魔闘大会開催
普段は騎士や兵士の訓練場として使われているコロシアムのような魔闘大会の会場は、今日から始まる大会を見物に来た客で普段は閑散としている客席を埋め尽くされていた。まだ日が昇って間もないというのに、客達はこれから始まるド派手な戦いに想いを馳せ、興奮冷めやらぬ様子で怒鳴りあっている。
その中でも一際煩い場所は、各国の要人や高名な冒険者達が集まるVIP席の横。護衛も兼ねた信用の置ける冒険者達の席で、王都ギルドに所属する冒険者達が剣を抜かんばかりの形相で言い争っていた。
「優勝はチコさんに決まってんだろ!」
「うるせぇ! 火力で勝るエルネスタちゃんだろ!」
「敢えて崩山のアベルさんに一票!」
「この裏切り者を粛清しろ!」
「「「 オォッ!! 」」」
あっという間に囲まれ、担ぎ上げられ、乱暴に放り投げられるアベルさんに投票した冒険者。警備の関係上人が殆ど通らない通路にべちゃりと崩れ落ちた冒険者は、そのままピクリとも動かなくなった。どうやら気絶したらしい。
「賑やかですね」
「本当にな」
魔王殺しの賓客であり、護衛の冒険者でもある俺とエルは、その様子をVIP席の端で眺めながらスケジュールを確認する。今日の予定は、午前中に予選を行って午後から本選の第一戦を開始するらしい。
だが、俺とエルはシード権を持っている為、予選への出場を免除されている。その為、午前中はバトルロイヤル形式の予選をゆったり眺めるだけだ。ちなみに他のシード権を持つ出場者は、アベルさんとマール王国出身の創神教神殿騎士団長のルフィノという魔法騎士らしい。
トーナメント形式の本選に出場するのは、シード権を持つ四人と予選を勝ち抜いた十二人の計十六人。シード権を持つ出場者は準決勝と決勝でぶつかるように調整されており、俺とエルがぶつかる可能性があるのは決勝だ。予選から上がって来た出場者は、待つ強力なシード持ちを撃破しなければならないという訳だ。
「予選はのんびり眺められそうですね」
「そうだな。多分リディアさん無双になりそうな気もするが」
「気の所為じゃないでしょうね、それ」
中位の天使である主天使のアベルさんですら人間ではトップクラスの実力を持っているのだ。熾天使のリディアさんが負ける要素が思い付かない。寧ろ場を盛り上げる為に自重して欲しいくらいだ。
「ディオニシオさんはどうですか?」
「仕上げは終わってる。運が良くない限り、本選には進めると思う」
「なら安心ですね。色々な意味で」
顔を見合わせ、クツクツと喉で笑う。ディオニシオさんの為に運営にちょっとした要望を出したのだ。その面倒が実る時が楽しみで仕方が無い。
「お姉ちゃん!」
通路から聞こえて来た覚えのある声の方へ顔を向けると、白銀のツインテールを揺らしながらリディアさんが走って来た。顔はニコニコと猫を被っているが、負のオーラが全身から滲み出ている。
「どうしました?」
「もうやだ! 控え室男ばっかり!」
どうやら、男ばかりの控え室にいるのが嫌で飛び出して来たらしい。確かにこの闘技場の控え室は狭く、出場者数が多い予選の段階では鮨詰状態になる。そして、魔闘大会に出場する男性は女性よりも断然多い。男嫌いのリディアさんには辛い環境だろう。
「仕方ないですね。ギリギリまで此処にいてもいいですよ」
「うん……」
リディアさんは俺が気を使って空けた席に座り、エルにぴっとりとくっ付いた。体に付いた男分をエル分で消そうとしているらしい。椅子には俺の男分が多量に付いているみたいな物だが、それは気にしない方が良いだろう。
「楽しんでおるか、期待の剣聖よ」
「まだ始まっていませんから、楽しむかどうかは未定ですね……陛下!?」
「ハッハッハ!」
少し離れて天使姉妹を眺めていた俺に声を掛けて来たのは、グランテーサ王国王のアルトゥロ陛下だ。傍らに二名の凄腕騎士が控えているとは言え、わざわざ此処まで自分の足で来るとは、相変わらず破天荒な王様だ。
そのアルトゥロ陛下の後ろに、豪華な装いをして別国の騎士を数名引き連れた壮年の男性と若い女性が立っている。恐らく、この二人に俺を紹介したくて此処に来たのだろう。俺の方を呼べば良いのにと思わざるを得ない。
男性は筋肉モリモリ、マッチョマンの変態を思わせるような巨体に厳つい顔をしており、周辺に巨大な威圧感を振り撒いている。灰色の髪に覆われている頭部からは、獣人という種族の中のひとつである狼人である事を示すように、狼の耳が生えている。良く見れば、体の後ろで狼尻尾がゆらゆらと揺れていた。
女性の方は、すらっとした長身と水色の長い髪、そして人間で言う耳の部分にある魚のヒレのような物が目を引く。露出こそ少ない物の、着ている服も水着を思わせるようなデザインだ。恐らく、下半身が魚の人魚と人が交わると生まれる水人だ。
「しかし、独占されている筈のお主の未来の嫁が独占されているとは、可哀想な奴だな」
「あれはエルネスタの妹ですよ。疲れたので姉分を補充しに来たらしいです」
「ほほぅ、中睦まじい姉妹なのだな」
豪胆に笑うアルトゥロ陛下だが、俺と話すよりも後ろのやんごとなき方々に俺を紹介する方が先だと思う。陛下と向かい合っている俺には、両名の目がどんどん釣り上がって行くのが見えてしまうのだ。
アルトゥロ陛下の横にいる騎士にアイコンタクトを送ってみたが、静かに首を横に振る事で拒否された。こうなった陛下は止められないという事だろうか?
「なぁアルトゥロよ」
「早く妾にもその少年の事を紹介しないか」
「ハッハッハ! すまんな!」
額に青筋を浮かべる男性と女性に悪びれた様子も無く謝ったアルトゥロ陛下は、女性から明らかに遠慮の無い拳骨をもらった。自分が滞在している国の王を殴るという暴挙に俺は緊張したが、周りの騎士達が反応しない所を見ると日常のようだ。
拳骨を喰らって若干涙目になっている陛下は、俺をその男性と女性の前にグッと押し出して肩に手を置いて来た。漸く紹介に移るらしい。
「剣聖よ、目の前のジジイはボスケー王国の王、アルベルト・カンティロ・ボスケーだ。で、ババアの方がマール王国女王、カタリーナ・グラナドス・マール。短期ジジイと性悪ババアで良いぞ」
「陛下!? 紹介酷くありませんか!?」
アルベルト・カタリーナ両陛下の額からビキビキと音が発されているのを聞きながら、俺は慌ててアルトゥロ陛下にツッコミを入れる。だが、肝心のアルトゥロ陛下は「早く自己紹介せんか」とせっつくだけで、反省している様子が微塵も無かった。
陛下に逆らう訳にも行かず、俺は居住まいを正して自己紹介をする。
「えっと……チコです。アルトゥロ陛下からは剣聖の称号を賜っております。えー……」
「よい。公式の場でも無い以上、妾達に堅苦しい挨拶は不要だ」
「あ、はい」
後ろに続く言葉を考えていると、疲れた表情のカタリーナ陛下に止められた。隣のアルベルト陛下も同じような顔をしている。どうやら、俺の所に来る前にもアルトゥロ陛下に振り回されていたらしい。
憐憫の目で見ていると、両陛下は軽く咳払いをして空気を入れ替えた。慌てて姿勢を正すと、アルベルト陛下が一歩前に出て来て自己紹介を始めた。
「そこの馬鹿に紹介された通り、ボスケー王国の王を務めているアルベルトだ。貴殿の噂は魔王殺し以前から聞いていた。噂に聞きし剣聖の腕、期待している」
「妾はマール王国の女王、カタリーナ・ガラナドス・マールだ。貴様の事は良く知らんが、素晴らしい戦いをしてくれるのだろう? 期待しているぞ」
「が、頑張ります……」
頭を下げて敬礼すると同時に俺の胃が痛みを訴え始め、両陛下が満足そうに頷いた。アルトゥロ陛下も満足したのか、肩から手を離して俺の後ろから前に移る。そしてアルベルト陛下とカタリーナ陛下の前で堂々と腕を組んで頭を殴られた。
「ふぬぉぁっ!?」
「こんの馬鹿野郎! 代表面すんじゃねぇ!」
「時間もあまり無いのだ。サッサと行くぞ馬鹿者。では剣聖よ、失礼する」
「あ、はい」
頭を抱えてアルベルト陛下に引き摺られていくアルトゥロ陛下と、一声掛けて去って行くカタリーナ陛下。その後ろを騎士達が黙って付いて行く様は中々にシュールだった。
「災難でしたね、チコ」
「本当だよ……国王ってこんな感じなのか……?」
「あれは特殊な例かと……」
天使の中で最も最初に創られた年齢不詳のエルがそう言うのなら、アレは特殊な例なのだろう。だが、三国の王の仲が良いのは素晴らしい事だと思う。あの様子なら、国家間で緊張が高まる事も無さそうだ。
それは兎も角、俺はバッグの中から緑色の粉末を取り出した。薬効のあるハーブを煎じて作った、エル特性の胃薬っぽい粉だ。それを水筒の水で飲み干し、凄まじい苦味に思いっきり顔を顰める。だが、胃痛は大分治まって楽になった。
「ふふ、どうですか?その胃薬は」
「効き目抜群、味最悪だな。薬草だからどうしようもないけど」
「そこは我慢するしかありませんね」
エルの言葉に肩を竦めた時、開会式が始まるというアナウンスが魔法の風に乗って会場を駆け巡った。それと同時に人々の興奮が収まり始め、出場者らしき人が慌てて出口へと走り始める。エルにくっ付いていたリディアさんも、名残惜しそうにしながら立ち上がった。
「うぅ……嫌だけど行って来るわ」
「頑張って下さいね」
「男を全滅させないようにして下さいよ、リディアさん」
「死ね!」
至極真面目な事を言ったつもりなのだが、リディアさんは機嫌を損ねたらしく、捨て台詞を吐いて走り去ってしまった。俺はそれを見送ってから空いた自分の席に座り、伸びをして緊張で固まった体を解す。リディアさんには良い発破になっただろう。
「チコは意外とリディアの扱いが上手ですね」
「お褒めに預かり光栄の極み」
エルに誉められたが、実際はリディアさんが単純だから扱いやすいだけだ。男の俺が空気を読まない事を言えば怒って積極的になる。エルが宥めれば大人しくなって消極的になる。この二つを上手く使い分ければ、エルさえいれば簡単に扱う事が出来る。本当はエルが一声掛けるだけで良いのだが、それはそれだ。
リディアさんが去ってすぐに、直径三十メートルの円形闘技場に大会の運営者が入場して来る。それに三王国の三陛下が続き、最後にその他の重要な賓客が入場した。冒険者ギルド王都支部のギルドマスターであるイラーナさんや、運営に携わっているらしい学園長の姿もある。
その賓客達の中に、周りと比べて異彩を放つ白衣と緋袴――前世では神に仕える女性が着用していた巫女服を纏った少女がいた。
「あれが教会の巫女か」
「えぇ、その通りです」
創神教に於いては教皇と並ぶ重要人物であり、神から神託を受ける事が出来る唯一の人物。そして、天使の存在を知る人物の一人。黒色の髪を腰まで垂らし、それと同色の瞳をおっとりとしていそうな垂れ目に納めた日本風美人さん。
だが、俺が気になっているのはそこではない。
「何で巫女服があるんだ?」
これに尽きる。
「主の趣味です」
「この世界の神様って巫女服知ってたの?」
「神ですから」
説得力がありすぎて困る返答をエルからもらった俺は、良い趣味をしている神様に内心で祈りを捧げておいた。
そんな事をしている間に開会式の準備が完了し、司会進行を務める女性のアナウンスが風に乗って流れる。三大国を代表して、開催国であるグランテーサ王国のアルトゥロ陛下が挨拶をするらしい。嫌な予感しかしない。
そう思っていたが、挨拶は至極真面目な物だった。王としての挨拶をして大会に於ける諸注意を説明し、出場者達全員の健闘を祈って来賓を紹介する。アルトゥロ陛下の健全さに、VIP席にヒソヒソ声が溢れた。
ちなみに、巫女の少女の名前はクルス・ディオスと言うらしい。
「この健全さは……恐らく両陛下が釘を刺したんだろうな……」
「何度も悩まされたんでしょうね」
腕を組んで感心した俺達だったが、アルトゥロ陛下はそこまで甘く無かった。
「――最後に、余の言葉を聞いている全ての者に告ぐ」
闘技場内の空気が氷点下に下がったのが分かった。グランテーサ王国の関係者は額に手を当てて空を仰ぎ、ボスケー・マールの関係者は口元に手を当てて俯いた。アルベルト陛下は顔を真っ赤にし、カタリーナ陛下は力なく俯いている。
「今日は祭りだ! 存分に楽しむが良い!」
「「「 ウオォォォォ!! 」」」
――アルトゥロ・カレスティア・グランテーサ。
善良な賢王として名高い王ではあるが、破天荒な言動や行動が目立った。重度な祭り好きであった為、『祭王』と呼ばれている。
「こんな感じの人ですね」
「周りの人が大変そうだ」
観客達が熱狂して叫び声を上げる中、俺は陛下の周辺の人達に深く同情した。




