悪魔兄弟
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
あらすじ
あくまきょうだい が あらわれた!
始まりは一瞬だった。身体強化を付加している俺の目にも留まらぬ速さで接近した兄が、鎌のような凶悪な爪を振り上げる。
それを軽く受け流しつつ、蹴りを叩き込みながら弟の方へ接近。何かを詠唱しているその顔面に向け、剣を横に薙ぐ。
「クッ! 大人しく滅ぼされるのを待っていられないんですか!?」
「生憎と、俺はマゾじゃないんでね」
詠唱を中断させられた弟の毒に軽く返し、背後から迫って来た兄の腕を殴り飛ばす。軌道がズレた爪は地面を易々と切り裂き、深い跡を残した。
冷や汗が背中側の服を濡らす。正直言って、余裕は全然ない。爪を受け流すだけで骨は軋みを上げ、無理な動きをした筋肉は断裂する。
敵の攻撃を視認する事は出来ず、事前の動きから予測して対処する事しか出来ない。経験や技術は俺の方が断然勝っているが、身体能力の差が激しい。力でも速度でも、この悪魔兄弟に敵わない。まるで普段の俺と相手の立場が逆転したようだ。
今の攻防でそれを理解したのか、兄の顔が醜悪に歪んだ。
「フフッ。この世界の人間にしてはよくやるけど、僕達に勝てると思ってるの?」
「ほざけ」
とりあえず吐き捨ててやったが、その間も頭はフル回転し続けている。どうすればこの二人を相手取って勝利出来るのか。兄の妨害を躱しつつ、何だか危なそうな術を行使しようと企んでいる弟を何とか出来るのか。
正直な所、今の俺と同等以上の近接戦闘能力を持つ兄を単独で相手取るならまだしも、常に弟の動向に気を払いながら戦うのは難しい。隙を突かれれば兄に押し切られ、手間取れば弟が術を完成させてしまう。
だが、採れる手段は妨害を躱しつつ、弟を何とかして力押しする事だけ。ならばそれを突き通して勝利するのみ。
「行くぞ」
「来なよ」
短く言葉を交わした後、吶喊。兄の懐に潜り込み、首を狙って連続で斬撃を叩き込む。兄は爪でそれを受け止め、力で弾き飛ばそうとして来る。
対抗せずに受け流し、隙が出来た所に刃を滑らせて右腕を斬り付ける。鈍い手応えと共に熱い鮮血が飛び散り、俺の顔面を濡らした。
硬い――体重は乗ってなかったとはいえ、鋼鉄程度ならば容易く斬り落とされている威力の斬撃を叩き込んだ筈が、実際には小さな切り傷しか付けられていない。まるで、ブヨブヨとしたゴムに棒を叩きつけたかのようだ。
「驚いていて良いのかな?」
「くぅッ!」
腕を斬り落とせずに体勢を崩した俺に向け、兄が凄まじい勢いで爪を振るう。即座に体を捻るが、完全に避けきる事は出来ず、左肩に熱い感触が奔った。
一度後方に下がって兄から距離を取る。どうやら筋まで切られたらしく、左肩から先が全く動かない。手を当ててみると、生温かい感触がベットリと貼り付いた。
「あっははははは! 愉快だなぁ、こうやって甚振るの」
「ッ、悪趣味な奴だ」
「君の減らず口も減らないね。どこまでその余裕が持つか、楽しみだよ」
高笑いをする兄を睨み付けたまま、動く程度まで活性による治療が終わった左手をバッグの中に忍び込ませる。そして中から引き抜いた物を投擲、即座に自分も突撃する
「ぐぬッ、また邪魔されましたか……」
「おぉっ!? もう腕は治ったのか!」
循環系魔法の事を知らなかったのか、動揺して動きが鈍くなっている所を逃さずに斬り掛かる。狙いは腕にある傷。斬っても効きにくいなら、傷口を更に抉ってやる。
数瞬の後、切っ先は寸分違わず傷口に突き刺さり、兄の強靭な皮膚を引き千切る。苦痛の叫び声を上げる兄の顎に掌底を叩き込み――刹那、脇腹を抉られた感覚に剣を振る方向を変えた。
「おっと、危ない。全く、兄上はすぐに油断する……」
「痛た……ごめんごめん、ちょっと慢心してたみたいだ」
俺に爪を突き刺していた弟が下がり、血が流れる右腕をぶらぶらと揺らしながら兄が前に戻って来る。俺は再び距離を取りながら、脇腹に開いた風穴の修復に努める。
弟も近接攻撃が可能だったとは、少し油断していたか。だが、弟の攻撃速度はそこまで速くない上に、兄のように近接戦闘慣れしているとは言い難い。気を払う必要はあるが、あまり気負う必要はない。
それよりも、今は兄の纏う雰囲気がより強者の物へと変化した事……そっちの方が問題だ。野郎、今まで手ェ抜いてやがったな。分かってたけど。
「ちょっと身体能力に優れているからって、油断しない方が良いって事だね、うん」
独り言を呟いて頷いた兄の纏う雰囲気が変わる。今までの飄々とした雰囲気から、何処か息苦しさを感じる物へ。動悸が激しくなり、頭がクラクラとする物へ――
「……な、にを……ッ!」
「なぁーに、簡単さ。僕が能力を使っただけ」
体中から力が抜け、地面に膝を付く俺を兄が楽しげに見下して嗤う。能力……この世界で言う魔法みたいな物か。人間離れした容姿だし、そんな突飛な能力があってもおかしくはないが……。
「僕の能力は『毒』。さっき爪で切り付けた時に付着した毒を活性化させたのさ。普通なら即死する毒なんだけど……ね」
「ガッ!?」
顔面に鋭い蹴りを叩き込まれ、俺は吹き飛ばされて引っ繰り返る。即座に立ち上がろうと体に力を込めるが、手足は一ミリたりとも動かない。それどころか、感覚すらも遮断されている。
普通の毒なら活性で解毒出来る筈だが、能力による毒には効果がないらしい。その原因が致死性の毒故なのか能力故なのかはわからないが、これは……ちょっと拙い。
「君は実に興味深いよ。人間離れした身体能力に、即効性の猛毒を食らっても生きている。時間が許すのなら持ち帰って解剖したいんだけど……ちょっと急いでるからね。死んでもらうよ」
「クぅ……ッ!」
冷たい笑みを浮かべた兄が、右手の爪をギラリと光らせる。毒に侵されてぼんやりとする頭でも、それが俺の命を容易く奪うであろう事は容易に想像出来た。
とりあえず、俺はまだ死にたくない。何とかしてこの状況を脱しなければいけない。そしてその為には、体を巡っている悪魔兄の毒を何とかしなければならない。
考えろ。動けない俺に採れる手段は循環系魔法のみ。その内、毒に効果がある活性は無意味。身体強化も無駄。残るは魔力破戒だけ。空間に干渉する魔力破戒で能力とやらを何とか出来るかどうかに賭けるしかない。
体中の魔力を放出し、服や皮膚の表面をを自分の魔力で埋める。そのまま濃度を高くして魔力破戒を発動させる……が、効果は無い。
俺のやっている事に気付いたのか、兄の笑みが更に深くなった。
「おや、何をやってるのかな? ま、無駄だけどね。空間に干渉する程度の能力で、理に干渉する僕の能力をどうにか出来る訳がない」
理に干渉する――意訳するならば、この世界の魔法とは違って『空間』ではなく『世界』の法則を書き換えるとか、そんな感じか。何それチートじゃん。
――此処で諦める事が出来たらどれだけ楽なんだろう。俺如きに何とか出来る訳が無いと諦めて、意識を暗闇の中に沈める事が出来たらどれだけ楽か。
だが、此処で俺が諦めれば何万という人間がこの悪魔の手に掛かって死ぬ事になる。能力の事を考えれば、エルであっても苦しむ事になるかもしれない。そんな不愉快な未来、お断りだ。
考えろ。本当に俺が使えるのはそれだけなのか? 俺が見て来た強敵達の中に、この状況を打開出来る術は無かったか? 聞いて来た話の中に手掛かりは無かったか?
「それじゃ、バイバイ。中々楽しめたよ」
――あった。
「……馬鹿な」
音の余韻が支配する世界に、唖然とした弟の声がシンと響いた。
「フッ!」
「グハァッ!」
俺の上に覆い被さる形になっている兄を蹴り飛ばし、立ち上がって軽く服を払う。毒に侵されていた体だが、特に異常はない。無事に全て解毒出来たようだ。
「馬鹿な! 兄上の毒はありとあらゆる生物を冒す毒! 天使ならまだしも、一介の人間に解毒出来る筈が無い!」
弟が俺を指さしてキャンキャン騒いでいる。確かに言っている事の大半は正しいかもしれないが、確実に間違っている箇所がひとつある。
「残念だけど、俺は『人間』じゃなくて『化物』だから」
「ふざけるなッ!! 何が化物だッ!! 下等生物如きがッ!! 僕の前から消え失せろォォッ!!!」
弟の次は、兄が憤怒の形相を浮かべて飛び掛かって来る。力と速さは増しているが、怒りで我を忘れている所為で攻撃が単調だ。この程度を捌く事など造作もない。
爪を剣で受け流し、腕を掴んで回転させ、顔面から地面に投げ落とす。ぐちゃりと何かが潰れるような音が鳴り、真っ赤な血が辺りに飛び散った。
「ウバアァァァッ!!」
「……ッ!」
それでも止まらない兄の爪がし、シンガードを貫通して俺の足を抉る。傷が骨まで達して足に力が入れらなくなったが、何とか片足で地面を蹴り、兄から距離を取る。
兄は周辺が見えていないのか、その場で暴れ続けている。その内復活するだろうが、この分なら暫く放っておいても問題は無い。
「兄上ッ! このッ、下等生物がッ!! 『世界の介入者足る我が命ず、彼奴に永遠の滅びを齎す炎を生め』」
少し離れた場所にいる弟が何かを詠唱した瞬間、俺の周囲に蒼い炎が立ち昇る。何かが燃えている訳でもなく、魔力によって空間に現れている訳でもない高熱の炎だ。呑み込まれれば、俺は一瞬で焼き尽くされてしまうだろう。
恐らく、何らかの詠唱で世界の理を書き換え、魔法のような効果を生み出すこれが弟の能力なのだろう。だが、世界の理に干渉するという手順を踏んでいる以上、俺の優位は変わらない。
周辺の炎の中に魔力を伝わせ、書き換えられた世界の理に繋げる。普通ならばこの世界の魔法でこれに干渉する事は出来ないが、破壊の精霊を内に宿す俺ならば、絶望の権能を通して干渉する事が出来る。
イメージは浸透。かつてレグロにやられたように魔力を世界の理に侵入させ、解毒した時のように書き換えられた部分を空白に戻す。それだけで、能力によって生み出された物は全て消える。大元を失って存在するモノなど存在しない。
「なッ……馬鹿な……私の能力が……」
「アッハッハッハッハッハッ!! 凄いね、これが化物か!! 敵わない、敵わないよッ!!」
自身を完全に打ち砕かれた弟が呆然と呟く中、完全に狂った様子の兄の笑い声が背後から届く。振り向いてみれば、顔面を血で染めた兄が立ち上がって俺を睨み付けていた。
「天使なんか目じゃないよ、君はッ!! 君がッ!! 君こそがこの世界で一番の障害だよォォッ!!!」
怒鳴るが早いか、兄が今までで一番の速度で突っ込んで来る。この勢いを乗せた爪撃を受け止めるのは不可能だ。接近速度が速過ぎて、避ける事も難しい。故に正面からぶつかるしか道は無い。
ならば、今出せる一番の一撃で迎え撃つ。
足を地面に埋め込み、体を限界まで地に固定して剣を横に構える。最大まで溜めた筋力とバネ、限界まで捻った体の回転力も乗せて全力全開の斬撃を叩き込む。
剣と爪がぶつかる甲高い音が鳴り、兄の爪がポッキリと折れる。障害を乗り越えた切っ先はそのまま進撃して行き、ゴムのような皮膚を貫通して深い傷を兄の体に刻んだ。
そのまま体を押し込み、剣を傷の中に突っ込む。そして根元まで貫通した剣を思い切り振り上げ、兄の体を両断した。
ゴボゴボと断末魔の名残を響かせながら、兄の体だった物が紅い血を大量に吹き出して地に伏す。ビクビクと痙攣を続けるそれの要所要所を完全に粉砕し、確実に死んでいる断言出来る所まで破壊してから、俺は弟の方を向いた。
「予想以上に大した奴だったよ、お前ら」
「あ……あぁ……」
首に剣が差し込む。それ以降、弟が声を発する事は無かった。
次回予告
「クソがッ!!」




