第115話 友情に乾杯
side 狂信者
はてさて、光陰矢の如しと言いますが、楽しい時は尚のこと速く流れるもの。
いつしか同じ道を行く馬車の数は増え、ついにはちょっとした渋滞に陥りながらも辿り着いたのは観光都市レグザル。
私がこの街を訪れるのは三度目ですが前回と前々回は乗合馬車の乗り換えで寄っただけでほぼ素通り。ちゃんと目にできるのは初めてのことです。
「いやあ……聞いてたとおりではありますが、確かに言われてみれば高地に城壁、それに物資輸送が速やかに行える石畳。立派な要塞ですねえ」
道中アーク嬢から語られた豆知識によれば、ここは戦乱の時代に造られた要塞都市をリサイクルしたものなのだとか。
戦乱の中で生まれた城壁の穴……弓矢やら大砲ではなく射線上のあらゆる物質を消し飛ばす光線兵器らしきものを複数撃ち込まれたようにしか見えない妙に断面の滑らかな大穴を新たな出入り口として、元々長距離移動における要点を押さえるように置かれた軍事基地としての立地の良さを観光客の集めやすさに利用した大胆な施設転用。
戦乱の時代は争いに使われていたものが平和利用されているというふうに考えれば非常に喜ぶべきことだと思います。
しかし……戦争の記憶を刻んだ貴重な遺跡が娯楽に傾いた場所になってしまうというのは、どうなんでしょうねえ。
「貴重な遺跡って……大げさすぎない? 戦乱の時代の痕跡なんて古めの街ならどこにでもあるし……旧都とかなら確かにそうかもしれないけど」
「まあ、そうですね。価値観の相違というより、戦争後に高度成長期があった日本と未だにモンスターとの戦争の続くこの国での環境の違いですかね。戦争の遺産が大事にされるのは平和が訪れたからこそ。逆に言えば、戦争の傷痕に現実感を感じにくくなって来てようやく『平和になった』と言えるのかもしれませんねえ」
「『平和』かー……中央の方は『平和』なのかなー。地方の街と違って壁に囲まれてないらしいし」
テーレさんやアーク嬢から聞いた話を総称すると、『地方』と『中央』と呼ばれる地域の大きな違いの一つが『街』が防衛目的の城壁によって囲まれているか否かだそうです。
まあ、もちろん例外はありますが、そもそも街を囲む壁は森に住むモンスターへの対策なのです。
私たちがこれまで旅をして立ち寄ってきた地方の街というのは単なる人間の居住区ではなく、場合によっては門を閉じて自給自足の防衛施設として利用できるように設計された砦。
そして、冒険者や軍が補給を受けて周囲を巡回し、モンスターの討伐や公道の整備などを絶やさず続け『森』の浸食を防ぐための人類域の防衛の要なのだとか。
そうしなければ、この世界の強靭な動植物は瞬く間に生存域を拡大し、その結果として人類域はどんどん狭まっていくのだそうで。
このレグザルも、大穴は空いてしまっているものの城壁自体は健在であり、限られた穴を塞いで防御すれば堅固な防衛施設として機能するでしょう。
そんなことが必要となる事態が起きないのが一番なのでしょうが……
「ここも『平和』が前提の街であることは変わりないかもしれませんね。施設としての防衛力は十分だとしても、観光都市といえば人口過密が当たり前。そう考えると、ここが防衛目的で運用された場合……あるいは何か大規模な騒動が起きた場合は内部の人間のパニックで被害が出そうな気がします。治療院での騒動がレグザルに波及しないように早期解決を選びましたが……実際にこちらまでゼットさんが手を伸ばしていれば想定していた以上の事態になっていたかもしれません。今の時期はイベントで人口が特に多いというのもありましょうが」
「確かに、一応巡回とかも強化されてるはずだけど人の増え方はそれ以上だからねー……何回も来たわけじゃないけど今年は人が多い方みたいだし、街に入れるようになるまでまだ結構時間かかりそう」
テーレさんとの合流日程については、乗合馬車が事故や天候によって遅れることなどもよくあるために一週間ほどの幅を持たせてありますから問題はありませんが……これだけの渋滞だと、街に入るころにはお昼を少し過ぎてしまいますかね。
「アーク嬢、テーレさんとの待ち合わせは所定の店で正午前後に……ということになっているのですが、どうやら今日は無理そうですね。街に入る頃にはその時間を過ぎてしまいます。まあ、明日同じ店に行けばいいのですが……一日、暇になってしまいますねえ。これだけ人口密度が多いとテーレさんとばったり遭遇できるという可能性にもあまり期待できなさそうですし」
一日待てば会えるという状況で偶然の遭遇という幸運を望むというのももったいない話ですし。もちろん、テーレさんとすぐに会えるのならなによりなのですが、再会を楽しみに待つこと自体も悪くはないもの。
それならば風習に従って仲睦まじい男女を祝福して周り善行を積むというのも……いえ、あまり目立つことをすると後で怒られそうです。どうしたものか……ああ、そういえば。
「そうだねー。まあ、ずっと修行詰めだったなら、今日はそのご褒美だと思ってお祭りでも楽しんだら? せっかくの観光都市なんだし」
「そうですねえ。では、お言葉に甘えましょうか。ところでアーク嬢……街に入ってから、お時間はありますか?」
「え? まあ、商会に商品入れて馬車置いてきたらちょっと暇になるけど。この人の数だとあっちの事務も時間かかるだろうし……え、なんで?」
「いえ、お時間があるのならば……一緒にお祭りを楽しみませんか?」
「……テーレさんとじゃなくて、私と?」
side ジャネット・アーク
この観光都市レグザルは『祭の絶えない街』なんて呼ばれることもある。
立地を最大限に活かして季節にちなんだイベントを盛んに取り上げて、街ぐるみで人を集めることで栄えている街だ。
そして、今は『聖ホワイトの日』にちなんだ結婚シーズン。
夫婦や恋人、あるいはそれ未満の関係でも男女ペアで行動していればほとんどの店で割引が利く。『仲睦まじい男女に贈り物をして祝福する』という風習を、買い物の料金の一部を還元するという形で成立させつつ、お得感を出して逆に購入意欲を上げている。
だから、せっかくお祭りを楽しむのなら男女ペアになって……関係が『友達』であっても、一緒に行動して割引してもらうというのは確かにお得だし、合理的だ。
けれど……
「きょ、狂信者さん……やっぱり、こういうのは……」
「商人たるもの、銅貨の一枚でも出費を抑えられるのならばそうするべきである……道中でそう言っていたのは、アーク嬢では? それとも、私と『友達』として振る舞うのは不快ですか? それならば無理強いはしませんが」
「え、いや……そういうわけではないけど」
基本的には一緒に入店したり、自分たちの関係を口で言ったりするだけで割引が適用されるところが多い。
けど、中には本当にそうかって確認するためのちょっとしたテスト……たとえば、手を繋いだりだとか、スプーンでパートナーの口に料理を運んだりとか、そういうのが必要だったり、そういうのをすると割引がさらにお得になったりする。
でも……
「不快ではないよ? でも……恥ずかしいというか、テーレ様に悪いというか」
「テーレさんもアーク嬢と私が一緒に行動することに対して怒ったりはしないと思いますよ。では、こう考えてください。アーク嬢との買い物や食事はテーレさんと合流した後に勧めるための下見になります。ご協力いただければ幸いです」
「え、でも……」
「逆にお尋ねしますが、私とアーク嬢は友人だと思っていたのは私だけなのでしょうか。ちょっとショックです。このイベントはちゃんと『夫婦・恋人・友人』に向けられたものであって何も嘘も不正もなければ自然体で大丈夫だと考えての提案でしたのに……」
「い、いや! ちゃんと私も友達だと思ってるからね! それに狂信者さんと一緒に店とか回るのは……まあ、楽しそうだと思うし……」
「でしたら安心しました。しかし、むしろ今のこの街では共に行動しながら割引を回避する方が難しいかと。兄妹設定にするという手はなくはありませんが、私は嘘が嫌いです。聞かれたら真実を答えますし、面倒を避けるのならば嘘をつかず『友達』として振る舞うのが一番でしょう」
「うっ、く……」
結局、押し切られてしまった。
まあ、私もどうしても嫌だったわけじゃないし……ただちょっと、テーレ様に悪いってだけで。
テーレ様と彼のことだから、関係としてはそういう形で進展してはいないだろうし、テーレ様は『合理的な判断』として割引のために彼が私と行動することを選んだとちゃんと理解してくれるとは思う。
私が躊躇したのは、便宜上とはいえ天使様から彼を勝手に『借りる』形になるのが気が引けるというのと、私自身があんまり、その……相手が男の人じゃなくても、友達とこういう派手なお祭りを楽しむみたいな経験がなかったから。
収穫祭を楽しんだりとかはあったけど、ド田舎過ぎて露店とかってものすらなかったし。
何かうっかり場違いなことをして、呆れられたりしないかとかそんな心配をしていた。
だけど……
「これから先、本格的な冬季ということですがこの世界の『季節の移り変わり』にまつわる神話的解釈は……」
「ああ、それだったら星の司る天使様たちのお休みの時期が決まっててそのバランスで……」
「こちらの世界の神話の一つでは大地の恵みを司る女神デメテル様とその娘のペルセポネ様、さらにそのペルセポネ様に恋をしてしまった冥王ハデス様との色恋が発端となり……」
困ったことに、彼と二人で話す過ごすは思ったより楽しい。
店で珍しいものを見て、彼が質問して、私が知ってれば答えて知らなければ店の人に聞いて、おいしそうなものに足を止めたら彼が買ってくれて二人で食べて、その合間に他愛のない話……主にお互いの世界の神話についての話だったりするんだけど、それで意見や解釈を出し合って、ちょっとだけ論議をして。
楽しめるかどうかの心配どころか、もしもこんな光景をテーレ様に見られてしまったら、勘違いされてしまうかもしれないと心配になる程度には、私の顔は綻んでしまっていると思う。
思えば、私にはこれまでこういう『友達』はあんまりいなかった。
神託をもらう前は、山間の忘れ去られたような小さな村にいた。けれど、その時もここまで親しげに話せる人はいなかった……いや、仲がよくて一緒に遊ぶ友達はたくさんいたけど、こういう話をする友達はいなかった。
本当に、小さくて、平和で、難しいことを考えなくても生きていける村だった。
神様の話は伝わっていたけど、日々の恵みと平和に感謝して無事な明日を祈るだけ……村長とか一部の人を除いたら、文字もお金の使い方も知らなくても生きていける場所だった。
今思えば、そんな中で幼い頃の私は少しだけ変わっていた子供だったと思う。
別に、みんなと違うことがしたかったわけじゃない。ただ、みんなに感じられない空気や予感を当たり前に感じていて、困っていたらどうしたらいいかを教えてくれる声が聞こえることがあったりして、ちょっと変な子だと思われていた気がする。
そんな私が村を出ると言った時には、さすがに『ちょっと変わってる』じゃすまなくて猛反対されたけど。
まあ、村の外は普通にモンスターの世界だったからそんな中を武器も持たない小娘が一人出て行くなんて自殺とも思われても仕方なかったかもしれない。
それで、村から出て商人を始めてからも物価の情報とか流行とかで情報交換する商人仲間は何人かいるけど……こういう話で盛り上がれる相手はいなかった。
狂信者さんと会うまでは。
「いやあ……楽しいですね。もう夕暮れ時ですか。アーク嬢のお話は本当に面白い、時間を忘れてしまいます」
「狂信者さんの話だって……なんで、こんなに楽しいだろうってくらいに、楽しい。本当に……どうしてかな?」
主神様の話を初めて信じてくれた人だから?
それとも、転生者だから?
わからない。わからないけど……こういうのは、悪くない。
ひとしきり遊び尽くした頃合いで、狂信者さんは意外なことを口にした。オシャレな店で運ばれてきたかわいいチーズケーキをつつきながら、少しだけいつもの笑みを薄れさせて。
きっと、『転生』する前も彼はこんな感じだったのだろうと思っていた私にとって……本当に、意外な話。
「……私の故郷、『日本』という国は『宗教の自由』があまりない国だったのですよ」
「……え?」
「いえ、一応建前としては『宗教の自由』というのは法的にも認められたもので、何を信仰しているかで罰を受けたりすることはありませんでした。しかし……本当の意味での『信仰心』を持つことは、あまり認められていなかったのですよ。つまりは『宗教の自由』というのは『ファッションの自由』であって、心の在り方の自由ではなかった。どんなに偉大なる聖人君子や神々の教えであろうと、本気でそれに殉ずる者は白い目で見られました。少なくとも、私の生まれ育った環境では」
想像が付かない。
この人がそんな世界で生きていたなんて……いや、でも彼は噓をつかない人だ。だからきっと、それは真実。少なくとも、彼自身の周りの世界では真実だったはずだ。
そして……彼は、『どうでもいいことですが』とでも前置きするように表情を変えた。感傷を持たず、淡々と客観的な事実を述べるように。
「今思えば、あの世界はあの世界で『拝金主義』や『利己主義』にでも傾倒していたのでしょうねえ。儲からないことをするな、金に繋がること以外は余分だから暇なときにでもやれ、まずは自分が最も得をすることを第一に考えろ……クックッ、私が献血に協力したときなどは母親が嫌な顔をしたものです。お金がもらえるわけでもないのに名も知らぬ他人のために血を差し出すなど信じられないとばかりに。まあ、私も当時は特定の神を信仰していたわけではありませんでしたし、気紛れのようなものでしたがねえ……ただ、通りがかった機会に『善いこと』をしてみただけで、あんな顔をされたのは地味にショックでした。私はただ……宗教というのはあまりわかりませんが、ただ正しく生きるにはどうすべきかを求めていただけなのに」
この世界でも……それは、全く当てはまらない話じゃない。
信仰は精神力の増強や魔法の強さに繋がるから推奨されてはいるけど、逆に『魔法を使うわけでもないのに信仰心がある』ってなると少しおかしな目で見られることもある。
ただ信仰したいだけ、神様に尽くしたいだけという人はどんなに善良だとしても神殿とかで出世できないことも多い。
私だって……別に、主神様からの加護や『□□□□』を見つけたらご褒美があるかもしれないからと旅をしているわけではないけど、きっと他の人からは理解されにくい部分があると思う。
「これまで、アーク嬢が初めてかもしれません。こんなふうに、真剣に神話や真理についての議論を交わせる方は。これは私側の感想でしかありませんが……だから、楽しいのですかねえ。初めてのここまで趣味が合う友達です。得意な話題を真剣に話しても引かれない、稀有な友人です」
そっか……うん、そうだよね。
彼は自分らしく生きて、自分らしさを貫いてる。私だって、私自身の生き方にそれなりに誇りを持ってるつもりでいる。
でも……やっぱり、少し寂しくならないわけじゃない。
信仰する神様が違っても、生まれ育った世界が違っても……互いの生き方に共感できる友達になれた。
これは信じられないくらいの『幸運』だ。
「狂信者さん。乾杯しよっか」
「構いませんが、何についての乾杯ですか?」
「もちろん……趣味の合う、ちょっとレアな友達と出会えた幸運に」
私が自分の側のグラスを傾けると、狂信者さんも少しだけ考えてから、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「ええ、それはいいですね。あなたのような友人と出会えた幸運に、そしてその幸運を招き寄せた日頃の善行とそれを見守ってくださる女神ディーレへ」
「じゃあ私は、本来会うはずのなかった異世界人との出会いをくれた、混沌と秩序を司る主神様に」
二人で軽く、グラスをぶつけ合う。
これくらいなら、テーレ様も許してくれるよね。
「「乾杯」」




