恋する刀士
投稿時間間違えてました
「初動が遅い」
「……ッ! はい!」
放課後、初夏の汗ばむような日差しが降り注ぐ校庭のど真ん中。冒険者スタイルで仁王立ちする俺の前で、刀を抜いて完全装備のディオニシオさんが土塗れの状態で体を起こしていた。
「じゃあ次。行くぞ」
一声掛けてから、周辺に殺気を充満させる。刀を構えたディオニシオさんは、目を閉じてその殺気へ意識を集中させている。そして、俺が殺気を揺らがせた部分を敏感に察知し、その方向へ刀を振って――尻餅を搗いた。
「まだまだ遅い。そんなに遅かったら速攻でやられるぞ?」
「は、はいッ!」
額に玉のような汗を浮かべながら、ディオニシオさんは勢い良く立ち上がる。再び刀を構えるのを待ってから、俺は再び殺気を充満させて一部を揺らがせた。果敢にそれに斬り掛かったディオニシオさんだが、次は前のめりに転んだ。
「少しだけ良くなった」
「あ、ありがとう、ございます」
「じゃあ次。休む暇なんてないぞ」
「はいッ!」
そして俺は再び――何をしているのかって? 特訓です。
今やっているのは、殺気を察知してカウンターを喰らわせる練習だ。俺のように完全に気配を遮断出来る人間はほぼいない為、これが出来るだけで勝てる確立は鰻登りに上昇する。カウンターが出来なくても、殺気を感じ取る練習にはなる。
そもそも殺気とは『殺すという強い意思』が向けられた物だ。人は殺す為に攻撃する場所へ無意識に集中する為、その場所には自然と殺気が向けられる。殺気を読む事が出来れば、攻撃して来る場所を先読みする事が出来るのだ。
元から感覚が鋭く、攻撃の先読みが得意だったディオニシオさんだが、まだ殺気に反応出来るほどでは無かった。そうすると主に音に頼った先読みをする事になるが、それでは反応が遅くなりがちで、特に音よりも速い攻撃を繰り出す相手には無力になってしまう。故に、殺気を読み取って反応する能力を重点的に上げているのだ。
稀に俺のように殺気を自由に照射したりする事が出来る人間がいるが、そういう人間は大抵人外の化物のような強さを持っている。そこまで来ると、攻撃の先読みは野生の勘や底上げした感覚で行う事になる。ディオニシオさんにはまだ手が届かない場所だ。
「まだ遅い!」
「くぅっ……!」
揺らいだ部分から攻撃に見立てて放った俺の本気の殺気に貫かれたディオニシオさんは、本能に襲い掛かる恐怖で足を縺れさせて転んだ。もしも戦いの最中だったならば、この時点でディオニシオさんの敗北は決定されている。一瞬どころか数秒もある隙は、例え武術の初心者でも見逃さない格好の攻撃チャンスになるからだ。
しかしディオニシオさんは、すぐに気を取り直して震えながらも立ち上がった。恐怖で崩れ落ちそうになる心を振り払い、戦う意思を見せている。そして何かを掴んだのか、強い目で己の拳を見つめていた。
殺気を放ってから此処までの間隔も、そして反応までの速度も徐々に縮まって来ている。段々と強い殺気に慣れて来た証拠だ。その内、生半可な殺気では全く動じなくなるだろう。俺の殺気は一流の戦士が放てるそれを圧倒的に凌駕している。それに慣れてしまえば、それよりも弱い殺気など稚児にも等しく感じられるようになる。
殺気の照射によって齎されるデメリットを消し、メリットを最大限に生かせるようにする。それがこの訓練の目的であり、ディオニシオさんが今まで超えられなかったひとつの壁だ。これを乗り超えた時、ディオニシオさんは今までと比較にならないほど強くなるだろう。というか俺がする。
「ほら、もう一度!」
「はいッ!」
日が暮れて来たが構わず殺気を充満させ、一部を揺らがせる。しかし、ディオニシオさんはそれに反応する事無く立ち続けた。どうやら正答を見つける事が出来たようだ。
「フッ!」
槍のように突き出される殺気に貫かれる寸前で、ディオニシオさんは素早く体を捻って揺らいだ方向へ刀を振った。実戦であれば、その場所にいた人間は真っ二つになっていただろう。
「正解だ、ディオニシオさん。揺らいでる最中に攻撃しても避けられるだけで意味は無い。攻撃を回避してから攻撃を喰らわせるのがカウンターの基本だ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「じゃあ次のステップだ」
「はいッ!」
ディオニシオさんが構えたのを確認してから、再び殺気を充満させる。普通ならこれだけでも腰を抜かすのだが、ディオニシオさんは微塵も気配を揺らがせていない。着実に成長している事に、俺の頬が僅かに緩んだ。
次に、今まで通り一部の殺気を揺らがせる。当然それを察知しているディオニシオさんは、襲い掛かって来る攻撃に対する警戒を強めた。
そして次の瞬間、その揺らぎから放たれた殺気の剣に切り捨てられ、ディオニシオさんは尻餅を搗いた。
「攻撃は突きだけじゃない。どの方向から来ても対応出来るように!」
「は、はいッ!」
その後、攻撃のバリエーションを増やした対殺気カウンター訓練は日が完全に暮れるまで続いた。今の所、突きや振り下ろしには対応出来ているが、他の攻撃には対処出来ていない。だが、カウンターが出来るようになった事は大きな進歩だろう。
「お疲れ様です、ディオニシオさん」
「はぁっ、ふぅっ、お疲れ様です、チコさん」
汗と土埃で酷く汚れてしまったディオニシオさんに布と水筒を手渡し、その後自分の分のタオルを取り出して汗を拭く。初夏とはいえ、長時間日光の下で黒い服を着て立ち続けていた為、俺も酷く汗を掻いていた。
「ふぅー、疲れましたぁ……」
「三時間ぶっ続けでしたからね。ですが、今日は大きく進歩しましたよ。この調子なら魔闘大会にも間に合うでしょう」
「本当ですか!?」
上気した頬と僅かに滴る汗、そして濡れた髪……殺人級の色っぽさを醸し出すディオニシオさん。俺は「間違い無いですよ」と言いながら、水を飲む振りをしてそっと顔を逸らした。艶やかなディオニシオさんは目に毒過ぎる。
「それじゃ、戻りましょうか。早く帰って風呂に入りましょう」
「はい!」
殺人級のディオニシオさんに目を向けないように、しかし不自然に思われないようにしつつ、寮の方へ向かう。後ろから付いて来ているディオニシオさんは、俺に誉められたからかご機嫌だった。
「ふぅー」
「あの、お帰りなさい」
俺が風呂から上がると、俺の前に風呂に入っていたディオニシオさんが上段のベッドに腰掛けていた。珍しく普段は部屋の中でも纏めている髪を下ろしたディオニシオさんは未だにご機嫌で、鼻歌を歌いながら足をぷらぷらと揺らしている。
「ただいまです。どうしました? そんな上機嫌で」
「あの、チコさんに誉められた事が嬉しくて……えへへ」
「その位で喜んでると、足下を掬われますよ」
うれしそうにはにかむディオニシオさんに呆れながら、俺は下段のベッドに腰を下ろした。少し誉められた程度で喜んでいたら、この先ディオニシオさんは喜びで死ぬと思う。
……これからもディオニシオさんの面倒を見る方向で考えてしまった。もう開き直って正式に弟子として迎え入れた方が良いかもしれない。ディオニシオさんなら腕も確かだし、人柄も(エルのお蔭で)知れているから問題は無い筈だ。使っている得物は違うが、立ち回り等教えられる事はある。考えておこう。
「あの、ボクは剣を扱う剣士ですから、その頂点の剣聖に誉められるのは凄く嬉しいんです」
「……あー、そうですね。はい」
忘れていた。剣聖の称号は剣を持つあらゆる戦士の憧れであり、その頂点に立つ者に与えられる物だと言う事を忘れていた。今思えば、俺はこの国の王にとんでもない物を要求していたのだ。あっさりそれを許す陛下も陛下だが。
「あの、チコさん、自分の立場を忘れてましたね?」
「何故バレたんですか」
「そのくらいは分かりますよ……っと」
「待て、降りて来るのは分かるが何故俺の隣に寝転んだ」
苦笑しながら飛び降りて来て、そのまま流れるように俺の横に寝そべったディオニシオさんから距離を取る。しかし、ディオニシオさんがごろごろと転がって来る所為で距離を取れない。ベッドの上は狭い為、俺はあっという間に端に追い詰められてしまった。
「ぬふふー、チコさん、追い詰めましたよ」
「待つんだディオニシオさん確かにディオニシオさんはやけに綺麗だとは思うが俺は同性愛者じゃないし何よりディオニシオさんに手を出したら何処ぞの独占権を持っている女の子が文字通り飛んで来て一緒に蒸発してしまうかも知れないから落ち着くんだそうだそれがいい深呼吸をするんだひっひっふー」
「あの、落ち着いて下さい……」
慌ててディオニシオさんを押し留める為の口上を並べていると、迫って来たディオニシオさんに宥められてしまった。確かに焦りすぎていた自覚はある為、深呼吸をして心を落ち着かせる。ひっひっふー。
落ち着いてから改めてディオニシオさんを見ると、眉尻を下げて不安そうな顔をしながら横座りをしていた。可愛らしい寝巻きと容姿が相まって、何とも女の子らしい空気を醸し出している。
「あの、落ち着きましたか?」
「何とか」
「良かったです……」
ホッと息を吐くディオニシオさん。こうやって本気で心配してくれる所がマジ天使。エルはガチ天使だけどこっちも天使。
俺がほっこりしていると、なにやらモジモジしていたディオニシオさんが意を決したように真っ赤な顔を上げた。俺はゆっくりとギリギリまで後ろに下がった。
「あの、それでですねチコさん」
「な、何ですか?」
「ちょっと相談に乗って欲しい事がありまして……」
「相談? 剣の事じゃ無いですよね?」
「はい……その……女性関係……なん、です……」
再び顔を下に向けてモジモジするディオニシオさんの答えに、俺は目を見開いて固まった。まさかそんな相談をされるとは思っていなかったのだ。何せ、相手は見目麗しい美z……美男子ディオニシオさんだ。男性関係と言われた方がまだ信じられる。
しかし目の前のディオニシオさんは、茹蛸のように赤くなった顔を手で覆ってぷるぷると震えている。これを見て真摯に悩みを聞いてやれないなんて、友人を名乗る資格すら無い。
俺はその場に座り直すと、ディオニシオさんの肩に手を置く。顔を上げて涙目になっているディオニシオさんを安心させる為にぽんぽんと肩を叩いてから、俺は出来る限り優しい声を意識しつつ口を開いた。
「で、リディアさん? それともアメリアさん?」
「な、何でですか!?」
「分かるも何も、ディオニシオさんと特別仲が良い女性と言ったらこの二人しかいないでしょう……」
リディアさんは普段から一緒に行動していて、俺に用事がある時にディオニシオさんの訓練をしている。アメリアさんは刀の師で、今の技術になるまで長い間を共に過ごしたのだろう。このどちらかに恋愛感情が芽生えていると考えるのが自然だ。
そしてそれは図星だったらしく、顔どころか首まで真っ赤にしたディオニシオさんはゆっくり頷いて肯定した。
「それで、どっちなんです?」
「その……師匠……アメリアさんです……」
「ふむ」
なるほど、アメリアさんに剣を教わっている内に好きになったとか、学園に入る為に離れ離れになって、その後に再会して好きだと気付いたとかそんな感じだろう。感動的な話だ。
そして、俺にとっては好都合だ。アメリアさんはリディアさんと違って天使では無い為、何の気兼ねも無くディオニシオさんに協力する事が出来る。よし、まずは何時どんな感じで好きになったのかを聞き出さなければ。
「何時からですか?」
「はぅぇ!?あの、それは言わなきゃダメなんですか?」
「勿論です。重要ですから」
そう、アメリアさんとディオニシオさんがどんな関係だったのかを知る為に重要だぐへへ。
「あぅ……その……好きだって気付いたのはこの前に会ってからで……」
「ほうほう」
「その……実際に好きになったのは多分……七年前くらいだと思います……」
ほっほーう。なるほどなるほど、気付かずに好きになっていたとすれば、アメリアさんはディオニシオさんの好意には気付いていないだろう。となれば、突然のカミングアウトがたのs……有効そうだ。というか長いな。
頬の筋肉がひくひくと動きそうになるのを堪えながら思案していると、ディオニシオさんは手まで真っ赤にして脱力した。相当恥ずかしいらしい。
「ライバルとかはいるんですか?」
「いえ、それは無いです。剣に一筋な上にあの性格ですから」
何故か一瞬で白い肌の真顔に戻ったディオニシオさん。確かに言い分は理解出来るし俺もそう思うが、アメリアさんが可愛そうに思えて来る。
しかし、ライバルがいなければ西部ガンマンのような事は出来ないな、つまらん。だが、俺にはもうひとつ最高のプランがある。ディオニシオさんがアメリアさんに想いを伝え、尚且つ面白く、俺やエルから目を逸らせる事が出来るかもしれないプランが。
「なら安心ですね。私に良い考えがあります」
「えっ……何だか不安になって来ました」
「安心して下さい。そんなに難しい事ではありませんよ」
俺は久し振りに戦い以外の事で笑みを浮かべると、たのs……素晴らしく壮大なしゅうt……感動的なシーンの実現に向けた計画を説明し始めた。




