第4話 異世界といえばステータス!
魔法を試すために庭を目指して、屋敷内を闊歩しているのだが、使用人たちの反応があまり良くない。
「……ッ!」
みな怯えたように道をあけ、頭を深々と下げる。
ヴィンセントが実家でどういった扱いを受けていたか、セレクロでは描写されていなかったが、ある程度の想像はできていた。
使用人を物のように扱い、虐げる人間を快く思う者などいるわけもない。
とはいっても、実際にそういった視線を向けられるのは、とても気分が良いものとは言えない。
だが、ヴィンセントが疎まれているのだとすれば、疑問が生まれる。
メイドのメルからは、そんな目で見られてはいないような気がするのだ。
僕の意識が目覚めた直後もそうだったが、僕が階段から転げ落ちたことを本気で心配している様子だった。
「メイドのメル、僕のことをどう思う?」
後ろから、トテトテとついてきているメルに声をかける。
「え……どうと言われましても……どうしてそんなことを……?」
メイドのメルは、突然の妙な質問にきょとんとした表情を浮かべる。
だが、これは僕にとって、重要な確認だ。
どうやらこの屋敷内には、僕の敵が多くいる。
少しでも信用できる人間が必要だ。
でなければ、後ろから刺されてしまう未来も遠くはない。
「怒らないから言ってみなさい。僕はお前にとってどんな人間だ?」
「ヴィンセント坊ちゃまは、私のご主人さまです!」
正解だろと言わんばかりに、ふんふんと鼻の穴を広げて、胸のあたりで握り拳を作っている。
……正解っ!君の純真な瞳に完敗!
僕に膝をつかせるとは、さすがは僕こと悪役貴族に仕えるしもべだ。
だけど、僕は今そんなことを聞きたいんじゃない!
いや、まあ……今のは僕の質問の仕方に問題があったと思うべきだ。
前世ではろくに他人と会話をしてこなかったからな。
コミュニケーション能力に問題を抱えているのは自覚している。
ともかく僕には味方が必要なのだ。
「うーん……どこかに信用の置ける人間はいないものだろうか?」
メイドのメルが、「はーい!ここにいますよー!」などと何度も手を上空に突き上げる中、庭へと続く道を闊歩するのだった。
*
庭にやってきた僕は魔法の発動のために、意識を集中させる。
足元には魔法陣が展開されており、切れかけの豆電球のように明滅を繰り返す。
「ふぬぬぬ……!う、【うぉーたーぼぉーる】!」
けつの穴を締めて、ふん、と全身に力を入れると、プルプルと震えた手のひらから、拳大の大きさの水が生まれる。
「わっ……!坊ちゃま、お上手です!」
メイドのメルが、声を抑えて、隣でパチパチと小さく拍手をしている。
集中できないから黙っていろと言ったためだ。
「おお……できた……!」
ふっと全身に入れた力を抜くと、パシャっという音とともに水球が割れ、手に水が滴る。
「あっ……」
水球があった場所を見つめ、悲しそうな顔をするメル。
同時に「私のせいじゃないよね……」などと小声で呟いている。
「なるほど……集中力が途切れると魔力が霧散してしまう……思ったより難しいな……」
メルの話では、魔法は才能がないと使えないとのことだった。
おそらく、ゲームで言うスキルのことだろうと思う。
だから、ゲームでヴィンセントが使っていた水魔法を試してみたというわけだ。
水魔法の【ウォーターボール】だ。水魔法習得時に自動で覚えられるスキルである。
だが、ゲームでは別にどの属性の魔法でもスキルツリーから習得できたはずだ。
この世界の魔法は才能によって使用できるかどうかが決まるということなのだろうか?
「ヴィンセント坊ちゃま……お気を確かに……」
メルは涙をこらえて、声をかけてくる。
ふーむ、主人の一挙一動に感情移入し、その瞳に涙を浮かべる。
良い心がけだ。君ならば、僕の信用も勝ち取れるかもしれない。精進したまえよ。
「いや、そこまで落ち込んでないから」
「そうですか……? 我慢はよくありませんよ……?」
……ちょっと僕のこと舐めてないか?
というか、ここがゲーム世界ならステータスを確認する方法はあるのだろうか。
アニメとかラノベでは定番のあれだ。
失敗したら恥ずかしいので小さく呟いてみる。
「ステータス……」
ブォンという音を発し、目の前に半透明のウィンドウが展開された。
出た!すごい!
単なる思い付きだったが、やはり定番とは裏切らないものだな。
どれどれ……?
ほうほう、MPとINTが高い……。
いや、LUC低いなッ!死ぬからか?死ぬからなのか!?
気分を害したので、視線を下にずらしてスキルを確認する。
スキルについては特に語るべきところもない。
水魔法!ウォーターボール!
まあ、レベル1だからこんなものか。
というかこれは他人にも見えているのだろうか?
メイドのメルがじっとこちらを見ている。
「これ、見える?」
「どれでしょう……? 何かあるんですか?」
どうやら、見えていないようだ。
ほかの人も出せるのだろうか?
「ステータスって、どうやって確認してる?」
「すてーたす、ですか? それはいったい何でしょうか?」
「ほら、HPとかMPとか、レベルとかを確認するやつだよ」
「……あ! それはもしかして魂魄昇華のことでしょうか? でも坊ちゃま、魂魄の格も重要ですが、魔法を覚えたいのであれば、お勉強あるのみです! 今から努力を続ければ、大魔導士にすらなれてしまうかもしれません!」
メルが薄い胸を目一杯張って威張っている。
「……魂魄……えっとなんて?」
「……ッ!まだ成長期ですッ!」
なにやら自身の胸を隠し、顔を真っ赤にするメル。
何を勘違いしているのかは知らないが、いわれのないレッテルを貼るのはやめてほしい。
ああ、確かに思ったよ。薄いなって。
だからなんだ。悪役貴族ならセクハラの一つや二つ朝飯前さ!
というか、今は、胸部のレベルアップの話はしていない!
「……メル、僕は今とても重要な話をしているんだ」
「そうです! 私にはとても重要なことなのです!」
眉尻をキリリと持ち上げ、頬を膨らませている。
ああ、確かに重要なことだ。
それは僕にとっても、全世界の男子にとってもね。
でも今はそんな話はしてないんだっ?
「そんなことより! その魂魄なんとかって何?」
「そ、そんなこと……」
うるうると涙を湛え、悲しそうな表情をする。
そんなことはそんなことだ。
黙って続きを促すと、メルは不服そうに口を開く。
「……はい、私も詳しくはありませんが、魔物を倒すと、力が強くなったり、魔力量が上がったり、魂魄の格が上がるのだそうですよ」
「魂魄の格……?」
“魂”は精神や意志、そして“魄”は肉体や生命力といった意味があるから、ゲームで言うステータスに似た意味を持っているのかもしれない。
「私もレベルアップしたことないのでわかりません!」
メルは、鼻息を勢いよく吐き出して威張る。
「じゃあレベルは、どうやって確認しているんだ?」
「ヴィンセント坊ちゃまは魔物を倒したことがありますか?」
「……ないけど。……それが?」
「じゃあレベル1です! 私とおそろいですね!」
何が楽しいのか、ニパッと笑みを浮かべる。
それはその通りなのだが、面と向かって言われるとちょっと悔しさがあるな……。
というか、今のレベルを聞きたかったわけじゃないのだが……。
これも僕のコミュニケーション能力の欠如が招く弊害というやつなのだろうか。
「まあそうなんだけど……そうじゃなくて、どうやってレベルを判定するんだ?」
「魂魄の重さを判定する虚鏡という魔道具を使います」
なるほど、魔道具で判定しているのか。
おそらく、ゲームでのレベルというのは、現実となったこの世界では、魂魄という概念に置き換えられているということだろう。
機会があれば一度その魔道具を使ってみたいものだ。
*
その後、水魔法の【ウォーターボール】の練習をひたすらに重ねた。
最終的には、鼻くそをほじっていても、形状を維持できる程度にはなったが、空中に浮かぶそれを動かそうとすると途端に難しくなるのだから、魔法とは奥深いものだと思った。
さらに、水を作り続けていると、徐々に体が重くなり頭が痛くなってきた。
おそらくマナが欠乏していると陥る状態なのだろう。
MP残量的にあと数回は使えるだろうが、この時点ですでに辛すぎる。
完全に枯渇するとどうなるか不安だったため、今日はこの辺で切り上げることにした。
まあ、最初から全力全開で頑張る必要もないだろう。
自己研鑽だけが、重要なわけではないのだから。
ふと辺りを見渡すと、奇麗に手入れされていた芝生がびしょびしょに濡れていることに気付いた。
庭の隅のほうでは、メルが庭師らしき人物に怒られている。
彼女はチラチラと僕のほうを見てきたが、見て見ぬふりをして屋敷に戻った。
……ごめんね。僕が他人を救うのは、僕の裁量次第だと決めたんだ……。
だから、今回だけは身代わりになってもらおうかな……。
若干の後ろめたさを感じつつ、そそくさと自室に戻るのだった。




