第7話 スキルを欲する熱い想い
数日後、執事長のセバスが手配した講師が到着し、早速剣術の特訓が始まった。
やっとここまでこぎ着けた。
学園への入学――ゲームのシナリオ開始までに何としてでも力を付けなければ僕の安心は得られない。
とはいえ、仮に死を回避できたとしても、主人公が成長するためには、僕の死が必要になるという問題は残したままである。
僕の死をもって成長するなど、もはや人間の皮を被った悪魔だろう。
許せんな。いっそのこと悪魔として討伐してしまおうか?
だが、そうなると魔王に対抗できる人間がいなくなってしまうが。
というか、この悪役貴族の僕を差し置いて、魔王を名乗るとはいい度胸である。
この世にのさばる悪は、たった一人だけだということを思い知らせてやるべきだろうか。
……まあ、それは置いておくとしよう。今の僕が何を言っても、すべては絵空事でしかないのだから。
そんなことを考えていると、頭を起点として、身体全体が揺さぶられるような衝撃が走り、続けざまに鳩尾を抉るような衝撃。
「ぶへぇあッ!!」
突然の出来事に成すすべもなく、空中に投げ出される。
気付いたときには、固い地面の感触、口の中にじゃりじゃりとした食感と鉄の味が広がっていく。
一瞬だが、気を失っていたようだ。
「ボケっとするな! ぐちゃぐちゃの肉塊にされてぇのか!」
どうやら僕は、目の前の露出の激しい異常者に攻撃されたようだ。
高い位置で結んだ癖のある燃え盛るような赤い髪。
整った顔立ちではあるが、凶悪な目つきと、ちらりと見える口元の鋭い八重歯が、粗暴さを隠しきれていない。
服装は動きやすさを重視しているのか、金属の鎧は要所を守るのみであり、胸元や腹はノーガード。
ショートパンツから伸びる足は、膝から下が金属の鎧に包まれている。
「何をする! いくら何でも訓練でそれはやりすぎだろうッ!」
そう、この女こそがセバスの手配した講師だったのだ。
セバスめ……面接とかしていないのか?
こんな野蛮な奴に指導を受けていたら、命がいくつあっても足りんぞ。
まさかセバスは、自身の弱みを持つ僕を亡き者にしようとしているのか?
あの悪党であればありうる。完全に否定できないのが辛いところだ。
「生意気な口を叩くなッ! 訓練中は身分なんか関係ねぇ! 何度教えればわかる? 甘えてんじゃねぇぞッ!!」
「ぐぅっ……!」
こういった奴らは苦手だ。
前世で嫌というほどに経験してきた。
ちくしょう。悪役貴族である僕が屈服するなど認められん。
そうですよね?ヴィンセント先輩?
……なるほど。
こいつを飼いならせ、そう仰るわけですね。
悪役貴族心得一つ!
気に入らん奴は飼いならせ!気に入った奴も飼いならせ!関係ない奴でも飼いならせ!すべては己の力となるだろう。
数は力だ!圧倒的な軍勢を持ってして、敵を蹂躙せよ!
個人がどれだけ力を持とうが、軍勢の前では無力である。
卑怯上等、余裕をもって対処することこそ悪役貴族のあるべき姿。
……果たしてこの野蛮な女を飼いならすことができるのだろうか。
「やい! 野蛮な民間人! 貴様に決闘を申し込む!」
「なに……? ……くはっ! 頭でも打っておかしくなったか? ……てめぇのプライドを守るとか、そんなくだらねぇ理由で吠えてんなら、やめておいたほうがいい」
嘲笑するように笑い声を上げたかと思えば、直後、声色だけで人を殺せるのではないかと錯覚するほどの威圧感を出す。
あれ、ちょっとこの感じ立っていられないかも……。
こんな圧を今まで受けたことがない。
そりゃそうだ、前世ではこの世界ほど死が近くにあったわけじゃない。
その一端に触れたのだ。
これが殺気、というものなのだろう。
「……っ!……あ……ああ……」
「く、くく、くはははは! 怖気づいてんじゃねーか!」
彼女が大口を開けて馬鹿笑いを始めた途端に、すぐ身近に感じていた死の気配が霧散する。
背筋に冷たい汗が流れる感覚が、まだ生きていることを感じさせた。
「……身の程を理解したようだからこの辺にしといてやってもいいが……ただまあ、吐いた唾は呑めねぇとも言うからな……」
彼女はそこで一旦言葉を区切る。
「土下座しろ」
「……は?」
「土下座だ、地面に頭を擦り付けて懇願するんだよ。高貴なお貴族様が、一度言ったことを撤回すんだから、それなりの態度ってもんがあんだろ? 自分の発言には責任を持てという下賤の民からの教育だ」
なんて、傲岸不遜な下賤の民なのだろう……。
ヴィンセント先輩……僕にこの女を飼いならすことはできるのでしょうか?
いや、弱気になるな!これから嫌というほどにこの女のような理不尽な奴が現れるのだ。
こいつを練習台として使ってやろう。
「自惚れるな、民間人! 貴族が一度言ったことをそう簡単に撤回するわけがないだろう。決闘はする! だが、今やるとは言っていない」
そうだ。普通は介添人とかを用意するはずだ。
この場でいきなりおっぱじめるわけがないだろう。
「はぁ? どういうことだ?」
「まあ、聞け。決闘のルールはこうだ。お前の教えを受けて、僕は強くなる。そのうえで三年後、お前と決闘するということだ」
「なるほど、面白れぇ。お前の苦し紛れの提案に乗ってやるよ。勝者は何を得る?」
「負けた奴は、勝った奴の要求を一つ聞く。それでどうだ?」
「要求の内容を決めなくてもいいのか? もし、死ねと命じられたら死ぬことになるぞ? お前にとってはかなりのリスクじゃねぇか?」
「僕にとって? 自分はまるで関係ないような口ぶりだ」
「お前にたった三年で負けるわけがない。私といい勝負をしようってんなら、そうだなぁ……最低でも十年はかかるだろうなぁ。……それぐらいの差があんだよ。要は、私にとっちゃ、ノーリスクってわけだ」
……十年……だと!?
まさかこの女……レベルをカンストでもしていたりするのか?
ちょっと早まったかもしれない。
「まさか、指導の手を抜くつもりじゃないだろうな? そんな卑怯なことをするつもりならこの話はなかったことに――」
「手なんか抜くわけねぇだろ。……そんなの、面白くねぇだろ?」
口角を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべる女に、もう引き返せないと知りつつも、自分の吐いた唾を探し始めるのだった。
*
それから数日、彼女の指導のもと剣術の訓練をしている。
野蛮で露出癖がある異常者の名前は、ロクサーヌ・ブラッドリー。
僕に剣術と魔術を教えることになった住み込みの講師だ。
剣術の講師なのかと思ったのだが、魔術の心得もあるのだとか。
人は見た目に寄らないものだ。
とはいえ、魔術の訓練は今のところできていない。
まずは剣術のスキルを生やすことが先決だと考えたのだ。
だが、彼女の教え方は特別に乱雑なものであった。
「おら、もっと意識しろ! 自分の中に秘めたる力があると確信するんだ! そういう熱い想いがスキルの獲得に必要なんだよ!」
といった、具合である。
対する小市民たる僕は文句ひとつ言わずにそれに従うのだ。
「うぉぉおおお! 剣術よ……我が力となりて立ちはだかる野蛮人を滅せよ! オリャアッ!」
上段から振り下ろした僕の木剣は、野蛮人の額目掛けて吸い込まれていく。
――とったッ!!
奴の額をかち割ったと確信したその瞬間、目の前からロクサーヌの姿が消え失せる。
僕の振り下ろした必ず殺す斬撃は、虚しく空を切る。
直後、背後からの重く、激しい衝撃。
ともすれば、身体が破裂してしまうのではないかと感じるほどの斬撃を食らい、僕の体は本日何度目かの空中遊泳体験。
「……ブフォッ!!」
固い地面と接吻を繰り返したのも、何度目だろうか。
「ふざけてんのかっ!」
ふざけてないわっ!
お前の抽象的な説明に、必死に食らいついていっているのが、見えないのかこの野蛮人が!
「よし、今日のところはここまでだ。明日こそは剣術スキルを覚えろ。それが達成できなければ肉塊にする。いいな?」
そう言いながら、屋敷の中に立ち去っていく露出野蛮人。
その姿を見送り、ボロボロになった体を起こす。
ちくしょう。スキル獲得のため、彼女から僕に与えられた糸口は、自分の力を信じることだけだった。
信じるって言ったってなぁ……。
ゲームでは確かに魔導書などのアイテムの使用や、訓練などのイベントをこなすことで手に入るスキルはあった。
例えば、剣術や弓術、魔法などのスキルがそれにあたる。
ただ、スキルを獲得するには、スキルツリーを進めていくのが通常の習得手段だ。
だが、この世界にはスキルツリーなど存在しない。
「スキルツリー」
念のため呟いてみるが、ウィンドウが開くことはない。
「ステータス」
HP:■■□□□□□□□□
「いや、死にかけてんじゃねぇか!」
やっぱやりすぎだろ、あの野蛮人……!
……とそこで画面の右端に何か縦線のようなものがあることに気が付いた。
なんだこれと、触ってみると上下に動くではないか。
……スクロールバーだ。下に画面をずらしてみる。
なんと!スキルポイントの表記がはっきり出ているではないか。
ということはこの世界でもスキルツリーがあるということなのでは?
よし、やってみよう。
「スキルツリー、スキルツリー、スキルツリー、スキルツリー、スキルツリー。スキルツリースキルツリースキルツリー」
ロクサーヌの教えを思い出し、目を瞑り強く念じてみる。
しばらくそうしていると、閉じた視界の中にボヤっと何かが浮かび上がってきた。
「出た!本当に出た!」
習得している水魔法とそれに付随する項目のみが光って表示されており、それ以外はグレーアウトしている。
ツリーは魔力効率UPなどの能力強化や、新たなスキルが習得できるようになっており、ゲームと同じような感じだ。
だが、これでわかったぞ。この世界の住人は、時間をかけてスキルを習得するが、僕はこのスキルツリーを使い、計画的かつ爆速で成長できるというわけだ。
なるほど、自分の中に秘めたる力があるという熱い想い、というのはあながち間違いではないのかもしれない。
おそらく、この世界の人間は、スキルツリーが見えていないから、曖昧な説明になってしまっているのだと思う。
とはいえ、だ。
それができるとわかったところで、剣術スキルを取るためにはひたすら訓練をするか、レベルを上げるしかないわけだ。
これはやはり、実践しかない。
幸い野蛮人もいるわけだし、一度外の魔物を倒してみるというのが一番の近道かもしれない。
ちょっと明日交渉してみようかな。
そろそろ、屋敷に戻るかと、立ち上がろうとすると、目の前にメルの顔が出現する。
「きゃあ!」
立ち上がろうとした腰が抜けて、情けない声を漏らしながら、尻をしたたかに打ち付ける。
HP:■□□□□□□□□□
「馬鹿野郎! 主人を殺す気かっ!」
「も、もも申し訳ございませんッ!!」
メイドのメルは、涙目になりながら僕に頭を下げる。
「どうした、何か用事か?」
「……あ、はい!ご当主様がヴィンス坊ちゃまをお呼びです」
つい先ほどまで泣きそうな表情をしていたにも関わらず、コロッと表情を変えてそんなことを宣う。
当主が僕を呼んでいる……?
今まで何にもコンタクトを取ってこなかったのに……。
まさか、先日セバスが言っていた社交界のことか?
「どういった用件か聞いているか?」
「いえ、それは聞いておりません。……最近の坊ちゃまは頑張っていらっしゃいますし、きっとご褒美でもくれるのではないでしょうか!」
なに……?ご褒美だと……?
「……魔導書もらえるかな?」
LUCの高さでは、右に出る者しかいないと自負しているが、とはいえ、期待しないわけでもない。
しかし、初めて当主と顔を合わせるわけか……。
どうしよう、緊張してきた。
「ふふっ……もらえるかもしれないですね!」
生暖かい目で見てくるメイドのメルを尻目に、コミュニケーションの方法を僕の中のヴィンセント先輩と相談するのであった。




