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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第四章―二人の居場所―
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再・天使のお告げ

「全く……恥ずかしい事を軽々しく口にするでないわ」

「でも嬉しかったんだよね?」

「えぇい、黙れ黙れ! そんな事を聞く為に呼び出したのではない!!」


 ニコニコと笑うアベルさんに手玉に取られ、地団太を踏む学園長。傍目から見れば、近所のお兄ちゃんにからかわれて悔しがる幼女である。実際は夫婦なのだが。全くそうは見えないけど夫婦なのだ。


 ジタバタと暴れる学園長を抱きしめて拘束したアベルさんは、次にだらけているイラーナさんに目を向けて微笑んだ。


「あらアベル君。久し振りねぇ」

「お久し振りですイラーナさん。クリスはどうでした?」

「書類に忙殺されて泣いてるわ。偶には連れ出してあげたら?」

「そうですね。冬の休みになったら考えましょうか」


 友人らしい会話を交わしたアベルさんは、最後に僕の方へと目を向ける。しかし、その表情は学園長とイラーナさんに向けていたような友好的な物ではなく、どちらかと言えば敵対的な色を含んだ、緊張の表情だった。


「……チコ君」

「どうも、アベルさん」

「話は聞いているよ……竜の山脈の中央を目指すんだってね」


 アベルさんの言葉を聞いて、イラーナさんがピクリと眉を動かした。学園長とイラーナさんには事前にこの事は伝えていたのだが、イラーナさんはセナイダを連れて行く事に拒絶感を示していた為、それを思い出したのだろう。強引に押し通したけど。


「えぇ、それが何か?」

「……その様子だと、あの場所を目指す意味は知らされていないみたいだね」

「何も聞かされていませんね」

「えぇい、その話は後にするのじゃ。先にそこら中に突然湧いた化物どもの話を済ますのじゃ!」


 緊迫した空気になりかけたところで、学園長がぽかぽかとアベルさんの胸を叩きながら喚いた。それだけでアベルさんの纏う空気は一変し、まるで砂糖を吐き出せそうなほどの甘い空気が部屋を満たし始める。


 エルは天使が強者の伴侶の地位に収まるのは、あくまでも世界情勢の安定の為だと言っていたが、アベルさんと学園長の関係を見ているとそれを忘れそうになる。経験が豊富になると、その辺りの問題も解決出来るようになるのだろうか。


 まぁ長命種の人と短命種の人が結婚して死別した後、操を立て続ける人も新しい恋を探す人も両方いるし、一緒になった人を愛する事が出来るのならば、例えそれが仕事でも問題は無いのかもしれない。


 ……俺の場合は、俺が高望みし過ぎているのかもな。


 おっと、思考が逸れた。


「あぁ、あの気持ち悪い魔獣とは似て非なる奴らの事ね」


 ぽんと手を打ったアベルさんは、身に着けているウエストバッグの中から分厚い書類を取り出してパラパラと捲った。どうやら、アベルさんの方でも魔物の事について調べていたらしい。冒険者に天使とどちらも情報収集が大事な仕事だし、当然か。


「奴らは最近になって突然発生した新種で、既存の魔獣とは隔絶した外見を持っている、という所までは勿論把握しているよね?」

「それに加えて、目から光線を放つみたいな妙な攻撃をする個体がいる所までは把握してるわ」


 手元の書類を見ながら答えたイラーナさんに、アベルさんは頷く。


「そう、そこまでは知られているんだよ。だけど、誰も奴らがどんな方法で数を増やしているのか、何を食べているのかを知らない。生態に関しては、誰も分かっていなかったんだ。僕が調べていたのはそっちの方面だよ」


 それからアベルさんは、魔物に関する情報を色々と教えてくれた。


 まず、魔物は一定の縄張りという物を持たない。魔獣であれば、例え巨獣であろうとも縄張りを持って生活している筈だが、魔物は特定の拠点を持たずに放浪し、目に付いた生物を片っ端から襲うらしい。


 次に、魔物は繁殖という事をしない。生殖行動は愚か生殖器すら持たず、自発的な分裂等の行動も見られないという。粘液状の魔物だけは分裂するとそれぞれ別個の個体となる事が判明しているが、永遠にその大きさのままで成長する事は無いらしい。


 そして、魔物は食事をしない。魔獣や巨獣は少量のエネルギーで長時間活動する事が出来るが、それでも食事は必要としている。しかし、魔物はそれすらも必要とせず、無補給状態で延々と活動し続けているらしい。


 最後に、魔物は魔物同士で争わない。魔獣でも動物でも人間でも動く物なら何でも襲う魔物だが、同種は勿論、別の種類の魔物がいたとしてもそれを襲う事はない。それどころか、連携して同じ獲物を狙う事もあるのだとか。


「まるで魔獣や人間を殺す為の兵器のような奴じゃな」


 嫌悪に表情を歪めた学園長が吐き捨てる。確かにこの世界の生物ばかりを狙って殺戮を繰り返す魔物は、何らかの悪意を持った者がバラ撒いたと考えるのが自然な発生の仕方をしている。繁殖もしないし。


 それに以前、この世界を狙う敵が姿を現した、というのもある。イラーナさんもその考えに辿り着いたのか、ソファから身を起こして深いため息を吐いた。


「状況的に、異世界からの侵略者が放った手先、と考えるのが自然よね」

「僕や他のギルドマスターもそう考えているよ。ボスケーのグランドマスターは、奴らを狩った時に報酬を出して数を減らそうとしているけど、魔石が無いと本当に討伐したのか判別できないからねぇ」

「その辺りを何とかしないと駄目そうですね」


 確かに報酬を出せば魔物を狩る冒険者は増えるが、本当に討伐したかどうかの判別基準を設けなければ不正が頻出しかねない。そんな事をしていたら、ギルドの金庫があっという間に空っぽになってしまう。


 ちなみにグランドマスターとは、各街にある冒険者ギルドを纏めるギルドマスターを取り纏める人物の事だ。つまりはギルドマスター長である。


「まぁその辺りはグランドマスターに丸投げするよ。あの人なら何とかしてくれるでしょ」

「それでいいんですかそれで」

「適材適所適材適所」


 意外と適当だな、この天使。


「ま、僕が調べたのはこの程度だね。一応最新の情報だよ」

「まだ発見されて一ヶ月も経っておらんからな。寧ろ十分過ぎるじゃろ」


 確かに、目撃から一ヶ月経たない時間でこれだけの情報が集まれば十分だろう。というか、一ヶ月で生態調査に区切りを付けて良いのか。もしかしたら増殖するかもしれないじゃないか。


 ……まぁアベルさんだから大丈夫か。SSランクだし。


「他に聞きたい事はあるかな?」

「いや、ワシらはもう十分じゃが……お主はチコと話す事があるのじゃろう? 暫く席を外しておくから、その間に話を済ませるのじゃ」

「ごめんね、ありがとう」

「あーひきずられるぅ―」


 学園長はそう言うと、イラーナさんを引き摺りながら部屋から出て行く。その瞬間、アベルさんの纏う空気が再び緊張感のある物へと変化し、俺はほぼ反射的に何時でも動ける体勢へと移った。


「ハハ、そんなに緊張しなくても良いよ。別に責める訳じゃないんだし」

「そういう割に敵意丸出しなのは何でですかね」

「それだけ僕達天使にとっては重要な場所なんだよ、竜の山脈の中央は」


 ニヤリと顔に似合わぬ笑みを浮かべたアベルさんは、俺の正面にあるソファにドサリと座り込む。今までの優雅で紳士的な態度は鳴りを潜め、何処か挑戦的な気配を漂わせるアベルさんは、警戒するような目で俺を睨み付けた。


「あの場所がどういう所なのか、本当にエルネスタ様からは何も聞かされていないんだね?」

「えぇ、何も。ただ、今から数えて二回目の満月の時にそこへ、とだけ」

「そう……はぁぁぁぁ……エルネスタ様も主様も、本当に何を考えているんだ……」


 問いに答えると、アベルさんは深いため息を吐きながらソファの背にもたれ掛かった。最早優雅さも紳士さも敵意も緊張もクソも無い。そこには、上司に振り回されて疲れ切った部下のようにしか見えない天使の姿があった。いや、普通にそれだったわ。


 言動を見るに、竜の山脈の中央へ人間を向かわせる時には、そこで何をするのかを事前に伝えておかなければならないのだろう。しかし、俺は特に何も伝えられていない。忘れられているのか故意なのかは分からないが、アベルさんにとって由々しき事態なのはまず間違いない。


「……何と言うか、大変ですね」

「原因の君に言われると色々と複雑なんだけどね」


 いや、言わなかったのはエルですから。俺は関係ありませんから。


「それはそうとして、一応規則でもあるから、僕から教えるよ」

「お願いします」


 俺としても、竜の山脈の中央に何があるかは気になっている。それに、何があるか分かっている方が旅のモチベーションも上がるし、此処で聞いておいてしまおう。


「竜の山脈の中央にはとても高い山があって、その山頂には……何て言ったらいいかな……そう、祭壇がある」

「祭壇? あの生贄を捧げてうぼあーしてヤバい奴を召喚する祭壇?」

「君が何を言っているのかは分からないけど、多分合ってるよ」


 祭壇があるという事は、何かの宗教的な儀式でもするのか。この世界の宗教は創神教だけだし、天使達の主である創造神に関する事であるのは間違いないが、何で人里から離れ過ぎた竜の山脈の中央に祭壇があるんだ……あぁ、人じゃなくて天使が作ったのかな?


「その祭壇にはある仕掛けがあって、それは僕達天使や、それに属する者だけが起動出来るようになってる。で、それを起動すると、主様のおわすところ――神域へと行く事が出来るんだ」

「じゃあ、エル達が決まって転移して去っていたのは」

「そう、そこに行って、祭壇の仕掛けを起動して神域に戻っていたんだ」


 今明かされる衝撃の真実……なんだが、高い山の頂上に神域へと繋がる何かがあるという展開がベタ過ぎて、あまり驚けなかった。辿り着き難さとか宗教的観念から見れば合理的な場所ではあるが……ねぇ?


 それに、そこに呼び出したのがエルに電波を送っている神という時点で、大体予測は出来ていた。完璧に的中した訳では無いが、それでも神が俺を呼び出そうとしているのは間違い無い。何故ディオニシオさんやアメリアさん、セナイダを呼び出したのかは分からないが。


「だけど、僕が言わなければならないのは祭壇の事じゃない。その道中の事なんだ」

「道中? 竜の山脈の事ですか?」

「うん。正確には、祭壇のある山の中にある迷宮、かな」

「迷宮?」


 迷宮と言うと、ファンタジーで良くあるダンジョンとかそんな感じの、内部に敵が出たり罠があったりする構造物だろうか。それとも、迷路のようなガチなラビリンスだろうか。どっちにしろ、凄く面倒臭そう。


「そう、迷宮。中には主様が生み出した魔獣がそこかしこに配置されている迷路になっていて、これを突破しないと山頂には辿り着けないようになってるんだ」

「ふむ。祭壇を目指す者に対する試練としての迷宮、ですか?」

「その通り。此処を突破して初めて、祭壇の下に辿り着き、そして――ッ!?」


 突如部屋中に生じた冷気に、アベルさんはビクリと身を震わせて辺りを見回した。俺は誰の仕業かすぐに分かった為、座ったまま落ち着いている。


 やはりというか、この話題を出していなかったのも理由があっての事だったらしい。だが、特に聞いてはいけないと言われてもいなかったから俺は無罪だ。罰を受けるのはアベルさん一人で充分。


「――あなたは無能なのですか?」

「ひっ!? え、エルネスタ様……!?」

「もう一度問います。あなたは無能なのですか?」

「あっあっ……あぁぁぁぁ」


 魔力の集中をほんの一瞬しか観測出来ないほどの速さでアベルさんの背後に現れたエルが、無表情のまま大気すらも個体と化しそうなほどの冷たい声音で問い掛ける。それに対して、アベルさんは恐怖の呻き声を上げる事しか出来ていない。


「この私がチコに話していないという事から、何かの事情があると察せなかったのですか? この私が話していないと言うのに」

「あ……ぅ……」

「後で折檻します」


 エルが手を一振りすると、アベルさんを白い魔力の霧が包み、あっという間に覆い隠す。そしてそれが晴れた時には、既にアベルさんは何処かへ消えてしまっていた。一体何処に行ったんだろうなー。


「……さてチコ、何処まで聞きました?」

「竜の山脈の中央には高い山があって、その頂上には祭壇が、中には迷宮がある所まで」


 わざとらしい微笑みを浮かべながら問い掛けるエルに答えると、彼女は少しだけ安心したようにほっと息を吐く。最重要機密にはまだ触れられていなかったらしい。良かったと言うべきか、残念だと言うべきか。


「……ごめんなさい、チコ。この事に関しては、その時になれば必ずお話ししますから」

「大丈夫。そこは信じてるから」


 頭を下げて謝るエルに笑い掛ける。しかしこの時、俺は漠然とした形容し難い不安を、何時ものエルの無表情な顔の裏側に感じていた。

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