第6話 対決!執事長セバスチャン
それから、数週間、剣や魔法の練習に明け暮れた。
朝は庭を走りまわり、昼は剣を振り、夜は魔導書を読み、魔力が尽きるまで練習をした。
そんな毎日を繰り返すことで、体力が増え、魔導書の魔法を習得し、ある程度制御できるようになった。
わかったこととしては、ゲームでの魔導書は、魔法スキルを習得できるアイテムだったが、この世界では普通の魔法理論書であるということだ。ちなみにタイトルは『ゴブでもわかる魔法理論-入門編-』という舐め腐ったものである。
つまりは、地道にお勉強しなさいということだ。
おそらく、序盤の雑魚敵なら倒せるぐらいになっているはずだ。
ただ、剣術のスキルは一向に生えなかった。
そもそも、剣なんか前世を含めて振ったこともないのだ。
やはり、自主練でできることは限られる。
実戦で得られる経験こそが人を成長させるはずだ。
どのみち、いずれはレベルアップを図る必要があるのだから。
とはいえ、武器は必要か……。
この木剣一本じゃ、心もとない。
「やっぱり、魔物を倒しに行ってみようかな。今ならスライムぐらいなら倒せるかもしれない」
「ヴィンス坊ちゃま、外は危ないですよ? ここは辺境なんですから、スライムだってこーんなにおっきいんですから!」
ふんふんと鼻息を荒くして、手をいっぱいに広げている。
なんだか最近は僕のことを弟だとでも思っているのか、こうやって僕をたしなめてくることが多い。
もしかしたら、まだ教育が足りていないのだろうか。
ヴィンセントさんに倣って厳しく叱責することは学んだのだが、どうも懲りていないらしい。
まだ悪役貴族の何たるかが身体に染みついていないからだと思う。
それはおいおい身に着けていくとしよう。
「じゃあ、講師を連れてきてくれよ。これ以上は自主練だけじゃどうしようもない」
「それが、何度もお願いしているのですが、執事長に許可をもらえなくて……。せっかく坊ちゃまがやる気になっているのに不甲斐ないばかりです……」
きっと、おそらく、確実にヴィンセントさんの今までの態度が原因なのだろう。
先生すらも壊してしまう可能性などを考慮して許可が下りないのだ。
もしくは、まじめに学ぶようなことはあるまいと思われているのか。
「わかった。じゃあ直接頼みに行くとするかぁ」
よし、そうと決まれば早いほうが良いだろう。
最近気付いたが、この顔は結構凶悪な表情ができるらしいのだ。
これもヴィンセントが重ねてきた悪行の賜物といえるだろう。
さすがはヴィンセントさん!ぱねぇっす!
「え……!? いえ、ですが……」
「なんだ、何か問題か? まあ、あったとしても受け付けないが。さあ行くぞ、わが召使い! はーはっはっは」
大仰にそう言って、闊歩するのだった。
*
執事長の部屋の前に辿り着き、心を落ち着かせる。
なぜなら、この世界にきて初めてメル以外の人間と言葉を交わすのだ。
緊張しないわけがない。
だが、それほど心配してはいない。
僕の中にはいつもヴィンセント先輩がいてくれるのだから。
ひとつ深呼吸して、扉を思いっきり蹴り開けた。
バコンッ!
おお、こんなにも力持ちだとは思わなかった。
蝶番の部分が拉げちゃったよ。
まだこれでレベル1だってよ。信じらんねぇぜ。
確かにHPとMPを除けばSTRが二番目に高かったが……。
もしかしたら、立て付けが悪かったのかもしれない。
「な、何事ですかなッ!?」
正面の机に座り、事務仕事をしている執事服を着た男性が驚いたように目を丸く見開いている。
壁際には執務で使うであろう本が並べられた本棚。
部屋の中央には、足の短いローテーブルを挟むように高級そうな革張りのソファが向かい合わせに置かれていた。
「執事長、セバスチャン……ご機嫌麗しゅう」
芝居がかったセリフで、優雅にこうべを垂れる。
こういうのは最初が肝心なのだ。
前世でもよくされたものだ。
僕がおとなしく教室で座っていると、その机を蹴り上げて「おはよう」と挨拶してくるのだ。
悲しい記憶ではあったのだが、参考にさせていただいております!
「……悪鬼め……」
「なんだって?」
小声で何かを呟いているが、僕の耳には届かなかった。
おそらく、聞かれると都合が悪いことなのだろう。
「いえ、なんでも……ヴィンセント坊ちゃま、一体いかがされましたかな……? このような暴挙に及ぶとは、当主様にご報告せねばいけないですな」
部屋の中を泰然と歩き、中央のソファに腰掛ける。
足を組んで、悪徳フェイスでセバスチャンを睨み付ける。
「……なに? この僕を脅してくるとはご挨拶だな」
「い、いえ、脅すなどそんな……」
表情こそ変えないが、こめかみに伝う汗が、彼の緊張を物語っている。
「ところで、僕は剣術と魔術の講師を呼んでほしいと再三指示を出したつもりだったんだが、その後どうなっている?」
「はて? 講師……ですかな?」
「聞いていないか? そこのメイドのメルが執事長、貴様に対して上申していたと思ったのだが」
メルに視線を向けると、「私はちゃんと言いました!」と涙目で訴えてきている。
「……ああ、そのことでしたら、認められないと申し伝えたように思います」
「理由を聞いても……?」
「ヴィンセント坊ちゃまのような、高貴なお方を教えられる者など、この王国のどこを探しても見つからないという判断です」
「どういうことだ。何も特別な講師を呼べと言っているわけではない。剣術と魔術の講師だ。どこを探しても見つかるだろう」
「いえ、そこらにいる下賤な者どもが、坊ちゃまに教えを説こうだなどと、分不相応なことです」
「なるほど、それは一考の余地があるな。だが、それを探すのが貴様の仕事ではないのか?」
「存在しない者をどう探せと仰るのです?」
「お前、僕を舐めているな? そんな屁理屈で言い包められるとでも思っているのか?」
「ま、まさか……そんなつもりは……」
「では、答えろ。下手な欺瞞はもういらない。正直に答えなければ、どうなるかは……わかるな?」
ニコリと微笑んで見せる。
飴と鞭ってやつだ。言葉は厳しいけど、態度は優しい。
やり方が合っているのかは知らないけど、どうだろうか。
彼には通用しているだろうか。
こっそり、セバスチャンの表情を伺うと、彼は血が抜けたかのように真っ白い顔をしていた。
あれ、効果抜群じゃん?
ちょっと解釈が間違ってるかなと思ったけど、どうやらこれが正しかったようだ。
「は、は、はぁ……! い、いいい一体何を企んでいる!!」
いやいや、さすがに様子がおかしい。おかしすぎる。
作戦が功を奏したとしても、ここまでなるものなのか?
恐るべし飴と鞭。さすが、歴史というのは嘘をつかない。
もしくは、僕の笑顔が凶悪すぎるという可能性も微粒子レベルで存在する。
試しにゆっくりと立ち上がり、セバスチャンの後ろに回り込む。
にっこりと笑いながらだ。
「は、はぁああ! や、やめ、やめぇえ! あ、悪鬼、悪鬼ぃ!!」
悪鬼とは、悪役貴族としては誉れではないだろうか。
こうなると、さすがにこれは飴と鞭というより、僕の飴という笑顔に恐怖を感じているということだろう。
「どうした、セバスチャン? 具合でも悪いのか? ゆっくりで良い。正直に答えるんだ。ああ、わかっているぞ……? 昔から見てきたからな。お前は正直者だ」
背中をさすりながら、耳元で言ってあげる。
これが飴。甘々の飴である。
「ははぁ! も、ももも申し訳ございませんでしたぁぁああああ!」
あまりにもあっさりと屈服させることができてしまった。
なんだか拍子抜けだ。もっとこう、なんというか、僕の中で、頭脳戦的なやり取りが期待されていたのに。
そんなことを考えているとさらに口を開く。
「ちょっとした出来心だったんですぅ! ちゃんと返しますから、殺さないでくださいぃぃいいい!!」
ちゃんと返す?
何を言っているんだこの男は?
いや、だが何か良からぬ企みをしていたのは確かだ。
僕の笑顔による交渉により、吐かなくても良いことを吐き始めた。
これはこいつを服従させるチャンスだ!
「セバスチャン、お前がしたことを父上に露見しないよう、僕にその秘密を教えてほしい。きっとお前の助けになるはずだから……」
後ろからセバスチャンの顔を覗き込み、ニンマリと微笑んであげる。
その後、幾度となく彼の悲鳴が屋敷中に響き渡った。
後日、その悲鳴を聞いた使用人たちの間で、屋敷内で猟奇殺人事件が発生したとまことしやかに噂になったのはまた別の話。
*
飴を有効に使い、今までにセバスチャンが働いていた悪事をすべて吐かせて、忠誠を誓わせた。
領運営費の横領や、領内の資源を他領への横流しするなど、裏で色々とビジネスを行っていたらしい。
思った以上にとんでもない悪党だった。
長期に渡り、同じ業務に従事していると、不正を犯しやすいというのは、よくある話だ。
これは、その典型的な例だろう。
だからこそ、特に経理などを任される人間は数年で配置換えを行い、不正のリスクを減らす必要があるのだ。
とりあえず、今やっているビジネスは禁止した。
とはいえ、長きに渡り、そのビジネスとやらを隠し通した実績は認めなければならない。
彼の手腕は本物だ。悪事に関する。
それは今僕が最も必要とする技術であることは間違いないだろう。
どうせなら、その手腕を僕のために使ってもらおうじゃないか。
問題はこの男を全く信用できないため、どう利用するかがまだ見えていないことだ。
仮に現在のビジネスを続けさせて、それを僕が公認したと解釈し、僕の名前を勝手に使い始めたらと考えると肝が冷える。
今後、また同じような過ちを犯したことが発覚した場合は、さすがにこいつをしかるべき機関に突き出すしかなくなる。
「セバス、お前の罪は不問とはならないことだけは、肝に銘じておけ。この通り、証拠はすべて僕の手にあるのだからな」
「このセバス、ヴィンス坊ちゃまを裏切ることなどありませぬ!」
……調子の良いやつだ。
ビジネスの帳簿などのセバスが働いた悪事の証拠を抑えており、写しも本人に作らせた。
これを口外しないことを条件に、僕に従ってもらうようにしたのだ。
「くれぐれも僕を裏切ろうなどと考えないように。本当ならお前は今頃牢獄で臭い飯を食っているということを忘れるな。僕はお前の数々の悪事を黙っていると言っているんだ。逆に感謝するべきだぞ?」
「もちろんでございます!今後は坊ちゃまのことは、神と呼んでも……?」
「やめろ。……なんか危ない気がする」
教会に神を騙る不届き者がいると、目を付けらでもしたら、たまらないぞ。
「まったく……それより、講師を用意してくれという話だ。本来それを頼みに来たというのに」
「そ、そうでした。もちろんそうさせていただきますが、剣術や魔術より、マナーのお稽古をしたほうがよろしいのでは?」
「どういうことだ……?」
扉を蹴破る奴はマナーを学んだほうが良いという皮肉か?
まだ教育が足りなかったらしいな。
……と思ったのだが。
「忘れてしまったのですか、神よ。フランチェスカお嬢様の社交界デビューですぞ!」
「いや、神はやめろと……って社交界……?」
「そうですぞ! 貴族子女が集まる食事会! 有力貴族とのコネクションを作るのです! ……そして、魔鋼鉄の横流し先に……」
まだ、懲りずにビジネスをしようとしているのかこいつは……。
というか、食事会だと……?
コミュニケーションに難ありの僕が?本気で勘弁してほしい。
悩みの種がまた一つできてしまった。




