第116話 『話せばわかる』
side ジャネット・アーク
事の発端は、もう日が沈みそうな頃合いになって見つけた冒険者ギルドの建物だった。
「おっと、そういえばアーリンさんに連絡を頼まなければいけませんでした。現物は直接手渡すにしてもどこかで落ち合えるかを確認しなければ……アーク嬢、私はギルドへ立ち寄りますが、アーク嬢はどうします?」
冒険者ギルドというのは、力自慢で気性の荒い人も多い。
もちろん揉め事が起こればギルドの役員さんに止められるだろうし、冒険者じゃない私が入ったところで即問題とはならない。けど、念のために外で待つということはおかしなことじゃない。
私は、少しだけ考えて……
「私も行くよ。依頼とかのために入ることもあるし、狂信者さん一人の方が心配だからね」
ラタ市で他の冒険者から襲われたという話も聞いたし。
それは敵の転生者の攻撃だったとしても、彼が無意識に相手を怒らせる可能性もある。それなら私がいた方がいい。
「助かります。用事自体はすぐに済むので」
……私がいた方がいい。
その考えがあの結果に伝わるとは、残念なことに夢にも見ることはなかった。
狂信者さんから聞いて、用件の内容は知っていた。
アーリンさんの親戚のお爺さんから、アーリンさんへの届け物を依頼されたそうだ。
そして、それがかなり大切なものらしいから直接渡したいと。
冒険者をしながら広範囲を旅しているらしいアーリンさんだけど、それだけ大切なものがあると聞けば、ギルドを通して受け取りのための連絡ができるかもしれない。
だけど……ギルドを通じて手紙を送るに際して、ちょっとしたトラブル発生。
封書の封筒を受け取って手紙を書く段階になって、私たちはあることに気付いた。
「そういえば、私はこれの名前を知らないのですが……どう表現しましょう。お師匠様の本名も知りませんし……リジェネ道の師範からのお届け物と言って、受け取ってもらえるかどうか……」
私もアーリンさんとは知り合いだ。護衛を依頼したことがある。
けれど、お師匠さんの話とかは聞いたことがない……狂信者さんによれば、アーリンさんは何か意見の対立からお師匠さんの所を飛び出していて、端的に言えば少し険悪な関係な可能性もあるらしい。
「まあ、険悪と言いますか気まずいと言いますか………聞いていたニュアンスとしては『将来の進路について意見が合わず家出してしまったお転婆娘』みたいな感じでしたからねえ。そこまでいがみ合ってるとは思いませんが……アーリンさんの性格からすると……」
「中身はどうあれお師匠さんからのお届け物は受け取らないかもしれない……?」
「そういうことです。予測憶測推測でしかありませんが」
実際そういうこともありそうな気がする。直感だけど。
アーリンさんは筋を通すタイプのバトルマニアっていうか、折れず曲がらずっていうか、怪獣と肉弾戦しちゃうような人だしなー。
『師匠からの届け物だったら面倒な手紙とか入ってるかもしれないし逃げちゃお』とか普通に言いそう。
「かといって、中身についての情報が皆無なまま『渡したいものがある』と言っても怪しすぎますしねえ。罠だと思われる可能性もなきにしもあらずです」
「ドルイドの秘宝とか森の民の遺産って書いたら……検閲されたときちょっとマズいかも。噂ではあるけど、ギルドを通した手紙は検閲されることがあるとか……特に、その……宛先が『ドルイド』のアーリンさんだと」
「『旧都』関連の問題でしたか。確かに、森の民の一部がテロ行為に近いことを行っているという話は聞いたことがありますし、検閲というのもあり得ない話ではありませんね。それに、アーリンさんは公用語の文字が読めないので誰かに読んでもらう必要がありますし」
地味だけど難しい問題だ。
『森の民の遺産』というのは、冒険者の立場から言ってしまえば『所有権の宙に浮いた歴史的に価値のある財宝』ということになるし、森の民の立場からすれば『奪われた先祖の遺産』ということになる。
情報が洩れればトラブルが発生するのは想像に難くない。
手紙の内容を『偶然にも旅の中で入手した森の民の遺産を友人でありドルイドであるアーリンさんを通じて森の民の皆さんにお返ししたい』という平和的な文面にしたとしても、アーリンさんが最初に直接読む保証がない以上は、代読をする誰かの立場によっては正しく情報を伝えてくれないかもしれない。
少なくとも、アーリンさんが手紙を見て自分でその内容をある程度把握してくれるような感じにしないと……
「……あ、そうだ。狂信者さん、私がスケッチしてあげよっか?」
「……はい? スケッチですか?」
「うん、その届け物の絵。前ちょっとだけ見せてもらったけど、なんか紋章とか文字とか刻んであったよね? あれ、アーリンさんなら読めるんじゃない? もしかしたら、絵を見ただけでも大切なものだってわかってくれるかも」
森の民は文字が読めないと言われることがあるけど、それは正確じゃない。
正しくは、ガロム中央会議連盟で使われてる公用語の文字に馴染みがないだけで、彼らには彼らの先祖から伝わった文字がある。
私たちから見て装飾の一部にしか見えない部分であっても、アーリンさんならそれがどんな意味を持つのかがわかるかもしれないし、森の民の文化に疎い人ならそれが大切なものかどうかはわからない。
少なくとも、文面で『価値のある遺産』なんて書くよりはマシなはずだ。
「なるほど……さすがはアーク嬢。その手で行きましょう」
そう言って、手元を隠す仕切りを近くの席から集めてきて私たちの間を周りから隠して、布に包まれた例の『森の民の遺産』を懐から出す狂信者さん。
場所は狭くなるけど、必要以上の人に現物を見られたくはないししょうがない。
「さらに念のため、文面は『森の民に関連する物品らしいのですが、ドルイドのアーリンさんに直接見ていただきたいので、今度会える機会をいただきたい』という風にしておきましょうか。これなら噓はありませんが、価値のある物品かどうか第三者にもわかりませんし」
「そうだね。『森の民』に関わる品物自体は冒険者の間じゃ珍しくはないから、それなら単なる鑑定依頼かなにかだと思ってもらえそう。もっとよく見せて」
「はい、どうぞ」
絵はそこそこ得意な方だ。芸術家みたいに価値のある作品を創るなんて技術はないけど、見たものを見たまんまに書き写すくらいなら難しくはない。
それに、あんまり詳しく描いて森の民についての知識のある人たちが何かに気付いても困るし、特徴と要点をある程度押さえておいて『森の民のものっぽい』くらいに伝わればいい。
「こんな感じで宝石がはまってるのも絵ではよくわからないくらいで……裏にも何か特徴があったら……」
貴重なものだから直接触らないように、包んでいた布越しにひっくり返す。
すると、裏には幾つかレリーフに紛れた溝が刻まれていた。そこで、私はその中の一部が、不思議な色合いに輝いて見えるように気付いた。
「これは……あ、表面の宝石を通して向こうの明かりが……」
単純な仕組みに気付いて、反射的にその光をさらによく見ようと意識を集中した。意識をよく集中してしまった。
その瞬間、私の直感はその光の向こうから私を覗き込む『 』の存在を確信した。
side 狂信者
「きゃ、キャァアアア!」
「アーク嬢! 大丈夫ですか!」
思わぬ急変。
森の民の遺産である黒い木板の裏側を覗き込んだアーク嬢が、まるで恐ろしいものでも見たかのように悲鳴を上げ、椅子事後ろに倒れてしまいました。
何が起こったのか……いや、今はそれよりも。
「落ち着いてください! 頭は打っていませんか? 気をしっかり持ってください」
「い、いま、な、なんかすごい、おおきい何かが、『あっち側』に……」
そう言って指差すのは、何もない空中。強いて言うのならそのさらに先にギルドの中を照らす灯りがある程度。
しかし、先程のアーク嬢の位置を考えると、黒い木板の裏を覗き込んで見えた反対側……いえ、『向こう側』に何かが見えたということでしょうか。
とりあえず木板を布で包み直し、灯りからも隠します。
木板がどこかに『繋がっている』のか、それともそこにありながら理解を超えていて見えてはならないものが『見えてしまう』のか、それはわかりませんが、彼女がここまで動揺するのならただ事ではないのでしょう。
「もう、あれは覆い隠しました。大丈夫、冷静に……」
「はあ、はあ、はあ……」
肩で息をしながら顔を手で覆うアーク嬢。
これなら、時間が経てば回復しそうですね。一応、できることなら専門の方に見せるべきかもしれませんが、精神的ショックによる動揺の範囲内と言えそうです。
「おい、どうした!?」
「すごい悲鳴だったぞ!」
「何があった!?」
まずは、この状態をどう説明するべきか。
冒険者ギルドの皆さんは危険に敏感なようで、アーク嬢の良く響く悲鳴を聞いて無反応ではいられなかったようです。直近の危険はありませんし、冷静に状況を説明すれば……おや? 肩に誰かの手が……
「おい。てめえ、ギルドで一般人に何やってんだよ?」
…………ああー。なるほど、確かに。
客観的に見れば、顔を突き合わせてコソコソやっていた私がアーク嬢に何やら無礼を働いたようにしか見えませんね。迂闊に詳細のわからないものを見せてしまったという点では間違っていませんし。
正義漢と呼べるような方からすれば、私に怒りを感じるのは当然のこと。
今もアーク嬢の顔は青ざめていて、尋常ではない事態が起こったとしか思えない状態ですし。
これで『なんでもありません』は通らないでしょう。
どうしたものか……
「ち、ちち、ちが、ちがいます! 今のは、わ、わたしが……」
「……とりあえず、その子から離れろや。言い訳は後で聞いてやる」
おっと、アーク嬢は私の弁護を試みてくださったようですが、逆効果だったようです。青ざめたままで、これでは私に脅されて助けを求められない状況にも見えますし。
「失礼、お騒がせしました。ですが……」
「黙れや。なんにしろ加害者はお前だろ?」
そういって、私の肩に手をかけている方の仲間らしき冒険者の女性がアーク嬢を私から引き離しました。
やれやれ、アーク嬢がまともに話せるようになる前に私が袋叩きにされそうですねえ。
とりあえず手を上げて立ち上がり、私の肩を掴んでいた男性に正対します。
白銀色に磨かれた鱗状の装甲を繋ぎあわせたスケイルメイルに、宝石で彩られたマジックアイテムらしき装飾品の数々という見るからに上等な装備に、強いプレッシャー……只者ではなさそうな雰囲気です。
ギルドの中では敢えて武装を整えておくことで依頼主や同業者に力を示すことも多いらしいですが、この装備といい、周りの雰囲気が彼に全てを任せる空気になっていることといい、このギルドで一目置かれる存在であるのは間違いないご様子。
「ギルドで女に手を上げるとは、いい度胸じゃねえか」
このままだと、痴漢冤罪のごとく私が釈明も反論も許されない立場に追いやられそうです。そうなってしまうとアーク嬢からの弁護があってもあちらの面子が立たず収まりが付かなくなる。
そんな面倒なことになっては、テーレさんに怒られてしまいます。
とりあえずは……
「彼女を傷付けてしまったことには謝罪したいのですが、その前に一つだけよろしいでしょうか?」
「……なんだ? 女に手を出した言い訳か?」
完全に責めるような口調が逆に私が悪という流れを確定させようとしていますね。ここで『これは事故です』と言ったとしても、見苦しい釈明にしか見えません。
幸いにも被害者であるアーク嬢は私の味方ですし、彼女が回復するまで間を持たせれば丸く収まります。
「彼女に手を出した、という表現が正しいかはわかりませんが。確かに彼女を驚かせてしまったことは私に落ち度があります。これほど驚かせてしまうとは思いませんでした。まあ、確かにその可能性は考えておくべきかもしれませんでしたが」
「……ただ驚かされた、なんて悲鳴じゃなかったように聞こえたが? 何したら女がいきなりあんな顔青くしてぶっ倒れるんだよ」
「そうです。そこです、私も予想がつかなかったのですよ」
私は嘘は口にしません。
しかし、『ドルイドの遺産』を取り出してここで見せるわけには行きません。
ならば、時系列をずらして誤魔化すことにしましょう。
「まさか、旅の道中で見つけた『魔導書』の内容をお話した相手があんな状態になってしまうとは。私は大して問題なく読了できたので」
場の空気が凍り付きました。
それはまあ……そうでしょうねえ。『魔導書』といえば、『読めば呪われる』とすら言われるもの。
このギルドに来る前、馬車の中で話したことですが、アーク嬢も『呪われるといけないから詳しい内容は言わないで』と注意されたくらいです。
ですので話したのは概要だけでしたが……この世界には実際に文面を口伝しただけで呪いが伝染する魔導書があるという噂もないわけではありません。
そして、その呪いは精神抵抗力によっては防げてしまうもの。
人によっては『自分は呪いを受けずともそれを他人に伝達してしまう』という事態はあり得るでしょう。
つまり、私は『自覚なく自身は症状がほとんど出ないまま新種の病原菌を拡散させる保菌者』というような立場になるわけです。
「……魔導書の中身を、話したのか?」
「ほんの概要だけです。現物で仕掛けが施されていたのは挿絵だったので言葉で語る程度は問題ないと考えたのですが、どうやら彼女の様子を見ると文面にも幻覚を引き起こすような要素があった可能性も否定できません。これは私の不注意です」
冒険者としては、冒険の過程で見つけた魔導書の内容を一般人に教えて呪いの感染という危険を冒すというのは凡ミスでは済まない大失態ですが、詳細のわからないアイテムを見せて動揺させてしまったという事実と大差はありません。
アーク嬢の症状も客観的に見れば一時的な幻覚とそれに対する驚愕。魔導書の呪いの影響として考えれば非常に軽い部類です。
ギルドから厳重注意は受けるかもしれませんが、それについては甘んじて受け入れましょう。
「……チッ、呪い持ちか」
おや、プレッシャーが軽く……
むしろ不注意を責めたてられても仕方のない場面かと思っていたのですが、どうしたことでしょう。
とりあえず、私に発言の機会があるというのなら穏便に事が済むようにできることをしましょう。
「私の故郷の偉人の名言に『話せばわかる』というものがあります。彼女に謝罪をするのは当然ですが、皆さんをお騒がせしたのも確かなこと。申し訳ありません、さらに詳細を話せというのであれば……」
周りの皆さんが『やめろ馬鹿!』という表情をしましたね。
まあ、それはそうですか。誰も好き好んで呪いを受けるかもしれない魔導書の内容など聞きたくはありませんか。
しかし、目の前の彼だけは何やら違った様子。
私の言葉に思うところがあったのか……探るように、小さな声で私にこう……問いかけてきました。
「今の、『イヌカイツヨシ』か?」
イヌカイツヨシ……犬養毅?
『話せばわかる』という言葉から、それがわかるということは……そういうことですか?
「はい、故郷の総理大臣の言葉です。もしや、同郷の方でしたかな?」
「…………はっはっはっ! なんだ、お前もかよ! そうか、それなら仕方ないな!」
肩を掴むのをやめ、バンバンと痛いほどに叩いてきます。
一瞬にしてすごい態度の変わり様です。アーク嬢を確保したお仲間の女性にも目配せして、アーク嬢を解放させました。彼女も急展開に驚いたおかげか、先程の遺産による動揺が抜けてしまったようです。
「おい! みんな、こいつを責めないでやってくれ! お前も次から気を付けろよな! はっはっはっ!」
一気に和らぐ……いえ、反論を許さない大きな声に鎮静されるギルド内。
そして、彼は私の耳元で囁くように言葉をかけて、私とアーク嬢にギルドから去るように促しました。
私はアーク嬢を立たせ、騒ぎにならない内に外へと出ます。
「きょ、狂信者さん。ごめん……でも、さっきの人……」
「ええ、大丈夫です。手紙も、後でほとぼりが冷めてから出し直せばいいでしょう。しかし……困りましたね、またテーレさんに怒られてしまいそうです」
あれほど、注意を向けられないようにと警戒しながら行動していたのに、このタイミングで偶然に接触してしまうとは……
『同じ転生者のよしみだ。ここは俺が収めてやる……せっかくの異世界だ、お互い邪魔せず、楽しもうぜ』
テーレさんとの合流も、何事も無くとはいかないかもしれませんねえ。




