第117話 人違いな手配書
side テーレ
私の観光都市レグザルへの到着は、最初に予定した日程よりも少し遅くなった。
新しいマジックアイテムの『発明』に少し時間がかかってしまった。
最初は既存のものを作ればいいかと思ってたけど、マスターの前世の知識を応用した新しいシステムが思ったよりも上手く行きすぎてしまったからだ。
おかげで私の魔法制限への対策は大きく改善されたけど、その間にマスターに何かあったら元も子もない。
「私が現世にいられるんだから、生きてるのは間違いないだろうけど……ていうか、ちゃんとこの街に来てるんでしょうね」
服に仕込んだ発信器のマジックアイテムの感知距離は街の外からわかるほどの精度はないから、それなりに接近しないとわからない。街に近付いて稀に受信する反応的にレグザルにいることは間違いなさそうだけど。
無事そうなのはいいけど、私より先に街に着いているというのが不安だ。また何かやらかしてないかとか。
とりあえず、関所を通って見た感じ、街がゼット感染でパニックになってるとか大魔法で消し飛んでるとかそういうことはないみたいだから最悪の事態ではないはず。
「あいつが真面目に修行を積んでとんでもない魔法の才能に開花してたら……なんて、さすがに高望みし過ぎか。程々で、神官系の冒険者として一般的な範囲内で……」
私はマジックアイテムを揃えてかなり戦力増強できたつもりだ。
時間ができたし、そのおかげで異世界の知識を真面目に読み込んでこの世界には今までなかったような新しいタイプのマジックアイテムを作れた。
新しいということは、対応策が確立されていないということ。対人戦では出力差を補うだけの性能を発揮するだろう。
これだけでも不安のあった戦力面はかなり改善された。
正直言って、あいつが修行をサボって怠けていても無事でいてくれたらそれだけでも十分な成果だろう。
そう……何も、無理な修行とか大躍進とかを期待してるわけじゃない。そんな制御不能のリスクが高まるよりは無力なまま護られていてもらった方がやりやすい。
無事でいてくれたなら、それだけで……
「……何を考えてるんだか。そんなもん、できるだけ強くなってる方が都合がいいに決まってるのに」
あいつの従者になってからまだ五ヶ月も経っていない。
しかも、その半分近くは別行動。感情が移るような時間じゃない。あいつの奇抜な行動原理に対する驚きも熱を引いて、冷静になったはずだ。
なのに……依然として、私はあいつを単なる駒として認識できていない。あいつとの旅を、ディーレ様のための仕事と割り切れていない。
また、あいつと旅ができる……街に近付くにつれてハッキリと感じられるほどの高揚感を胸の奥に抱いている自分に困惑している。
あんな思い通りにならないやつのどこがいいのか。
あんな危なっかしいやつに『聖地創建』の鍵を握らせるなんて正気なのか。
こんなトラブル続きの旅の何が楽しいのか。
この計画は私にとってもかなり大きな賭けだ。
対策はしていると言っても、長くディーレ様の側を離れればまた他の女神からの嫌がらせが再開するかもしれない。それを考えれば、計画が上手く行かなさそうなら、さっさと転生者に見切りを付けて天界に帰還するつもりだった。
本来なら、ターレに裏切られた時点でそうするべきだった。
なのに……
「……うん、わかってる。その時点からこの仕事は、私自身の我儘だったってことは」
あの坑道で、そして狭い小屋の中で。
他でもない私がいいと、私の不幸を受け入れるとあれだけ言われたせいだ。呆れるほど馬鹿正直に『私がいい』と言われたせいだ……妙に丁寧な敬語を使うくせに、頑固な子供みたいに真っ直ぐに。
あそこで私がどうしても嫌だと言えば、あいつは私が天界に帰るのを許しただろう。
ディーレ様への信仰心を考えれば、従者を他の天使に押し付けたとしても計画そのものに支障はなかったはずだ。
結局、あいつと一緒に歩きたいと思ったのは私の側なのだろう。
確かめたかったのだろう。
本当に、ディーレ様を信仰しながら私を否定しない人間が……私が、ディーレ様の天使として生きることを肯定してくれる人間がいることを。
それが一度きりの気紛れじゃなくて、旅の終わりまで肯定し続けてくれるかどうかを。
「……全ては、ディーレ様のために。私は、ディーレ様のために」
旅の終わり……それはつまり、私かあいつの死。
私は死ねば天界に帰るだけだ。従者としての役目を終える、それだけのことだ。
だけど、転生者であるあいつは……その魂は、またどこかの世界へ転生する。全てを忘れて、単なる死者と同じように。
どんな結末であっても、それを記憶に残すのは悠久を生きる私だけ。
たとえ、不老不死になる術があったとして魂はそう長くは……いや、それ以前にあいつは不老不死になる権利を魔導書の一件で放棄した。迷いなくあっさりと。
であれば、たとえ抜け道があったとして、あいつは永遠を手にすることはないのだろう。
あいつは……私を残して消えることを肯定しているのだろう。
生命は流転するのみ。
私が多くの人間の死を『自然の摂理』として容認し、時には見殺しにしてきたのと同じように。あいつは自分自身の死を肯定しているのだろう。
……丁度、百年以上も前の今頃に死んだあの馬鹿と同じように。
「……『聖ホワイトの日』か。本当のことなんて、誰も知らないくせに」
時期がいいからとこの時期を選んだ少し前の自分自身に文句を言いたい。
待ち合わせなんて、こんな祭りなんてやってる街中じゃなくて、もっと山奥の静かな村にでもすればよかった。いや、どちらにせよこの時期は嫌なことを思い出しやすいんだけど、多少はマシだっただろう。せっかくの高揚感も台無しだ。
「『恋人たちの祝日』なんて見当違いの祝い事してんじゃないわよ。やるんなら、世界平和でも祈ってなさいっての」
街に入れたのは、夕方だった。とりあえず、暗くなる前に宿を取って荷物を置く。
待ち合わせは正午前後と決めてある。つまり半日は時間が空いている。
睡眠は馬車の中で取ったから十分だし、祭りで浮ついた街中で買い物をしようという気にもならない。
かといって、このまま宿で何もせず待っているというのも勿体ない。
「……今の内に、合流してから受ける依頼でも決めておくか」
あいつと合流したら、まずは簡単な依頼を受けて新しいアイテムの性能を見せつつ、修行の成果を見る。つまり今現在のお互いの戦力を確認する予定だ。
その上で、今後の方針を細かく決めていく。
偉業の称号取得のために、どんな方向性で実績を上げて名声を高めていくか。
あいつが解呪や治療に特化した技術を身に付けていたら多少遠回りになってもサポーターとしての売名も視野に入れていいだろう。
他の冒険者パーティーや軍の作戦に同行して後方で護られながら治療に専念する。
それも一つの実績だ。数を重ねれば偉業として認定される。
ただ、それを実際にやるのはちゃんとその技術が実戦で使えることを確認してから。
それに、できることなら最初の依頼では『どこまでできるか』の限界を見ておきたい。
他の冒険者や転生者には見せたくない、私たちの『底』というやつだ。
一応、私も実験や試験としてマジックアイテムを運用してみたけど、実戦で使わないことには本当はどの程度使えるかなんてわからない。
かといって、森の中で勝手にモンスターの巣を襲うというのも討伐依頼を受けた冒険者に詳しく調べられると後が面倒だ。依頼もないのに本気で暴れていれば盗賊行為とかを疑われて面倒な調査とかが入るかもしれないし。
後々のことを考えれば、ある程度ちゃんとした依頼を受けて、余計な詮索を避けた方がいい。
『戦力を隠したい』という要望はギルドでの仕事でなら結構ちゃんと聞き入れられる。
冒険者は悪意ある人間……いわゆる盗賊や犯罪者の討伐に関わったり、狙われたりすることもあるからだ。
ただし、合流して最初に受ける依頼はあくまで戦力確認のついで。
無用な危険は避けたいし、場合によっては即撤退。失敗扱いになっても実績に傷が付かないのが望ましい。
だとすると、最適な依頼は……
「『個人依頼』……一応、目を通しておくか」
念のため必要最低限の装備を身に付けて宿を出る。
街は『聖ホワイトの日』だけあってカップルらしき男女ばっかり。女一人で宿に部屋を取った時には微妙な顔をされたくらいだ。
別に男に振られたわけじゃないのに同情の目を向けるなっての。
ちなみに、この世界では思念波を解析して特定の感情を抽出して視界にこっそりと表示する『持っているだけで女から男への好感度が一目でわかるマジックアイテム』なんてものが……最近の転生者からは通称『ギャルゲメーター』とか呼ばれてるものが発明されたことがある(訓練でもされてなければ女の方が感情が思念波に影響しやすいから男版より先にできたらしい)。
けど、一時期は流行ったそれはあっという間に製造が中止されて伝説の代物となった……何故かって?
決まってる、真っ先に手に入れた富裕層の男達が自分に言い寄ってくる女からの真の好感度なんてもう知りたくない、知らなければよかったと嘆いて生産元に圧力をかけたからだ。
この風景もそれを使って覗いてみれば全く印象が変わってくるかもしれない。マスターの【万物鑑定】なら似たようなことができちゃいそうで怖いけど。
さて、そんなハリボテかもしれないリア充通りはさておいて。
向かうのは冒険者ギルド……決まってその裏手に建てられる、一回り小さなもう一つのギルドホーム。そこは主に依頼人が出入りしたり、仕事を選んだり待ち合わせをする冒険者が寛いだりする見栄えのいい部分から切り離された場所。
持ち込まれたモンスターの肉や薬草の管理、それに素行が悪くて犯罪者紛いのことをした不良冒険者を折檻するための仕置き部屋なんかもあったりする。
そして、そこには表に張り出されない少しグレーな依頼……依頼人の強い要望でギルドの裏取りや精査が十分でないまま発注された『個人依頼』が張り出されている。
その多くは正式な精査を待たずに病気の治療薬の原料をすぐに探してもらわないと身内が助からないとか、冒険者の命の保証ができないような危険なモンスターから獲れる素材が欲しいみたいな意味でのグレーな依頼だけど、中には少し非合法な依頼もある。
たとえば、誰それの素行調査やら、取り引きに立ち会う用心棒やら、ギルド内部の不祥事……つまり問題行動を起こした冒険者に賞金をかけて捕まえさせたり。
冒険者が持ちやすい超人性を頼った依頼や、公にできない依頼。
それらは口止め料の意味合いもあって報酬が割高だし、失敗してもあまり記録に残らない。乱獲系の依頼だったら、私たちの目的にも合うだろう。
ちなみに、ギルドの裏の建物……所謂『裏ギルド』を知るのはそれなりにベテランの冒険者だけ。血や鉄の臭いが満ちる『裏ギルド』は業界の汚い部分まで歩き慣れた熟練者の溜まり場だ。グレーな依頼がこちらにだけ掲示されているのもそれが理由の一つ。
さすがに私も、まだこの姿では冒険者としてはベテランとは言えないから変装して裏ギルドへと足を踏み入れる。
中にいるのは依頼人への印象とかを気にしないで取り引きやら依頼選びやらをやってるがらの悪い冒険者連中だ。
まあ、いくらがらが悪いなんて言っても私よりも真性の『悪』に近い性質を持った人間はいないけども……
「なんか報酬いい依頼出てねえか? 汚え仕事でもかまわねえんだがなあ」
「危ねえ仕事ならあるぜ? 誰も取らねえけどな!」
「ちっくしょー。またカジノですっちまった……口止め料でいいから余分に出してくれる仕事ねえか?」
性質的には私よりもよっぽど『善』に恵まれているはずなのに、わざわざ悪の道を選ぶ人間がいないわけじゃない。
荒事をして食べている冒険者の世界は特に。
こうして祭りで人が集まってくれば、何かおこぼれがないかと一定数の荒っぽい連中が集まってくる。
どうせ、この街はただの合流地点。
用が済んだらすぐに離れる予定だし、気にする必要は……
「おい兄弟! 新しい依頼が出たぞ! しかもこりゃ……結構ヤバそうな内容だぜ」
気にする、必要は……
「ほう……冒険者二人を生け捕り、理由は盗掘容疑か?」
「その二人は街で目撃されたばかり……実質、賞金首相手の傭兵依頼だな。この街中で人狩りとか正気か?」
「だがこの依頼額なら、受けるやつは受けるぜ。しかも御丁寧に人相書きまで……」
き、気にする、必要は……
「そ、それちょっと見せて! ちょ、ちょっとでいいから!」
「な、何だよ嬢ちゃん」
「金に困ってんのか? ほら、これ……」
人相書きを奪い取り、確認する。
二人組、この街で目撃されたばかり……いや、ないはずだ。
あいつがこの街に入ったばかりであることは間違いないだろうし、私たちが冒険者として二人で活動していることもギルドには認知されてはいるけど、まだこの街では合流していない。
だから、まず私たちとは関係ない、取り越し苦労なはずだけど……
「こっちの『狂信者』……って男は、本名不明か? 異名持ちでそれをそのまま名前代わりにしてるってのは、ない話じゃないが……」
「こっちの『テーレ』って女の方は、名前それだけか。なんか家名を明かせない理由でもあんのかねえ」
取り越し苦労……ではなかった。
いや、それよりも……想定していた事態よりも、さらに悪い。
「ど、どうして……私の人相書きが……」
どうして、私の名前で……ジャネットの身柄に、懸賞金がかかってるの?
『ギャルゲメーター』……原理的にはたぶん(表情筋や瞳孔の解析とかで)作れるけど現実的に作るといろいろな夢が壊れるので誰も作らないやつ。




