第5話 悪役貴族心得一つ!
部屋に戻った僕は、記憶に残っているゲームの情報をメモしていく。
まずは、僕が住んでいるヴァンデルシュタイン辺境伯領についてだ。
セレスティア王国の国境にほど近い、山岳地帯と港町を抱える広大な領地。
国境線に伸びる山岳地帯には迷宮が存在し、その影響で魔力を含んだ魔鋼鉄が豊富に産出される。
武具や魔道具の材料となる魔鋼鉄を加工するための独自の精錬技術と、交易港までを保有しており、政治的にも軍事的にも重要な土地だ。
そんな領地を治める辺境伯家の次男が、僕ことヴィンセントというわけだ。
そして、ゲームのヴィンセントはプライドが高く、常に他者を見下している。
使用人や立場の低い人間が大好きで、そういった人たちを側に置き、虐げるという性癖を持っていた。
そして、平民であるゲームの主人公が、学園の入学試験にてトップの成績を収めたことが気に食わず、ことあるごとに突っかかるようになる。
主人公の選択次第で、僕が死ぬタイミングが変わってくるが、死を回避するためには、ルート突入を拒否し続けないといけない。
つまり、このメモが僕の生命線であるということだ。
そんな感じで、頭を悶々とさせていると、部屋の扉をノックされる。
「どうぞ」
「ヴィンセント坊ちゃま、お夕食をお持ちしました」
そういえば、朝から何も食べていなかったな。
さすがにお腹も空いてきた。
「ありがとう、そこに置いといてくれ」
咄嗟にお礼を言ってしまったが、今のは悪役貴族っぽくなかったかもしれない。
悪役貴族心得一つ!
素直に礼をするなッ!
言質を取られた時点でお前の負けだ。絶対に認めることなかれ。
それが必ずお前の弱みとなるだろう。
今ありがとうって言ったよね?って感じだ。
そんなことで借りを作っていけば、いずれ首が回らなくなる。
でもまあ、今はそれでいい。失敗することもあるさ。
一歩ずつ悪役貴族の道を歩んでいけばいいのだ。
「えっ! い、いえ! 滅相もありません……こちらこそ、ありがとうございます」
逆にお礼を言われてしまった。
おそらくヴィンセントは、彼女に感謝したことなどなかったのだろう。
さすがはヴィンセントさん、参考になりやす……。
「……毒とか入ってないよね?」
どうやら、この屋敷には僕の敵が多いようだからな。
用心しておくに越したことはないだろう。
「は、入っておりません! 心配なら私が毒見します!」
顔を真っ赤にして怒るメル。
「いやそこまでは……」
メイドのメルは、怒った様子でステーキをパクッと食べてしまった。
「……あ……僕のステーキ!」
ちきしょう!毒見でメインディッシュ持ってくやつがあるか!
「ほら! 毒なんて入っていません!」
ふんふんと鼻をならし、興奮した様子で詰め寄ってくるメル。
ふと――屋敷へ向かう途中に聞いた彼女の言葉を思い出す。
『ヴィンセント坊ちゃまは、私のご主人様です』
僕の目には、彼女がそうあくどいことを考えられるようには思えない。
かといって、あくどい誰かに利用されていないとも限らないし、本当に信用できるかはわからない。
僕にとっては、彼女も他の使用人も最近知ったばかりの他人だ。
まあ、今のところは……保留かな。
「……わかったから、ちょっと落ち着け!」
*
しばらく興奮状態にあったメイドを宥めすかして、やっと落ち着かれたご様子だ。
なぜ、悪役貴族の僕がこんな子守のようなことをしなければならないのだ!
「も、申し訳ございません……取り乱してしまいました……」
お次はというと、悲しそうに俯き始めた。もう勘弁してほしい。
この様子だと、おそらく僕の意識が目覚める前は、失敗をする度に叱責を受けていたのだろう。
まったく度し難い男だ、ヴィンセント。
よし、これからは僕も悪役貴族の端くれとなるのだから、参考にさせてもらうとしよう。
悪役貴族心得一つ!
失敗した召使いは苛烈に叱れ!
一に教育、二に教育。三四も教育。とにかく教育!
反抗することは愚かである。常にお前は監視されている。翻す旗など存在しない。そう植え付けるのだ。その地道な一歩が悪の道へと通ずるだろう。
という感じですかね、ヴィンセントさん!
「坊ちゃま……?」
「……こんの……僕のステーキ半分以上食いやがってぇぇえええ!!」
「も、もも申し訳ございません!!」
その場に伏して頭を床につけるメイドのメル。
人に頭を下げさせながらステーキをかっ食らう……。
うーん、これはこれで悪くないかもしれない。
「そうだ、メイドのメル。剣や魔法を教えてくれる講師はいるか?」
「講師……ですか……?」
「そうだ。あるのっぴきならない事情から、僕は力を付けなければならない」
そう、死亡イベントを乗り越えるための力を――
魔法とスキルの習得、そしてレベルアップ。
セレクロのシナリオが始まるまでの三年で力を付ける。
行く手を遮る障害は、何であろうと力をもって制圧、制圧!
傲慢な悪役貴族らしいだろう?
「……ッ! ヴィンセント坊ちゃまが自らそんなことを言うなんて……! わかりました! 私に任せてください!」
メルは、うるうると目に涙を溜めたかと思うと、次の瞬間には、ふんすと鼻を膨らませ、両手を握りしめる。
これは勘だが、彼女はきっと特殊スキル、ドジっ子属性を持っていると思うんだ。
そう考えると、任せても良いものか、無性に不安を感じてしまう。
「早速、話を通してきますッ!」
そんな失礼なことを考える僕を置いて、メルはスカートの裾を持ち、部屋から飛び出して行った。
まあ、ダメだったら地道に剣を振るだけさ。
*
次の朝、僕は朝早くから庭に出て、剣を振っていた。
メイドのメルに講師を手配してもらっている間、一人で剣を振って少しでも鍛えることにしたのだ。
ゲームでは繰り返し同じ行動をさせると、特定のスキルを得られるような仕組みだった。
運よくスキルが目覚める可能性もある。
「いてっ……手の皮がむけちゃったよ……。ふぅ……しかし疲れたなぁ……まだ30分ぐらいしか経ってないのに……」
剣など碌に振ってこなかったのだろう。
ちょっと振っただけで額には汗が滲んでいた。
どうやら、スタミナまではステータスではどうにもならないようだ。
「まずは、剣術より体力からどうにかしたほうが良いかもなぁ……でもまずは休憩したい……」
木剣を放り投げて、芝生に寝転がる。
気持ちいい――朝の澄んだ空気が汗をかいた身体を冷ましていく。
瞼が重くなる。
*
靄がかかったように視界がぼやけている。
目の前には、顔だけが黒く塗りつぶされた人が横たわっていた。
『――――』
何か言っているが、ノイズがその言葉を遮る。
地面に赤黒い染みが広がっていく。
『だ、だれか……助けて……!……あ……』
どうやら、僕の口から出ているようだった。
だが、どこか他人事のようなそんな胸中。
周りを見渡すと、多くの人影に取り囲まれていた。
表情は霞に溶けて見えなくなり、ただいくつもの拒絶だけがこちらを向いている。
『見てはダメよ……』
今度ははっきりと聞こえた。
気付けば、深い闇に包まれており、目を開けているのかどうかさえもわからなくなる。
『ヴィンス……この世界は、あなたが――――より、ずっと優し――――ているわ……だから世界を、自分を、――――ないで……きっと、――――』
悔しくて苦しくて、息ができない。
牢獄に囚われたような圧迫感。
『……あ……かあ……さま……』
深い闇の中で、もがき苦しむ。
大きな喪失感に胸を締め付けられる。
もう……楽になりたい。
もがいてもがいて、進み続けた先に、小さな光が見える。
その瞬間、フッと体が軽くなる。
『大丈夫ですよ……ヴィンス坊ちゃま』
――この声は。
*
「――はッ!……はぁ……はぁ……」
目を開けると、目の前にはメイドのメルの大きな瞳がある。
後頭部に柔らかい感触。
「目が覚めましたか?……坊ちゃま」
どうやら、メルに膝枕をされていたらしい。
なんだかお姉さんぶっているように見える。
おそらく、そういうお年ごろなのだろう。
主人に対して失礼極まりないが、まあ、ここはひとつ大目に見てやろうか。
「……ちょっと寝てたみたいだ」
起き上がろうとすると、優しく頭を押さえられる。
「……?」
「なんだか悲しそうに見えたので」
「いや、ただの夢だし……」
幼い少女に子ども扱いされている状況が、無性に恥ずかしく感じる。
僕は前世では十九歳の大人だったんだぞ。
「……そのようですね。でも、もう少しこのままでいてください」
……よくわからないが、確かに嫌な夢ではあった。
「僕は子どもじゃない」
「私がしたいのです。いけませんか? ヴィンス坊ちゃま」
なんだか慈しむような目で僕を見ている。
やめろ。そんな顔したって簡単には信用しないからな。
「……ヴィンスって?」
夢の中でも言っていたな……。
「……寝言が聞こえてしまったので……カミラ様の夢を見ていらしたのですか?」
カミラ……ヴィンセントさんの母親か。
確かに夢の中で僕は「かあさま」と口にしていた。
「そう、なのかもしれない……だけど、よくわからなかった」
セレクロのヴィンセントは、もともとやんちゃな子どもであり、周囲から疎まれることも多かった。
だが、母カミラが彼の防波堤となり、その風当たりも抑えられていた。
そして、母親の死をきっかけに、傍若無人な振る舞いに拍車がかかることになる。
特に下々の者に対しての当たりがきつくなり、貧民を見下すようになった。
その結果、自ずと家で孤立していくことになる。
「カミラ様が坊ちゃまをヴィンスと呼んでいたのを思い出して……逆に悲しくさせてしまいましたか……?」
悲しいも何も、僕はヴィンセントではない。
この胸にチクチクと疼く痛みは、この体の本当の持ち主のものなのだろう。
「いや、別に……それより、メルは母上と面識があったのか?」
「はい、一度だけ……。お優しい方でした。私の出自を聞いても嫌な顔一つせずに受け入れてくださいました」
メルの出自には何かあるのだろうか。
でもそんなこと聞いたら、僕の記憶に異常をきたしていると、また医者を呼んでくるかもしれない。確認するのはやめておこう。
それに、いずれ彼女の過去を知る機会も訪れるだろう。
「そうか。……それで例の件は?」
剣と魔法を教えてくれる講師の手配を頼んでいたはずだ。
「……え……? ええっとぉ……」
大きな瞳を左右に泳がせるメル。
……どうやら、ダメだったみたいだ。
「メイドのメル……ミッションに失敗したようだな?」
「も、申し訳ございませぇん! 何度お願いしても、執事長が首を縦に振らないのですぅぅううう!」
涙を滝のように流すメル。
それらがすべてメルの膝の上にいる僕の顔面に流れ落ちる。
「こんの……役立たずめぇぇええええ!!」
先輩のヴィンセントさんに倣い、思いっきり叱責するのであった。




