折檻とついでに決闘
後日、俺とエルは魔闘大会の参加用紙を学園長のクリスティアーネさんに提出した。やはりか、と笑っていた学園長は、大会に参加せずに運営に回るらしい。戦えると思っていたのだが、残念だ。
「ふふ、楽しみですね、チコ」
「そうだな……」
エルが本気を出す為に翼を出す事を考えると、未だに複雑な気分になる。しかし、結局どちらが良いのか自分の中で決着が付かなかった為、出すかどうかはエルに任せる事にした。恐らく出してくるだろうというのは、俺とリディアさんの共通認識だ。
リディアさんも、直接的な説得は諦めたらしい。俺とエルと三人の時に何度か説得していたが、何度も拒否される内に説得をしなくなった。代わりに俺へ向けられる視線がより厳しくなった。
「そう言えばさ」
「どうしました?」
俺がふと声を上げれば、隣で腕を組んでいるエルが斜め上から顔を覗き込んで来る。俺はそれから目を逸らし、エルに質問した。
「エルが翼を出して天使ってバレたら拙いんじゃないのか?」
この世界にも宗教は存在している。世界中に根を張る冒険者ギルドと同じように、創神教という宗教組織が教会を通じて世界中に影響力を伸ばしている。前世と同じように清貧を徳とし、この世界を創造したとされる神を主神として幾つかの神を信仰している。
だが、その創神教の教義の中に天使は描かれていなかった筈だ。その代わりに、自然を司る精霊に感謝し、日々を暮らせという節があった。興味が無かった為にあまり詳しくは無いが、常識としてその程度は覚えている。
「出して欲しく無いんですか?」
「……いや、純粋な疑問って言うか……」
「分かってますよ」
珍しく表情を崩して微笑んだエルは、組んでいる腕に力を込めて更に俺に密着した。
「問題はありませんよ。主様が教会の巫女に神託を下して、天使の存在を周知させるらしいですから」
「エルの為にか?」
「確かに時期は早めましたが、何時かは広める予定だったらしいです。ですので、チコが心配する事は何もありませんよ」
「そうか……」
彼女の主がそう言っているのなら問題無いだろう。俺は微かに安堵すると、向こうに見え始めた金色の小皿へ向かう足を早める。エルはそれに合わせて加速しながら、嬉しそうな気配を発し始めた。
「どうした?」
俺が視線を前に向けたまま問うと、エルは組んでいた腕を離して俺の前に回り込んで来る。道を塞がれて足を止めた俺の顔を覗き込むエルは、演技をしていた時のように柔らかい笑みを浮かべていた。
「順調に籠絡出来ているなー、と思いまして」
「何言ってんだ。エルが教会から睨まれたら俺まで行動し難くなるから心配してるだけだぞ」
「そういう事にしておきます」
エルは再び俺の腕を取ると、普段の無表情に戻る。俺は素直に腕を明け渡しながら、高鳴る心臓によって上昇する血圧で顔が赤くなりそうになるのを必死に堪えていた。そして更に問題なのが、その現場をセナイダが見ていた事だ。
「チコさ~ん、エルお姉ちゃ~ん、ご・きゅ・う・け・い、して行きませんか~!」
「お前は何を言っているんだ!!」
ニヤニヤと笑いながら大声で叫ぶセナイダ。冒険者を相手にする宿屋ならそういう事もあるし、そこで働いているセナイダなら十歳でも知っていておかしくは無い。だからって、だからって大声で俺とエルを誘わなくても良いだろ、常識的に考えて。
「えっへへへへ~、チコさん、エッチな事考えたんですね~?」
「狙ってるだろ!?絶対狙ってるだろ!!?」
「知りませんよ~?ね~、エルお姉ちゃん」
「ねー、チコは変態ですねー」
結託して俺を変態だとなじるエルとセナイダの人気者コンビ。当然ながら衆目も集まっており、それらの目線が徐々に俺の方へと移って来る。
「変態……」
「自意識過剰……」
「英雄(変)……」
「爆発しろ……」
「ぬわぁぁぁっ!」
地獄からの呼び声のように響き渡る非難と怨嗟の声に耐えられなくなった俺は、一目散に金色の小皿の中に駆け込んだ。エルとセナイダも、クスクスと笑いながら続いて来る。この二人は俺の天敵に違いない。
「おやおや、英雄様が悲痛なお顔をしてるよ」
表の騒ぎを聞いていたのだろう、苦笑したテオドラさんと料理が乗ったトレイが俺を迎えてくれた。俺は何も言わずにトレイを受け取ると、テオドラさんから届ける先のテーブルを聞いて逃げる。これ以上彼女達と一緒にいたら精神が持たない。
同じく騒ぎを聞いていた冒険者達から嫉妬の籠もった生温かい視線を受けながら、俺は無心で給仕を続ける。時折聞こえて来るの爆発音を肴に夕方から酒を呷る冒険者達の話題は、一ヵ月後に迫っている魔闘大会の事一色だ。
「お前出んの?」
「馬鹿野郎、高がDDランクの俺が出たって即死するだけに決まってんだろ」
「だよなぁ、巨獣を単体で倒す人外共が集うんだもんなぁ」
「俺、二年間冒険者続けて来て分かったぜ。人外ってのは、幼い頃から目指さないとなれないってな」
「つまり俺達は手遅れって訳だ」
「「「 それな 」」」
実に的を射た事を言う冒険者達。俺は内心で同意しつつ、そのテーブルにつまみの乗った皿を置く。一度戻って別のテーブルの注文品を持って来た時も、その話は続いていた。
「強かったら金が手に入るだろ?地位が手に入るだろ?名誉が手に入るだろ?」
「そして何よりも……」
「嫁が手に入る!」
「クッソー、羨ましいぞゴラァ!!」
奇声を上げてテーブルを殴る冒険者達。一応壊したら弁償してもらうと注意した後、一度戻って料理を受け取りに行く。ヒートアップして来たのか、冒険者達の声は厨房まで響いて来た。
「それを体現したのが!チコさんだ!」
「滅竜剣聖様か!確かに金も地位も名誉も嫁もいるな!」
「金と地位はこの前蹴ってたけどな!」
「クッソー、羨ましいぞゴラァ!!」
「お前が羨ましがっても無駄なんだよ!」
実に的を射ているが何となくムカつく事を言う冒険者達。俺はその冒険者達が注文している漬物に、タバスコに似た調味料をぶっ掛けて出してやった。
「どうぞ、漬物です」
「俺もエルネスタちゃんみたいな嫁が欲しいィ!?」
「間違っても手ぇ出すなよ!?斬り捨てられるぞ!?」
「魔王殺しの英雄の嫁に手ェ出す訳ねぇだろォァァ!」
「待て待てお前等、そこにその嫁さんの旦那さんがいるッ!?辛ッ!?辛ぁっ!?」
精々悶絶してろ、このやろう。
涙目で悶絶している冒険者達だが、全面的に非がある為に俺に文句を言う事が出来ない。そんな彼らを見ながら、テオドラさんが苦笑しながら優しく俺を窘めた。
「チコ、ほどほどにしておきなよ」
「分かってますよ。ちょっとムカついただけです」
幾ら俺でも、他所の宿の客を不当に苦しめたりはしない。これは正当な報復だから問題無いのだ。実際、辛味が収まったのか悶絶するのを止めた冒険者達はシュンとなって反省している。
……はて、何でムカついたんだっけな?
脳裏に浮かんだ疑問を振り払いつつ、トレイを持って給仕を続ける。エル達はそろそろ魔法の鍛錬を終えて戻って来るだろう。そうしたら、セナイダに給仕を引き継いで俺のお手伝いは終了だ。
そう思いながらエールをテーブルに置いた途端、凄まじい殺気がその席の女から発された。
「……何のつもりで?」
無論、その程度の殺気で驚く俺じゃない。冷静に真意を問えば、その女はくつくつと喉を鳴らした。
「いやはや、ただの小僧と侮っていたであります」
「そうですか。ご注文は以上で?」
「あ、ちょっと待って、無視しないで欲しいであります」
「なら殺気を抑えましょうか。駄々漏れで不愉快です」
そう言ってから、俺は気配を目の前の女にだけ向ける。殺気の指向性放射だ。普段の二割り増しの殺気に女はビクリと身を震わせ、サッと顔を青褪めさせて冷や汗を掻き始めた。
「あ、あぁ。すまなかったであります」
「いえ。それで、私に何か御用でしょうか?」
「そうであります」
漸く殺気を収めた女は、青褪めたままにこやかに引き攣った表情を浮かべて俺に言った。
「アメリアと一本勝負をして欲しいであります」
「どうしてこうなった」
「アメリアの所為であります」
「言われるとムカつく」
「チコー、負けちゃダメですよー」
「チコさ~ん、頑張って下さ~い!」
金色の小皿がある通りのど真ん中で、俺と女――アメリアさんは剣を構えて向かい合っていた。周囲には宿屋内での殺気に当てられて昂ぶった冒険者達や、一般市民がやんややんやと喝采を上げながら賭けをしている。
「えー……破壊行為と殺人は禁止されてますので、やり過ぎないように。特にチコ殿」
俺とアメリアさんの間に立っている気の毒な警備兵が、破壊行為の部分で俺を見ながら注意事項を説明した。以前のブラスとの戦いの際、周辺をボロボロにしたからだろう。そんなに警戒しなくてもいいと思う。
「フフフ、剣聖と剣を交える事が出来るのであります」
にこやかな笑みを浮かべる黒髪ポニーテールで金眼のアメリアさんは、腰に提げたままの剣――刀を揺らしている。隙だらけなのは、未だに決闘が始まっていないからだろう。
対する俺は、既に剣を抜いて漆黒の刀身を晒している。そして気配を完全に経ち、何時でも何処へでも動ける体勢を取って選択肢を増やす。対処しなければならない攻撃の可能性を増やす事によって、相手に隙を生ませるのが目的だ。
「おぉっ!?隙が無いにも関わらず何をするか分からないのであります!」
それ、わざわざ口に出す事じゃ無いと思うんだ。
飄々としているが、アメリアさんは中々の使い手だ。発されている気配は明鏡止水の如く、一切の揺らぎ無く落ち着いている。刀を構える位置も絶妙だ。打ち込まれても、即座に抜刀すればギリギリ防げるという位置を保っている。
これは俺の知っている人間の戦い方だ。
「よし、いざ尋常に勝負!であります!」
「警備兵さん、お願いします」
アメリアさんが半身引いて腰を落とし、戦闘態勢に入った。前世で言う抜刀術の体勢だ。わざわざ初撃が遅くなる抜刀術を選んだのは、相当に自信があるからだろう。
俺は何時もの体勢、足肩少広、右足半後、膝伸だ。魔法は勿論無し。筋力もセーブし、純粋に剣と剣でぶつかり合う。
「では……決闘、始めッ!」
警備兵が手を振り下ろすと同時に、俺とアメリアさんは一気に攻撃を仕掛ける。俺は神速で振られた刀を打ち落とし、剣を無造作に斬り上げた。
アメリアさんはそれを深く屈んで避けると、打ち落とされた刀を滑らせて足を狙って来る。機動性を殺ぎ、手数で押し切るのが目的だろう。
そんな物を食らう気は無い為、跳躍前転をしながら眼下に一閃。しかし、切先はアメリアさんの服を僅かに斬っただけだった。
空中に浮かんで回避機動が出来ない隙を見逃さず、アメリアさんは素早く体を起こして袈裟切りを放って来た。それを捻って回避し、第二撃もかわして地に足を付ける。刹那の空白の後、至近距離での斬り合いが始まった。
至近距離での斬り合いに於いて、何よりも優先されるのが速度。アメリアさんと同じタイプのディオニシオさんと戦った時はは馬鹿正直に打ち合っていたが、反動で速度を落とすよりも避ける方が圧倒的に効率が良い。
「このっ!あたれっ!でありますっ!」
まるで剣を習い始めた子供のように気勢を上げるが、それに反して剣は師匠を除く誰よりも速く、重い。恐らく、俺と師匠を除けば最高クラスの剣士なのだろう。
俺の口元が、ゆっくりと弧を描いた。
「ッ!?急に速くなったであります」
集中は極限に。剣は体の一部に。精神は深海の海底へ。
目には目を、歯には歯を。そんな言葉があるのなら、こんな言葉があっても良い。
速さには、速さを。
アメリアさんの刀よりも、もっと速く、もっと重く。剣を両手で持ち、体中の筋肉とバネを使って押し切る。
「くあぁぁぁっ!追い付かないであります!」
悲鳴を上げるアメリアさんの体に、次々と傷が刻まれて行く。決して殺さないように、浅く、小さく、且つ痛みを与えるように。
既にアメリアさんの刀は俺を捉えきれていなかった。それに加えて重なる傷が動きを鈍くし、徐々に徐々にアメリアさんは遅くなって行く。
そして遂に、俺の剣がアメリアさんの首に添えられた。
「完敗なのであります。手も足も出なかったのであります」
「勝者、チコ殿!」
アメリアさんの敗北宣言を受け、警備兵が勝者である俺の名を叫ぶ。周囲は熱狂に包まれ、賭けに使われていたらしい貨幣が空を舞った。
「むー、明らかに報告よりも強くなっていたであります。何をしたでありますか」
「その報告をした人の対処法を実践しただけです」
「戦えば戦うほど強くなるとは卑怯であります」
「基本でしょうに……」
頬を膨らませてぶーぶーと抗議するアメリアさんに苦笑し、俺は剣を納めて振り返る。視線の先には、相変わらずの表情をしたエルがいた。
「お疲れ様です」
「ありがとう。セナイダは?」
「全財産を賭けに投入して、今はそれを受け取りにいってます」
「オッズは?」
「一.一倍ですね。大金貨一枚に小金貨一枚が付いて来ます。ついでに相手方の方は百倍でした」
「これは酷い……」
幾ら何でもアメリアさんが期待されてなさ過ぎる。相手が魔王殺しというのもあるだろうが、それでももう少し差は縮めても良かったんじゃ無いかと思ってしまう。もっと差が少なければ、後ろで活性魔法を使っている最中のアメリアさんが胴元を探す事も無かっただろうに。
「見つけたでありますッ!」
「え?あ、ちょま、ギャアァァァ!関節が折れるぅ!」
胴元の男の関節をあらぬ方向へ捻じ曲げようとするアメリアさん。しかし誰も胴元を助けたりはせず、俺とエルも含めて苦笑するだけだった。百などというふざけたオッズで賭けをしたのだから、自業自得だ。
「あ、あの、師匠!ダメですよ!」
胴元の関節がミシミシと音を立て始めた所で、赤毛のポニーテールの少z……少年が駆け込んで来る。ほぼ確信はしていたが、アメリアさんがそうだったのだろう。
剣帝アメリア。ディオニシオさんの師匠にして、BAランク冒険者。俺と師匠を除けば、一番の剣の使い手。
そして男の娘好き。
「あ、ディオニシオでありますか。サッサとコイツを締め上げる手伝いをするであります」
「あの、ダメですって!師匠、放してあげて下さい!」
更に力を込めたアメリアさんに駆け寄たディオニシオさんは、何とかしてアメリアさんを引き剥がそうとし始める。それを眺めながら、エルがぽつりと呟いた。
「苦労してますねぇ……」
「本当だわ」
「そうだな……で、何で此処にいるんですか?」
本当なら俺が取るべきだった反応のポジションを奪った声の方へ顔を向ける。少しばかり離れた場所に立っていたのは、エルの妹にしてシスコン、ついでに巨乳天使なリディアさんだった。




