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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
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剣帝とその弟子、あとリディア

「その……昼にちょっとやり過ぎちゃったから、お詫びにあの()の用に付き合ってたのよ」


 バツが悪そうに目を逸らしたリディアさんは、小さな声で問いに答える。俺とエルは揃って噴出し、笑われたリディアさんは顔を真っ赤にして怒り出した。


「何よ!何か文句あるの!?」

「いやだって……」

「ねぇ?」


 リディアさんがやり過ぎたのは、勿論ディオニシオさんへのセクハラだ。最後まで付き合っていたネブセキロさんの話では、最終的に顔を上気させてびくんびくんと痙攣するまでヤっていたらしい。それも食堂という公衆の面前で。


「私にだって自覚はあるのよ!でも……楽しくて……」

「ディオニシオさんはもうお婿に行けませんな」

「責任を取らなければなりませんね」

「だから用に付き合ってるって言ってるでしょ!?」


 俺とエルの口撃に怒鳴るリディアさん。だが、原因が原因だけに全く怖くない。更にヒートアップした口撃が続き、暫くの抵抗の後にリディアさんは完全に沈黙した。俺達の完全勝利だ。


「あの、チコさ……ん?リディアさんはどうしたんですか?」


 胴元からアメリアさんを引き剥がしたディオニシオさんが、そのアメリアさんをずるずると引き摺りながら俺達の方へやって来る。崩れ落ちて何にも反応しないリディアさんを見て困惑しているが、こうなった経緯を話すと納得したように頷いた。


「あの、ありがとうございます、チコさん、エルネスタさん」

「当然です。同室の友人の頼みですから」


 見捨てた事は黙っておこう。


 俺とアメリアさんの決闘で周辺に人が集まっていて落ち着かない為、場所を金色の小皿の中へ移す。俺とエルは並んで座り、対面にアメリアさん、ディオニシオさん、リディアさんの順に座った。


「ディオニシオ、最近また強くなったでありますか?アメリアを簡単に引き剥がすなんて芸当、以前は出来なかった筈であります」


 席に座ったアメリアさんが開口一番、ディオニシオさんに問い掛けた。どうやら、胴元から引き剥がされた事に納得が行かないらしい。


「あの、それはチコさんに鍛えられたからだと思います」

「何!?であります!それはおかしいのであります!剣の系統が全く別物の筈なのであります!」


 ディオニシオさんの答えに、アメリアさんは目を剥いて驚いた。俺とディオニシオさんは根本的に戦い方が違うにも関わらず、俺の指導でディオニシオさんが強くなった事に納得が行かないらしい。


「どんな訓練をしたのでありますか!?」

「体捌きを教えただけですよ」


 此方を向いて掴み掛かって来たアメリアさんに正直に答える。俺は刀を教える事は出来ない為、授業の最中や手合わせの時に隙の無い踏み込み方や避け方という武術の基礎を教えただけだ。


「ぐぬぬ、アメリアは完璧だと思っていたであります」

「まだまだ無駄は多いですよ。俺から見れば、ですがね」

「くあぁぁぁっ、剣聖は厳しいであります!」

「あの、師匠、暴れないで下さい」


 アメリアさんは机の上に身を投げ出し、ぱたぱたと手で机を叩き始めた。剣帝と名乗ってはいるが、そこまで固い人間では無いらしい。どちらかと言えば親しみやすい感じの人だ。その分、隣の弟子に負担を掛けているようではあるが。


「それはそうと、チコは魔闘大会に出場するでありますか?」

「そういうアメリアさんも?」

「勿論であります。人を斬る良い機会なのであります!」


 復活したアメリアさんは、運ばれて来たパフェに齧り付きながらそう言った。隣のディオニシオさんが苦笑している所を見ると、毎回こんな感じのようだ。この剣帝、物騒過ぎる。


「……それは置いといてと。俺も魔闘大会には出ますよ」

「おぉっ!当たらない事を祈るであります!」

「あの、そこは決勝で会いましょうとかじゃ無いんですか?」


 グッと拳を握って後ろ向きに祈ったアメリアさんにディオニシオさんがツッコミを入れるが、アメリアさんはふるふると首を振った。


「今回の魔闘大会には、アメリアが逆立ちしても絶対に勝てない相手が何人もいるであります。そいつらが都合良くアメリアと反対のブロックに集まるとは思えないであります」

「あの、師匠が手も足も出ない相手ですか?」

「そうであります」


 おちゃらけた雰囲気から一転して神妙な表情になったアメリアさんは、腕を組んで背凭れに体を預けた。ディオニシオさんは自分の師の手も足も出ないという言葉に興味を示し、身を乗り出している。


「ボスケーの方からSSランク冒険者が参加するであります。マールの方からも、ASとかBSとかの実力者が来るとの噂があるであります。それに追加で剣聖となると、決勝どころか準決勝すらも危ういであります」

「へぇ、意外と弱気なのね」

「身の程を知っているだけであります。それに、目的のひとつだった剣聖との手合わせも実現したのであります」


 キラキラとした目で俺を見つめてくるアメリアさんに、隣のエルが地味に警戒心を強めて俺の腕を取った。アメリアさんは大きい為、そんな事をしなくても問題無いと思う。


 それにしてもアメリアさん、感情表現が豊かである。


「当日は早めに負けて、観客席でチコの戦いを見ているであります」

「あの、お供します」

「あ、ディオニシオは出場するであります。これは師としての命令であります」

「えぇっ!?」


 突然の命令に驚いたディオニシオさんに、アメリアさんがグッと詰め寄る。それから逃れようと仰け反った結果、ディオニシオさんはリディアさんの胸に背中を預ける形となった。ニヤニヤ。


「ディオニシオは無駄に強くなっているであります。此処で己の実力を知っておくべきであります」

「そ、そんな……」


 魔闘大会はトーナメント制だ。勝ち抜けば勝ち抜くほど、それまでを勝ち抜いて来た強い相手と戦う事になる。多少の運は絡むが、強さを把握する上での指標にはなるだろう。アメリアさんはそれを狙っているのだ。


 それに、ディオニシオさんは強さの割に自信が無い。周りにいる剣士がアメリアさんや俺のように強い人ばかりだった所為だろうが、あまりにも自信が無いと本来の実力を発揮出来ない事がある。この辺りで自信も付けさせた方が良い。


「俺も賛成ですよ、ディオニシオさん」

「チコさんまで……」

「別に優勝しろって訳じゃないですから。腕試しと思えば良いんですよ」

「……あの、分かりました!」


 目に確かな意思を宿したディオニシオさんは、グッと拳を握りながら立ち上がる。そしてそのまま席を離れると、金色の小皿の入り口から飛び出して行った。予想だにしなかったその行動に、俺とエル、そしてリディアさんはディオニシオさんを見送る事しか出来なかった。


 唯一落ち着いているアメリアさんは、のんびりと紅茶を啜ってホッと息を吐く。そしてキョトンとしている俺達に、悪戯っぽく舌を出しながら言った。


「ディオニシオは昔からあんな感じであります。目的を見つけるとそれに猪突猛進するであります」

「心配になって来ますね、それ」


 そういうタイプの人間は、大概が行く先々で問題を起こす。ディオニシオさんは引っ込み思案だったからかそんな素振りを見せた事は無かったが、さっき飛び出して行ったのを見れば納得出来る。


「猪突猛進過ぎて冒険者に殺されそうになった事もあるであります」

「リディア、行きなさい!」

「了解お姉ちゃん!」


 アメリアさんの笑えない続きの言葉にエルが素早く反応し、ディオニシオさんに借りがあるリディアさんが慌てて飛び出して行った。実際はエルが行きたくなかっただけだと思うが、それを口に出すほど俺は野暮じゃない。


 それは兎も角、しっかり者のリディアさんがディオニシオさんを見てくれるなら安心だ。男嫌いである所に不安が残るが、学園では上手く押し隠していたから大丈夫だろう。王都の冒険者は俺が睨んでいる所為かトラブルを避ける傾向があるし、無理に絡まれる心配も無いだろう。


 ……いや、今は魔闘大会の参加者も集まって来ているし、ディオニシオさんという美少女とリディアさんという美暴力少女が揃っていたら逆に問題になりそうな気もする。そう考えると、途端に不安になって来た。


「エル」

「分かります、物凄く分かります」

「じゃ、早めに行こうか」

「もう行ってしまうのでありますか」


 俺達が慌てながら立ち上がると、アメリアさんがうるうるとした上目遣いという必殺コンボを繰り出して来た。しかし、隣にエルがいる上に好みから外れている俺に効果は無かった。


「多分また会いますよ。それじゃ、次の機会に」

「失礼しますね」


 俺とエルは揃って頭を下げると、セナイダに小銀貨を握らせて飛び出した。お釣りは明日にでも渡してもらおう。今はそれよりも美人と美人だ。


「何処へ行ったと思う?」

「まずは一般受付のある王城へ行きましょう。そこにいなかったら学園です」

「分かった」


 目的地を決め、俺はエルを抱え上げる。俗に言うお姫様抱っこをされたエルは、そっと腕を伸ばして俺の首に強く絡み付いて来る。それを確認してから、俺は足に力を込めて跳躍し、家の屋根の上に飛び乗った。


「飛ばすぞ」

「了解です」


 一声掛けてから、屋根を壊さない程度の力で跳び、別の屋根へ跳び移る。人が多くて走り難い地上を走るよりも、人が存在しない屋根の上を跳んだ方が断然早い。屋根の上に乗ってはいけないというルールも無い。


 だが、王都は広い。屋根の強度という物理的な制約がある以上そこまで速度も出せず、王城まではそれなりの時間が掛かってしまった。ディオニシオさんよりは早く着いたとは思うが、学園というもうひとつの候補がある為、此処に来るという確証は無い。


 そして、仮にディオニシオさん達が誰かに絡まれて問題を起こしたとして、それを守る立場を持っているのは代理処罰権を持つ俺だけだ。エルを残して学園に行く訳にも行かない。いや、学園ならば学園長もいるし、安全だとは思うが……。


「道中で問題が起きていたら厄介ですね」

「いや、本当にディオニシオさんが猪突猛進キャラなら、それを無視して此処まで来る筈だ。それに、此処からなら道が見えるだろ」


 言葉を交わす俺達がいるのは、王城を囲む塀に等間隔で設けられている見張り台の屋根の上。王城を除けば王都で最も高く、一般受付から金色の小皿までの殆どの道を監視出来る場所だ。監視には持って来いの場所とも言える。


 その上に抱えていたエルを降ろし、身体強化を目に付加して視力を強引に上げ、ディオニシオさんとリディアさんを探す。鼓動の度に目が波打つように脈動するのが若干不快だが、背に腹は変えられない。


 そして俺の目は、街中を疾走する赤とそれを追いかける白銀を捉えた。


「ん、見つけた。今の所は順調」

「なら良いのですが……でもやっぱり不安ですね。リディアですし」

「トラブル体質なのか?」

「えぇ。偶に降りては行く先々でトラブルを起こしていますよ」


 見張り台の屋根の淵に腰を下ろしたエルは、夕日に当てられて鮮やかになった髪を風に揺らしながら、懐かしそうに目を細めた。俺も美人ズを見失わないようにしつつ、エルの隣に腰掛ける。


「男を殴り飛ばしたり、男の股間を潰したり、男を罠に嵌めたり、男から金を巻き上げたり」

「全部男関連かよ」

「そうですよ。だから、あの子が男性と仲良くしていると嬉しくなるんです……見た目は女性ですけど」


 語りながら、エルは俺の肩に頭を預けてくる。何時もの事ではあるが、今は夕暮れ時のオレンジの中であり、場所も学校の屋上を思わせるような無人の屋根の上。狙ったのかは定かではないが、自然とロマンティックな雰囲気が流れ始めた。


「知ってますか?天使も、人間に本気の恋をする事があるんです。最初に恋をしたのはあの子なんですよ」

「男嫌いなのにか?」

「男嫌いだからかも知れませんね。私にとっても遥か昔、男性でありながら、女性の心を持つ人間に恋をした事があるんです、あの子」


 天使が恋をするのも意外だったが、その最初のケースがリディアさんだった事にも驚いた。父とも呼べる他所の神が原因で男性を嫌うようになった彼女が恋をしたと、当時の天使達の間には衝撃が奔っただろうと容易に想像出来る。


 目を細めて懐かしむような仕草を見せるエルは、「だからディオニシオさんなら大丈夫なんでしょうね」と言葉を挟んでから話を続けた。


「普通の天使なら、その人間が死ぬまでの間に休みをもらって一緒に過ごす事が出来ます。数百年の間なら、他の天使が穴埋めをしてくれますから。ですが、彼女はそれが叶いませんでした」

「熾天使だからか」

「そうです。熾天使は忙しいのですよ。今では一人二人が多少抜けても問題はありませんが、当時は一日休むだけで様々な支障が出るほど忙しかったんです」


 エルは目を伏せ、物憂げな表情になりながら次の言葉を紡ぐ。


「あの子は諦めました。時折、仕事の合間合間にその人間を覗くだけに留め、淡い初恋を過ぎ行く時に流したんです。よくある悲恋ですよね」

「そうだな」

「だから今、私は嬉しいんです。その時に叶わなかった理想の続きを見ている気がして。ちょっと傲慢かもしれませんけどね」


 確かに、考え方によっては傲慢に思えるだろう。勝手に他人を他人に当て嵌め、その先にあった筈の理想を幻視する。今は今でしかないのに、それを無理矢理過去と引き合わせる傲慢な行為だと思うだろう。俺も好ましいとは思えない。ifは存在し得ないのだ。


 だが、当人にとってはそれが幸せなのだ。そこから妄執に取り付かれてしまえば救いようが無いが、エルは現実と理想の線引きがしっかりと出来ていて、尚且つ傲慢だと罪悪感を抱いている。ならば、俺が口を挟む必要も無いだろう。


「ま、良いんじゃないかっと」

「ありがとうございますっと。トラブルですか?」

「あぁ」


 エルの頭を肩から降ろし、尻を払いながら立ち上がる。隣を向きたい欲求を堪え続けてジッと監視を続けていた俺の目には、列に並ぶ美人ズに冒険者が切り掛かる場面が見えていた。


「立会人無しでの武器の使用、それも傷害目的。行くぞ」

「はい」


 エルを片手で脇に抱え、俺は見張り台の屋根を蹴る。風で揺れる体を強引に制御しながら落下する先は、武器を持ってディオニシオさんに切り掛かる冒険者と鞘に入れたままの刀で応戦するディオニシオさんの間。


「よっと」

「ぬおぁ!?誰だオメェ!?」

「あの、ち、チコさん!?」


 地面を破壊しないように注意しながら着地し、エルを降ろして王都の事を知らない冒険者に向き直る。突然空から降って来た俺に困惑しっぱなしの冒険者に向けて、俺は代理処罰権を持つ者として告げた。


「俺はSSランク、代理処罰権を持つチコだ。お前は王国の法に違反した。さぁ、カードを出してもらおうか」


 そうしてテンプレ通りに襲い掛かって来る冒険者のカードにバツ印を刻印するまで、俺の心臓は暴れっぱなしだった。

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