第10話 激闘!デヴォラーウルス
武器を調達後、雑貨屋でポーション等を買い集めて出発と相成った。
ロクサーヌの話によると、辺境は危険な魔物が多く棲息しているとのことであった。
確かにゲームでも、この辺りは終盤に訪れる場所であり、強力な魔物が出現した記憶がある。
そんな魔物が生活圏に近いところに棲息しているのだとしたら、まともに暮らせないのではないかと聞いたところ、騎士団が定期的に間引きしているのだとか。
へぇ、パパの私兵はすごく強いんだ。
確かに、国境を守る要所であることを考えると軍が強いことも頷ける。
ちなみにロクサーヌは倒せるのか聞いたところ、頭を殴られた。
余裕だという宣言なのだろうか。野蛮人の言語は非常に分かりにくい。
今回は、迷宮がある山麓の鬱蒼と広がる森に出現する魔物を狩るのだとか。
さて、楽しい楽しいレベリングのお時間だ。
……とこの時は思っていたのだが。
*
三メートルほどある体躯、熊のような頭。
大きな口には、獲物をかみ砕き、すり潰すための鋭い牙が立ち並ぶ。
人間の胴体ほどの強靭な腕は、無造作に振り回すだけで脅威となる。
腕の先には熊には似つかわしくない五本の指と、鈍く黄ばんだ鋭い尖爪。
黒々とした毛皮で覆われる胴体は分厚く、その胴を支える骨も相応に太いことが窺える。下手な武器では刃をまともに通すことはできないだろう凶悪な魔物。
――デヴォラーウルス
「おら、行ってこい! 斬りつけんだよ!」
魔物に対峙してからいきなり斬りつけろとは……いくら何でも、スパルタ過ぎないか!?
普通は上級者が弱らせてからとどめを僕が失礼するのではないのか!?
「い、いや無理じゃないですかね……?」
「無理でもなんでもやるんだよッ!」
尻を蹴飛ばされ、熊の前に無防備を晒す。
その瞬間、獲物が隙を見せるのを待っていたのだろう。恐ろしい鳴き声を出しながら口から粘着質な唾液をまき散らし、無造作にその太い腕を振るう。
死ぬ――
「【ウォーターシェル】!」
咄嗟に発動した魔法は瞬時に僕の周囲を球状の壁で覆う。
しかし、バリアごと吹き飛ばされ、木の幹に激突。
その衝撃でバリアが破裂し、したたかに身体をぶつける。
一瞬の無の時間、直後燃えるような痛みが全身を貫く。
「がぁああああ! ぐぅぅうう……!」
痛い痛い痛すぎる……!
全身の骨が砕けたかのような痛み。
HP:■□□□□□□□□□
死ぬぅ……!
懐から転げ落ちて零れたポーションを舐めとり、多少動くようになった体を軋ませ、すぐさま新たなポーションを取り出し一気に飲み干す。
ポーションはゲームと同じ、固定値回復のため、HP総量の低い今であればこれで全快するはず。
HP:■■■■■■■■■■
ここに来る前に試しておいた甲斐があったというものだ。
もたもた回復しているうちに、デヴォラーウルスが距離を詰めてくる。
ロクサーヌは……!
こちらを見ながら鼻くそをほじってやがる……!
おい、僕が死ぬかもしれないんだぞ!
ちきしょう!もう破れかぶれだ!
「【ウォーターボール】!」
無様でもなんでもいい!こんなところで死んでたまるか!
「【ウォーターボール】!【ウォーターボール】!【ウォーターボール】!【ウォーターボール】!【ウォーターボール】!ついでに【ウォーターヒール】!」
ウォーターボールを何度も発動させて放つ。
ついでにウォーターヒールをかけておく。
体の表面に薄い膜ができ、時間をかけて少しずつ回復していく。
効果は五分程度だが、僕のHP総量であれば一分程度で全快する。
スキルツリーの進め方によって効果も上がるが、今は気休め程度にしかならない。それでも使っておく分には損はしないはずだ。
「……おーい、当たってねぇぞー」
うるさい!わかってるわ!こんなボールを当てたって怯みすらしない!
ロクサーヌがあくびをしているのを視界の端に捉えて殺意が湧く。
この女……僕を殺す気なのか!?
ロクサーヌに悪態をついている間も、デヴォラーウルスの猛進は止まらない。
それも想定内だ!腰のショートソードを抜き放ち、一直線に駆け出す。
――速いッ!
先ほどよりも速い攻撃。奴の黄ばんだ鋭い汚爪が眼前に迫る。
それでも構わず、ショートソードを横なぎに振るう。
その一瞬、世界がコマ送りのようにゆっくり感じられた。
すると、デヴォラーウルスの凶爪がわずかに逸れ、僕の頬の表面を撫でる。
爪を始点として血液の筋を作り、空中に赤い線が引かれていく。
奴は大量の水分を吸って泥のようになった地面に足をとられ、バランスを崩していた。獣風情が、知性に敵うと思うなよッ!
その間隙に、僕のショートソードが奴の腹に届いた――。
肉を裂く音とともに、デヴォラーウルスの咆哮が響き渡った。
悲鳴ではなく、咆哮だ。
つまり、怒っているということだ。
ショートソードは十センチ程度腹に食い込んだだけで、全然致命傷じゃない。
致命傷じゃないっ!
デヴォラーウルスはその大口を開けて、目の前にいる僕にかぶりつく――。
目の前が真っ暗になった。
――
――――
――――――
ズドンという音とともに強い衝撃を感じ、同時に真っ暗だった視界に光が差した。
何が起きた……?
「おーい、死んだか?」
ロクサーヌの籠ったような声が聞こえる。
というかここはどこなんだ。
じめじめして生暖かい……そして異常に臭いッ!
なんだこれはッ!
すると、頭上から差し込む光が遮られた。
見上げると、鋭い凶悪な目付きをした女が覗き込んでいた。
「一体なんだこれは!?」
「生きてんな。おい、捕まれ」
伸ばされたロクサーヌの手を取り、引き上げられる。
外に出てみるとなんと、首のないデヴォラーウルスが地面に横たわっていた。
後ろを振り返ると地面にキスをする熊の頭。
どうやら僕は頭からパクリといかれていたらしい。
切断した首の空いた穴から引き上げられたということだ。
そんなギリギリに助ける奴があるかっ!?
いや、というか間に合ってないだろう!一回食べられてるからぁッ!
普通は攻撃を受ける前に助けるもんじゃないのか!?遅いんだよ!
「……へへへ……さすがはロクサーヌさんっす……」
とはいえ、ここは助けてもらったのだから、奴を持ち上げておこう。
ここで注意したいのが、「ありがとう」と言ってしまわないことだ。
安易に礼を言ってしまうと、また貸しがなんだとか言われかねない。
助けてもらうことを含めてレベリングに来るという交渉を行なったのだから、僕は当たり前のことをしてもらっただけだ。
しかし、彼女が持つ、てらてらと輝く赤黒い液体が付着している得物は、どう頑張っても木剣にしか見えないのだが、それであの分厚い首を斬り落としたというのだろうか。
……いや、考えるのはやめておこう。
僕が彼女の得体の知れなさに震えていると、
「魂魄の格が上がった感覚はあるか?」
言われてみれば、先ほどより身体が軽く感じるッ!
なんだこれ!すごい!気持ちいい!
「わっ!」
飛び跳ねていると、バランスを崩してしまった。
「魂魄昇華の影響だな。上がった身体能力に慣れてねぇんだ」
打ち付けた尻を擦り、ステータスを確認する。
出でよ!ステータス!
……レベル8!うわぁ……なんか感動……。
素敵……ずっと見ていたいわ、うふ。
LUCは伸びが悪い……。死ぬ運命をどうにかできれば変わるのだろうか?
いや、そもそも因果関係が逆ではないか?
死ぬから低いのではなく、低いから死ぬわけであって、死ぬことを回避すれば高くなるとは限らないのでは?
なんだか頭が混乱してきた。
それは置いといて、スキルを見てみよう……。
……剣術!剣術キター!
命を懸けた一撃で剣術に目覚めたのだろうか!
そしてスキルポイント7!
何のスキルを取ろうかな?楽しみだな……。
……とはいえ、だ。
この野蛮人に従っていれば僕はいつか死んでしまう。
というか、お前が先制攻撃で弱らせてくれよ!
なんで全快の状態の敵と戦わせるんだ……。
これじゃあ、効率もくそもないじゃない!
「ロクサーヌさん、ちょっと先に攻撃入れてくれませんか? しんどいですよ」
「馬鹿か、死ぬ思いをしないと魂魄昇華なんざできやしねぇ」
そうなのか……?
それは疑問の余地があるぞ。
ゲームでは戦闘に参加していれば、全員が経験値をもらえた。
少なくとも敵に攻撃を与えればいいんじゃないか?
「で、でも一度試してみませんか? もしかしたらレベルが上がるかもしれませんし……」
「だめだ。これも訓練の内だ。死ぬ気でやれ。というか死ね」
いやぁ、筋金入りの脳筋とは恐れ入る。
この獣には理屈というものがないのだろう。
だから、死ぬ気でとか気合でとか、そんな言葉しか出てこないのだ。
とにかく、このままでは僕は死ぬッ!
「次だ! 安心しろ、迷宮も近いし、てめぇみたいな雑魚を殺したい魔物は死ぬほどいやがるからな」
「い、いやちょっと……! 待ってくれ! 待ってくださいぃ!」
ジタバタと暴れる僕の襟首を掴まれて、森の中に放り込まれた。
*
日が暮れるまで狩りは続き、デヴォラーウルスを八体討伐したところで引き上げることになった。
ロクサーヌは僕が一撃入れるまで、絶対に手を貸してくれなかったため、八回きっちり走馬灯を見ることになった。
二回腹を捌かれ、三回骨を砕かれ、三回頭から食われた。
動けなくなっても、ロクサーヌのポーションが飛んでくるので、すぐに戦線に駆り出されるのだ。
本当に生きた心地がしなかった。
本来ならもっと狩れたはずだが、脳が筋肉でできている女に何度進言しても聞く耳を持たなかったのである。
おそらく、耳の穴を覗き込んだら筋肉がびっしりと詰まっていることが確認できるだろう。
レベルは17まで上がった。
ステータスも上がり、生存能力が上がっていたことが幸いし、最悪の結果は回避できたと言えよう。
スキルを取っておけば変わったのかもしれないが、死に物狂いの戦いを繰り広げ、わずかな休憩を与えられたあと、すぐに次の戦場に放り出されるものだから、その余裕もなかった。恐るべし、脳筋。
とはいえ、奴の実力は折り紙つきであった。
レベルがどのくらいかと聞いたら、秘密なんだそうだ。
どれだけ狂暴であったとしても、心に乙女がいるということなのだろう。
次レベルを上げに行くときは違う人を連れて来ることに決めた。
いくら強くても、制御がきかない鉄砲など、ドタマにいくつ風穴が開くかわからない。
そんなこんなで、ギルドで依頼を達成し、屋敷まで帰ってきたころにはすでに日も落ちていた。
セバスとメルが半べそをかきながら僕のことを探しており、彼らの忠誠心に少し感心しつつ、疲れ切った体を湯舟で癒すべく風呂場へ直行。
ちなみにギルドの報酬と素材の買取料は、すべてロクサーヌに召し上げられた。
なんでも、迷惑料なんだそうだ。
まあ、いいだろう。それで武器も買ってもらえたのだし。




