あまり見てない予選第一戦
開会式が終わった闘技場は、運営や来賓の人々と入れ替わるように予選に出場する選手達で溢れ返っている。三回に分けて行われる予選の第一戦に出場する選手達だ。屈強な男達やプライドが高そうな魔法士達の中に、ディオニシオさんや知り合いの姿が見える。
三十人近く集まった第一戦出場者の内、本選に出場出来るのはたったの四人。それも強さだけではなく、周りを見て瞬時に判断を下す状況判断能力や囲まれないようにする立ち回り等、総合的な強さを持つ者だけが生き残る事が出来る。
「強そうな人達ですねぇ。あの中に放り込まれるなんて御免です」
「どうせ全部吹き飛ばす癖に」
「結界で全員押し潰すのもありかもですよ」
段々と俺に染まって思考が物騒になって来たエルと会話しつつ、出場者の中に強い人物がいないかを探る。昂ぶった気配の嵐の中で、一人静かに落ち着いている者はいないか、圧倒的な気配を放つ者はいないか、意識を集中させる。
Sランク相当の覇気を纏っている鎚士が一人。歴戦の雰囲気を漂わせている魔法士が一人。静かに気配を押し殺し、目立たないようにしている暗殺者めいた短剣使いが一人。気配で探れた強者候補はこのくらいだ。
気配の感じ方は徹底的に叩き込んだ為、ディオニシオさんも三人の事は分かっているだろう。確実に本選に駒を進めるには、この三人を避けて隠れ続けるのが正解だ。
そのディオニシオさんは緊張している様子も無く、静かに目を閉じて精神を集中させている。同時に気配を自然に抑えている為、目を付けられている様子も無い。
……いや、隣の男が不躾な視線を送っているな。残念、ディオニシオさんは男だ。
「リディアはこの次で、アメリアさんがその次でしたっけ?」
「そ。バラバラにするよう『お願い』したからな。学園長に」
夜の支配者にお願いをするのは意外と容易かった。目を泳がせる学園長に普段浮かべない笑顔を向けた時の顔と言ったら、それはそれは見物だった。
「あまりやり過ぎないで下さいよ?」
「普段何も言わないんだから、この位は許してくれるさ」
軽く肩を竦め、視線を闘技場の方へ戻す。エルは若干呆れているようだったが、それ以上何も言って来なかった。流石は物分かりの良い……相棒?だぜ。
そんな事を考えている間に、武器を構えた選手達は存分に殺気を開放し、試合の開始と共にどの獲物を狩ろうかと品定めをしている。その中で泰然として刀を構えるディオニシオさんは、自らの放つ気配を殺し、暗闇に潜む狩人のように爛々と瞳を輝かせていた。
「皆さんやる気満々ですからね……あ、始まりますよ」
『さぁぁあ皆ァ! これからは堅苦しいお役人に代わって、この私、冒険者ギルド王都支部のマスター・イラーナが実況解説を担当するわよォォ!』
「「「 オォーーーッ! 」」」
「……イラーナさん、ノリノリですね……」
エルが思わず唖然としてしまうほどハイテンションのイラーナさんの挨拶に、観客と冒険者が雄叫びを上げる。というか、イラーナさんは何でそんな実況役を引き受けているんだよ。そんなハイテンションキャラじゃ無いでしょうに。
『これから始まる予選の第一戦、注目選手は二人! 一人はASランク冒険者としてマール王国からやって来た魔法士! 結婚相手募集中、但し私より弱い男はお断り! アルビナ!』
俺が目を付けていた神経質そうな魔法士が、くいっと眼鏡を上げる仕草をした。多分、彼女には一生結婚相手は現れないだろう。ASランクの魔法士より強い男性は殆ど限られているのだ。観客には大人気だが。
『もう一人はボスケー出身の豪傑! 力なら誰にも負けねぇ! 自信がある奴は掛かって来い!巨鎚使いのフアニート!』
巨大な鎚を肩に背負った男が、自身の筋肉を誇示するようにポージングをした。なるほど、力に自信があるだけの事はある。だが、俺には大幅に劣っている。王都出身の冒険者達も苦笑いだ。
「あの鎚士、チコさんよりも力強ぇのか?」
「無いだろ。大岩を軽々と持ち上げるチコさんより強い人間なんかいるわけねぇ」
「後でチコさんに腕相撲してもらおうぜ。俺達は賭けでがっぽり儲けるんだ」
「「「 それだ! 」」」
満面の笑みになった冒険者達は後でシメておこう。
『この二人を中心に、どんな大波乱が巻き起こるのか! それでは第一戦、開始ィィ!!』
イラーナさんの合図と共に、雄叫びを上げた選手達が一斉に戦闘を開始する。あちこちで剣閃が煌き、槍が振り回され、魔法が飛び交い、爆発が巻き起こった。
その嵐の中に放り込まれたディオニシオさんは、焦る事も無く静かに隣にいた男を斬り倒し、乱戦を避けて静かに暗躍していた。極限まで気配を殺し、自分に気付いた相手だけを倒している。
「心配は無さそうだな」
「そうですね。鎚士と魔法士、それに短剣使いは常に動向を把握しているみたいですが、手を出す気は無いようです」
エルの言葉通り、近付く者全てを吹き飛ばしている鎚士フアニートさんと魔法を連発している魔法士アルビナさん、そして暗殺者のように選手を倒している短剣使いはチラチラとディオニシオさんの方を見ている。あの三人に脅威対象として見られているという事だ。
そして、本選を本気で目指す選手は予選では争わない。午後にある本選の第一戦に備えて力を温存しておく為だ。彼ら三人とディオニシオさん以外に目ぼしい選手がいない以上、ディオニシオさんの本選出場は約束されたと言っても過言では無いだろう。
「ディオニシオさんも自身の能力は把握してるからな。無理はしないだろう」
何せ、ディオニシオさんの訓練相手は俺やリディアさんという圧倒的な実力者であり、且つ手加減も適切に出来る相手だった。俺は勿論、リディアさんも増長しないように適度に叩き潰していた為、ディオニシオさんは自分の力を過信していない。
敵わない相手がいる事を知り、それを見極めて避ける術を持つ事は、戦いに身を置く戦人にとっては何よりも重要な技術だ。昨今はそれを理解していない人間が増えているが。
「あ、少し強い人とぶつかりましたね」
「相手は随分と舐めているみたいだがな……ほら、終わりだ。慢心しているからああなる」
屈強な騎士鎧の男と向かい合ったディオニシオさんが、ほんの少し視線を逸らした隙を突いて騎士を斬り伏せたのを見ながらそう評す。本気で戦っていれば簡単にやられなかったものを、馬鹿な奴だ。
「失礼、お隣よろしいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
横から聞こえて来た可愛らしい声とエルのやり取りの方をチラリと見ると、エルの横に白衣と緋袴を着た紫色の髪を揺らす少女が座った所だった。さっきまで闘技場の方で椅子に座っていた創神教の巫女、クルス・ディオス様だ。
その隣には、神官服のようなデザインのインナーに白銀の鎧を着込んだ騎士のような男性が控えていた。短く刈り上げられた赤銅色の髪と瞳の放つ冷たい威圧感、そして常に抜剣出来る位置にあるサーベルからは、目の前の巫女をあらゆる脅威から守り通すという強い意志が感じられる。
「ルフィノ、座りなさい」
「しかし」
「私が座りなさいと言っているのです。遠慮せずに」
「は……」
有無を言わせぬ少女の言葉に圧され、ルフィノと呼ばれた騎士はスッと腰を下ろす。一切の無駄の無い最小限の動き。だが俺が驚いたのはそこではなく、その騎士から感じられる気配がエルに匹敵する程薄いという事だ。
なるほど、この騎士がもう一人のシード権獲得者、神殿騎士団長のルフィノさんか。
「試合中故、座ったままで失礼します。私は創神教の巫女、クルスと申します。魔王殺しと名高い震天の魔導師エルネスタ様と、滅竜剣聖チコ様とお見受けするのですが……」
「えぇ、そうですよ。私がエルネスタで、横の彼がチコです」
それだけでは無い。座るという一動作に垣間見えた体の筋肉のしなやかさは、サーベルというしなる武器を使う上で非常に有利な点となる。同じサーベルを使っていた師匠も、力としなやかさの両方を使っていた。
「……あの、剣聖様は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。何時もの発作です」
「発作?」
サーベルという武器に特化した体は、一朝一夕で出来る物では無いだろう。幼い頃から厳しい鍛錬を重ね、十分に手入れした上で漸く手に入れられる体だ。そんな体を持っている上に気配を読み取らせない技術、シード権を与えられるのも納得だ。
そうしてルフィノさんについて分析していると、隣のエルに軽く体を揺さぶられた。
「チコ?戻って来て下さい」
「ん?あぁ、申し訳ありませんクルス様。私はチコです。無礼をお許し下さい」
「え?あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
一瞬虚を突かれたような表情になった巫女のクルス様だが、発されている気配から動揺しているのが駄々漏れだ。エルは勿論、ルフィノさんも気付いたようで、静かにクルス様の肩に手を置いた。
「ルフィノ……」
「落ち着いて下さい、巫女様。人は見掛けに寄らぬ物です」
俺達に聞こえないように小声で言ったつもりだろうが、丸聞こえだ。しかし、常に眉間に皺を寄せている俺が無愛想に見える事も事実。俺は何も言わずに、涼しい顔で失礼過ぎる発現を聞き流した。
「こほん。それで、どのようなご用件で?」
「いえ。私の専属護衛になっているルフィノと、どちらかは確実に戦うであろう御両名に挨拶をしに来た次第です。ついでに一緒に試合を観戦出来ればと」
「なるほど。構いませんよ」
俺はそれだけ言うと、既に武器を構えだしている選手達の方へ目を戻す。挨拶に来ただけなら特に相手をする気は無い。隣の隣の美女よりも、向こうのディオニシオさんと戦闘だ。
目を戻した時、ディオニシオさんはフアニートさんの背後に回っていた魔法士を斬り倒していた。フアニートさんがちらりと目配せをしたが、ディオニシオさんはそれに答える事無くその場から離れる。
目立たぬよう静かに行動し、戦えば苦戦して消耗してしまいそうな相手をフアニートさんを始めとする強者に押し付け、それを支援する。良く言えば賢い、悪く言えば狡いと言える乱戦に於ける一つの正答だ。
「クハハハハ!! オラァ!! 来いや腰抜けどもォォッ!!!」
ディオニシオさんへの礼のつもりなのか、フアニートさんが挑発と取れる雄叫びを上げて鎚を振り回し始めた。選手達の目がフアニートさんに引き付けられ、ディオニシオさんへ目が向くリスクが目に見えて減少する。
「中々義理堅い人ですね。容赦は一切ありませんが」
エルがそう言うと同時に、鎚の一撃が直撃した剣士が俺達の方へ飛んで来た。俺の横の通路に叩き付けられた剣士は、口からダラダラと血を流しながら砕けた右腕を押さえている。
「あれで脱落しないとは、中々骨のある人ですね」
「多分駄目だろうけどな……あ、やっぱり」
周りの冒険者が心配そうに見守る中、倒れていた剣士はくたりと意識を失う。それと同時に体が柔らかく発光し、その場から忽然と消滅した。魔道具による戦闘不能状態時の緊急転移だ。即死すると判断された攻撃が体に接触する際にも発動するそれは、魔闘大会が安心して行える理由のひとつでもある。
「ふぅ、今回の仕事も上手く行っているようですね」
そして、その魔道具の製造を一手に担っているのが創神教。加えて今代の巫女は、その魔道具を作成する人員の一人だ。上手く魔道具が出来ているのか心配だったのだろう。近くで発動を確認した事で杞憂も晴れたらしい。
「流石はクルス様です」
「止しなさいルフィノ。あれを作ったのは私一人ではないのですから」
「は……」
このルフィノさん、さっきからの言動や気配の揺らぎを見るに、クルス様に行き過ぎた感情を持っているようだ。それが信奉か恋情かは分からないが、後にどろどろぬまぬまする事態に発展する典型的なパターンだ。念の為、警戒するに越した事は無いだろう。巻き込まれたら面倒だ。
冒険者の緊急転移と創神教組のやり取りの間に、闘技場に残っていた選手は粗方吹き飛ばされて消えていた。残っているのは鎚士のフアニートさん、魔法士のアルビナさん、短剣使い、ディオニシオさん、鎖鉄球を操る選手と、ナイフを扱う選手の六人だ。
二人の選手は鎚をブンブン振り回していたフアニートさんと、魔法を連発して戦場に破壊の渦を巻き起こしていたアルビナさんに恐れを為したのか、ナイフの選手は短剣使いに、鉄球使いの選手はディオニシオさんにそれぞれ突撃して行く。二人も各々の得物を構え、迎撃の姿勢を取った。
「ルフィノ、誰が勝ち残ると思いますか?」
「……鎚士、魔法士は確実。暗殺者も残るでしょう。あとは、赤毛の剣士に向かっていった鉄球使いが残るでしょう。今まで残って来た以上、見た目よりも腕が立つようですが……相手が悪すぎます」
クルス様の問いに、ルフィノさんは冷静に選手を観察して答えた。確かに一般的な視点で見れば、ナイフと短剣では短剣に分があり、鎖鉄球と剣ではリーチの差で鎖鉄球が圧倒的に有利に見えるだろう。ディオニシオさんは気配を抑えている為、見方によっては威圧するような気配を放つ鉄球使いに呑まれているようにも見える。
だが、その見解はあまりにも軽薄。自分は気配を抑えられる癖に抑えている人の正しい力量を見切れないとは、所詮その程度の実力だったと言う事なのだろう。ルフィノさんの事を強いと思っていたさっきまでの自分に笑いが出る。
「クッククク……」
「……何がおかしい」
俺の笑いが気分を害したのか、ルフィノさんが半眼で睨み付けて来る。エルは俺の笑いの原因が分かっている為なのか、それとも同じ感想を抱いたのか苦笑いだ。クルス様はキョトンとしている。
「すみません、分かってないなと思いまして。あの赤毛の剣士は勝ち残りますよ」
「何だと? 覇気も無い一般の剣士があの鉄球使いに勝ると?」
「えぇ、勿論。何故なら――」
一瞬でディオニシオさんに肉薄した鎖鉄球の選手は、鉄球を横薙ぎに振るった。縦に長い人間の弱点を突いた薙ぎ払いだが、それはフェイントだ。鎖の動きで複雑に動きを変えた鉄球は、縦に墜ちるハンマーとなって屈んだであろうディオニシオさんを狙う。
しかし、俺に本命の攻撃を見切る訓練を付けられていたディオニシオさんが、そんな物に引っ掛かる訳が無い。
「――彼は俺の一番弟子ですから」
体を僅かにずらしたディオニシオさんのカウンターが鉄球使いの脳天に直撃すると同時に、短剣使いの相手も首に傷を負って消え去る。その瞬間、クルス様とルフィノさんの驚愕の表情と共に第一戦が終了した。
『終了ォォォッ! 第一戦を勝ち残ったのは、巨鎚使いのフアニート選手! 婚活魔法士アルビナ選手! 無名の短剣使いフェルナン選手! そして麗しき男の娘、ディオニシオ選手だァァァッ!!』
「あ」
「どうしました?」
「実況聞くの忘れてた」
「あ」
ちゃうねん……入れる隙間が無かっただけやねん……。




