呆気ない予選第二戦
「あの!チコさん!ボクやりました!」
「はい、お疲れ様です。まずは座って下さい」
「はい!」
第一戦が終了した後、退場したディオニシオさんは凄まじい勢いで俺の所までやって来た。本選出場者はVIP席に座る事が許されている為、俺は苦笑しながらディオニシオさんに座るよう勧めた。
俺の前の席、つまり一段下の席に座ったディオニシオさんは、俺の方を振り返ってニコニコしている。しかも何かを期待するようなキラキラとした目で俺を見つめて来ている。どうやら第一戦での成果を褒められたいようだ。
俺は小さく息を吐くと、ディオニシオさんの目を真っ直ぐ見つめ返した。
「遅い」
「え?」
「反応が遅い。特に最後の鉄球使いの攻撃は、振り下ろされる前に決められた筈だ」
「は、はい」
「それだけじゃないぞ。気配にムラがありすぎる。あれじゃ『私は此処に攻撃しますよ』と叫んでるような物だ。それと相手を倒す時に――」
突然始まったお説教に一瞬困惑したディオニシオさんだが、すぐに真面目な表情になって真剣に話を聞きだした。問題点を聞き出し、それを解決する為の手段を考えている。最良の判断だ。
「き、厳しいですね……」
「……私も精進しなければ……」
エルの隣で説教を聞いている創神教コンビは顔を引き攣らせていた。良くやっていたように見えるディオニシオさんに対して厳しすぎると思っているのだろう。だが、俺の教育方針ではこれが普通なのだ。
「最後に!」
「はい!」
「良くやった」
俺は精一杯口角を吊り上げ、予想以上の活躍をしたディオニシオさんを褒める。鞭の後にはしっかりと飴を与えるのが基本だ。やる気を無くしてもらっては困る。
「……あの、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべたディオニシオさんは、その場でパッと頭を下げる。何となく気恥ずかしくなった俺は、視線をエルの方へ逸らした。当然目の前にエルの顔が映るのだが、不思議な事にその顔は頬の部分が膨らんでいた。
「……どうした?」
「いえ、何も。別に。なーんにも」
「明らかに何かあるじゃないか」
指でエルの膨らんだ頬を突っつくと、尖った口先からぷすーと情けない音が漏れた。その後に反対側を突いてみると、今度は元に戻っていた方の頬が膨らむ。それが楽しくて何度か繰り返していると、エルが突然俺の腕を掴んで来た。
「どうした?」
「……ディオニシオさんには笑い掛けるんですね」
「嫉妬か?」
「違います。不甲斐無い自分に怒ってるんです」
どうやら、俺を上手く籠絡出来ていない事について怒っているようだ。確かに演技をしていないエルに自分から笑い掛けた事は無い。一緒に笑ったりした事はあるのだが……それをするのは殆どエルとだけという事に気付いていないのか?
俺は無言でエルの頬を抓んで引き伸ばす。エルが引き剥がそうと腕に力を込めて来るが、俺をどうこう出来るレベルでは無い。
「|にゃ、にゃにひゅりゅんりぇひゅか《な、なにするんですか》!」
エルの抗議も無視して、そのままぐにぐにと捏ね繰り回す。整った顔がぐにぐにと歪む様は見ていて面白い。
「やえへうりゃひゃい!いひゃいえふ!」
俺は自分でも意地の悪い笑みを浮かべて更にエルの頬を捏ね繰り回す。段々と涙目になって来た。何時も思うが、エルはどんな表情でも可愛い。創造神の趣味は最高だと言わざるを得ない。
『さぁ、そろそろ第二戦が始まるわよォォォッ! 準備は良いッ!!?』
「「「 オォーーーッ! 」」」
「ほや、はひありひゃひゅひゃりゃぁ!」
「ククク、はいはい」
真っ赤にエルの頬を開放すると、彼女は涙が溢れそうになっている目を俺のコートで拭った。そのまま俺の腕を拘束すると、メキメキと音が立つくらいに強く締め上げて来る。並みの人間なら骨が折れているだろう。
「あの、チコさん。式場の手配はどうしますか?」
「最初にディオニシオさんが式を挙げて下さいね」
「カウンター!?」
笑顔でからかって来たディオニシオさんを黙らせると、俺は意識を闘技場の方に集中させた。俺にしがみ付いているエルも、腕に掛ける力を緩めて闘技場の方を見た。
「「 夫婦ですね…… 」」
煩いぞ、創神教組。
闘技場では入場した選手達が武器を構え始め、殺気が充満し始めている。その中で強い殺気を放っているのが六人ほど。気配を押し殺しているのが三人ほど。そして男達の下卑た視線に晒され、激しくイラついているらしいリディアさんが一人。
「俺、この先の展開が読めた」
「奇遇ですね。私もです」
『さァァァ! 第二戦の注目選手はちょォッと多いぞォ!』
俺とエルが言葉を交わすと同時に、ハイテンションイラーナさんの実況が響き渡る。そうして読み上げられた注目選手は、強い殺気の五人と気配を押し殺している三人の内の一人だった。第一戦に二人と比べれば三倍の多さだ。
そして注目選手の紹介が終われば、第二戦が開始される。
『果たしてどんな結果が待ち受けているのかァァァッ!? 第二戦、開始ィィィッ!!』
イラーナさんの叫びと共に、選手達が各々の得物を手に一斉に飛び出す。彼方此方で魔法が飛び交い始め、金属と金属が激しく打ち合わされて火花が散った。
その中で、リディアさんは何人かの男に飛び掛かられていた。細身の外見と開始が宣言されても動かない事から、簡単に排除出来ると判断されたらしい。
そして男達がリディアさんにあと一歩という所まで近付いた瞬間、リディアさんの体から白い魔力が爆発的に溢れ始めた。同時に、身体強化で鋭敏になった俺の耳にリディアさんの叫び声が届く。
「死ね! 死ね! 男なんか皆死ねェェェッ!!」
……リディアさんの心の闇は深い。
リディアさんに襲い掛かろうとしていた男達は、凄まじい魔力の奔流にたじろいだ瞬間に火の槍に貫かれ、白く光りながら消えて行った。しかしリディアさんの怒りはそれだけでは収まらず、辺りにはアルビナさんよりも凄まじい破壊の嵐が吹き荒れた。
『おォォォッとォォォッ!? 凄まじい威力の魔法の乱射だァッ! 近くも遠くも関係無く吹き飛ばされて行くゥゥゥッ!』
イラーナさんの実況通りに、着弾した瞬間に炸裂する各種の魔法が戦場を隙間無く蹂躙し、結界を張れなかった魔法士や魔力破戒を使えなかった近接戦闘士を容赦無く転移させて行く。何とか防いでいた者も、魔力が切れると魔法を喰らって転移して行った。
「容赦無いな……」
「あの子の悪い癖ですからね。一歩間違えれば、チコもあれに巻き込まれていたんですよ?」
「そりゃ最悪だな。あの嵐の中を突き進むのは骨が折れるぞ」
あの嵐の中を超えて行くには、常に魔力破戒を使って魔法を斬り裂いて行かねばならない。少し出力を強められれば、超越付加を使わなくてはならなくなるだろう。魔力がゴリゴリ削られてしまう。
「ま、私はリディアより強いんですけどね」
「骨が砕けそうだ」
自慢げなエルにそう応え、再び闘技場を見る。既に残っている選手の数は両の手の指で数えられる程度にまで減り、その誰もが消耗し切っているように見えた。リディアさんは相変わらず暴走を続けている。
「な、何ですかこれはぁ!?こんなの見た事も聞いた事もありませんよぉ!?」
「こ、こんなのに勝てる奴はいるのか!?」
リディアさんの事を良く知らない創神教の二人は、前代未聞の魔法の嵐を見て素を出してしまっている。クルス様はお堅い口調だったが、実際は年並みの口調だった。ルフィノさんは顎が外れそうなくらいに口を大きく開けている。物凄くだらしない。
「あの、エルネスタさん。リディアさんはあれで全力なんですか?」
「うーん……あれで三割くらいですかね」
「流石リディアさんですね!」
対してリディアさんに訓練を付けてもらった経験があり、その人外っぷりを味わっているディオニシオさんは素直に賞賛している。この純粋さが俺に天使と呼ばせる要因だ。
『おォッと、また一人消し飛んだァァァッ! この嵐は何時まで続くんだァァァッ!?』
さっきから脱落宣言を繰り返しているイラーナさんが叫んだ瞬間、リディアさんは唐突に魔法を放つのを止めた。漸く訪れた平穏に、まだ生き残っていた五人の選手達はホッと息を吐いて結界や魔力破戒を解除する。
「うぅ……またやっちゃったぁ……」
俺の耳に、顔を手で覆ったリディアさんのそんな声が聞こえて来た。どうやらこの惨状はリディアさんの意図した物では無かったらしい。衝動的に街がひとつ滅ぶほどの魔法の嵐を起こすとは、男嫌いとそれを生み出した神の業の深さよ。
魔法の嵐を乗り切った選手達は、リディアさんが突然崩れ落ちた事に目を丸くしながら警戒を続けていたが、暫くして危険が無いと判断したのか互いに攻撃を始めた。しかし全員魔力に限界が近いのか、小規模な魔法や純粋な近接攻撃ばかりだ。
『さぁさぁ、魔法の嵐が終わったら今度は殴り合いだァッ! 此処から始まる友情はあるのかァッ!?』
「こうなると魔法士は不利ですね。ついでにイラーナさんは面白いですね」
「殴り合いだからな。イラーナさんは何となく古い気がする」
エルの言葉通り、嵐を凌ぎ切った魔法士は貴重な魔力を失い、攻撃の手段の殆どを失っている。対して武器を持った選手は魔力を失っても未だに肉体と武器という攻撃手段を持ち、魔法士を圧倒し始めた。
しかし、その誰もが崩れ落ちて隙だらけのリディアさんに攻撃を仕掛けようとはしなかった。再度あの嵐に巻き込まれるのを恐れているのだろう。良く見れば、戦いながら少しずつ距離を取っている。
距離を取られているリディアさんは相変わらず呻いていた。
『フォンシエ選手、魔力を搾り出してサウロ選手を吹き飛ばしたァァァッ! あと一人脱落で第二戦が終了するぞォォォッ!』
なけなしの魔力を振り絞ってサウロという剣士を吹き飛ばしたフォンシエという魔法士は、魔力が尽きた為かその場に崩れ落ちて荒い息を吐き始める。あれは午後の本選には魔力の回復が間に合わないだろう。
「哀れな搾りかすですねぇ」
「エルの毒舌が物凄く怖いんだが」
確かに魔力を搾り出したかすだとも言えるが、あまりにも酷すぎるでしょう、常識的に考えて。
『レイナルド選手、アウグスト選手を切り捨てたァァァッ! 第二戦、本選出場者決定だァァァッ!!』
結局、リディアさんが再起動する事無く第二戦は終了した。
「うぅ……もうやだ……」
「あの、元気出して下さいリディアさん」
第二戦が終わって即座に戻って来たリディアさんは、唯一嫌悪感を抱く事が無い男性であるディオニシオさんの横の席で自己嫌悪に浸っていた。言い訳を聞いた所「ついカッとなってやった」らしい。今は反省中という訳だ。
「あの、凄かったですよ。あの魔法の嵐」
「言わないで……もう思い出したくないの」
「あの、ごめんなさい……」
素直で純粋なディオニシオさんの励ましも効果を発揮せず、逆にディオニシオさんがシュンと落ち込んでしまった。これが伝染性負のオーラ症候群という奴か、厄介だな。
「ほらリディア、元気を出しなさい。目標の本選出場は成ったでしょう?」
「そうだけどぉ……でもぉ……」
「全く……」
エルが声を掛けるが、リディアさんは一向に元に戻る様子を見せない。その為、エルの発案で彼女は暫くそのまま放置される事になった。放っておけば元に戻るらしい。
「しかし、第二戦の出場者は気の毒ですね」
「予想だにしなかった魔法の嵐、勝ち残っても魔力切れ。もし午後の本選に選ばれたら、シード持ちどころか第一戦や第三戦の相手にも歯が立たないだろうな」
「第三戦と言えば、アメリアさんですね」
闘技場の方へ目を向けたエルの視線を追うと、既に入場し始めている第三戦の選手達の中でも特に目立つ黒髪の女性が精神を集中させていた。剣帝にしてディオニシオさんの想い人、アメリアさんだ。
アメリアさんは極限まで精神を研ぎ澄ませる事によって自身の気を抑え、選手達の気を探っているようだ。俺もそれに習って選手達の気配を読んでみると、五人ほど厄介そうな選手を感じ取る事が出来た。
「勝ち残れると思いますか?」
「……どうだろうな。特にあの大剣使い、厄介そうだ」
「あれですか……」
その中でも特に不気味な気配を放っている白髪の大剣使い。ただ強大な気配を放っている訳でも無く、しかしと言って気配を抑えている訳でも無い。まるで幽鬼のように揺らめいて掴み所の無い気配は、漠然とした不安を感じさせる。
それに、あれを見ていると酷く不安になるのだ。まるで自分が三年前のあの地獄に再び突き落とされたような、憎悪や恐怖、苦痛や諦観の入り混じった気持ちの悪い感情が心の奥底、自分でも知覚出来ない場所から沸々と沸き上がって来るのだ。
そんな感情を呼び起こすような気配を持つあの男が、果たして強いのか弱いのかは分からない。だが、俺の勘があの男を放置しては行けないと囁き掛けて来ている。つまり厄介な相手である事は確実だ。
『――第三戦の最後の注目選手は、BAランク冒険者にして剣帝を名乗る女剣士、目標は剣聖を超える事であります! アメリア!』
「……注目選手でも無いみたいですね」
イラーナさんの実況の中で、あの大剣使いの名が呼ばれた様子は無かった。つまりあの男は、今まで目立つ功績を殆どまたは一切挙げていないという事だ。前情報が一切存在しないあの男の存在は不穏に過ぎる。
「……何にせよ、あの男がこの第三戦の鍵を握ってる。あの男に如何に捕捉されないようにするかが、勝利への道だな」
「そうですね。アメリアさんもその辺りは分かっている筈です。今は信じましょうか」
「そうだな……」
エルと会話をしながらちらりとディオニシオさんの方を見ると、彼はまるで祈るように手を組んでアメリアさんを見つめていた。此処からは見えないが、恐らく不安そうな表情をしながら師の勝利を祈っている姿に毒気を抜かれ、俺はフッと息を吐いた。
『そォォォれではァァァッ!! 予選最後の第三戦、始めェェェッ!!』
そしてイラーナさんの合図と共に、選手達は一斉に行動を開始した。




