占い師の診断
あらすじ
チコの股間がダイレクト喪失
「ここがあの占い師のハウスね」
「何処で使い方を習った」
「説明書を読んだのよ……って予想以上にボロボロですね」
クルス様から教えてもらった場所に赴いた俺達が見たのは、今にも海の中へ崩れ落ちてしまいそうな荒ら家だった。確かにボロ屋だとは聞いていたが、波を受けるたびに揺れるほどボロいのは正直予想外だ。倒壊するのを恐れてか周りの建物にも誰もいない為、辺りは閑散としている。
「本当にこんな所で占いなんてやってるんでしょうか……?」
「ホイホイ来られると困るほど占いが当たるんじゃないですかね」
エルネスタさんの疑問に適当に言葉を返しながら、腐り掛けている扉を足で二度蹴る。すぐに中からドタバタと走る音や何かを落とす重い音が響き、軋む音を立てながら扉が開けられた。
顔を出したのは、顔中に深い皺が刻まれた紫髪のエルフの男だった。ボロボロに擦り切れた古い深緑色のローブを羽織っている男は、酷く眠そうな表情を俺達の方へ向ける。
「はいはいどうもどうもぉ、この稀代の占い師イノセンシオ様に何か……おぉ? おぉぉぉぉぉ!? 金持ち!?」
次の瞬間、イノセンシオと名乗った男の顔から一瞬で眠そうな表情が消え、溢れんばかりに見開かれた目が俺とエルネスタさんの顔を交互に捉えた。そして突然のイノセンシオさんの行動に途惑う間も無く腕を掴まれ、荒ら家の中に引き込まれる。
「よしよしよし、君達の目的はちゃぁんと分かっているぞぉ? よぉし、少しそこで待ってなぁ」
ツッコミを入れる隙すらも与えずに俺達を入り口近くの椅子に座らせたイノセンシオさんは、扉を開ける前と同じようにドタバタと家の奥へと走って行く。俺達はそれを黙って見送り、その後顔を見合わせた。
この占い師に記憶の治療法が無いか尋ねる事を決めたのは今日の朝の事で、連絡等はされていない。故にイノセンシオさんが俺達の目的を知る術は無かった筈だ。
「占いって凄いですね」
「本当ですね。摩訶不思議です」
分からない事を無理に分かる必要は無い。俺達は早々に考える事を放棄すると、荒ら家の中を見回しながらイノセンシオさんを待つ事にした。
外見に反して意外に綺麗な室内は、シックな色の木材で作られた本棚が所狭しと並んでいる。その中にギッシリと詰め込まれた本は学問書から哲学書、絵本から娯楽本まで揃っていた。手に入る物を片っ端から集めているようだ。
……玄関からエロ本が見えるってどうなのよ。
その他に目立っている物と言えば、竜山脈でしか見る事が出来ない植物の数々だろうか。摩訶不思議な形と色をした植物が矮化され、小さなポットの中で生き生きと輝いている。よく見れば、図鑑には載っていない植物まであった。
「……しかも全部毒草だし」
向こうにある赤い蔓草は触るだけで手が爛れる毒。そこにある青い盆栽のような何かは花粉が猛毒。あっちの白っぽい草は果汁に触れると漏れなく即死。他の植物も殆どが致命的な毒を持っている。
「なんでこんな物騒な物ばかり育ててるんでしょうねぇ……誰か殺したい人でもいるんでしょうか?」
「流石にそんな事はしないぞぉ? 毒はまた薬にもなるというだけだぁ」
エルネスタさんが顎に手を当ててそう言った瞬間、両手にひとつずつ茶の入ったビーカーを持ったイノセンシオさんが戻って来た。どうしよう、この人マッド・サイエンティストの類かもしれない。
「カップが無くてなぁ。無害な薬品にしか使っていない物だから許してくれぇ」
「あ、はい……」
「ふむ、それで何だっけなぁ……あぁそうそう、君達が何故此処に来たかだなぁ、うむ。ちゃぁんと分かっているぞぉ」
イノセンシオさんは一人でうんうんと頷くと、ローブの内側から幾つかの小瓶を取り出した。机の上に置かれたそれを覗き込むと、赤色に青色、白色といった毒々しい色合いの液体や粉末、錠剤が見える。
赤色や青色、白色……。
ちらりと視線を横にやると、青い盆栽のような何かが返事をするようにゆらゆらと揺れていた。
「君達が来る事は占いで既に分かっていてなぁ。何かの治療法を探しに来たのだろう? どれ、話してみなぁ」
「分かりました」
近くの椅子に腰を落ち着けて大仰に腕を広げたイノセンシオさんに促され、俺は自分が部分的な記憶喪失である事、その治療法を探していた事を話す。恐らく記憶を失う切欠となった存在であり、機密事項でも破壊の精霊については適当にぼやかしておいた。
時折相槌を打ちながらそれを聞いていたイノセンシオさんは、話が終わると難しい表情をしながら顎に手を当てた。
「記憶の復元かぁ。難しい所だなぁ」
「やはりですか?」
「前例が殆ど無いからなぁ。まぁ治療方法を提示出来ない事は無いなぁ」
「本当ですか!?」
エルネスタさんはイノセンシオさんの言葉に素直に喜んでいるが、俺はまだ喜べなかった。イノセンシオさんは治療方法を提示出来ると言っただけで、治療出来るとは言っていないからだ。前例が殆ど無いという言葉も不安に拍車を掛けている。
恐らく、イノセンシオさんが提示出来る治療方法は訳有り……それもかなりのリスクが伴う方法だ。そうでなければ、難しい所などという単語を使う筈が無い。出会って数分だから確証は全く無いが。
「それはどんな方法で?」
「んー……まぁこの薬を使うんだがなぁ……」
そう言いながらイノセンシオさんはローブの中に手を突っ込み、空色の液体が入った小瓶を取り出した。最初に取り出していなかった事を考えると、試作品か劇薬、或いは麻薬の類か。どちらにせよ、まともな薬では無いだろう。
「これはアルシナという幻覚作用のある毒草とその他諸々から作った薬なんだがなぁ。一応、暗示を掛ければ強い催眠効果で記憶が戻る可能性がある」
つまり、脳の働きを抑えて意識を朦朧とさせている内に外から働き掛け、深層意識から記憶を呼び戻すという事か。使用方法によっては、尋問や洗脳にも使えてしまいそうだ。なるほど、碌なクスリじゃないな。
それに、枕詞に一応と付いているとなると、懸念事項はそれだけでは無いのだろう。
「……君達は気づいているようだなぁ……」
「えぇ……これでも永い間生きてますから」
「ハッハッハ、面白い冗談だなぁ」
イノセンシオさん、仮にあなたが四桁行っててもエルネスタさんは多分万とか億とか行ってますよ。
「この薬には強い副作用があってなぁ。使用後暫くすると、三日は続く昏睡状態に陥ってしまうのだよぉ」
「三日もですか?」
「体質によってはもっとだなぁ」
予想以上の副作用の強さに、俺達は思わず目を剥いた。昏睡状態に陥るという事は、脳機能が麻痺するという事だ。それが三日以上、場合によってはもっと続く。どうやら、脳への影響が強すぎる所為で薬にはならなずにクスリ扱いされたようだ。
正直、使ったら数日間意識不明になるようなクスリを使いたいとは全く思えない。明らかに脳にダメージを与える事になるし、眠っている間に何かが起きても対応出来ない。破壊の精霊の事もある。出来る限り意識は保っておきたいのが本音だ。
「他に有用な物は無いのですか?」
「ある事にはあるが……期待は出来んぞぉ?」
「構いません、教えて下さい」
俺と同じことを考えたらしいエルネスタさんに請われてイノセンシオさんが他の方法を教えてくれるが、確かにあまり期待出来ない民間療法ばかりだった。しかしやらないよりはマシだろう。クスリは最終手段だ。
……でも男に迫られるだけは勘弁して欲しい。自己防衛本能を活性化させて記憶を呼び戻そうとしているみたいだが、絶対にやりたくない。
「――私が知っているのはこのくらいだなぁ。他に聞きたい事はあるかぁ?」
「いえ、ありがとうございました。とりあえず全部試して……それでも駄目なら、そのクスリを使おうと思います」
「それが良いだろうなぁ。さて、薬の代金だがぁ……」
品定めするような目で見て来るイノセンシオさんに、俺は内心で少しだけ身構えた。滅多に採取される事の無い竜山脈の毒草から作られたクスリだ。さぞかしお高いのだろう。
だが、俺はSSランク冒険者としてそれなりの期間活動して来た。蓄えならば全冒険者――、いや、個人の持つ財産ならば全世界でもトップクラスの筈だ。法外な値段を吹っ掛けられても何とかなる。多分。
「そうだなぁ、原材料費として白金貨三枚と大金貨五枚、それと占いが一回でどうだぁ?」
「占い?」
予想外の要求に、俺は思わず目を丸くする。代金が白金貨数枚まで行く事はまだ分かるが、流石に占い師から代金として占わせて欲しいと言われるとは思っていなかった。
「最近他人を占ってなくてなぁ。暇なんだぁ」
そう語るイノセンシオさんの気配は揺らぐ事が無く、とても嘘を吐いているようには見えない。それどころかローブの中に手を突っ込んでそわそわしている所を見ると、占いがしたくてしたくて堪らないと思っているようにも見える。
ふむ。俺は占いの類を信じた事は無いが、どうせタダだし少し遊んでみても良いだろう。エルネスタさんは俺に任せるつもりのようだし、問題は無い筈だ。
「それじゃ、それでお願いします」
「良し来た」
満面の笑みを浮かべたイノセンシオさんがローブの中にしまっていた手を引き抜く。そこに握られていたのは、手の平サイズのカードの束だ。どうやらカード占いやタロット占いの類らしい。
「それでは何を占いたいか教えてくれるかなぁ? 何でも占ってあげよう」
「ん~……何を、かぁ」
カードをシャッフルしながらのイノセンシオさんの問いに、俺は腕を組んで下を向いた。そういえば、占いはある程度目的を決めておく物だった。ぶっちゃけ何でも良いのだが、どれか選べと言われると悩んでしまう。晩御飯は何が良いか聞かれた時の気分だ。
暫く何が良いか決められずに一人でうんうん唸っていると、隣から助け舟が出された。
「チコ……さん、悩んでいるのなら恋愛にでもしたらどうですか?」
「恋愛?」
「そうです。私も情報が欲しいので」
無表情で語るエルネスタさんを見ながら、そういえば彼女の目的は俺の籠絡だったという事を思い出す。なるほど、確かに俺の恋愛事情に関する情報は欲しいだろう。俺としても異論は無い。
……エルネスタさんも気になるんだろうな。抑えきれない好奇心を感じる。
「よし、それでお願いします」
「了解だぁ。じゃ、この中から好きな奴を選んでくれぇ」
差し出された五枚のカードの内一枚を適当に選ぶと、イノセンシオさんはそれを再び山札の中へ入れてシャッフルをする。そしてまた差し出された五枚から一枚を選び、それを山札の中へ入れてシャッフル。何度もそれを繰り返した結果、残ったカードは二枚になった。
「さぁ、裏返してごらん?」
イノセンシオさんの言葉に従ってカードを引っ繰り返すと、そこには全身甲冑を着て細剣を持った騎士の姿が描かれていた。騎士っぽい何かを司っている的な感じなのだろうが、つまりどういう事だってばよ。
「ほぉ、守護騎士のカードかぁ。中々面白いカードを引いたねぇ。『守護』『忠節』『意志』『頑固』『劣勢』『逆境』。他にもあるけど、今回関係あるのはこのくらいかなぁ……もう一枚は?」
促されてもう一枚を裏返すと、今度は埋葬される棺桶の絵が描かれていた。負けてるじゃん守護騎士。しっかりしろよ。
「んー、今度は棺かぁ。『愛情』『悲哀』『封印』『終焉』『遺志』と。いやぁ、変な組み合わせだなぁ……少し待ってなぁ」
カードを見て笑みを深めたイノセンシオさんは、それを手でクルクルと弄びながら軽く首を捻る。恐らく、タロット占いのように意味する物をどう解釈するのか考えているのだろう。
俺も少し考えてみる。終焉が迫る国で、最後の希望を守る為に奮戦する守護騎士。怪我をしても何を言われても退かなかった彼の活躍により国は救われたが、彼は永遠の眠りに就く事になった。その結果――
「よし、纏まったぁ。覚悟は良いかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
変な妄想に耽っている間に考えが纏まったらしく、イノセンシオさんがカードを弄るのを止めて俺の方を見た。俺も考えを打ち切って背筋を伸ばし、告げられるであろう結果に備える。
ただの占いだと頭では理解しているのに、期待に胸が高鳴って仕方が無い。そんな俺の思考に気付いたのか、イノセンシオさんは苦笑しながら口を開いた。
「君は何時か誰かを好きになる。しかしその想いは中々伝わらず、伝える事も出来ず、もどかしい日々が続くだろう。そして時が過ぎてしまえば、君はその想いを秘めたままその人に別れを告げるだろう。ま、柔軟な思考を持って勇気を出せば何とかなるんじゃないかなぁ?」
「なるほど」
中々に不吉な占いだったが、ちゃんと打開策のような物も聞く事が出来た。今後誰かを好きになるのかは分からないし、俺のような化物に心を開いてくれる女性が現れてくれるかも分からないが、その時はこの占いの結果が役に立つかもしれない。
しかし、俺を籠絡しようとしているらしいエルネスタさんはどう思っているのだろうか。占いの結果を聞く限りでは、俺がエルネスタさんを好きになったとしても一緒になれない気配が濃厚だが、どうするんだろう。
ちらりと横に目をやると、エルネスタさんは思い詰めたような表情で机の上に置かれた守護騎士と棺のカードを見詰めていた。
次回予告
「……ちょっと聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
そういえば、UPVが一万突破しました!
ありがとうございます!




