴れられると私かテーレさんが捨て身の攻撃で大怪我をする可能性もありましたから、確認はできませんでしたし。
しかし、不測の事態に備えて僅かな傷をも残さず修復された防具と、観客席の怯えた顔の女性たちを見て、推測はほぼ確信に変わりました。
「あなたの能力は『弱点』の概念を大きなものにするほど『特攻対象』に対する優位も大きくなる。逆に言えば『無敵』を実現するためにはそれだけ大きな『弱点』が必要だった。だからこそ、相手を一個人に制限してその個人情報を事前に調べ、なおかつ自身の無敵性を強調できる方法を模索した結果、『決闘』という形式に行き着いたのです。まさか、『男女混成パーティーであれば簡単に倒せる』などという弱点があるなどと知られぬように」
「く、くく、クハハハハハハ! だったらどうするつもりだよ! この闘技場の結界の中、てめえの起こす行動から俺が受けるダメージは全てゼロだ! ルールで外から女に攻撃させることもできねえ、偶然の事故で死ぬような場所でもねえ、『決闘』に持ち込んだ時点で俺の勝ちが確定してんだよ!」
……やはり、そうですか。
契約書に情報の口外禁止が含まれていた時点で察してはいましたが、能力を解明されても、降参はしてくれませんか。
それは……実に、残念なことです。
「『破砕槍』……今からあなたに、二十発ほど、私の本気の魔法を叩き込みます。降参するのなら……手遅れになる前に、お願いします」
「はあ? てめえ馬鹿かよ。てめえが何をやっても俺にダメージは……」
「どうか、後悔なきように……【過剰回復】!」
拳で押し込むように回復力を叩き込む魔法。
神樹を癒す過程で熟練したこの魔法は、人間にも有効です。
しかし……
「はっはっはっ! なんだこりゃ! 回復魔法か? ダメージが通らないからって自棄になってどうすんだよ!」
「【過剰回復】、【過剰回復】、【過剰回復】、【過剰回復】、【過剰回復】、【過剰回復】!」
「何がしたいんだよてめえはよお! そんなことされたって、痛くも痒くもねえ! むしろ気持ちいいくらいだぜ! あっ、ハッハハハハハ! 見ろ! 俺は転生者相手だって負けようがねえ、最強の転生者だ! クハッ、クハハハハ! 最高だ! 俺はてめえみたいな善人ぶって他人に説教するような馬鹿が現実を知って絶望していく時が一番楽しいんだ!」
「【過剰回復】【過剰回復】【過剰回復】!!」
「てめえは飛び切りの馬鹿だ、はは、は、アガッ……チッ、笑い過ぎて顎が……あ? 何だこりゃ」
彼の手に落ちたもの。
何かと問われれば……『あなたの歯です』としか、答えられませんかねえ。私は嘘は言いませんし。
まあ、まだ十発。折り返しです。
「ちょっと、待て……なんだ、俺の手……こんな皺くちゃだったか? それに、なんだ、鎧が……重く?」
「【過剰回復】【過剰回復】!!」
「か、髪が抜けて……真っ白だ……ま、待て! てめえ、何を、何をしてるんだ! 俺はてめえの攻撃でダメージなんて受けねえはずなのに、何かおかしなことが……」
「【過剰回復】。『待て』というのが降参の意ではないのなら、従う義理はありません。ですが、何が起きているかだけは説明しましょう……簡単です。あなたは、ただ自然の摂理として『老い』に蝕まれている。それだけのことです」
「は……は? な、なんだそれ……意味、分かんねえ……」
「【過剰回復】! 私のこの魔法は、私の称号の効果により常に暴走状態で発動しています。そして、その効果は……標準的な人間程度が相手なら、どんな深い傷、数秒後には死に至る致命傷だろうと全快させる。ゲーム的に言えばHPが最大値を超えて溢れるほどの『回復力』を注ぎ込むというものです」
枯れかけた神樹だろうが、単なる擦り傷だろうが、あるいは完全なる無傷だろうが。
全身の細胞を瞬時に一新し、肉体を一つ『培養』するに足るエネルギーで全身の細胞を活性化させ、元の血肉を材料にそのまま『健康体』を生み出させる。
荒波の中で超高速で自らを材料に分解と組み立てを完了させ、乗員を落とすことも沈むこともなく旅を続ける『テセウスの船』のようなもの。
まあ、突貫工事故に多少の無理は出ますがね。
「しかし、それはあくまで本人の回復を補助するもの。その急激な回復の代償として……対象者は、年単位で寿命を縮めることになります。健康寿命にして、一発平均で五年ほど。これはどんな軽傷でも、たとえ無傷だとしても同じです。ですから……本当に、その傷が原因で天寿を待たず死んでしまうという方以外には使いたくない魔法です」
「う、嘘だ……寿命を縮める、攻撃なら……無効化される、はず……」
「六種類の魔法が平等な確率で発動する【乱数調整】の攻撃目的としては『はずれ』の『治癒』の目で、あなたの傷は回復した。あなたの能力は、攻撃は防げても支援となる回復魔法の類は防がない。何より……『老い』は『成長』と同じ、ダメージとは呼べない自然な現象です。どのように歳を取るか、それがよい変化となるか否かは個人差がありますがね」
「や、やめてくれぇ……これ以上、やられたら……」
「ここまでで、十四発。あと、残り六発です。止めるための言葉は……一つだけです」
「ぁ……ぃゃ……ぅ、がぁあ!」
ガムシャラに振られた槍が、私の脇腹を打ち据えました。
しかし……弱い。既に手足もやせ衰えた老人のようになってしまった彼の攻撃は、転生能力によって増強されても、【恩師の加護】で強化された私を怯ませるだけの威力はありません。
私にあるのは……ただ、静かな落胆だけ。
「そうですか……それが答えなら、仕方ありません」
これは『決闘』。
相手に戦う意志があるというのなら、ここで手を退くことこそが失礼というものでしょう。
あと六発、その一つ一つに私の全力を込めて。
「【過剰回復】! 【過剰回復】! 【過剰回復】!」
「あがっ、だめ、やめてくれ!」
「【過剰回復】!! 【過剰回復】!! 【過剰……」
「こうさんだあ!! もう、やめてくれぇ……」
槍を落とし、両手を上げる『破砕槍』さん。
もはや、その身体は完全に老人としか見えぬようになり、立っているだけでも足が震えています。
合計十九発の【過剰回復】……寿命が九十五年ほど縮んで、元の年齢を考えると肉体年齢は百二十近いでしょう。それでも鎧を着て立っていられるのは……
「ああ、なるほど。特攻の対象を『老衰』にすることで機能不全による老衰死をギリギリで免れているわけですか。もはや、私が少し小突くだけで死んでしまうということなら……仕方ありませんね、私も好き好んで殺害したいわけではありません。食べられるわけでもありませんし、私はアーク嬢を無事に返してもらいたいだけですから」
『破砕槍』さんの降参宣言により、闘技場の結界が解除されて外の音が入り込んできます。
外は……決闘中は聞こえませんでしたが、騒然という感じですかね。まあ、決闘で無敗だったことで有名な冒険者があんな状態になって負けたとなれば仕方のないことですか。
とりあえずは……
「よっと」
「え、きゃっ!」
私が跳躍して客席の縁に着地すると、目の前にいた女性が驚きの声を上げました。
「おっと、驚かせてしまい申し訳ない。決闘は私の勝ちなので、約束通りにアーク嬢の居場所を教えていただけますか?」
観客席の最前列にいた『破砕槍』さんの応援らしき女性に契約の履行を要求します。どうやら彼女も、目の前の事態に理解が追い付いていないようですが……
「あの……本当に……」
「はい、私の勝ちです。あそこの自動判定板にも結果が表示されているでしょう? アーク嬢の居場所は……ああ、そのメモの場所ですか。いただいても?」
「え、あ……」
まだ震えながらもゆっくり手を伸ばそうとする女性の手から二つ折りの紙を拝借し、中身を検めます。
うむ、これで間違いなさそうですね。では、早くアーク嬢に安心をお届けしなくては……っと、その前に。結界は防音でしたね。これはちゃんと言っておかなければ。
「ああ、そうそう。彼の方は今、老衰死を防ぐのに必死なので介抱するのなら優しくすることを推奨します。もはや彼は、男性に対しても女性に対しても無敵などではありませんから」
「無敵じゃ……もう、怪物じゃ……ない?」
「はい。あのまま『老い』にのみ耐え、傷を受けないように気を付けていれば余生をやり直せるでしょうが……まあ、彼の待っていた『天罰』があったのなら、それが道で小石に躓いて転んだという些細なダメージだけでも、簡単に死んでしまうでしょうね」
「天罰……簡単に……死ぬ……」
私の説明も半ばでしたが、目の前の女性は……いえ、『破砕槍』さんが連れて来た女性たちはゆっくりと立ち上がり、封鎖の解けた階段から闘技場の内側へと歩を進めていきます。
私など眼中にないように、『破砕槍』さんの方へ。
はてさて、何はともあれ……私も、相手の意見の否定ばかりではなく、持論を述べておくとしましょう。
どれほど続くかはわかりませんが、彼の余生の実りとなることを願って。
「『破砕槍』さん。あなたは『汚れなければ生きていない』というようなことを言いましたが、老いて死ぬまで生きていけるのならいくらでも汚れていいとは、私には思えません……真に幸福な人生を求めるのなら、悪行を重ねて長々と生きるよりも、神からのお呼びが早めにかかったとしても『悪くない一生だった』と後悔なく答えられるように日々を生きるべきでしょう。人生に満足しながら終われることほど幸福なことなどないのですから」
女性方の背中に囲まれて、もう彼の姿は見えませんし、声も届いているかわかりませんがね。
耳も遠くなっているかもしれませんし。
まあ、今はそれよりも……
「ぅぁぁ……ぉまぇたちぃ……なぁにぃを……ゃ、やめ……」
今、おそらくは一番の不安を耐えながら私たちを待っている友人を助けにいかねば。
『善き人の助けになりたい』と誰もが当たり前に持つ心に皆が従うことこそが、誰もが『善き人』を志す正しき世界に必要な法則ですからね。他人に説く前に自分で実行できなければ、それこそ説教した彼に笑われます。
「さあ、一刻も早くアーク嬢の元へ行って安心させて差し上げなければなりません。テーレさん、このメモの場所に急ぎましょう」
まだお昼時ですし、アーク嬢の食事がまだならば昼食がてら三人でささやかな祝勝会にしましょうか。
運動してお腹が空きましたしね。久しぶりのテーレさんの手料理が楽しみです。
小ネタ『転生者質問板』
Q「『無差別差別』は対象となっている種類の存在からのマイナス効果を受けないのではないですか? だとすれば、老化効果は無効化されませんか?」
A「【過剰回復】による寿命消費は『効果』ではなく『代償』として処理されるので無効化されません。また、回復効果自体もマイナス効果ではないので適用されます」
Q「処理が違うとはどういうことですか?」
A「処理が違うということです」
ということで、回復魔法の暴走効果は『どんな重傷も瞬時に完治するが健康寿命を五年消費』というピーキーな仕様になりました。
相手が(神樹みたいな)植物なら、五年間かかって癒える疵が消えるくらいの効果になります。本編では語られていませんが、神樹の回復のために狂信者は本来回復に千年はかかるくらいのダメージを癒やす魔法を撃ち込んでいます。
神樹が弱っていた原因は老木だったというのもありましたが、それはあくまで『主』として機能していた核の部分が腐食していたためであるので根の方は時間をかければ回復する状態でした(植物は大抵根だけじゃ光合成も呼吸もできないので自立する前に死にますが、師匠が統括を肩代わりしました)。
作中の台詞摸写だけだとわかりにくいですが、一発受けるごとに五歳分だけ歳を取るわけではなく、元の年齢と加算した年数の合計が一気に老け込む年齢(某マンガ二部主人公の波紋使いなら、三部と四部の間)を越えた辺りで一気に老化が始まります(鍛えてると伸びます)。
ちなみに、サイコロの確率発動の方は蓄積エネルギーが少ないので本人負担の回復活性の方が強くて致命傷を治そうとすると逆に体力消耗で死ぬ危険があります。(某ヒーロー学校の保健室の先生みたいな感じです)
まあ、治さなきゃ死ぬなら寿命くらい安いですよね(乱用禁止)。
既にかなり長文ですが、ここで出さないとタイミングがないのでついでに転生者紹介します。
『破砕槍』(本名:緒方政夫)
転生時十七歳。
父親が政治家であり、コネクションのための政略結婚で既成事実として産まされた子。
母親は出産のすぐ後に実質的な手切れ金を受け取り別居。そのため母親のことは写真でしか知らない。
父親は息子にも政治家の道を進ませようと英才教育を施しながら、政略結婚で成り上がった自分と同じ手段が取れるようにと、『真の恋愛というものはフィクションだ』という価値観を厳しく教え込み、『男は自分の快楽と付加価値のために女を使う』『女は男を騙して(気持ち良い思いをさせて)報酬として金や地位を得る』という純粋な相互利用関係だと信じ込ませた。
さらに、中学生時に一つ上の先輩に初恋をしたが、告白時に彼女自身と父親から『将来女に惑わされて道を踏み外さないように』と経験のために金で雇われていたことを知り、彼の人生観において『真実の愛などない』という観念が強固に確定する。
そして、七光りで金も(チンピラを動かす程度の)力もあった彼は『女は最終的に自分の利になる男に媚びる』『嫌がるような仕草は値上げ交渉でしかない』という価値観の元、純愛を見せつける『女に騙されている馬鹿な男』から恋人を金と力で強引に奪うことを楽しむようになる。
転生特典についても『どんな女も組み伏せられて、なおかつそれに文句を言うどんな男にも負けない能力』という要望が元になっており、これは『利用し合うだけのはずの女と男が本当に背中を預けて一緒に戦うはずはない』という価値観が前提にある。
そのため、冒険者の男女コンビなどを見るとそれだけで自分の価値観を否定されたような気分になり、危機感と憎悪を抱くようになる。そして、自分の価値観の正しさを証明するためにその絆を引き裂こうと手を尽くす内にスタイルが定着。
転生初期に他の転生者と事を構えた際に『善人ぶる転生者』がいることを知ったため、他の転生者から攻撃されないように転生者であるという素性を隠し、被害者の親類からの報復を避けて各地を転々としながら凶行に及んでいた。
なお、彼の前世での死因は(本人は財布目当ての通り魔強盗と思い込んでいるが)恋人に乱暴をされた少年による殺人であり、他の被害者が隠蔽に手を貸したため死体は発見されず、法的には行方不明で処理されている。
『破砕槍』という異名は報復対策で用意してある複数の異名の一つ(変装として装備を変えたりしているが忘れやすいでその時の武器の種類で異名を決めた)。
一応、『こういう名前にしておけば武器が転生特典だと偽装できるかもしれない』という作戦で考えた異名であると同時に彼の前世の仲間内から呼ばれていたあだ名(下ネタ)が元である。
……後書きがここまで長いと一種のネタかもしれない。
ここを逃したらタイミングがないとはいえ長文申し訳ありません。




