第8話 容疑者の一人
訓練が終わったその足で、当主の部屋に向かった僕は、肩を小さくして立ち尽くす。
メルの奴……ご褒美なんてもらえないじゃないか……!
「お父様ッ!聞いておりませんわ!」
「フラン良く聞け、これはお前のためでもある」
ポマードで固められたオールバック。毛先がカールした髭を生やした偉そうな男が、その切れ長の鋭い目を少女に向ける。
「どうしてヴィンセントと一緒に参加することが、私のためになるんですか!」
ハーフアップの赤みを帯びた金髪、緩やかにウェーブがかかった毛先。
エメラルドグリーンの瞳を宿した、僅かに吊り目がちな目元の、勝気な印象の少女。
フランチェスカ――ヴィンセントの妹である。
彼女は、兄である僕のことを嫌っており、近く王都で開催される社交界に一緒に行くことが嫌なのだそうだ。
セレクロのヒロインの一人であり、ハーレムルートでは涙ながらに僕にとどめを刺す。
なので僕にとっては天敵であり、僕としても一緒に出掛けることは避けたい。
話の内容としては、思った通り、社交界のことである。
ご褒美なんて嘘っぱちだ。
セバスの話では、社交界は学園入学前の顔合わせのようなものであり、そこに政治的な意図はない……とされている。
参加するのは、まだ政治的決定権のない子女の集まりであり、貴族としての立ち居振る舞いや人脈を築いていくことを目的としているからだ。
とはいえ、それは建前の話。
実際には、政治の場として利用されていることも少なくないという。
だが、本来の目的を無視してでも、交渉や取引をしなければならないということは、よほど余裕がないか、何かしら問題を抱えているか、だ。
セバスは、そういった家を狙って取引を持ち掛けていたのだろう。
そのうえ、ヴァンデルシュタインの名を不当に利用していた可能性すらある。
「それが貴族の決まりだからだ。ヴィンセントと一緒かどうかは関係ない」
参加自体は必須ではないが、喪中や病気などの特別な事情がない限りは、基本的には参加するのが普通である。
参加しなければ、紹介できるようなまともな子どもがいないと思われたり、王家への忠誠心がないと見なされることもあるのだとか。
貴族というのは、見栄を張りたがる生き物であるということなのだろう。
「でしたら、ルシアンお兄様が一緒に来てくださればいいでしょう?」
「ルシアンは跡取りとしての執務が忙しい。それにヴィンセントも社交界に参加していないのだ」
ルシアンとは僕の兄のことだ。
セレクロでは、ヴィンセントが兄であるルシアンを暗殺し、後継ぎとしての立場を手に入れた。
しかし、僕は別に領主になりたいわけでもないし、経営に関する知識もないから、兄をぶっ殺してまで、その座を奪うつもりはない。絶対、めんどくさいだろうし。
しかし、この妹、僕のことは呼び捨てにしておいて、ルシアンはお兄様呼びである。この対応の格差は一体……。
このことから、ヴィンセントは札付きの悪だったことが伺える。
その札、僕が引き継ぎます!
「ですが、どうして一緒のタイミングなんですか!」
どうしてなんだ、答えろ親父!
「遠いからだ。何度も王都を行き来するのにどれだけのコストがかかるのかわかっているのか? であれば歳の近いお前たちは一緒に参加するのが合理的と言えよう」
そりゃあそうか。
しかし、ゲームではファストトラベル機能があったからあまり気にしたことはなかったけど、実際どのくらいかかるのだろうか。
「でも、ヴィンセントの素行はお父様もご存じでしょう!? ヴァンデルシュタイン家の品位が疑われますッ! 我が家の恥部ですのよ!?」
その通り、我が妹に完全同意だ。
だから、こんなものはキャンセルだ。キャンセル。
しかし、本人を前にして恥部とまで言ってのける妹ちゃんは、さすがはヴィンセント先輩の妹である。
「最初は私もそう思っていたのだがな……」
「では何故……!」
確かに何故だ。
僕だってそんなめんどくさそうな催しなんて参加したくないぞ。
僕のほうに視線を向ける親父。
「……ヴィンセント、お前は最近鍛錬に励んでいるようだな」
なんでそんなことを知っている?
ヴィンセント先輩は、厄介者として扱われていたはずだ。
それこそ恥部なのだから、気に掛けるはずもないだろう。
「……なぜそれを?」
「毎日のように庭を走り回り、その後はひたすらに魔法で水浸しにしていると……庭師から迷惑だからやめさせろと報告を受けた。……事実確認のために側付きのメイドからも色々と聞いた」
なんだと……!裏切ったのか、メル!
当主にチクるとは……。
親父も親父だ。事実確認なら僕にすればいいものを……。
「それは……明日からは迷惑のかからない場所を探します」
「いや、庭師からクレームが来たのは本当だが、メイドからは、剣と魔法の訓練を頑張っていると聞いた。最近は家庭教師を雇ったそうだな」
どうやら、メルは裏切ってはいなかったようだ。
だが、なぜそれが社交界に行かなければならないことになる?
「そうですか。ですが、話が繋がらないと思います」
「今までのお前の振る舞いを考えると、社交界などに行かせるつもりはなかった。他家からどう思われようと、お前を外に出すことのほうが危険だと。だが、少しは辺境伯家の次男として自覚が出てきたようだ。今のお前であれば王都に送り出しても問題ないと判断した」
ご褒美どころか、面倒ごとが降って湧いてきた。
ちょっと勘弁してほしい。
しかも……。
「信用できませんわ! ヴィンセントが自主訓練……!? 絶対に何か企んでいるに違いありませんわ!」
こんな狂犬のような妹と一緒だなんて……。
「納得しろ。道中は、使用人と騎士も同行するのだ。ヴィンセントも下手な真似はできんだろう。私も遅れて参加するとはいえ、社交界の場では目を光らせておくつもりだ」
本人を前にしてよくもまあ、明け透けに色んなことを言えるものだ。
僕は一応この家の次男なのだぞ?
だがまあ、ここはおとなしくしておくべきだな。
こいつらはいずれ僕の軍門に下ることになるのだ。せいぜい今だけは好き勝手言っておくがいいさ。
ねー?ヴィンセントせんぱいっ!
「ですがっ! この男の使用人への態度は目に余ります! この間だって……側付きのメイドを首輪に繋いで屋敷内を連れ回して……」
僕は一体なんということを……!
さすがは先輩……。そんな大胆なプレイに及んでいたとは……。
というか、遂に「この男」だって。名前でも呼ばれなくなってしまったよ。
「……どうあれ、この決定が覆ることはない。我が辺境伯家の格式を保つためにも顔を出しておく必要がある。それに、そこで出会った者が、将来の婚姻相手になるかもしれないのだから」
「…………」
フランチェスカは納得がいかないのか、下唇を噛んで黙り込んだ。
僕だって納得はいっていない。
将来、僕を殺すかもしれない奴と、旅行なんかできるか!
「……これ以上の話は不要だ。ヴィンセントも、貴族として不相応な振る舞いはやめよ。次にそのような話を聞いた時には相応の罰を与える」
今まで好き勝手させていたくせに、今更言うに事欠いて、罰を与えるだ?
偉そうにしやがって。ちくしょう。
ここは悪役貴族らしく、ガツンと言ってやるべきだ。
あまり、僕を舐めないほうがいい。
「……はい」
まだ僕はレベル1なのだ。
ここで暴れたとしても、死体が一つ出来上がるだけである。もちろん僕の。
いつだって力には素直に従っておくのが、悪役貴族なのだ。
でも、いつか覚えていろよっ!!
「話は終わりだ。出て行け」
妹のフランは不服そうな表情を浮かべ、僕を睨みつけている。
結果として、未来のヴィンセント殺人事件の容疑者となる予定のフランチェスカと王都までの楽しい旅行が決定し、メルに首輪を付けた特殊プレイを公然の場で行なったという記憶にない罪を背負わされることになった。
王都で開催される社交界は一か月後。出発は二週間後になるとのことだ。
ヴァンデルシュタイン辺境伯領から王都までは、十日以上かかる距離だそうだ。
ただ一つ問題なのは、僕が礼儀作法を雰囲気でしか知らないということだ。
……ちょっと見栄を張ってしまったが、雰囲気でしか知らないというのは、つまり、知らないということと同義なのである。
事前にいろいろと聞いておくとしても、慣れていない動作を咄嗟に出せるのか、非常に不安なところだ。
スキルツリーにないだろうか、礼儀作法。
それよりもまずはあと二週間で自分の身は守れるようになっておきたい。
明日、野蛮人に相談してみようかな。




