第101話 地仙子弟
side ???
力がほしい。
何度思ったことだろう。
力さえあれば、もっと強ければ、誰よりも強くなれれば。
故郷を失って無力を痛感し、放浪の中で幾度も暴力に脅かされ、弱かったことで多くを奪われた。
強くなりたいと願うことの何が悪い。
私は力が欲しい。そのためだったらどんな苦痛にも耐えてみせるし、必要なら命だって差し出す。
「なのに……師匠と来たら、なんで私には……」
何だってすると懇願しても、必ずやり遂げてみせると言っても、種族差以外で埋められる差を血の滲むような鍛練で埋め続けていても、師匠は私に最後の強さを与えてくれない。
流派に伝わる奥義を教えてくれない。
師匠は、奥義は私には扱えないものだという。
本当に教えてほしいのなら、力を求めるのをやめろと。今持っている力を、人助けにでも使ってみろという。
それだけは、嫌なことだ。
よりにもよって、私が鍛練を重ねて得た力を『人助け』なんかに使ってたまるか。
よりにもよって……
「人間なんかのために……ン、人間の匂い?」
正確には、人間の血の臭い。
それも複数。急斜面の細道の下辺りから。
「馬の匂いもする。昨日の土砂崩れに巻き込まれた馬車でもいたのか?」
放置しておいてもいい。
今、人間がこの山に来て死んだとしても、それは無用心に山に来た人間が悪い。そんな馬鹿な人間は土に還ればいい。その方が自然のためにもなる。
けれど……
「ま、死んでたら埋めておけば師範に『人助けしてやった』って言えるか。あれのストックも少ないし」
生きてたら死ぬのを待って埋めてやろう。
何なら、死んだ方がマシな状態なら止めを刺してやる。
斜面を降りて、様子を見る。
谷底で動かないということは、無傷ではないだろうし、どうせ死んでるか死にかけか……
「おお、女神ディーレの加護に感謝します。いや、本当に……すみませんが、皆さんを運び出してくれませんか? でないと私も脱出できないのです」
…………身体の大部分が石化した男がちょっとした小屋並みに大きな岩を支えながらこっちに話しかけてきた。
いや、なにその状況。というか、血の臭いは足下に転がってる他の人間達? え、まさかこいつ落石からこいつらを守ってるの?
「えっと……いつからここに?」
「あー……正確な時間はわかりませんが、土砂崩れの直後からですね。さすがに少し疲れて来ました」
ちなみに、今は昼時。
土砂崩れが起きたのは昨日の夕方のことだった。
side 狂信者
はてさて、時間は前後しまして。
何故にこのような事態になっているかという話ですが……まあ、シンプルに言えば私のケアレスミスです。
「ヒャッハー! 騙されたな! この馬車は山向こうへ行く乗合馬車なんかじゃねえ! 殺されたくなきゃ有り金全部よこしな!」
……とまあ、そういうことです。
レグザルでテーレさんと別行動を開始し、その後は乗合馬車や商隊をシロヤナギさんと乗り継いで『後はあそこで長距離の馬車に乗ればええ』と教えてもらったのですが……乗合所で騙されてしまったようです。
まあ、ライリーさんの悪意探知がない今、私の人間を見る目なんてこんなものですよ。
素直に名演技にしてやられたと思いましょう。
ということで、勉強料として投げ銭代わりの財布譲渡と相成りました。
「おうおう、そうそう無駄に暴れたりしなきゃここで降ろすだけにしてやんよ! 街まで道なりに歩けば夜には着くさ!」
あちらとしても、無駄に殺戮を行った所で利益はありませんしねえ。
死に物狂いの抵抗で怪我をするのも嫌でしょうし、捕まったときに罪が重くなるよりは獲物が大人しく金目のものだけを置いて逃げてくれた方か都合が良いでしょう。
私としても、わざわざ戦っても益はあまりありません。
盗賊は御者の方と護衛と称して堂々と武装していた方が二人、計三人。対してこちらは私を含め老若男女のしめて四人(私の体内のゼットさんは生後一週間ほどで小さな子供なので無賃乗車でノーカウントです)。
テーレさんがいればまだしも、私一人では勝てるという保証もありませんし、仮に彼らの武装が見かけ倒しだったとしても人質を取られれば私では対処に困ります。
ということで、テーレさんから与えられていた財布くん壱号の出番になりました。
簡単に言ってしまえばこういう時に無抵抗で渡してもいい、不自然でない程度の少ない金額が入った小銭入れ代わりの財布なのですが。
「よっしゃー! 街の衛兵が来る前にトンズラだ!」
銅貨がジャラジャラと入った財布くん壱号を手にし、私たち乗客を無傷で降ろして意気揚々と去っていく偽乗合馬車。
トボトボと街へ引き返す私たちの背後で……『ガコン』という物音が。
他の皆さんは一瞬だけ振り返りましたが、もう関わりたくないのかさっさと街へ歩を進めました。
狭い道の端から馬車の後輪が脱輪し、頭を抱える三人をしばらく観察していた私以外の皆さんは。
「あの……馬車を押すの、手伝いましょうか? 見た限り、もう少しといった様子ですが」
声をかけると機嫌が悪かったのかかなり怪訝な顔をされました。
しかし、汗だくになって押していてもなかなか思うように行かず、八つ当たりする気力もない様子。
「このままでは、街の衛兵の方々が来て困るのでしょう? 馬車を捨てるのはコスト的に大赤字になるというのなら早く何とかしたいのでは?」
「てめえ……わかってんのか? あたしらはあんたを騙して……」
「ええ、ですので対価として私の財布を返して貰いたいのです。中身の貨幣は別にいいので、袋だけでも返してください。あれは私の大切な方が作ってくれたものなので、捨ててもいいと言われていますができるのなら回収したいのです」
「……チッ、中身銅貨ばっかじゃねえか貧乏客め! いいよ、馬車がどうにかなったら中身ごと返してやるからさっさと手伝え!」
「ではさっそく、いち、にの、さん!」
数分後。
無事、馬車は道に復帰しました。
「ふう……じゃ、じゃあたしらは衛兵が来る前におさらばするぜ! 飛ばせー! ヒャッ」
ベキン!
「ハゥア!?」
脱輪の時にダメージがあったのでしょうかね。
今度は車輪が外れてしまいました。
おそらくは馬車も盗品なのか、直せる技術者がいないようでまた頭を抱える三人。
そして、私の方をチラリと気まずそうに……
「ふむ……テーレさんがジャネットさんの馬車を直しているのを見させてもらってよかった。応急処置程度ならなんとかなりそうですが……失礼ながら、今回の仕事で得られた財布だけ持ち逃げするのと財布は手放して馬車を持ち帰るのなら、どちらの方があなた方にとって損害少ないのですか? できることなら先程の皆さんにも返還したいのですが」
「……あんまり欲張ると、痛い目を見るぞ?」
「失礼ながら、私防御だけならそれなりに自信がありますので、衛兵の方がいらっしゃるまで我慢比べというのもありかなと。あ、ちなみに私、冒険者をしておりまして僭越ながら異名などというものを賜っておりまして……」
「げっ、異名持ちかよ……いや、ならなんであたしらを力尽くで捕まえようとしないんだよ」
「現在の私は少々隠密的な用件の最中なので。ついでに言えば、私はさっきも言ったとおり攻撃手段というものはあまり……いえ、全くないわけではないのですがさほど自信がないので。万が一死人が出てしまうと身分を曝すこととなり本来の用件に差し支えます」
三人がスクラムを組みました。
作戦会議のようです。
「おいどうする、こいつめっちゃ胡散臭いぞ。関わらない方がよくないか?」
「けど馬車どうすんだい? これなくなったら雨風凌げなくなるだろう?」
「てか、わざわざ俺達の前に残ってる時点で襲われても返り討ちにできる自信があるってことだろ! 冒険者ってヤバい奴はホントにヤバいんだって!」
「ならなんでそんなヤバい奴があたしらの手伝いなんてしてくれるっていうんだい!? 今回の稼ぎだってヤバい冒険者連中の稼ぎと比べりゃ大したことなかっただろう!」
「だったら異名持ちってのは自分を強く見せるためのブラフか?」
「いや、財布を取り返せば俺らみたいな雑魚はどうでもいいとか?」
「なら馬車直す手伝いしなくていいだろう?」
議論紛糾。
やれやれ、人はどうして善意というものを素直に受け取りたいのに受け取れないものなのか。まあ、職業病なのですかね。冒険者は基本的には敵対関係でしょうし。
「仕方がありません。私の善意に根拠が必要だというのなら、宣言しましょう……女神ディーレの信徒として、私があなた方を助けたいという言葉と行動に噓がないことを私の内の善意に誓います! さあ、きっとその不幸の連続は私に対するあなた方を助けろということです! 私に善行を積ませてください!」
「「「こいつディーレ教徒のヤバいやつだ!」」」
そうして、その後も相次ぐ馬車馬の不調、地震による盗賊さんの一人の転落事故などの危機をどうにか退けたものの……最後に襲い来る圧倒的な自然の力と言える土砂崩れにより馬車ごと谷底へ転落。
何とか巨大な落石を私の【石化】で受け止めたものの、他の皆さんは落下ダメージや脚の負傷などによって動けず、私も石化によって身動きできない状況となり膠着していたわけです。
そして現在。
私は偶然にも近くを通りかかったらしき周辺住民らしき女性に事情を説明しているわけです。
「私一人なら解除直後に脱出できないことはなさそうなのですが、それをやると盗賊の皆さんが圧死してしまうのでどうしようもなく……」
「……いや、アホじゃないあんた。騙されたんならほっときゃいいじゃない。助ける義理なんてないんだし」
「いえいえ、話してみればそこまで悪い人ではありませんでしたよ。食い詰めて違法な手段に訴えるしかなくなっても如何にして人を傷付けずに所持金だけを奪うかという思索に明け暮れたというエピソードは特に面白かったですし……しかし、まあ悪いことをしたのは否定できませんし、逮捕されるのは仕方ないでしょう。このまま罪の償いもできず死んでしまうよりマシです。ですので街に助けを……」
「……死にそうにないなこいつ。これ放って帰ったら師範にまたなんか言われそうだ」
「あの……この状態、わりと辛いのですが。街まで行くのが面倒なら、せめてこの三人だけでも岩の下からどけてもらえませんか? 身を硬くしてダメージを防いだ私と違い彼らはかなり弱っているので」
「……いいよ、助けてあげる。ただし、条件が一つある」
「何でしょう? 女神ディーレへの信仰に背くようなこと以外なら大抵は聞きますが……」
「女神ディーレって、善意の女神だっけ。なら、私を助けると思って頼まれてよ」
そう言って、女性は私の支えている岩に手をかけました。
そして、もう片方の手で固く拳を握ると……深く身を沈め、力を蓄えながら、何か悪巧みをする子供のような笑みを浮かべて、私に『条件』を言い渡しました。
「私が師匠の『最終奥義』を習得するのに協力して。私は人助けは絶対にしないけど……あんたは、私が力を得るための道具として利用するために助けてあげる。文句ある?」
はてさて、テーレさんと別行動になったと思えばまた利用される立場ですか。これはもう、私の業のようなものなのかもしれませんねえ。
しかしまあ……いいでしょう。
「わかりました……微力ながら、お手伝いしましょう」
「よっしゃ! じゃあ約束破ったら腹パンしてやるからね!」
下から上へ。
振り抜かれた拳が巨石を弾き飛ばし、私が止めることで精一杯だった脅威を安全な距離まで跳ね飛ばします。
そして、彼女は握ったままの拳で、軽く私の額を小突きました。
「私はリジェネ道師範代のリザ。利用させて貰うわよ、弟弟子」
どのような作戦なのかはわかりませんが、助けていただいた以上は約束を反故にするというのはなしです。
ただ、一つだけ……どうしても気になることがあるのですが……
「では、姉弟子様ということになるのでしょうが、その前に一つだけ……もしや姉弟子様は、『愚か者には見えない服』などを装備しているのですか? 気のせいか、私には姉弟子様が何も身に纏っていないように見えてしまっているのですが……」
リジェネ道なるものを修めるに辺り、私もそのような服装に倣わなければいけないのでしょうか?
運命から逃れようとするほどダメージが深刻になるやつ(被害者が善意で逃亡に加担している模様)。
そして、何だかんだで狂信者の山籠もり編スタート。




