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第9話 領都グランベルク

 迫る一か月後の社交界。出発は二週間後。

 それまでの間に自身の身を守れるぐらいの力を手に入れる必要がある。

 そのためにはレベルアップだ!

 レベルを上げてスキルをガンガン獲得し、とにかく強化。

 この世界に意識が目覚めてからというもの、遅々として進まない成長にそろそろ嫌気が差してきた。一刻も早く現状を打破することが求められる。

 今は幸いにも暴力の化身であるロクサーヌがいる。

 危険に見舞われても彼女が助けてくれるだろう。

 だから、レベル……レベル……レベリング……!


「レベル……レベルを……お願いしますぅ……レベル1では不安で夜も眠れないのです……! お願いします。お願いしますぅうう!」


 ……と、このようにロクサーヌ先生のおみ足にしがみ付いている最中である。


「ああ! 鬱陶しい! 挽肉にされたくなかったら離せ!」


 ちらりちらりと野蛮人の表情を伺いながら、懇願する。

 はじめは、しがみ付く度に鉄拳が飛んできていた。

 だが、それでもゾンビのように復活してくる僕に気味の悪さを覚えたようで、今に至って、拳を振り上げないところを見るに、ずいぶんと態度が軟化してきたように思える。

 おかげさまでHPは、二割まで減っている。


「離したら外に連れて行ってくれるんですかぁ?」


 こんな野蛮人に敬語を使うのは業腹ではあるが、今は僕のほうが圧倒的に弱いため、素直に従っておくことにしたのだ。

 真なる極悪貴族は、柔軟に物事に対応できることが求められる。

 しかし、殊勝な態度を取るのは、あくまで僕がこの女よりも強くなるまでの間だけだ。


「……ああもうっ! わかったよ……ったく。これは契約外だということを肝に銘じておけ! 貸し一つだ!」


 ふふふ、貸しですかぁ?

 悪役貴族心得一つ!

 借りても返すな、踏み倒せ!

 逆に貸しを作って利子をつけて返させろ。


 先輩……こんな感じでしょうか?

 でもこの女に貸しを作るには一体どうしたら……?

 まあ、それはおいおい考えておこう。

 彼女との付き合いはこれから長いのだから。


「はい……わかっておりますとも……」


 ちゃんと揉み手で擦り寄ることも忘れない。

 こういう小さな努力が相手の信用を勝ち取ることに繋がると僕は思う。


「よし、じゃあとっとと済ませるぞ!」


「はい! 行きましょう、行きましょう!」


 この世界で目覚めてから、外に出るのは初めてだ。

 やっとだ。やっとレベルを上げることができる。

 長いチュートリアルから解放されて、生まれ変わるのだ。


 ヴァンデルシュタイン家の屋敷は街を見下ろす高台にある。

 街の入り口までは馬車で五分から十分程度とのことだ。

 なお、今回はお忍びなので、徒歩で向かう。

 なぜお忍びかというと、貴族が歩いていると注目を浴びるからだそうだ。

 まあ、そもそも家の人にも言ってないし、僕としてもそのほうが都合がいい。



*



 ヴァンデルシュタイン辺境伯領、領都グランベルク――。

 石造りと木組みの家が混在する雑多な街。

 辺境であるからか、魔鋼鉄の産出量の関係か、頑丈で実用的な建物が多く、武骨な街という印象を受ける。

 石畳の大通りから街の中心部に進むと、市場や商館、少し離れた区画には精錬施設が立ち並ぶ。

 魔鋼鉄の取引に国内外から訪れる商人、迷宮《ダンジョン》攻略目的の冒険者で賑わっており、活気にあふれている。

 ……とまあ、冷静に街の様子を眺めていたのだが、胸の内から湧き上がる興奮を抑えきれない。


「……ゲームと同じだ! うわ、武器屋じゃん……。で、あっちが宿屋だ!やっべ」


 目深に被ったローブの隙間から見える景色に、とても感動していた。

 まるで、昔プレイしていたゲームが、次世代機でリメイクされたときのような感動だ。

 プレイしていたときの記憶が次々と浮かんでくる。


「おい、一体何をはしゃいでいる。気色悪いぞ」


「そうだ! あそこ主人公が立ち寄った酒場! ……っくぅ! あのルートは流石の僕もホロリときたんだよ!」


「おい」


 股座のあたりがひゅんと嫌な感覚を覚える。

 まるで、高いところから落ちた時のような。

 背中には冷たい汗が大量に流れる。

 これは覚えがあるぞ。


 ――殺気だ。


 出どころを探すと、そこにはロクサーヌの姿があった。

 いや、確かに僕も興奮していたかもしれない。

 だけど、そんなに怒ることはないと思うんだ。

 天下の往来で殺気を垂れ流すなんてどうかしているでしょう。

 ほら、出店のご婦人が腰を抜かしているよ。


「何をしているんです……?」


「こっちのセリフだ。忠告しておくが、次にこのようなことがあれば、お前の四肢を落とし、口に詰め込む」


「いやあ、でもさすがにこんなところで殺気をまき散らすのはどうかと――」


 野蛮人の垂れ流している殺気の量が増加した。

 通りを歩いている数人がぎょっとした表情でこちらに視線を向ける。


「さて、どうします……? 行きましょうか……? あは、あはは」


 この野蛮人を家庭教師にしたはいいが、チェンジすることは叶わないのだろうか。

 なんか契約とか言ってたし、違約金をふんだくられても面白くない。

 だけど、本気で身の危険を感じる。

 話が通じないし、理解が及ばない。

 まるで、獣のような奴だ。

 だとすると、僕が生き残るために残された道は、力でねじ伏せることだけだろう。


 凶悪な目つきをしばらく僕に向けたあと、目の前の獣は、再び得意の二足歩行を再開させた。



*



 ロクサーヌの後をついておとなしく歩く。

 その間も、ロクサーヌの目を盗んでは、キョロキョロと辺りを見回していたのだが、度々彼女が振り返ってこちらを睨みつけてくる。

 まったく獣の勘とは鋭いものなのだな。騒いでいないんだから少しぐらい良いじゃないか。


 彼女が向かった先は、冒険者ギルドだった。

 すごい!中もちゃんと再現されている!

 再現というわけではないのかもしれないが、とにかくすごい。


 入口の扉を潜ると目の前にカウンターがあり、三名の受付嬢が冒険者の対応に追われている様子が伺える。

 右手には、隙間なく依頼票が貼られた大きなクエストボードと、二階に続く階段。左手には食堂が併設しており、朝から酒を呷る複数の冒険者の姿があった。

 野蛮な風貌の冒険者が多く、我がかてきょーに勝るとも劣らない。

 すると、筋骨隆々の一等野蛮なスキンヘッドが声をかけてきた。


「おお、ロクサーヌじゃねぇか! しばらく見かけねぇと思ったが……」


 ちらりと僕のほうに視線を向ける。


「産休だったのか……?」


「バカ言ってんじゃねぇ! こいつは私の……甥だ」


 身分を隠さないと注目を浴びると言っていたからな。

 獣なりに考えたのだろう。


「ほう……――ぼく、名前はなんて言うのかな? おじちゃんに言ってごらん?」


 見た目に反して子どもには優しいタイプのスキンヘッドだったようだ。

 だが、きもい。


「どきどき、自分の名前、言えるかな……?」


 僕はそんなに幼く見えるのだろうか。

 とはいえ、名前かぁ。考えていなかった。

 ヴィンセントの名前を出すのはよくないのだろうし……。


「ヴィンスだ。よく覚えておくといい」


「わあ、ヴィンスくんかい。えらいねぇ、自分の名前ちゃんと言えたの?パチパチパチ~」


 まだ、そう言葉を交わしていないが、もう限界かもしれない。

 このおやじのキモさは一級品だ。

 僕が吐き気を堪えていると、耳元でブォンと風を切る音が聞こえた直後、僕の顔を覗き込む強面スキンヘッドの顔面に、ロクサーヌの拳がめり込んだ。


 バコンという重い音とともにスキンヘッドが宙を舞い、食堂で酒を飲む強面たちを巻き込んで大クラッシュが起きた。


「きめぇんだよ!このハゲ!」


「ロクサーヌさん、あのキモハゲ様はどちら様?」


「ここのギルドマスターだよ」


 ロクサーヌがそう言うと、瓦礫の中から筋骨隆々のスキンヘッドがむくりと起き上がり、人差し指を眼前に立てながらこちらに歩いてくる。


「その通り、俺は、冒険者ギルド・グランベルク支部のマスターを務めているゴードン・ブロッサムだ。ヴィンスくん、君を歓迎するよ!」


 あれだけの暴虐をその身に受けたというのにピンピンしているのが、またキモい。

 だが、冒険者か……是非とも登録したい!


「ああ、よろしく頼む。早速冒険者登録を――」


「ちょっと待て。今日は登録ではなく、Dランクの討伐依頼を確認しに来た」


 ロクサーヌが口を挟む。

 なんだよ。お前には関係ないはずだ。


「いや、登録――」


「馬鹿かお前は。何のために変装している」


 ロクサーヌが小声でキレる。

 まあ、確かにそうだが、偽名で登録すればいいだけじゃないのか?

 それとも本名を判断する魔道具とかがあったりするのだろうか。

 まあ、いい。僕は右も左もわかっていない状態なのだ。

 今はこの女に従っておくか。


「狂獣のロクサーヌともあろう者が、Dランクだと?」


「おい、今狂獣って言わなかったか?」「あのギルドマスターをぶっ飛ばした奴ってやっぱり」「Aランク冒険者の狂獣……」「やっべ、本物初めて見た!めっちゃ美人じゃん!」「やめとけって、命がいくつあっても足りねぇぞ……」


 周りの冒険者がコソコソヒソヒソ何か喋っている。

 なんだって?Aランク?狂獣?

 この女ってそんな大層な奴だったの……?

 そうか……なるほど、これは手懐け甲斐がありそうだな。

 きっと優秀な駒となってくれるだろう。


「その名前で呼ぶんじゃねぇ。……このガキのレベルを上げるんだよ」


「なるほど、パワーレベリングってことか」


 パワーレベリングとは、レベルの高いプレイヤーが低いプレイヤーを引率して、経験値を稼がせることだ。

 この世界でも、ゲーム用語が普通に浸透しているようだ。

 だが、この女がAランクなのだとしたら、もう少し高くてもいいのではないだろうか。


「Cランクぐらいでいいのでは?」


「お前を見殺しにしても良いのならそれでもいいが」


 ……それは勘弁願おう。

 確かにこの獣に、人を守りつつ戦うような真似ができるとは思えない。

 ここは素直に従っておくべきだろう。


「またまたぁ……そんな意地悪ばっかり……Dランクでお願いします」


「あいよ! 適当に見繕ってくっから待ってな!」


 そう言うと、ゴードン・ブロッサムは受付カウンターにデカい身体を無理やりねじ込み、奥に消えていった。



*



 ゴードンが見繕った討伐依頼を受け、冒険者ギルドを後にすると、ロクサーヌは次なる目的地に向かうべく、ずんずんと歩き出した。

 彼女がまたいつ暴れ出すかわからないため、おとなしくついていっている。色んなところを見て回るのは、また次の機会にしよう。

 というか、このまま討伐に向かうつもりではないだろうな。

 僕は丸腰だぞ。せめて武器ぐらいは持っておきたい。

 せっかく、金を用意するために事前に動いていたのが、無駄になってしまうではないか。

 昨日の夜、資金確保の手段をどうしようかと頭を悩ませていたところ、気が付いたら僕はセバスの部屋で優雅にお茶を飲んでいた。

 まあ、どこで何を考えようと僕の自由ではあるので、金が必要だと繰り返し独り言を叫んでいたところ、なんとセバスが快く貸してくれるというではないか。これは渡りに船だと思って、友好的に借り受けた次第である。


「……僕、武器が欲しいのですが」


「……あ? わかってるよ。今から行こうと思ってたんだろうがッ!」


 見事なクレッシェンドからのフォルテッシモである。

 すんません!でも、情緒おかしくないですか?

 これから勉強しようと思っていたところに「勉強しなさい!」と言われると、腹が立つのと一緒だろうか。


「はい、失礼しました」


「てめぇは黙ってついてこい。くれぐれも私を怒らせるようなことはするな」


 そんな無茶な……。

 どこに埋まっているかわからない地雷を三年間スイーパーし続けなければならないのか?

 そんなインポッシブルなミッション、世界中のトムが匙を投げるだろう。


 しばらく、黙ってついていく。

 見えてくるは、勝手知ったる武器屋である!

 テンションが上がらずにはいられないが、僕も学習している。

 地雷があると思われる場所には、旗を立てておくのが定石だ。

 すでに踏み抜いているから、確定で爆弾が埋まっていることだろう。


 扉を開けると、上部に取り付けられた来店を知らせるベルが鳴った。

 店番をしていた髭面のドワーフがこちらを鋭い目付きで品定めしている。

 どこに行っても人相が悪い奴らばかりだ。

 さすがはヴィンセントが生まれ育った街である。


 店内には、所狭しと武具が陳列されており、否が応でも目を奪われる。

 金額は……げっ。高いぞ、高すぎる。五百万ゴールドだと……?

 ショーケースに陳列されているのはどれも百万超えであり、それ以外に安い物も置かれているようだが、それにしたって全体的に高すぎる。

 ゲームでは、高いものでも数十万だったというのに。

 MMOじゃないんだぞ!

 いや、現実であるこの世界で物価が違うということは特段不思議なことではないか?

 セバスから借りた百万ゴールドで、最上級の武器を購入する予定だったのに当てが外れてしまった。

 僕が武器の金額に慄いていると、ロクサーヌが口を開いた。


「こいつの武器を探してる。ショートソード辺りが良いと思うんだが……」


「しばらく、顔を出さねぇと思ったら、おめぇさんが子守りたぁね……父親は誰だ?」


「ちっ……どいつもこいつも、爺ってのは互いに脳みそが繋がってやがるのか?」


「どういうことだ」


 確かにどういうことだ。説明を求む。

 ゴードン・ブロッサムと同じ発想をしているということだろうか。

 わかりにくい!所詮は言葉を操れるだけの獣ということだ。


「こいつは、私の甥だ」


「ヴィンスだ。覚えておけ、民間人」


「なんだこいつ、随分と偉そうなガキだ。おめぇさんだって民間人じゃねぇのか」


 偽名を使ったはいいが、貴族と勘ぐられる言動は避けるべきだった。


「……ああ、そうだが? それがなんだ。お前が民間人であることに変わりはないだろう」


「……まあいい。俺はグリントだ。……ちなみに予算はどれくらいだ?」


「適当なものでいい。金は後から用意する」


 獣が割り込んでくる。


「……金なら持ってきていますが……」


「雑魚なんだから、上等なものはいらねぇ。こういうのは使い潰すつもりで安いもんにするんだよ」


 まあ、こいつの言う通り、雑魚が良い武器を持っていても仕方ないか……。


「だったら、これなんかどうだ。俺の弟子が作ったもんだ。本来は五万ゴールドだが、他ならぬ、おめぇさんの甥っ子ってんなら、期待を込めて三万まで負けてやる」


「殊勝な心掛けだ。誉めてやろう。どうだ、僕の部下になるか?」


 こいつは従順なしもべになれる才能があるかもしれない。


「……面白れぇ奴だ。だが、生憎とガキの下に就く気はねぇ。出直してきな」


「ふんっ! 後悔することになるぞっ……!」


 勧誘に失敗した僕はローブを翻して、店を出るのだった。

 支払いはロクサーヌがするらしい。後から用意するとかなんとか言ってたしね。

 浮いてしまったセバスから借りたお金は僕の貯金にしようと思う。

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