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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第三章―二人の異変―
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渦巻く感情

エルネスタ視点でお送りします。

あとあらすじも付けてみます意見下さい。


あらすじ

チコが吐いた(血を)

 マール王国王都で最も人気の宿、ウタヒメの誇る海中風呂。シンと鎮まった風呂の広々とした浴槽の端で、私はぼんやりとガラスの向こうの海面の更に向こうにある月を眺めていました。


「心、ですか……」


 顔を蒼白にして飛び出して行ったチコが、直前に吐露した欲望。初めて聞いたチコの欲する物は、私の心という想像もし得なかった物でした。人の持つ基本的な欲求ではなく、以前求めていた強さでもなく、私を求めたのです。


 正直、嬉しいというよりも途惑う気持ちの方が大きいです。何故なら、チコは私の行動に照れた事はあっても、好意を示してくれた事は無かったからです。


 ……いや、今思えば兆候はあったのかも知れません。魔闘大会が終わってから、チコは何度か思わせ振りな行動をしていたように思えます。何で気付かなかったのか、自分で自分が不思議になって来ました。


「リディアは気付いていたんでしょうね……はぁ、何で私はこう……」


 分かりやすい好意にも気付けない自分が憎らしくて堪りません。その所為で早まった挙句、チコが隠し続けるつもりだったであろう気持ちを吐露させてしまいました。


 チコが吐露した想いを叶えてあげる事は、私にはとても出来ません。確かにチコは好ましい人だとは思いますが、主以外の者に心を開くのは誓いに反してしまいます。故に、私がチコに心を明け渡す事は出来ないし、する気も無いのです。


 そして、人は隠しておきたい気持ちを知られた時、知られた相手から離れたいという強い気持ちが働くそうです。例え知られた相手に好意を寄せていたとしても、人によってはそれから二度と声も交わさない事だってあると、部下の一人が言っていました。


 もしも……もしもチコがこのまま帰って来なかったら。傷付いたチコが、私から離れて何処かへ行ってしまったら。私は主の信頼を裏切ってしまう事になります。それに、チコに謝る事も出来ません。


 私が、私が早まってチコの気持ちを弄んだ所為で。


「……行かなくちゃ、いけませんね」


 こんな所で、ぬくぬくと自己嫌悪に浸っている暇はありません。今すぐチコを探して、謝らなければなりません。気持ちに応えられないと告げるのは酷ですが、黙ったままでは私が押し潰されてしまいそうです。


「……ははっ」


 自嘲の笑い声が、立ち上がった私の口から小さく漏れます。


 ――結局私は、自分の事ばかりで周りを見れていない。


 風呂から上がって部屋に戻ると、剣を含めたチコの荷物がまるまる残っていました。どうやら、服だけを着て外へ飛び出して行ったようです。冒険者カードも置いたままですし、少し心配です。


 何時もの白ローブをサッと身に纏い、最低限の自分の荷物と全てのチコの荷物を持ってウタヒメを出ます。チコは相変わらず気配を消しているようで、どの方向へ向かったのか検討も付きません。ですが、此処で待っていてもチコは戻って来ないでしょう。


 とりあえず、落ち込んでいる人が通りそうな陰気な場所を選んで進んで行きます。チコが気付ける程度に気配を薄くしたので、歩いていても絡んで来る人はいません。一人静かに歩きます。


 街中を誰とも話さずに歩くのは久し振りな気がします。何時もなら隣にチコがいて、それをからかっていたのですが……久し振りに味わう孤独というのは、存外に寂しい物なのですね。


 ……やっぱり、今はチコのいない生活は考えられないです。照れ屋で、弄り甲斐があって、優しいチコとの生活は、私にとってとても大切な物だったんです。失くしたくない。手放したくない、掛け替えのない物のひとつなんです。


 でも、チコの想いに応えられないと告げれば、チコは私の前から去ってしまうかもしれない。日常が潰えてしまうかも知れない。そんな考えが頭を廻り、不安の炎に息を吹きかけて来ます。


「……ッ!?」


 そしてその不安を現実に顕したかのように、私の右手側の方角からそれが伝わって来ました。


 グランテーサ王国にいる時に何度か感じた、肌を舌で舐められたような悪寒を催すおぞましい魔力。チコが戦い、傷付きながら勝利したブラスやレグロの持つ魔力と同質の気配。


「これは濃縮付加の瘴気……!? レグロ……いや、これは……!」


 最初は神殿騎士見習いとしてこの街にいるレグロの物かと思いましたが、それにしては魔力の量が多過ぎます。此処までの魔力を持っている人間には、数人しか心当たりがありません。勿論、その中にはチコも含まれています。


 ですが、チコの魔力はこんなにおぞましい物では無かった筈です。寧ろ心地の良い、安心感を与える物だった筈なのですが……。


 そこまで考えた所で、ある推測が私の中に浮かびました。


「もしかして、負の感情に合わせて……?」


 今まで瘴気を発していた者は、負の感情に取り付かれていたように思います。ブラスはチコへの復讐心に燃え、魔王級の竜は巣を離れて街を襲おうとしていました。レグロに関しては良く分かりませんが、濃縮付加自体が激しい痛みを伴う事を考えると、負の感情に支配されていてもおかしくはありません。


 しかしチコは、痛みに負ける事も復讐に走る事も無く、ただ最強を目指していました。その願いが挫折した後も、特に堪えた様子は無く平然としていました。


 ですが、今日のチコは秘めていた想いを私に打ち明けてしまい、酷く狼狽している筈です。思考はネガティブな方向へ落ち込みやすくなっている筈ですし、安直な考えに走ってもおかしくはありません。


 もしも私の推測が正しければ、今のチコは負の感情に取り付かれて冷静さを失っているかも知れません。そうなれば、何時暴れだしても不思議では無いでしょう。そして、チコの手に掛かれば街ひとつ消し飛ばすのは容易な事です。


 大国の中心であるこの街が消滅すれば、一体どれほどの人が死んでどれほどの混乱を巻き起こすのか、想像に難くありません。それは主の意にも反しますし、チコの意にも反する筈です。


「止めないと……!」


 最早出し惜しみをしている時ではありません。一般人に見られてしまうかも知れませんが、私のプライドよりも主とチコの心の方が数百倍は大事です。一瞬体が強張りましたが、私は拳を握り締めて翼を広げました。


 一枚で私の身長ほどもある翼が六枚。その全てに力を込め、私は忌々しい魔力を感じた方向へ飛び立ちます。出来る限り早く到着する為に高度は取らず、魔法で空気抵抗も排除して矢のように。そうして見つけた袋小路には、既に誰もいませんでした。


 降り立って見ると、辺りには忌々しい魔力の残痕に混じって濃厚な血の臭いが漂っています。誰かが此処で大量の血を流したようですが、桟橋の上には何も残っていません。


 もしやチコが誰かを此処で殺してしまったのかと思いましたが、こびり付きやすい血の汚れを木製の桟橋から消し去るには放出系魔法が不可欠です。チコは放出系魔法を使う事は出来ませんし、今は魔道具すら持っていないので汚れを落とす事は不可能です。協力者がいれば別ですが、この国にいる知り合いは皆犯罪を見逃すような人達では無いですし、大丈夫でしょう。


 そしてもうひとつ、この場で転移魔法が発動した痕跡を見つけました。細い細い魔力の糸が、ある一点を基点にして何処かへと伸びています。私が此処へ到着するまでの短時間で転移魔法を使う事など、例の学園長がイラーナさん辺りしか出来ない筈ですが、此処は魔道具開発の最先端を行く創神教の神殿(総本山)もありますし、そういう魔道具があるのでしょう。


 チコがいた痕跡は見つけられませんでしたが、忌々しい魔力の発露、つまり魔力の濃縮を行った人物がいた事は確かです。そしてそれが出来る人物は、今の所レグロとチコの二人だけ。更に魔力量の事を考えれば、此処にチコがいた事は確実です。


 つまり、この魔力の糸の先にチコはいる筈。


 翼を広げ、空を飛んで魔力の糸を辿ります。今にも霧散してしまいそうな僅かな魔力を吹き飛ばさないよう、慎重に慎重に探ったその先は、ある建物へと続いていました。


 宝石のように輝くミスリルの屋根を支える、白い大理石で出来た壁。所々に埋め込まれるように精霊像が彫られているそれは、マール王国王都で二番目に巨大な建物に当たります。一本だけ突き出た塔に掲げられているのは、創神教のシンボルでもある斜め十字。


「やはり神殿ですか……」


 転移という一般に出回っていない魔道具を使ったと思われる痕跡もありましたし、予想通りと言った所でしょうか。教会は天使である私と行動しているチコにも敬意を払っているので、犯罪さえ犯していなければ邪険な扱いはされていないでしょう。


 問題は何故神殿に行く必要があったのかという事ですが……まぁ、そこは会ってから問い詰めるとしましょう。忌々しい魔力の原因も探らなければなりませんし。


 魔力の糸は途中で神殿の壁に潜ってしまっていたので、正面入り口の上空に回って翼を畳みます。浮力を失った事で体が落下し始めますが、この程度の高さであれば問題ありません。膝で衝撃を吸収し、警護の神殿騎士の前に私は降り立ちました。


「な、何者だ!?」

「う、上から……!?」


 警護の騎士は一瞬面食らったようですが、すぐに槍を構えて穂先を私に向けて来ます。この対応の早さ、良く鍛えられているようです。


「私はエルネスタと言う者です。少し用があるので……そうですね、押し通らせてもらいます。怒られないよう頼んでおくので、許して下さいね」

「なっ!? 貴様、何……」


 最初は私の正体を知っている上層部の方に取り次いでもらおうかと思いましたが、急いでいますし面倒なので押し通る事にしました。悪いですが、警護の騎士には眠ってもらいましょう。


 空気の塊を顎にぶつけて騎士を昏倒させ、神殿の中へ侵入します。警護の騎士の報告が行き届かなかったのか、増援が来る気配はありません。倒れたら何か発信される魔道具くらいはあると思ったのですが、意外と無い物ですね。


 さて、後はチコがこの神殿の何処にいるかです。チコ自身の気配を探るのは不可能なので、ルフィノさんや巫女クルス、教皇アヌンシアシオン、その辺りの気配を探ります。


「……ふむ、固まっていますね。会議……いえ、何か暗い話をしている……?」


 チコに教えてもらった通りに気配を探れば、上層部の人達が一部屋に固まっている事がすぐに分かりました。更に波を分析してみれば、陰鬱な感情が伝わって来ます。


 何を話しているかは分かりませんが、チコの行方を聞くには最適です。いえ、それ以前に彼等で無ければ話してもくれないでしょうが、まぁそんな事はどうでも良いです。


 集まっている場所へのルートを、他の人々の気配を元に探ります。どうやら神殿の奥には長い廊下が走っていて、その中央に彼らは居るようです。そこまでの道程も、大体計算出来ました。


 その計算に沿って、時折修正をしつつ神殿の中を進みます。すれ違う神官や神殿騎士は、明らかに教会関係者ではない私を見て訝しげに眼を細めていましたが、そんなのはどうでもいいです。


 ……途中で下卑た視線を投げ掛けてきた男には不快感を覚えましたが。


 暫く進むと、恐らく彼らが集まっている部屋にも繋がっている長い廊下まで出ました。普通に歩けば、端から端まで十数分も掛かってしまいそうなほどの長さですが、幸いにも中央へはそこまで遠くなさそうです。


 足早に廊下を進み、彼らの集まっている廊下の中央を目指します。幸いにも、廊下の何処にも騎士が警護している様子はありません。そんな甘い警備で大丈夫なのかと聞きたくなりますが、今は好都合です。


「あれですね」


 暫く進むと、他の扉には無い彫刻を施された扉が見えて来ました。位置的に考えても、間違い無くあそこが目的地でしょう。あそこに行けば、チコの行方が分かる……私の行き足も、自然と速くなって来ました。


 そして後少しで扉に到着するというその瞬間、部屋の中の気配が急に慌しくなり、その直後、近くにある別の扉が開いて何人かの騎士が飛び出して来ました。


 襲撃かと咄嗟に身構えましたが、騎士達は私に目もくれずに慌てて中央の扉へと駆け込んで行きます。魔力の流れから察するに、魔道具を通して中から何か報告を受けたようです。非武装なので誰かが暴れたという事は無さそうですが……。


「――よし、チコ殿を医務室へ! 道中で吐かせても構わん。ベッドに寝かせた後、睡眠薬を投与しろ!」


 その言葉が耳に届いた瞬間、私は即座に部屋へ乱入しました。


「チコッ!?」

「ぬおっ!? え、エルネスタ様?」


 部屋に入った時にまず感じたのは、鼻を突く酸のような臭いです。続いて喘ぐような荒い息遣いと水音が聞こえ、続いて部屋の中央にある椅子の前で四肢を着くチコの姿が見えました。


 チコの足下には水溜りが出来ており、酸の臭いはそこから発されていました。口元も濡れていますし、あれの正体は胃液でしょう。チコの顔が土気色になっている事からも、過呼吸になっている事からもそれは明らかです。


 人間が嘔吐をするのは、体調不良による物と精神的なショックによる物があると言います。チコが体調不良になる事はまず有り得ないので、確実に後者が原因で嘔吐したのでしょう。


 ですが、不可解です。チコの精神力の強さは、人間の水準を大きく逸脱するほどです。生半可な事では揺らぐ事すらせず、ましてや嘔吐するほどショックを受ける事など、ほぼ有り得ない筈なのです。


 ならば、何故――


「え、エルネスタ様、ご安心下さい! チコ殿は我々が確実に治療致します! 勿論、チコ殿が体調を崩された原因もご説明致します!」

「当たり前です」


 自分でも驚くほど低い声が出ました。慌てたように弁明していたルフィノも、座ったままの教皇も、巫女も、その他の者も皆等しく硬直しています。


 私はチコとその周りの騎士を転移させて部屋から出しました。同時に風を起こして扉を閉め、全身に魔力を滾らせながら表情を強張らせている神殿の関係者を睨みます。


「さて……何故チコがあぁなったのか、聞かせてもらいましょうか」


 その時の私の中には、確かに怒りが渦巻いていました。

次回予告

「えぇ……封じられている、といった所でしょうねぇ。恐らくは創造神様の手によって」


☆お知らせ☆

Twitterなら更新した事がすぐに分かるよ!多分。

ID→@katsnariyoshiki

KATSUじゃないよ、KATSだよ。

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