治療
あらすじ
占ってもらったら守護騎士が入棺した
遅くなってごめんなさい
代わりに次の話は早く投稿できるからゆるしてくださいお願いします何でも(ry
「ほらほら、こうですか? 此処をこうするとどうです?」
「あ、ふぅ、や、ひひ、ぁめぇ、あひ、ふひゃぅひぁぁ」
「んー、それともこっちですか?」
イノセンシオさんの元を訪れてから十日。俺はウタヒメの部屋のベッドの上で、エルネスタさんから凄まじい責め苦を受けていた。嗜虐的な表情を浮かべたエルネスタさんに拘束された上に圧し掛かられ、俺は身を捩る事しか出来ない。
「も、もぉやめ……あふっあひゃぁ」
「うーん……三十分やっても効果無し。これで民間療法はネタ切れですか」
「あふ、はぁ、はぁ……はひぃっ……はぁ……」
予め決めておいた時間が経過したらしく、俺の体中を捏ね繰り回していたエルネスタさんの漸く手が止まった。お蔭で呼吸に意識を回す余裕が生まれた為、俺は痙攣する体を必死に抑えながら酸素を取り込む。ビクンビクン。
ちなみに何をやっていたかというと、喪失した記憶を思い出す為の民間療法的な物だ。三十分間擽り続けるというふざけている割には過酷な治療法だが、残念な事に効果は無いようだ。
「効果があったのは全三十四の内二つだけ。それも頭痛を引き起こす程度……芳しくありませんねぇ」
「……あとはクスリだけですか……っく」
拘束具を解き、汗やその他色々な液体でベタベタな体を拭きながら少し離れた所の机の上の小瓶に目を向ける。宇宙のような透き通った黒色の液体を中身に納めているそれは、服用すれば三日間の昏睡状態に陥るという副作用を持つ向精神薬だ。これを服用し、暗示を掛ける事で失われた記憶を取り戻せる可能性があるらしい。
そのクスリを使いたくなかったが故に、一般的な治療方法やふざけた民間療法まで実践していたのだが、精々が頭痛を引き起こすくらいで殆ど効果は無かった。最後の手段であった擽り療法も効かなかった為、次はこのクスリを使用した暗示を掛ける事になる。
……別に擽られるのが嫌だから後回しにしていた訳では無い。
「まぁまぁ、気絶している間のお世話はしっかりとやっておきますから」
「凄く安心出来ない」
「大丈夫ですよ、大丈夫。チコさんの体は隅々まで知っていますから」
「何で!?」
どうしよう、今からでも逃げたくなって来た。
「まぁそれはさておき、これから三日間は寝たきりになるんです。お風呂に行ってて下さい」
「分かりました」
エルネスタさんの言葉に従い、バッグから着替えやその他を取り出して脱衣所へ向かう。そこで服を脱いでタオルを持ち、扉を潜れば海中の光景が広がっている。この宿の名物にして、俺の記憶の中で最も不自然な場所である海中風呂だ。
ササッと体の汚れを落とし、浴槽に身を沈めて黙考する。記憶を失う前日、俺はこの風呂に入った後に外へ出た。その後吐血するまで街を当ても無く彷徨っていたのだが、酷く気分が落ち込んでいた事を覚えている。
さて、此処で不自然な所が出て来る。何故気分が落ち込んでいたのか、それが分からないのだ。俺の場合、面倒臭い護衛の仕事を終えて美味い生魚にありつけると喜ぶのが普通だ。落ち込む要因などひとつも見つからない。
となると、この風呂であった事の記憶が消えていると考えるのが自然だ。そして、消えている記憶は全てエルネスタさんに関連している事が分かっている。恐らくはこの風呂にエルネスタさんが乱入して来たとか、それで喧嘩したとか、そういう事があったのだろう。
おい記憶を失う前の俺、なんでエルネスタさんと風呂に入ってんだよ。
「お邪魔します」
「ふぁっ!?」
自分で自分にツッコミを入れた瞬間、海中風呂にカラカラと扉が開く音が響いた。慌てて振り返ると、此処数日で見慣れた灰銀の髪を小さく纏めたエルネスタさんの姿が見える。
慌てて顔を正面に戻し、深呼吸をして頭を落ち着かせる。あれは幻覚だ、幻覚に違いない。そう思い込み、念の為にタオルを腰に巻きながらもう一度振り向くと、そこには現実が待っていた。
「どうしました?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、何で入って来てるんですか」
「私はお風呂に行っててと言ったのであって、お風呂に行ってとは言ってません」
ゆったりとした湯浴み着を纏ったエルネスタさんはしれっとした顔でそう言うと、そのまま俺の隣にするりと入り込んで来た。その動作に躊躇いは一切見られない。コイツ、最初から狙ってやがったな。
「ふぅぅぅ~、いい湯ですねぇ」
「……えぇまぁそうですね」
グッと手足を伸ばすエルネスタさんから目を逸らしつつ同意する。熱い湯が擽られ続けて疲れた体に気持ち良いのは事実だ。だが、隣のエルネスタさんの所為で純粋にそれを楽しむ事が出来ない。
幾ら湯浴み着を纏っているとはいえ、肌色の面積はかなり多い。特に太股やら腕やらの辺りやうなじが特にヤバい。温まって肌が上気しているのも相俟って、俺の精神やら煩悩やらに凄まじいダメージを与えて来る。
いかん、落ち着け。深呼吸深呼吸ひっひっふー――
ズキン
――……ッ!
「どうしました? 記憶が戻りましたか?」
「いや、戻ってないです」
エルネスタさんの声に我に返った俺は、頭から手を離してそう答える。無理矢理思い出そうとした時や民間療法で効果があった時と同じ頭痛だったが、記憶は戻って来ていない。だが、同じようなやり取りや思考があったと確信するのには十分だ。
――記憶喪失前の俺、お前も乱入されて混乱したんだな。多分。
「それは残念です……いえ、僥倖ですかね……」
「……? どうしました?」
憂いを帯びた表情で湯を掬うエルネスタさんに問い掛けると、彼女は何も答えずに顔を背けて顔を湯に沈めた。そして暫くの間ブクブクと泡を湯面に昇らせたかと思うと、俺の方を振り向きながら顔をゆっくりと浮上させた。
「……ちょっと聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
「え? えぇ、良いですけど」
「ありがとうございます」
俺の返答に、エルネスタさんはホッとしたように息を吐きながら顔を湯から出す。エルネスタさんがわざわざ許可を取ったという事は、相当聞き辛い事を聞こうとしているのだろう。普段のエルネスタさんなら会話の途中で自然と聞き出していく筈だし、間違いない。
エルネスタさんが俺に何を聞こうとしているのか、それは今の俺には察する事が出来ない。しかし重要な事と分かっているのなら、それ相応の立場で臨むべきだろう。俺は軽く深呼吸をして心を落ち着かせ、エルネスタさんが話し始めるのを待った。
「私、心に決めた人がいるんですよ。まぁその想いが叶う事は無いんですけど、私にはその人を諦める事は出来ないんですよね。そうやって想いを引き摺りながら今まで生きて来た訳です」
「はい」
「それでですね、チコさんは私と同じ状況の時、他の人から想いを告げられたらどうしますか?」
「……え、俺が? うーん……」
流石に予想外の質問に一瞬面食らったが、何とか思考を飛ばさずに耐えて返答をどうするか考える。正直、前世でも今世でも恋愛を殆どして来なかった俺には答え難い質問だが、エルネスタさんもそれは承知しているだろう。それならば、精一杯考えて正直に返答するだけだ。
さて、一方通行関係のど真ん中にいて、片思い相手には想いを伝える事が出来ない時に他の子から告白されたら……うん、これ凄く難しい。何が難しいって、経験した事が無い故に想像出来ないから難しい。
まぁ、それでも俺なら――
「俺なら断ると思います。多分、自分が想っている人を諦められないですからね」
俺の答えを聞いたエルネスタさんは、小さく「そうですか」と呟いて何かを考え込むかのように俯いた。これから自分の考えを纏め、結論を出すのだろう。どんな結論を出すのかは分からないが、それがエルネスタさんにとって最良の選択である事を祈っておこう。
……一方通行。神に仕える天使。籠絡。記憶喪失…………あれ?
「え、エルネスタさん? もしかして――」
「あ、チコさん。私先に上がってますから、昏睡状態になる心の準備が出来たら来てくださいね」
俺がその推測を口にする前に結論を出し終わったらしいエルネスタさんは、俺が言葉を挟む間も無くそう言い残して風呂から出て行った。まるで聞かれたくない事から逃げるように素早く、有無を言わせぬ強いオーラを漂わせながら。
「……今は集中するか」
浮かんだ疑問と推察を心の奥へ封じ、温かい湯から脱出する。これから始まるのは、大切な記憶を取り戻す為の治療。エルネスタさんに負担を掛けるのだから、彼女が嫌がっている事をするべきではない。
――気になる事は、記憶を取り戻した後で聞けば良い。
濡れた体を拭き、これから三日は着る事になる柔らかい寝巻きに身を包んで部屋に戻る。奥にあるベッドの横には、既にクスリを用意したエルネスタさんが何時もの無表情で待っていた。
「此処に横になって下さい」
「了解です」
エルネスタさんの指示通りにベッドに横たわり、差し出された黒い液体の入った小瓶を受け取る。封を開けると、腐った果実が発する甘い匂いとアルコール臭が混ざったような何とも言えない香りが鼻を刺激した。
「不測の事態が起きない限り、目を覚ますまで私が面倒を見ますから安心してください」
「お願いします。次は記憶を取り戻した状態で話しましょうか」
安心させようとしているのか、綺麗な笑みを浮かべたエルネスタさんに笑い返して俺は黒い液体を一気に飲み干した。微妙な見た目や臭いに反して、味はフルーティーで意外と飲みやすい。アルシナの味なのか、それとも何かを加えた味なのかは分からないが、イノセンシオさんは良い仕事をしている。
そんな馬鹿な事を考えている内に、段々と頭がくらくらとして来た。酩酊感とは違う靄のような感覚が頭を覆い隠し、感覚が曖昧になって行く。それでも、耳に届く心地良い音はしっかりと脳に届いている。
『記憶を呼び戻せ』
その言葉を聞いた記憶を最後に、俺の感覚は何処かへスッと溶けていった。
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チコがイノセンシオ印の抑制剤を服用し、エルネスタに暗示を掛けられている時と同時刻。マール王国王都から、いや、マール王国との国境からも遥かに離れた石造りの城の最上階の部屋にその人物はいた。
艶やかな黒髪と人形のように整った顔、まるで精巧に作られた芸術品のように整った体躯。神にも愛される美の化身と評しても過言では無いほどの美貌は、しかしその女の小さな特徴のひとつでしかない。
彼女の外観で最も目を惹く部位。それは背中、肩甲骨のある部分から伸びている六枚の翼だ。先の魔闘大会の優勝者が見せたとされる翼に酷似した六翼の色は、純白ではなく虚無の漆黒。何処までも黒く染まったその翼をゆらゆらと揺らしながら、静寂が満ちる部屋の中央で、女は待っていた。
まるでそこだけ音という概念が欠落したかのような静寂は、しかし唐突に終わりを告げる。部屋の入り口のひとつである木製の扉を外側から叩く音に、女は静かに閉じていた眼を開いた。
「入れ」
「失礼します」
女性にしては低めの威厳を感じさせる女の声に、扉を叩いた本人である少女が可愛らしい声で続いた。扉を潜って現れた少女の背にも、やはり目を惹くであろう美しい翼。女の翼と違う所と言えば、数が二枚しかない事と僅かに小さい事、そしてその色が純白である事だろうか。
キラキラと輝く金髪を二つに纏めた二翼の少女は、女の前に立つと小さく敬礼の動作をする。敬われた女は面倒臭そうな表情でそれを受け取り、顎で用件を話すように促した。
「出現地点の特定が完了致しました」
「何処だ」
「マール王国王都の北西、約五十キロの距離です」
少女の言葉を聞いた女は部屋中に舌打ちの音を響かせると、足と腕を組んで瞑目する。それに対して少女は何ら反応を見せる事無く、ただ自らが仕える存在が次の言葉を発するのを待った。
「……秘匿するのは無理そうだな」
「不可能でしょう。軍の規模が大きすぎます」
「そうか……」
女は目を閉じたまま空を仰ぎ、「潮時か」と呟いた。何処か哀愁の色を漂わせるその声を、少女も一人頷いて肯定する。それを知覚したのかは定かでは無いが、女は姿勢を元に戻して少女を真っ直ぐに見た。
「第一から第十九軍まで出撃命令。目的地はマール王国王都。第二十軍には国防命令を出せ」
「マール王国への対応は如何しましょう」
「余が直接赴こう。魔闘大会で我等の存在は証明されている。然して問題にはなるまい」
「了解しました。第一軍から第十九軍まで出撃命令。目的地はマール王国王都。第二十軍には国防命令を発します」
少女は女の命令を復唱して敬礼すると、踵を返して部屋を出て行った。直後、一人になったその瞬間を見計らったかのように女の嘆息の音が響き、同時にカチリと何かを開くような音が混じった。
「主よ……止めてくれるなよ」
女が開いたのは、首に下げていたロケット。中に入っているのは、一枚の色褪せた絵。描かれているのは優しげな笑みを浮かべた少女と、それを囲む六枚の翼を持つ四人の少女達。
その写真を愛おしそうに一撫でした後、女は静かにロケットを閉じる。同時に纏うは猛々しき覇気。剣聖の称号を手にした者の中で最強と名高かった者をも屈服させた圧倒的な圧力を振り撒きながら、女は更なる命を下知すべく部屋を出た。
――彼女の名はファルソ=インバジオ。インバジオ帝国を纏め上げる帝王である。
「さぁ……狂宴を始めようぞ」
次回予告
「ククク! まな板なのはお前にとって重要な事なのだろうな……クハッ!」




