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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第100話 Jane Doe Riley

side 狂信者


 これは、少々時間を前後してゼットさんの騒動が終わり、村の皆さんを運んでいたときのこと。


「それにしても、マスターって思ったより体力あるわね。瞬発力はともかく持久力は結構あるんじゃない?」


 村中で倒れている皆さんを見つけて運んでいるとき、ふとテーレさんが感心したようにそう言って下さいました。

 まあ、私はライリーさんの強化で少しずるをしていたのでそれは過大評価だったかもしれませんが、ライリーさんの強化は私自身の肉体に負荷をかけるものでしたし、体力に関しては私自身の要素が強かったので褒められて嬉しかったのですが……


「一応は護身術の経験がありますので。魔力のない世界での身体を動かす練習はこの世界において、空気の薄い場所でのトレーニングのようなものだったのかもしれません。経験というのは役立つもの、もう会うことのできない恩師に感謝を…………ええ。恩師に、感謝を捧げましょう」


「……? どうしたの?」


「いえ、大したことではありません。さあ、村の皆さんが助けを待っています。行きましょう」


 テーレさんからは、私が言葉を止めたのは何かを思い出していたかのように見えたかもしれません。それは間違いではありません。私が自身の記憶を探っていたのは事実です。

 しかし……


『ライリーさん、少々伺いたいことがあります』


『え、なに?』


『ゼットさんとの思念会話は、本来できないことを無理を通して実現させたかと思いますが……何か、対価として必要なもの、必要としたものはありますか? 今後の参考として』


『え……? 特にないけど。確かに結構無理した気もするけど、意外と何とかなったし』


『そうですか……』


『どうしたの、アルジサマ?』


『いえ、大したことではありませんよ……ええ、ライリーさんの気にする必要はないことです』


 ライリーさんが目的を果たすまで、私はライリーさんに存在の維持を保証する。それが契約でしたからね……契約ならば仕方ありません。

 ライリーさんすらも無自覚な内に対価が自動引き落としされているとしても、それはライリーの意図ではなく契約を持ちかけた私側の問題です。


 私の、護身術の師の顔や名前が思い出せなくなっていたとしても……いらない思い出だけを対価にし続けるなどという、都合のいい話などありませんし。

 ええ、なるべくしてなったこと。必要なコスト……それだけです。


「さあ、目の前の仕事を済ませてしまいましょう。『経験』は、無駄にするべきではありません」







 そして、レグザルへの乗合馬車の中にて。

 私は村での労働の疲れから少々仮眠を取っていたはずなのですが……


「事件解決おめでとうございます。今回の事件は本当に、下手をすれば世界の危機でした。あなたの行いは十分に偉業と言えます……けれど、もうちょっと自分を省みてください。あと、テーレにプランAを秘密にしていたのもマイナスです」


「面目次第もございません」


 ディーレ様の来訪です。

 いえ、まあテーレさんから報告は届いているでしょうし、神々が直接的な干渉をしないにしてもこういったお話はあるかとは思っていましたが。


「確かに、結果的には上手く行きましたが場合によってはあなたの精神が取り込まれる可能性も……いえ、この方向から話すのはやめておきましょう。それ以外、方法がなかったのも事実なんですから」


「はい。何もしなければ世界の危機でしたし、それに関しては合理的に決めたつもりです。それに、全く対話の余地がなければさすがに私自身の精神を接続するつもりはありませんでしたし」


「ちなみに、どこで対話の余地があると判断したんですか?」


「それはもちろん、ロックさんとの会話です。彼は混乱はしていましたが、ゼットさんとの共生関係を確立していました。それに、元々ゼットさんを作ったであろうルビアさんの『癒し手』……いえ、実際には『狂気の癒し手』でしたか。それは人間用の能力です。であれば、人間の思考形態と互換性のある精神を持っている、あるいは操作しやすくそのように調節されていると考えるのが妥当です」


 後は単純に出力差で呑み込まれる可能性が心配でしたが、それに関しては増幅機とライリーさんの自身の存在を危うくして契約が発動するほどの頑張りによりどうにかなりました。

 ゼットさんがより成長し賢くなっていれば逆ハッキングのような形で負けていた可能性もありますが、そこは素早く決断できたのが良かったと思いましょう。


「……はあ。結果的に上手く行ってるからあまり強く言えないんですが……自覚していますか? あなたの精神に小さい物ですが穴があります。あなたは今回……」


「ええ、記憶の一部を対価にしたようですね。おそらくは、護身術の師を含むいくつかの自分史を」


「……後悔、していませんか? 世界を救うためであっても、それはもう……」


「ディーレ様。女神ディーレ様。それについては一つ、修正しておきたいことがあります。よろしいですかな?」


「何でしょう?」


「私は何も、世界を救おうとして今回の事件を解決したわけではありませんよ。結果的にそうなったのかもしれませんが、そんなことは私でなくても、レグザルを護る誰かや村の近くを偶然に通りかかった英雄的誰かがやっても済む話です。そもそも私は、ゼットさんが誰にも止められないくらいに成長していたとして、それを『世界の終わり』とは思いませんし。私がやったのは、もっと小さくて単純な行いです」


 本当に、単純なこと。

 どんな事情であろうとも、その場に立ち会った誰かがやらなければならないこと。

 事件の直前にもやっていたことです。


「私は『この世界に誕生しようとする新たな隣人』を手伝ったに過ぎません。リノさんのお子さんと同じように、誕生に立ち会ったからお産を手伝った……まあ、少々難産ではありましたが。ゼットさんはルビアさんの人類愛から生まれた新しい形での命です。祝福せずにはいられないでしょう?」


 今回の事件は、『少々お産の難しい赤子を二人取り上げた』。総括すればそれだけの話です。

 ゼットさんの誕生のタイミングは難しいのですが、ルビアさんから離れた暴走こそがつまり自我の目覚め、試験管の外でも生存し繁栄しようとする種としての確立であるとすれば間違いではないはずです。


「そのために、あなたは記憶を失って……後悔はないというのですね?」


「ええ、まあ確かに少々急でしたし軽くない対価だとは思いますが……それでも、わかっていても私は同じ対価を払いましたし、次があっても同じように払います。むしろ……いつか私と共に消えゆくだけの思い出が、恩師との時間が、ゼットさんという赤子を包む産着になってくれたというのなら、それは十分に価値のあることです。思い出の形が大きく変わったとしても、価値は失われてはいません」


 師のことはもちろん、憶えていられるなら憶えていたかった。

 彼、または彼女……いえ、おそらく彼だったと思いますが、その人物はある意味では私の実の父母以上に私の人生によい影響を与えてくれたという印象は記憶していますから。


 けれど、それはそれとして、その記憶がゼットさんという未来に大きな可能性を持つ隣人の始点に因果的に大きく組み込まれたというのなら、それ恩師の記憶がゼットさんへの祝福を助けてくれたとも言えます。


 失って惜しいものではありました。

 しかしそれは、言い換えればそれだけ価値があったということです。

 それだけの価値を、私はお祝い金としてゼットさんの誕生に捧げたのです。


「…………はあ。前世のことがどうでもいいわけではないんですよね、あなたは。ただ、掛け替えのないものでも必要ならば手放すことができてしまうという……それなら、その点に関しては今回はもう何も言いませんよ。ブーメランを投げる気はありませんし、神話的な意味で」


 まあ、確かに餓死寸前の状態で旅人に自身の食糧を譲ったというディーレ様が大事なものは他人にあげるなと言うのも変な話なのは確かですが。

 しかし、ディーレ様の投げるブーメランなら幸運補正で一撃必殺になって戻っていかないかもしれません。私が沈黙せざるを得ないという意味で。


「ただ……あの子のこと、テーレに話したんですね。私にも自分からは言わなかったことなのに」


「その節は申し訳ありません。やはり……ライリーさんのことはバレていましたか。あの時は確証がなかったもので」


「はあ……事情が複雑なことは私も察しましたから。それに、少しだけ邪推もしちゃいましたし」


「邪推とは?」


「黙秘します。あなたもあの子のことを隠していたんですし、これでお相子ということで」


「では一応は、訊かれれば白状するつもりはあったと釈明しておきましょうか」


 テーレさんには、馬車に乗って村の外に出てからライリーさんのことを話しました。ライリーさん自身には聞かれたくない内容の話でしたので。


 あ、ちなみにライリーさんは現在私の精神ではなく、ルビアさんの精神に憑依しています。


 今回の事件で閉鎖空間で主にロックさんから発生した大量の負の感情、不完全とはいえ悪魔が一人生まれかねないだけのストレスを取り込んで可能になったことです。


 もちろん、これはルビアさんの今後の行動の調査とライリーさん自身の目的のため……『研究施設』という組織の調査のためです。

 今のルビアさんは精神抵抗力が低い……というか、むしろしばらくはライリーさんが陰から支えないと少し心配な状態でもありますし。調査などの仕事が終わったら人伝いになんとか戻ってきてもらう予定です。


 そして、ライリーさん本人が近くにいないからこそテーレさんにも話すことができましたし。


「ココアさんに相談するまでは、私も仮説は立てられても確証はありませんでしたしね。テーレさんが悪魔というものを本当に敵視している……というよりか、浄化すべきものとして認識しているのなら『可能性』であっても許容できないかもしれないという懸念もありましたから」


「あなたは少し、秘密主義な部分がありますからね……どうか、テーレと仲良くできるように、もっと信じてあげてくださいね。それに……あなたが打ち明けてあげていればきっとあの子とテーレもすぐに仲良くなれたと思いますから」


「……わかりました。善処します」


「ええ、期待していますよ」







 私は、私自身の診察の前にココアさんに相談しました。

 ライリーさんのことです。


「浄化されたのに存在を維持している、夢魔(インキュバス)を自称する普通の幽霊……それが、ありえるかどうか?」


「はい、聞けば悪魔というのは原理的に呪いや憎悪に歪みきった魂だとか。そして、彼らは大抵は精神体としては弱った部分が劣化し、生前に強く焼き付いた敵意や憎悪以外の感情は磨耗し抑制されているそうですが……そんな悪魔が、冒涜的行為に対する義憤を覚えたり、料理の味を楽しんだりという欲求を覚えることはあるのでしょうか? 生前の歪みで魂が固定されてしまったはずの悪魔が、生前の怨念を忘却し死後の怒りのみのために現世に留まるということが可能なのでしょうか? どんなに弱くとも真に悪魔であるのなら……何日も近くにいるテーレさんが気付きもしないというのは、あり得るのでしょうか?」


 ココアさんは少々、困惑したようでした。

 まあ、私もカウンセリング的な意味での相談の初っ端からこんなことを相談されたら困るとは思いますが、タイミング的に他の時には聞けないことだったので。

 ココアさんは、しばし考えた後、私の質問に答えてくださいました。


「大悪魔って呼ばれるようなタイプなら、そういう生前の細かい感情も劣化せずに残ってるかもしれないけど、それが低級悪魔の『夢魔』だったら考えにくいわ。つまり、仮定の話だけどそんな霊がいるのなら、それは生前から焼き付いた諸々の感情が劣化して思考が一番強く残った『憎悪』の類に固定された『悪魔』じゃない。どんな過程で発生した事例かは、今の話だけじゃわからないけど……その『自分が夢魔である』っていうのは、単なる噓じゃなくて魂だけでこの世に留まっていられるようにするための暗示みたいなものかもね。もしも精神が『普通の人間』と同じだとしたら、肉体を持たずに精神だけで現世に留まるっていうのはすごく不安定で、それこそ安定した足場がないみたいにストレスが溜まってしまうから」


 『研究施設』の研究の成果としてそうなったのか、あるいは何か確率的な事象として発生したイレギュラーなのかはわかりません。

 しかし、ココアさんの見識を信じるのなら……ライリーさんの正体というのは……


「本当に一度悪魔化して、感情が劣化しきる前に浄化されたせいなのか、それとも何か別の理由があるのかはわからない。けれど、理屈上はあり得ない話じゃない……その憑依霊は、おそらくは狂信者さんの想像しているとおりの『悪魔の能力が何故か使えてしまって、自分を悪魔だと思い込むことで現世に留まっている人間霊』かもしれないわね」


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>産着になってくれた ふぉー。。。。 いい話
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