第102話 【再生者】への道
side 狂信者
またも時系列が少々前後しますが、車輪の修復の時に盗賊の皆さんから聞いた話です。
私の目的地である修道院は現在、一時閉鎖中なのだとか。
長らく治療院にいたシロヤナギさんは知らなかったようですが、この近くの地域で最近モンスターの大移動があったため新しい生息域が確定するまで安全のために修道院としての運営を停止し各々方は故郷に帰省したりまとまって離れた街に宿を取っているそうです。
まあつまり、私がテーレさんから言い渡された修道院での修行は現在実行不可能になっているということでして、そのタイミングでの弟子入り勧誘というのは逆にありがたいものと言えますね。これぞ幸運の加護の恩恵です。
魔法の修行がしばらくできないのなら、肉体的鍛練だけでも……と思ったのですが……
「あ、ちなみにリジェネ道は魔法と体術の複合技術だから。自分を石化できるなら神官系の適性はあるだろうし大丈夫だろうけど」
どうやら、魔法の鍛練でもあるようです。
私の『狂信者』という称号は魔法の暴走を招くので下手な訓練は危険なのですが……
「ちなみに、魔法をわざと暴走させて過負荷状態にしたりするからキツいわよ。私はそのコツを掴むだけでも年単位でかかったし。何度か死にかけるかもしれないけど、私が治してやるから安心して。そして逃げるな、基本的に死ぬけど逃げるな」
……まあ、何とかなるかもしれません。
というか、それは修行として大丈夫なんですかね。治癒魔法のある世界だからこそできる芸当かもしれませんが、基本死ぬ修行とは。
しかしまあ、命の恩人の頼みとあれば仕方なし。
というか、それで多少なりとも強くなれるのなら一応の目的は達成できます。
「了解しました。あの……ところで、先程も聞きましたが、姉弟子様のその服装、というか裸体に見える容貌は……」
「あ、これは私が服とか嫌いなだけだから。真似しなくていいよ」
それはよかった。
テーレさんに作っていただいたアイテムが装備できなくなるのは困りますし。リザさん自身も羞恥を感じていないのなら問題ありません。
実践している方を直接見るのは初めてですが、ヌーディズムという文化もありますし。
リザさんの肉体は鍛練の過程で刻まれたらしき疵痕は多く見受けられますがそれを含めて歴戦の戦士をイメージさせるものであり、見ていて不快に思うようなものではありません。
しかし、特に目を隠そうともしない私を不自然に思ったのか、リザさんは訝しげにこちらを睨みました。
「……欲情するのはいいけど、押し倒せるとは思わないことね。私もうっかり弟弟子を壊したくないから」
「いえ、姉弟子様が自信を持って表に出しているものをこちらが目を逸らすというのは失礼かと思ったのですが、視線を不快に感じたのなら謝罪します。しかし……ええ、しなやかに鍛え上げられたその筋肉は美しいと思います」
ちなみに、岩を弾き飛ばした後、馬車と盗賊さん三人を谷底から運び上げていましたが、あれだけ鍛え上げてしまうとむしろ普通の衣服では動きに耐えられないかもしれませんね。
だとすると、リザさんの『衣服を纏わない』という選択は合理的なのかもしれませんね。アーリンさんもかなりの露出でしたし。
となると、その彼女が教えを受けている師範という方もまた……心構えはしっかりしておきましょう。
「馬鹿弟子が! また目を離した隙にすっぽんぽんになりおって! せめて腰巻きと胸当てだけはしろと言っておろうが!」
お師匠様。意外なことに、普通に服を着る派でした。
まあ、服と言っても熊っぽいモンスターの毛皮を袈裟のように巻き付けているだけですが、服は服です。
容姿は身の丈七尺を超える鎧のような筋肉を纏った髭の濃い長髪のお爺様……百年以上この山に籠もって修行をしている仙人だと言われても納得できそうな容貌です。
そして、私には不可能な高速で回避行動を取ったリザさんの脳天にさらに素早く拳骨を一発入れて悶絶させるとは……バトル漫画でパワーインフレについて行けなかった主人公の初期の仲間の視点というのはこういう感じなのかと実感しました。
だって、お師匠様が見えた瞬間にリザさんが数歩離れていて、拳を落としたお師匠様の目の前で頭を抑えてしゃがみ込んでましたもん。軽く音の壁が悲鳴を上げてましたよ。
「で、なんじゃこいつ。遭難者か? それとも番でも見繕ってきおったか?」
「いつつ……弟子入り希望者連れてきたの! 一応私も『師範代』なんだから、弟子の一人くらい取ったっていいでしょ!」
「ふんっ! どうせまたなんか企んでおるだけだな。儂にはわかる、どうせぬしのことだ、儂がぬしに奥義を直接教えないからと、他の弟子を育てさせてそやつから奥義を伝え聞けばいいとでも思っておるのだろうが」
「…………」
リザさん、冷や汗ダラダラです。
事前打ち合わせの内容を一目で看破されれば仕方のないことでしょうが。というか、こういってはなんですが結構雑で大回りな作戦に思えたのですが、逆によくわかりましたね。
「で、貴様はなんだ。こいつに裸体で誘惑でもされたか、それとも従わなければ殺すとでも言われたか?」
「土砂崩れで谷底に落ちてしまい困っていたところを助けていただいたので、そのお礼に頼みを聞くと……」
「う、裏切りもの!」
「いえもう目論見バレてますし。何より事実を明かさないようにとは言われていません」
お師匠様も呆れた様子。
まあ、弟子の計画が一発で破綻していればそういう顔にもなりますか。
「うちの馬鹿弟子が迷惑かけたな。おい、責任持って街まで送っていけ。ちゃんと服も着てだ」
「えー……そんなぁー」
……?
はてさて、どうしてそうなったのでしょう。
話の流れがとんだ気がします。
「送ってもらう必要はありませんが。まだ、修行も始まっていませんし」
「……ぬ?」
「……え?」
「いえ、私は裏切ったわけではありませんし。約束通り、『弟子入り』し『奥義の習得に協力』しますよ。目論見が看破されただけで、失敗したわけではありませんし」
「え、ちょっとそれってどういう……」
「教えてくださらないというのなら見て盗みましょう。
秘伝の巻物や書物に答えがあるというのなら無許可でもお借りしましょう。
その奥義が最強の技だというのなら、修行の末に二人でお師匠様を追い込んで使わせましょう。
姉弟子様が習得できないわけがあるというのなら、それを解決するために協力しましょう。
姉弟子様がまだ奥義を習得しておらず諦めてもいない以上、約束はまだ果たされていませんので」
……おや、なんでしょう。
リザさん、どうして話を持ちかけたあなたが驚いて、というか引いているのでしょう。そしてお師匠様、なんでリザさんを睨んでいるのでしょう。
「おい、馬鹿弟子……ぬし、受肉した悪魔などどこで見つけてきた。何故か邪気がしなかったから気付かんかったぞ」
「いやいや違う違う! 私もさすがに悪魔に魂売ってない! ていうかそんな殺してでも奪い取るスタイルで行くなんて一言もいってないし! てか師匠って殺したって死なないでしょ! 力尽くの作戦とか私が考えるわけないじゃん!」
「さすがに儂でも殺されたらちゃんと死ぬわぼけ! 儂を殺せるやつがおったらの話だがな!」
何やら揉めてしまった様子。
私の弟子入りが何やら問題なのか……ああ、なるほど。
「これは失礼、入門費が必要でしたか。手持ちで足りるといいのですがこれはどちらに支払えば……」
「「金の問題じゃねえ!」」
「ではもしや、入門のために試験が必要とか……」
「「とりあえずそこで待ってて(ろ)! 二人で話してくるから!」」
「了解しました」
二人で息ピッタリですね。
さすがは年単位の師弟関係です。
しばらく後。
テーレさんに指示されていた活動記録を付け終わり、入門費に足りるかと所持金を確認し終わった辺りで、お師匠様が古い首飾りのようなものを持ってきました。
「逃げてはおらんかったか。よし、話し合った結果、仮入門だけさせてやることになった。あの馬鹿弟子……馬鹿弟子一号は師範代にはしてやったが、他人を教えさせたことがなかったからな。あいつの経験のためだ」
「ありがとうございます」
「だが! あいつは加減がまだよくわからんだろう。簡単に死なれても困る。だから、最初にこれを使えるようになってもらう!」
そう言って、首飾りをこちらに渡してきました。
蛇の彫刻されたレリーフの付いた首飾り……いえ、口振りからするとマジックアイテムのようですね。かなり古びていますが。
「これはリジェネ道の基礎たる【再生】を使うためのマジックアイテムだ。【再生】は【治癒】と違い発動中の再生力を活性化させ術者を持続的に回復させるが、これは欠陥品。【再生】の暴走状態として常時発動という異常を引き起こす。これを装備し、暴走状態を制御してその出力が魔力の自然回復速度を下回るようにできなければ話にならん!」
なるほど、つまりは装備中常に【再生】を発動し続け、それでもなお体内の貯蔵魔力が減らない状態を作り出せるようになれば、無茶な修行も可能になると。
おそらく、装備すれば自動で魔法が発動すると思われる首飾りを装備します。
「まあ、そもそも本来は防ぐべき暴走を敢えて引き起こし、なおかつ暴走自体を止めずに出力を抑えるというのはかなりコツがいる技術だ。馬鹿弟子一号はそれだけで数年を要したし、貴様もすぐにはできんだろうが、諦めないなら飯炊きくらいには……」
「えー、このくらい、いえ、こんな感じですかね。弱火でじっくり、爪に火を灯すようなイメージで………お師匠様、こんな感じですか? 魔力が減るという感覚が慣れないものでちゃんとできているかわからないのですが……」
「おう、そんなもんだが……おい、ちょっと待て。本当に初めてか? 普通、暴走状態を制御する前に欠陥品でも普通の【再生】が発動するようになるはずだが……」
どうやら、この感じで合っていたようです。
リザさんに年単位でかかるかもしれないと言われていたので緊張しましたが、幸運にも私には向いた修行法だったようですね。
「私は称号の影響で普段から魔法が暴走しやすくなっていると言いますか、暴走状態以外で魔法を使ったことがあまりなくて。暴走したまま出力を調整するというのにはそれなりに慣れています。その普通の魔法を発動する方はやりたくてもできないというのが現状ですが」
『あー……そういうことか』という顔をする師匠。
私が元々行こうとしていた修道院は魔法の暴走を収める修行のための施設でもあったようですし、私の事情にも思い当たるものがあったのでしょう。
しかし、憐れみなどせず、むしろ気を取り直して私を睥睨します。
「よし! ならば本格的な修行を始めても問題ないな! リジェネ道の修行は厳しいぞ! 特別に開祖である儂がその基本理念を教えてやる!」
「はい! お願いします!」
開祖からのお言葉です。
翻訳の結果なのでしょうが、『道』と言うからにはきっと武道として堂々と誇れる理念があるのでしょう。
「いいか! リジェネ道の理念は『生き残った者こそ勝者である』だ! 修行の基本は【再生】を常時発動しながらの過酷なトレーニングで超再生を加速して肉体を鍛え、さらに過酷な修行で肉体を痛めつけ、何より【再生】を鍛え上げてあらゆる事象を耐え抜き生き抜く真の『再生者』を目指すことにある! さあ、トレーニングの始まりだ! 己の【再生】を信じて安心して死ねい!」
……あの、理にはかなっているのですが。
もしや、本来のリジェネ道は武道ではなく、健康法だったのでは?
リジェネ道とは!
一つ、常に【再生】を途切れさせぬべし!
一つ、過酷なトレーニングで己の肉体をいじめ抜くべし!
一つ、【再生】で超回復を加速しより強靭な肉体を再構築すべし!
一つ、肉体の材料となるようしっかりと肉を食うべし!
一つ、やり過ぎたら師範か師範代が治癒するので安心して死ぬべし!
……そして、もはや【再生】を鍛えているのか肉体を鍛えているのかわからなくなってからが一人前。




