Mythology of ESTRELLA
中盤からはクルス・ディオス、巫女様視点です。
あらすじ
エルネスタが怒った。
永き時を生きる森の種族からも、永遠を知る竜からも忘れ去られた遥けき時代の彼方。創造神によって見守られた世界は、五柱の精霊によって管理されていた。
一柱は全てを照らし、温もりを与え、改変する精霊。彼の者の寵愛を受けし種族は、強大な力と安息を得た。
一柱は世界を覆い、命を生み出し、全てを受け入れる精霊。彼の者の寵愛を受けし種族は、全てが集まる坩堝の中で大きく成長した。
一柱は大地を守護し、森を育て、恵みを齎す精霊。彼の者の寵愛を受けし種族は、豊かな大地の恵みによって穏やかな生活を享受した。
一柱は空を駆け、子孫を運び、気ままに旅する精霊。彼の者の寵愛を受けし種族は、類稀なる好奇心と軽やかさであらゆる物を観た。
一柱は天に臨む山の頂にて微睡み、世界を見守り、調和を保つ精霊。彼の者は穏やかな眠りの中で全てを眺め、時折衝突する精霊を宥めた。
火、水、地、空、それぞれの権能を持つ精霊達は、自らの司る権能の中で生きる種族にそれぞれ祝福を与えた。祝福を受けた種族は大きく繁栄し、それぞれが強大な種族として世界に君臨した。
中でも最も繁栄したヒトという種族。四柱の精霊から祝福を受けしヒトは、強大な武力と知恵で持って他の種族を駆逐し、世界中に根を張った。
文明を築き上げ、世界の真理を追究し、やがて精霊の存在を突き止めたヒトの多大なる発展に、四柱の精霊は大きく喜んだ。精霊達はヒトの前に姿を現し、成長を祝福し、更なる加護を与えた。
世界の真理たる精霊の御姿を見たヒトは、今までの発展と更なる加護に感謝して精霊を崇拝した。しかしそれでも真理の追究を止める事は無く、精霊を、世界を研究し尽くした。
精霊が姿を現してから幾星霜の時が流れ、ヒトは遂にそれを見つけた。精霊達を生み出し、果ては世界を生み出した創造神の存在を突き止めた。
ヒトは遂に見つけた真理に歓喜し、喜んで創造神を崇めた。精霊も創造神も微笑みながらそれを受け入れ、ヒトの繁栄と信仰は絶頂を極めた。
その間、天の精霊は何をするともなく微睡み続けた。ヒトの繁栄によって衝突を止めた四柱を止める使命を失った天の精霊は、ヒトにその存在を知られる事なく夢の中で世界を眺め続けていた。
しかし、終わりは何時か訪れる物。悠久の時が流れ、驕ったヒトは幾つかに分裂して争い始めた。精霊の加護を用いて同族を殺め、世界を傷付け、滅びヘと誘い始めた。
創造神と精霊はそれに介入する事無く、静かに滅びの時を待っていた。加護を授けた者の手によって創造した物が、司る物が滅びて行く様を静かに眺めていた。
やがて滅びの手が大地を冒し、恵みを失わせた。海を冒し、これ以上の不浄は無いほどにまで汚した。風を冒し、病が全世界を巡った。火はそれらを焼き払う為の攻撃に使われ、何時しか忌まわしき物とされて使われなくなった。
司る物が滅びれば、精霊もまた滅びる。段々と弱って行きながらも、しかし精霊は争いを止めようとせず、創造神に訴える事もしなかった。加護を与えた者達によって滅ぼされる運命を受け入れ、静かにその時を待ち続けていた。
唯一それを是としなかったのが、永きに渡って世界を眺めて来た天の精霊だった。天の精霊は調和の乱れた世界を嘆き、調和を乱すヒトを恨み、それを是とした創造神と四柱の精霊を憎んだ。
しかし天の精霊が司るは調和であり、火や水や地や風を癒す力は持っていない。弱っていくそれぞれの力を均等に保つ事しか出来ず、世界が滅びて行く様を見る事しか許されていないと悟った天の精霊は、嘆きと憎しみに狂い叫んだ。
天の精霊の慟哭は天に臨む山の頂から全世界に鳴り響き、あらゆる生命がこれに共鳴した。有限で短きの命であるが故の生存本能から成る死への恐れが、世界中に届かぬ場所は無いほどに響き渡った。
世界を覆った嘆きは、やがて天の精霊の元へと集まった。世界中の恐怖の感情を一身に集めた天の精霊は、それをある一種の権能へと変じさせ、自らの内に取り込んだ。
そして生まれた新たなる精霊は、生を妬み、存在を怨み、全てを否定する精霊。天の精霊は、その嘆きによって破壊の精霊へとその姿を変じた。
存在の特異性故に何も力を持たなかった破壊の精霊は、苦痛を自らの力と成した。善を怨みで抑え込んだ。妬みで全てを覆い潰した。絶望で全てを侵食した。
天の精霊の暴走に気付いた創造神と四柱の精霊はすぐに止めようとしたが、破壊の精霊は受け付けなかった。兄妹たる精霊はのみならず、生みの親たる創造神をも傷付け、破滅の咆哮を上げた。
破壊の精霊は怨嗟を世界に振り撒きながら、まず天に臨む山を崩した。そして滅びの炎を撒き散らし、津波を起こして全てを浚い、地震で大地を砕き割り、竜巻であらゆる物を巻き上げ、世界を破壊し尽くした。
暴虐の限りを尽くされた世界は、五柱の精霊が共に手を携えていた時の面影すらも残していなかった。残ったのは、僅かに残った生と死に絶え乾いた大地の名残と腐敗した空気だけだった。
それでも破壊の精霊は止まらなかった。最後に残った生と、滅びかけた精霊と、憎たらしい世界を生み出した創造神へ爪を立てるべく、この世界を砕こうと天に臨む山の跡へ牙を向いた。
そこに立ち塞がったのは、僅かに生き残ったヒトの英雄だった。四柱の精霊に加え、創造神の加護も得た英雄は、滅びた世界の消滅を防ごうと破壊の精霊と対峙した。
英雄と破壊の精霊の戦いは熾烈を極めた。ぶつかり合う度に世界は軋み、衝撃波であらゆる物が消し飛んだ。何度倒れても、目的を果たす為に何度でも立ち上がり、再びぶつかった。
三日三晩に渡る戦いの末、破壊の精霊はとうとう力を使い果たした。しかし、英雄にも地に倒れ伏しながらも怨嗟の叫びを撒き散らす破壊の精霊を滅するだけの力は残っていなかった。
そこへ創造神が四柱の精霊を伴って降臨し、英雄に感謝の祝福を授けると共に破壊の精霊を世界に封じた。そしてもう二度とこのような事が起こらないよう誓い、世界を再生した。
そして誕生したのが、我々が生きている生命に満ちた世界、最誕星界エストレリアである。
再びこの世が戦火に沈む時があれば、破壊の精霊は再び現れ、世界を破壊するであろう。故に我々は誓わねばならない。英雄に敬意を払い、精霊を、神を敬い、平和を保ち続ける事を。さすれば何時か、天の精霊も再びその御姿を我等に見せるであろう。
これは戒めの神話である。
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「――以上が、チコ様にお話した神話――第一級機密『最誕』でございます」
今日二回目となる神話を話し終え、私は教皇様から受け取った禁書を閉じて深々と頭を下げた。そこまで重労働ではないが、話している相手が相手だけに精神力の消費が凄まじい。それを二度もこなした所為で、今の私は酷い疲れを感じていた。
その凄まじい相手とは、剣聖チコ様と天の使途エルネスタ様。世界で最も強く恐ろしい剣士と、私達創神教が崇める中でも一、二を争う存在に、語る事も憚られる機密を語る緊張の度合いは創造神ミツキ様から神託を受ける時と等しい。
教皇様や枢機卿の面々と比べればそれなりに気楽な立場の巫女である私が、何故そんな事をする破目になったのかというと、ルフィノが緊急事案を持ち込んで来たからだ。何でも吐血しているチコ様を見つけ、禁忌に関係があると見て連れて来たらしい。
そして教皇様が適当に理由を付けてチコ様から禁忌の事を詳しく聞き出した結果、私達が会議をしていた理由である第一級機密『最誕』に関連がある事が分かった。結果、私は第一級機密を語る事になったのだが、そこからがまた問題だった。チコ様が嘔吐してしまったのだ。
即座にルフィノが騎士を招き入れ、チコ様を医務室まで運ぼうとしたのだが、今度はそこにエルネスタ様が入って来られた。明らかに怒っている様子のエルネスタ様に迫られ、また第一級秘密を一から話す事になってしまった。
あぁ、もう本当に今日はツイてない。何が悲しくて天の使途様を怒らせなきゃいけないんだろ……そんな思考ばかりが浮かび、私は少しだけ涙が浮かぶのを感じた。
「……エルネスタ様? 如何なさいましたか?」
怪訝そうな教皇様の言葉に、私は軽く顔を上げた。視界の上の方に移るエルネスタ様は、まるで痛みを堪えるかのように片手に頭を当てている。仮面を被っていると思ってしまうほどに変化しない表情も、酷く歪んで困惑の表情を作っていた。
「破壊の精霊……? 天、の精霊……? 再誕……く、ぅ、ぅぁ……」
「エルネスタ様!?」
「待ちなさいルフィノ! 私がやります」
倒れたエルネスタ様に慌てて駆け寄ろうとするルフィノを制し、代わりに私が傍に寄る。これでも神官、医術の心得はある。それに、エルネスタ様に他の男が触れたとチコ様が知ったら……いや、止そう。
エルネスタ様を仰向けにして、熱や脈の乱れ等が無いかを診る。身体の方には異常は無さそうだ。となると、チコ様と同じく精神的なショックと言った所だろう。一先ず医務室に運ばせた方が良さそうだ。
「ルフィノ、女性の神官を呼びなさい。医務室に運ばせます」
「既に」
ルフィノが答えると同時に、女性の神官が数名入室して来てエルネスタ様を抱えた。彼女達にエルネスタ様を医務室にいるチコ様の隣に寝かせるように指示し、退出を確認してから私は教皇様の方を見た。
「教皇様、エルネスタ様の今の反応は……」
「えぇ……封じられている、といった所でしょうねぇ。恐らくは創造神様の手によって」
頷いた教皇様は、私に元の席に戻るよう促しながらヒソヒソと言葉を交わしている枢機卿達を退出させた。残ったのは、教皇様と私、そしてチコ様と親しいルフィノの三人だ。
「教皇様、何故エルネスタ様は記憶を封じられているのですか? 神託によれば、エルネスタ様は創生の時より生きる旧き天使です。創造神様も最も信頼する天使だと申されておりましたし……」
「それは私にも分かりません。ですが、創造神様が記憶を封印しなければならない、深い事情があったのでしょう」
私の問いにそう答えた教皇様は、私から機密書を受け取って懐に入れた。教皇様でも分からないのなら、他に分かる者などいないだろう。それこそ、他の高位の天の使途か四柱の大精霊、そして創造神様なら知っているかも知れないが、私達が伺いを立てる術は無い。
だが、見た限りでは機密を知った事を切欠に記憶の封印が解かれ掛けているように見えた。必要ならば、いずれ私達にも本当の神話を話してくれるだろう。必要ないのなら、無理に知らなくてもいい。
「エルネスタ様も心配ですが、問題なのはチコ殿の方です。クルス、千二百五十二ページを」
「は、はい!」
硬い声の教皇様に従い、私は禁書の千二百五十二ページ――第一級機密『最誕』にて、破壊の精霊が生まれたページを開いた。それを机の上に置くと、教皇様とルフィノが横から覗き込んで来る。
「チコ殿の話を聞く限り、禁忌を指しているのはこれですね」
そう言って教皇様は、『存在の特異性故に何も力を持たなかった破壊の精霊は、苦痛を自らの力と成した。善を怨みで抑え込んだ。妬みで全てを覆い潰した。絶望で全てを侵食した。』と記されている部分に指を置いた。
「ふむ……苦痛を自らの力と成すのが身体強化、善を怨みで抑え込むのが活性、妬みで全てを覆い潰す魔力破戒、絶望で全てを侵食するのは……レグロが魔闘大会で使った、瘴気を広げる技でしょうな」
頭の回転も早く、立場上循環系魔法を目撃する事が多いルフィノが、神話の指す魔法を当てる。私は良く分からなかったのだが、ルフィノの指摘でなるほどと納得出来た。教皇様も頷いている。
「この神話が正しいと仮定したなら、現在に続く循環系魔法は破壊の精霊の生み出した術……いえ、既に権能と化しているでしょうね。それを弱めた物に違いないでしょう」
「つまり禁忌は、循環系魔法を原初の物に近付けるのですか?」
「概ね、その通りでしょうね」
教皇様の肯定に、魔闘大会で見たチコ様の姿を思い出して身震いする。エルネスタ様と戦っている時、特に後半の時のチコ様は、移動するだけで衝撃波を発し、結界を揺らがせる正しく鬼人のような戦いぶりだった。今まで生きて来た中で、あれほど恐ろしい物は無かった。
思えば、あの時のチコ様は禁忌を使っている証の揺らぎが無かったように思える。しかし身体能力は禁忌を使っている時よりも上で、最高位の天の使途であるエルネスタ様をあと一歩まで追い詰めていた。恐らく、禁忌よりも更に危険な領域へと踏み込んでいたのだろう。
高位の天の使途の結界を揺らがせるほどの衝撃波を、移動だけで生み出すほどの力。その源である破壊の精霊の権能。あの力がもし、神話と同じように私達の世界へと向けられたら……。
「クルス、失礼な想像をするのは止めなさい。それで一番苦しんでいるのは、他ならぬチコ殿なのですから」
「は、はい、すみません……」
顔色が悪くなったのを見られたらしく、教皇様が厳しい表情で私を窘めた。私は慌てて頭を振って悪い想像を追い出し、目の前の話に集中する。
「チコ殿の戦いを見る限り、権能の効果はこの神話にある程度表されていると思われます」
「私もそう思います。そうなると一番問題になるのは、怨みと絶望の二つ、ですねぇ」
「そうですね。絶望はレグロが使った時、レグロとチコ様は酷く体を侵されたようでした。活性の方は、心の方まで一度壊して再生するのでしょうか……」
推論を披露すると、教皇様とルフィノは同意するように首を縦に振った。今の所チコ様はこの二つを使っていないようだが、目が覚めたら絶対に使う事が無いように釘を刺しておかなければならないだろう。
恐らく、この二つを原初の状態で使ったら、チコ様は死ぬ。怨みなら心を漂白されて、絶望なら体の隅々まで冒されて。
「……気付けて良かったのか、気付かない方が良かったのか、分かりませんな」
「全くその通り……だけど、創造神様はこの事を知らせたかったのでしょうねぇ」
「そう、ですね……そうでなければ、第一級機密について精査しろだなんて神託、突然下す訳がありませんから」
私は血の気が引く感覚にクラクラとしながら溜息を吐くと、禁書を閉じて教皇様に手渡す。顔色が悪い教皇様はそれを受け取ると、懐にある魔道具の中にしまい込んだ。
「兎も角二人とも。今日のこの話は内密にするように。チコ殿とエルネスタ様以外には、決して聞かれてはなりません」
「ハッ!」
「分かりました」
最後に教皇様の命令を受けて、私達はその部屋を後にした。
――ほんと、今日はツイてないわ……。
次回予告
「黙れェェェッ!!!」




