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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
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師弟の戦い

ディオニシオ視点です

 十歳の頃、ボクは住んでいた村を巨獣の襲撃で滅ぼされた。見るだけで凄まじい恐怖を齎すほどの巨躯とそれが生み出す強大な力で、皆が住んでいた家を、耕していた畑を、そして避難していた洞窟を、その巨獣は全て埋め尽くして行った。


 ボクが助かったのは偶然に過ぎない。偶然村に滞在していて馬を持っていた冒険者が、偶然村の外に出ていたボクを偶然見つけて助けてくれて、偶然その巨獣から逃れる事が出来た。


 その冒険者は優しい人だった。そして強い人だった。美しい波紋を描く刀を操り、近付く魔獣を薙ぎ倒す様は正に英雄のようだった。だけどその冒険者でさえ、強大な巨獣を相手に為す術も無く逃げる事しか出来なかった。


 その冒険者に連れられて命辛々村から脱出したボクは、家族を失った悲しみと巨獣への復讐心で壊れ掛けていた。自分には力が無いにも関わらず、冒険者の目を盗んで村へ戻ろうとした。


 当然、その冒険者がボクを逃がす筈が無かった。そっと抜け出そうとしたボクを羽交い絞めにして、無理矢理地面に押さえ込んで……拘束を解こうともがき、巨獣への怨嗟を吐き散らすボクに冒険者は言った。


『ごめんなさい……ごめんなさい』


 冒険者の口から出たのは、掠れて聞き取る事すらも難しくなった謝罪の声だった。冒険者もまた、村の人を見捨てた罪悪感に苛まされていた。それを理解した瞬間、ボクはもがくのを止めてその冒険者を見つめた。


 ボロボロと涙を零し、壊れた玩具(おもちゃ)のようにごめんなさいと呟き続ける冒険者に、ボクは哀れみと同時に暖かな感情を感じた。この人は出会って一日足らずの人を見捨てただけで罪悪感に苛まされている。助けを求めている。


 ボクは手の拘束を解き、そのまま冒険者の背に手を回した。冒険者もまたボクの背に手を回し、互いに涙を零してわんわんと泣いた。死んでしまった村の皆へ、何度も何度も謝りながら。


 それが師匠との――アメリアさんとの出会いであり、ボクが恋をした瞬間だった。






---






「アァァァァッ!!」

「クッ……!」


 何時もの流れるような物とは違う、荒々しく重い斬撃が何度も何度も打ち込まれる。基本的な技術で一段も二段も劣るボクは、チコさんに教えられた通りに気配を読んで攻撃を先読みする事で何とかそれを防いでいる。


 やっぱり師匠は凄い。激情に囚われているように見えても、放たれる斬撃は正確で速く、重い。気配だって、以前のボクでは絶対に察知出来ないほど巧妙に隠されている。


 対してボクの斬撃は、速度こそ師匠に劣らないけども重さが決定的に違う。打ち合えばすぐに押し切られ、体勢を崩してしまうほどに。狙いも甘く、師匠とは雲泥の差がある事を実感させられる。


 それでも、師匠に決して劣っていない……いや、師匠を凌駕している物がボクにはある。気配察知の技術だけは、絶対に師匠を超えていると確信出来る。何故なら、チコさん直々に教えてもらったのだから。


 チコさんは凄い。ボクだけでなく師匠をも軽々とあしらい、街を破壊するほどの攻撃を繰り出し、強大な巨獣である魔王をも倒して見せた。そして報酬やその他を辞し、代わりに剣聖の称号を授けてもらう事を要求する変わり者で、エルネスタさんみたいな綺麗な女性といつも一緒にいる色ボケさんだ。


 正直、チコさんとルームメイトになった時はどんな恐ろしい人かと思っていたけど、実際は顔が怖いだけでとても優しい人だった。それだけではなく、師匠の事について相談したら色々とアドバイスまでしてくれた。


 ……エルネスタさんと一緒に良く分からない方法を示してくれたりしたけど、今回の告白もチコさんの提案だ。師匠の反応は予想外だったけど、結果として良い方向へ転がったと思う。


 ――師匠を倒す事が出来るなら。


「フッ!」

「甘いのよッ!」


 一瞬の隙を突いたつもりで放った突きはあっさりと避けられ、逆にカウンターを喰らう破目になった。それを右に体をズラして避け、即座に屈んで袈裟から薙ぎ払いへと軌道を変えた刀を避ける。


 曲げた膝を伸ばし、その場から跳び上がりつつ斬撃を放つも、これも師匠に避けられてしまう。普通の相手なら絶対に決まっていたのに……


「ガフぁッ!?」


 考えが逸れた瞬間に強烈な蹴りが腹に埋め込まれ、ボクは闘技場の壁に叩き付けられる。身体強化魔法を使っていたから怪我は無いけれど、それでもこの痛みと衝撃は辛い。ボクは咳き込み、痛みを堪えながら立ち上がった。


 その瞬間、チコさんに徹底的に鍛え上げられた感覚が警鐘を鳴らす。慌ててその場から飛び退いた瞬間、後ろにあった壁に一筋の大きな割れ目が出来ていた。


「まさか今のを避けるなんて……成長したというのは嘘じゃないようね」


 その光景に血の気が引くのを感じていると、目の前にストッと降りて来た師匠が鋭い眼でボクを睨み付けて来た。言葉では喜んでいるみたいだけど、表情や気配からはそんな様子は一切窺えない。


 師匠から放たれているのは、氷で冷やした刃を喉元に押し当てられているような感じを覚えるような殺気だ。気を抜けば恐怖で今にも崩れ落ちそうになる。


 だが、此処で負ける訳には行かない。そもそもチコさんの全てを滅ぼされてしまいそうに感じる殺気や、リディアさんの圧倒的な殺気に比べれば、師匠の殺気は幼子みたいなモノだ。


 ボクは挫けそうな心を叱咤し、刀を握り直して師匠と相対する。師匠もまた刀を構え直し、ボク達は同時に地を蹴って激突した。


 刀と刀が互いの体の横を、上を、下を舐めるように過ぎ去り、空間を切り裂いて行く。師匠は体術と観察眼で、ボクは気配を読む事で攻撃を先読みして踊るように刃を避ける。二人で舞い踊る様は、宛ら舞踏会で行う剣舞みたいだ。


「成長したじゃない、ディオニシオ!」


 攻撃の手を緩めず、師匠がボクに笑い掛けて来る。ボクも笑みを浮かべると、大声で言い返した。


「師匠をもらう為に頑張りましたから!」

「ふざけた事言ってくれるじゃない!」

「ボクは本気です!!」


 叫びながら刀を振り、刀を握っている師匠の右手を狙う。慌てたように手を引いた師匠だけど、その前にボクの刀の切先が僅かに手を斬り裂いた。今日始めての有効打だ。


「ななな、何を……」


 攻撃が止んだ事に警戒して距離を取ると、師匠がボクを見て顔を真っ赤にしていた。これはあの告白を信じてもらえなかったのか……あの告白が無駄になった事を考えると、途端に顔が熱くなって来た。


「……ボクが好きなのは師匠です。確かに最近は周りに女性の影が多くなりましたけど……」


 そう、最近はリディアさんと一緒にいる事が多かった。殆どがボクの訓練か男性不信克服の為の特訓だったけど、師匠にはボクがリディアさんを侍らせているように見えたのかもしれない。そんな事実は一切無いのだけど。


「でもボクは……七年前に始めて会った時から師匠に憧れて……何時か師匠の隣に立つ事を夢見て来たんです」

「それは恋愛感情じゃ――」

「それだけじゃないんです!」


 否定しようとした師匠の言葉を遮る。強い言葉になってしまったけど、多分大丈夫の筈。


「あの日……故郷を亡くした日に師匠は泣いてくれました。ほんの少し話しただけの人の為に……」


 あの時は分からなかったけど、今ならあの感情が何か分かる。ボクはあの時、恋をしたんだ。強くてカッコ良くて……それでいて優しすぎる師匠に。


「あれからボクには夢が出来たんです。師匠の隣に、弟子じゃなくて、一人の男として立つという夢が」


 そう言うと、ボクは刀の切先を師匠に向けた。


「だから、此処で師匠を倒します。師匠を超えて、隣に立つのに相応しい男になってみせます」


 此処までの話を驚愕に目を見開いて聞いていた師匠だけど、ボクの宣言を聞くとフッと表情を緩めた。そしてボクと同じように切先を持ち上げると、真っ直ぐな目でボクを見つめて来る。


「やってみなさい。受けて立つわ」

「それでは遠慮無く」


 ボクは刀を両手で持ち直すと、姿勢を限界まで低くして師匠の足下に潜り込んだ。そのまま体を持ち上げ、真上へ向けて刀を斬り上げる。


 師匠はそれを一歩下がる事で回避すると、真上から刀を振り下ろしてくる。だけどそれはフェイク。本命は横から脇腹を狙って放たれている蹴り。


 真上から落ちてくる刀を腕で払い、刀を狙われた部分に当てて刃を外に立てる。初めて師匠の動きが止まり、大きな隙が出来た。


「ハッ!」

「くぅぁ……!」


 左手で正拳突きを喰らわせ、師匠を吹き飛ばす。あまりダメージは与えられていないだろうけど、より大きな隙を生む事が出来る筈。


 師匠が壁に叩き付けられる前に追撃を叩き込むべく地を蹴り、体勢を崩した状態で空中に浮いている師匠に刀を叩き付ける。止めを刺すつもりだったけど、師匠は鞘で刀を受ける事でそれを防いだ。


 耳に障る奇怪な音を立てて鞘が両断される。このまま押し込めるかと思ったけど、師匠は刃と鞘がぶつかる瞬間の僅かな反動だけで体勢を入れ替え、追撃の届かない範囲へと離れてしまった。


「……ッ!」


 そして地に足を着けて追撃を試みようとした瞬間、ボクは左腕に鋭い痛みを感じた。急いで刀を構えて気配を探ったけど、師匠は墜落した場所から一歩も動いていないし、狙いも定めていない。ただ、刀を振り抜いた姿勢をして表情を歪めていた。


 チラリと目を左腕にやると、上腕部が見事に切り裂かれ、そこから夥しい量の血が溢れていた。こんな事が出来るのは、師匠が持つ技の中でもひとつしか無い。


 奥義之一・鎌鼬。師匠が編み出した刀術の中で最も高い難度を誇り、そして近接攻撃しか出来ないという概念を吹き飛ばす技。刀で起こす風圧だけで肉体を切断するという、ボクにはまだ手が届かない技だ。


 その技を師匠が使ったという事は、その技を使わざるを得ない所まで追い詰められたという事。その事実に、ボクは無性に嬉しくなる。


 だけどその嬉しさの代わりに、ボクの腕は筋肉まで切断されていて、活性魔法で完全に治癒するまでは使い物にならない。元より実力差がある上で更に片腕を奪われて、誰もがボクは絶体絶命の危機に瀕していると称するに違いない。そして、それはきっと正しい。


 でもチコさんは言っていた。こういう逆境から一気に巻き返すのが主人公だと。そして、闘技場に立った時から、選手は皆主人公だと。圧倒しても、あっさりやられても、接戦を演じても、それは選手という主人公が描く物語なんだと。


 つまり、今のボクは主人公。此処まで善戦した主人公が、たったひとつの傷で負けるなんてかっこ悪い。


「この距離で外すとは……」

「隙だらけですよ、師匠ッ!」


 奥義の鎌鼬は純粋な風圧で攻撃する性質上、人を切り裂くような風圧を起こす為に凄まじい速度で刀を振る必要がある。身体強化魔法を全力で使い、筋肉を犠牲にしなければ師匠でも鎌鼬は使えない。それを使ったという事は、今の師匠は身体がボロボロだという事。


 たかが腕を一本封じられたからと言ってこのチャンスを逃しては、素で鎌鼬を起こしてしまいそうなチコさんに怒られてしまう。それに、勝つ為の絶好のチャンスを逃すなんて勿体無い。


 右手だけで刀を構え、活性魔法を使っている最中の師匠に吶喊する。師匠もまた刀を構え、ボクを迎え撃とうと腰を落とした。


 横薙ぎに振るったボクの刀が、師匠の刀とぶつかって弾き返される。片手では幾ら弱っているとはいえ両手で構えている師匠を押し切る事は出来ない。


 でもそれは予想の内。ボクはそのまま師匠に肉薄し、体を捻りながら何度も何度も斬撃を喰らわせる。師匠はその場から一歩も動かず、体と腕の動きだけでそれを捌いた。



 師匠の怪我は時間と共に直り、身体能力も元の状態まで回復してしまう。振り出しに戻ってしまえば、体力と魔力をより多く消耗しているボクが圧倒的に不利になる。勝利の為のチャンスは今しかない。


 こんな状況に陥っても、やっぱり師匠は凄い。左腕が使えないとはいえ、師匠の身体能力が大幅に低下して漸く互角に持ち込む事しか出来ない。やっぱりボクは未熟なんだと、改めて思い知らされる。


 それでも……どれだけボクが未熟でも、勝利のチャンスは絶対に逃がしはしない。


「オオォォォッ!!」


 身体強化魔法を全力で使い、刀を振るう速度と重さを最大まで上げる。体中の筋肉が悲鳴を上げて物凄く痛いけど、今はそんな事はどうでも良い。師匠を超えるためなら、ボクはどんな痛みだって我慢して見せる!


 ボクの体から溢れていた灰色の魔力が、放出系魔法を使おうとした時のように濃くなって行く。身体がミチミチと音を出し始め、同時に持っている刀が一気に軽くなった。


 師匠の動きが遅く感じられる。師匠が何処を狙っているのか、まるで手に取るように分かる。この状態なら、師匠を押し切る事も不可能じゃない。


 僕の様子を見て目を見開いている師匠の右手を斬り裂き、剣速と重さを奪う。その次は左腕に向けて蹴りを繰り出し、身体強化で硬くなっている師匠の骨を叩き折った。


 師匠の顔が始めて苦痛に歪み、力が籠もらなくなったらしい両手から刀が零れ落ちる。それでも足を使って反撃しようとして来る師匠の首に、ボクは刀の切先を突きつけた。


「……ボクの勝ちです、師匠」

「……そのよう……であります……」


 諦めたように脱力してその場に膝を着いた師匠は、頭を項垂れて敗北の意を示す。ボクは切先を師匠の喉元から離すと、その場に高々と突き上げた。


『決まったァァァッ! ディオニシオ選手、師であるアメリア選手を打ち破ったァァァッ!! 本選第一戦は、ディオニシオ選手の勝利だァァァッ!!』


 剣戟の音が途絶えた闘技場内で、代わりとばかりにイラーナさんの宣言と観客の歓声が響く。今この瞬間、ボクが師匠を打ち破った事が確定した。

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