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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
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天使のお告げ

 魔闘大会一週間前の日、俺達は学園の食堂で何時ものように食事を摂っていた。周りの生徒達の話題は魔闘大会一色で、一体誰が優勝するのかと議論を交わしている。当然ながら優勝候補に挙がっているのは、魔王殺しの俺とエル。そして、学園長と並ぶもう一人の二天だ。


「全く、誰が優勝するだの優勝しないだの、鬱陶しいわね」


 ディオニシオさんの隣でエルのお手製日本弁当を食べているリディアさんが、周りの余りの騒がしさにぼやいた。恐らく、この席に座っている五人の誰もが思っている事だろう。


「あの、仕方ないと思います。一週間後ですし、優勝候補が二人いますし……」

「そうね。ちょっとあんた、優勝宣言して全員黙らせて来なさい」

「そんな面倒臭い事したくはありませんよ」


 リディアさんの提案を蹴りつつ、卵焼きを口に放り込む。出汁が入っているのか、普段の物よりも美味しかった。


「フハハハハ! リディア殿は中々豪胆なアイデアを出すのである!」

「エウヘニオさんは出場しないのですか?」

「しないのである! 某では瞬殺される故!」


 筋肉の使途ベヌケジロさんは、胸を張りながら情けない事を言った。しかし、ゲヅレビゴさんでは力不足で、瞬殺されてしまうのも事実だ。自分の実力を正しく理解出来る者は将来性がある。メムメミモさんも、将来は魔闘大会に出られるかも知れない。



「そう言えば、今日の朝に崩山(くずれやま)のアベルが王都にいたという話を聞いたのである」

「崩山のアベル……確か、学園長と並ぶ二天のSSランク冒険者でしたね」

「その通りである! チコ殿とエルネスタ殿の最大の敵となるであろう相手なのである!」


 崩山のアベルは、文字通り山をも崩すほどの大魔法を放つと言われている冒険者だ。魔力量は学園長よりも劣るらしいが、どんな攻撃を受けても魔力を練るのを止めず、破壊的な威力の魔法を繰り出す事が出来るらしい。ゲーム風に言えば、ひるみ難い一撃必殺タイプと言った所か。


 だが、俺はこの人物にあまり興味を抱いていない。放出系魔法ならば、俺の横にいる天使に匹敵する者などいないのだ。彼女の指導を受けて対放出系魔法の戦術が確立している今、放出系魔法を中心に戦う人間を脅威に感じる事は無かった。


「まぁ、私は相性的に余裕でしょうか?」


 エルも無尽蔵の魔力を持つ以上、アベルに負ける事は無いだろう。最近は俺の指導を受けて体捌きが洗練されて来た為、近接戦闘でも遅れを取る事は無い筈だ。根本的なスペックが人間よりも上だし。


「チコ殿もエルネスタ殿も余裕そうなのである! 頼もしいものであるな!」

「別に余裕じゃないですヨー」

「そうですそうです、もしかしたら負けちゃうかもしれませんー」


 此処で余裕とか言ってしまえば他の出場者の怒りを買う可能性がある。そんな事をして立場を微妙にする気は毛頭無い為、棒読みではあるが否定しておいた。一部始終を聞いていた周りの生徒達の目が痛い。


「ま、結果は当日に分かりますよ。御馳走様」

「お粗末様です。目標は一、二、三位を独占ですかね。あくまでも目標ですが」

「そうね。挑戦者のつもりでがんばるわ」

「あの、三人とも火種蒔かないで下さい!」


 知らんな。


「ディオニシオさん、何時もの奴はリディアさんにやってもらって下さい。俺とエルは学園長に呼ばれてるので」

「あの、分かりました」

「ちょっと!? 何で私を巻き込んで……あ、こら! 待ちなさい!」


 食事を終えた俺とエルは、リディアさん、ディオニシオさん、ケルケジロさんと別れ、学園長室へ向かう。何でも、俺達に会いたいという客人が来ているらしい。誰が来たのかは大体予想が付いているが、敢えてそれには言及せずに軽口の種にした。


「誰だろうな」

「誰でしょうね」

「謎だな」

「謎ですね」


 表情を変えずに一頻りくつくつと笑いあった後、俺は目の前に迫った学園長室の扉を二度叩く。中から聞こえた誰何の声に答えると、扉が開けられて緑幼女エルフが姿を現した。


「おぉ、良く来たのじゃ。ささ、入れ入れ」

「「 失礼します 」」


 一礼してから学園長室に入ると、まるでその部屋の主であるかのように優雅に茶を啜っている男性が応接椅子に座っていた。蒼い髪を綺麗に切り揃えた王子様的なエルフ耳の男性は、上座に学園長がどっかりと座るのを見て顔を顰める。


「クリス、お行儀が悪いよ」

「知らんのじゃ。そもそもお主が突然尋ねて来て生徒に会わせろとか言う方が悪いのじゃ」


 外見から予想出来るような柔らかい声の王子様が態度を窘めると、学園長は顔を逸らして頬を膨らませた。気心の知れた友人のようなやり取りを見る限り、俺達の予想は正しかったようだ。


「ほれ、サッサと生徒に挨拶せんか無礼者」

「あぁ、うん。そうだね」


 王子様は優雅に立ち上がると、無表情のエルの方へ向き直る。そして優雅に膝を付くと、恭しく頭を垂れて硬い声で挨拶をした。


「始めまして、始原のエルネスタ様。私は主天使(ドミニオンズ)が一員、アベルでございます。人界故、翼を見せぬ無礼をお許し下さい」

「構いません。任務、ご苦労様です。それと、今の私はただの生徒ですから敬語は結構です。何か報告する事はありますか?」

「分かりました……今の所は無いかな。でも――」


 極自然に天使としての会話を始める二人。それを横目に、俺は学園長が用意してくれた最高級の紅茶をのんびりと楽しんでいた。脳を蕩けさせるような香ばしい香りと、じんわりと広がる渋み。普段の緑茶とは質の違う美味しさだ。


「ふむ。良く分かっておるではないか」


 満足そうに頷いている学園長は、俺と同じく天使に監視されている人間だ。放出系魔法に適した濃い魔力を多く持ち、国をも滅びす可能性がある学園長に天使が目を付けたのは至極自然な事だろう。


 そんな訳で学園長がSSランクに昇進すると同時にアベルさんが派遣されたのだが、学園長は魔眼を用いてアベルさんの正体を看破したらしい。当時は怒って暴れて荒んで大変だったらしいが、今は若気の至りだったと笑い話になっているとか。


 ちなみに、演技をしていたエルは魔眼を持ってしても本心は見抜けなかったらしい。恐らくアベルさんという事前情報があった為、対策を実践していたのだろう。演技を止めた今では隠す気も無くなったのか、重要な事以外は普通に読めるらしい。


「エルネスタの心の中はの、意外にもお主の事で占められておるのじゃ」

「そうなんですか」

「なんじゃ、反応が薄いのう」

「大方、俺の監視が仕事だからでしょう」


 はしゃぐ若い恋人のように誘惑し、熟年夫婦のように俺に合わせてくれている為忘れがちになるが、エルはあくまでも仕事で俺を誘惑しようとしているに過ぎない。最近は偶に神や天使の事情を話してくれるようになったが……俺を逃がさないようにする為の鎖を増やす為に違いない……。


「クックック、その通りじゃ。少しばかり期待したか?」

「小指の先ほどは期待しましたね」


 俺は学園長のように考えを読む事は出来ない。アベルさんのように天使としてのエルを知らない。エルのように記憶を読む事も出来ない。だから、例えそれがあり得ない事だと分かっていても、ほんの僅かな可能性を見てしまう。


 俺は小さく息を吐くと、カップを机の上に置いた。


「それにしても、チコがワシとアベルとの馴れ初めまで知っておったか。いやぁ、あの時は驚いて荒れた物じゃ。今でこそ落ち着いておるがの」

「そんなものでしょう。俺も最初はエルを斬ろうとしましたし」

「心の読めぬお主ではそうなっても仕方が無いじゃろ。じゃが、心まで偽装する天使の正体を看破したのは素直に賞賛に値すると思うぞ」


 実際は監視経験の少ないエルが色々とボロを出しただけだが、それを言うとアベルさんと話しているエルが機嫌を損ねるかも知れない。学園長、これを読んでも口には出さないで下さい。


 学園長と話している間に天使達の打ち合わせは終わったらしい。エルが応接椅子に腰掛けるのを横目で見ながら、俺はアベルさんの方を向いた。


 アベルさんは甘い顔でにっこりと笑いながら、優雅に腰を折った。


「始めまして、剣聖チコ様。崩山のアベルと呼ばれています、アベル・アビレスです。以後お見知り置きを」

「チコです。よろしくお願いします」


 差し伸べられた手を握ると、アベルさんは「よろしくね」と言いながら笑みを深くした。礼儀正しく、しかし固過ぎずと好印象が持てる人だ。ロリの学園長と並んで人気を博すだけはある。


「おいそこ、何を考えておる」

「いえ、何も」


 そして学園長とアベルさんは、アビレスという苗字が示す通り夫婦だ。それが知られていないのは、互いに公にしていないのと、学園長とアベルさんが出会った当時は非常に仲が悪かったからだ。今は穏やかな夫婦生活を営んでいるようだが。


「何が穏やかな夫婦生活か。こやつは人のおらん所じゃとただの変態じゃぞ」

「それはクリスがやって欲しいっておねだりするからだよね」

「お主は何を言っておるのじゃ!」


 盛大な自爆をしてギャーギャーと騒ぐ学園長に苦笑しながら、アベルさんの対面となるエルの横に座る。しかし学園長のおねだりか。俺には扇情的な場面よりも、ぬいぐるみを持って上目遣いをしているシーンしか思い浮かばない。


「おい、チコにエルネスタよ! 何無礼な事を考えておるのじゃ!」

「あ、エルもぬいぐるみ?」

「私はお菓子です。そこに必殺の上目遣いです」

「そこは同じだな」


 学園長を煽るだけの為にハイタッチをする。案の定火に油を注がれた形の学園長は更にヒートアップし、一頻り俺とエルとアベルさんの三人を罵倒してから燃え尽きた。


「ぐすん……ワシはどうせ子供なのじゃぁ……」

「はいはい、よしよしクリス」

「ふぅぅんあべるぅぅ」


 小さな学園長を足の間に移し、頭を撫でるアベルさん。子供か妹をあやすお父さんにしか見えない。


「こどもでもいもうとでもないのじゃぁ……よるはわしのほうがしはいしゃなのじゃぁ……」

「「 えっ 」」


 甘えん坊の夜の支配者宣言に、俺とエルの声が重なった。どちらかと言えば、アベルさんの甘言に乗せられて好き勝手されるイメージなのだが……って何を考えてるんだ、俺は。あとエルは。


「クリスはね、こう見えてサドの気があるんだよね。人使いとか荒いでしょ?」

「まぁ、身に覚えはありますけど」


 主に手伝いとか調査とか。


「それをもっと酷くして、拗らせたのが夜のクリスさ。何度足蹴にされたか分からないよ。他にも――」

「俺達を呼び出したのはそんな生々しい話をする為なんですか……?」


 SMプレイに興味は無いです。というかこの天使、立派に調教されている気がするのは気の所為だろうか?


「あ、ごめんよ」


 そう言いながら謝るアベルさんの申し訳無さそうな顔には、はっきりと「忘れてた」と書かれていた。隣のエルの目が絶対零度の如く冷たい光を放っている。身の危険を感じたのか、アベルさんは慌てて用件を話し始めた。


「いや、僕も魔闘大会に出るから、剣聖と呼ばれている人物がどんな人物なのかを確かめたくてね……」


 照れ臭そうに頭を掻くアベルさんは実に絵になるが、泣きじゃくる学園長を抱えている所為で全部台無しだ。


「一目見て分かったよ。僕が敵う相手じゃないね。なるほど、エルネスタ様を引っ張り出さなきゃいけない訳だ」

「それだけですか?」

「一応ね。純粋に君と話してみたかったってのもあるけど。それとひとつ、教会と天使関連の情報を耳に入れといた方が良いと思って」


 ピンと指を立てて片目を閉じたアベルさんの言葉に目を細める。エルが魔闘大会でほぼ確実に自分の正体を明かす以上、その後の教会がどんな反応をするか予想する為の情報は必要になる。


 それに、エルが正体を明かせば当然俺にも教会の目は向くだろう。その時にエルの天使としての権威が通用しなければ、禁忌である循環系魔法の濃縮付加を使いまくっている俺の社会的な立場が危うくなる。対応策を練る為にも情報が欲しい。


 俺の雰囲気が変わった事を察したのか、アベルさんの笑みが深くなった。


「此処に来る前、僕は教会の総本山――マール王国にある創神教の神殿に行って来たんだ。そこには主様からの神託を受け取る巫女がいるんだけどね、僕が面会を申し込む直前に丁度神託を受け取っていたんだ」

「もうですか?」

「いや、巫女も魔闘大会に招待されているからね。準備もあるし、魔闘大会当日まで神託を受け取れる神殿にいる訳じゃ無かったんだよ」


 疑問を挟んだエルに目を向けながらアベルさんが答える。エル達天使の()様は気遣いの出来る素敵な御仁らしい。


「上層部には既に天使の存在が知れ渡っているし、神託という事もあって好意的な反応が多いよ。既に敬う為の準備を進めているらしいしね」

「そうですか。なら立場については安心という事ですかね」

「そうだね。だから天使である事がバレても問題は無いよ」


 アベルさんの報告に、俺はホッと胸を撫で下ろした。教会が天使の存在を認める以上、エルや俺が睨まれる事は無いだろう。俺が禁忌を犯している事も多分見逃してくれる筈だ。


「様子を見る限り、懸念は晴らせたようだね」

「はい。ありがとうございました」

「どういたしまして。魔闘大会には僕も出るからね。良い戦いにしようね」


 アベルさんは最後にそう言うと、話は終わりとばかりに学園長をあやし始めた。未だにグズグズと泣いている学園長はまだ使い物になりそうに無い為、俺達は一声掛けて勝手に部屋を後にする。時間は既に午後の授業の十分前になっていた。


「良かったですね、チコ」

「何がだ?」


 教室に戻る途中、横からエルが顔を覗き込んで来た。


「私が天使だとバレても大丈夫になりましたから、何の憂いも無く全力で戦えますよ」

「……そうだな」


 待ち望んだエルとの全力戦闘。それが出来るようになったにも関わらず、俺の心は全く昂ぶらなかった。

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