第2話 悪役貴族に転生した
「はぁっ!」
目が覚めると、見知らぬ天井があった。
ふかふかのベッドから、ほんのり漂う石鹸の香り。
落ち着いた色調の高級そうな家具。まるで、貴族の寝室という感じだ。
いや、おかしい。何かがおかしい。
僕の頭がおかしくなったのだろうか。
自室のベッドはこんなに柔らかくないし、こんなに良い匂いもしなかった。
なにより、もっと庶民的な、具体的には夫婦共働きの核家族的一人息子にあてがわれた、3LDKマンションの一室のような作りだったはずだ。
強烈な違和感を覚えて飛び起きる。
僕の頭が狂ったわけではないのだとしたら、さっきまでゲームをしていたはずだ。
はて?あまりにも現実味がなさすぎる状況に頭を捻る。
ほどなくして、僕の頭に電球がピコンと灯り、一つの答えを導き出す。
……ははーん。わかったぞ。
どうやら、僕はゲーム中に寝落ちしたようだ。
つまり、目が覚めたと思っていたが、それは巧妙なトラップであり、実は夢の始まりだったという、ひどくややこしい話なのだ。
そうでなければ、このような非現実的な状況など、説明できるはずもない。
ふんふんと一人納得していると、突然耳元で声が聞こえる。
「……っ! 目が覚めたのですね……!」
「きゃあッ!」
ドクンッと脈打つ心臓の鼓動に連動し、身体が跳ねる。
何者だっ!声の出どころに視線を向けると、そこにはメイド風の少女が佇んでいた。……いつからそこに!
わずかにウェーブがかかった栗色のセミロングの髪。
年齢は十代前半だろうか、あどけない顔立ちの少女。
大きな瞳は不安に揺れており、心なしか顔色はよくない。
「ヴィンセント坊ちゃま……! ご無事で何よりです……」
ヴィンセント……なんとなく聞き覚えがある。
あまりにも広大なベッドを這うように抜け出し、脇にある姿見を覗き込む。
どこかで見たような顔の少年が、そこにいた。
顔の輪郭に沿うようにさらりと伸びる金髪。
やや吊り上がった眉と、深紅の瞳を宿す切れ長の目からは、高慢さが滲む。
頬には年齢相応の丸みが残り、幼さを感じさせる。
「こ、これは……! ……誰だ……?」
「坊ちゃま、まだ動いてはいけません!」
どこかで見たことがあるような……気がする。
ヴィンセント……うーん……そうだ……ヴィンセント――ヴィンセント・ヴァン・ヴァンデルシュタイン。
恋愛と戦闘の両方が楽しめるギャルゲー“セレスティア・クロニクル”。
略してセレクロに出てくる悪役貴族ヴィンセント。
でもまさか……あり得ない。確かに見た目はどことなく雰囲気が似ているけど、ゲームより幼いし、ヴィンセントなどよくある名前だ。
いやそもそも、何処のヴィンセント氏かは知らないが、その身体に僕の意識があること自体がおかしい話ではある。
「あのさ、こんなこと聞くのはおかしいかもしれないけど……僕の名前ってなんだっけ?」
隣であわあわしているメイドに尋ねると、みるみるうちに顔が青くなっていく。
初対面で失礼だが、なんだか、そそっかしそうな子という印象を受ける。
「……ッ!! 記憶を失うほど、強く頭を打たれてしまったのですね!? 今お医者様を……!」
「あ……ちょっと……!」
メイドは、悲鳴に近い叫び声を上げ、部屋を飛び出していく。
広い部屋にポツンと一人取り残されたのだった。
*
その後、慌てたメイドが連れてきた医者に質問攻めにされた。
メイドの彼女が言うには、僕は階段から転落し、頭部を強かに打ちつけたとのことだ。打ち所が悪ければ最悪命を失っていたそうな。生きていて良かったな、ヴィンセント氏。
そんなこんなで、なんやかんやあって、元々あったヴィンセント氏の記憶が失われ、前世での僕の記憶が蘇ったのだろう。……どういうことだ。自分で言ってても意味がわからない。
彼らの話を聞いてわかったことだが、どうやらここは僕が知っているセレスティア・クロニクルというギャルゲーの世界であるようだ。夢だよね?
そして何より絶望的な事実として――全ルート死亡確定の悪役貴族に転生してしまったらしい。いや、夢のはずさ。
セレクロはアクション要素があるギャルゲーで、ヴィンセントは能力が高いボスキャラではあったが、対策が容易なため、プレイヤーのおもちゃにされていた。
しかも、凌辱、裏取引き、暗殺などの数々の犯罪行為を繰り返すため、セレクロファンからは相当に恨まれており、SNSでは彼の凄惨な死にざまのイラストが飛びかっていたほどである。
そんな嫌われキャラで死亡率百パーセントのヴィンセント・ヴァン・ヴァンデルシュタインに転生をすることになったのだ。これは悪い夢……。
……いやぁ、酷い夢だなぁ。
でも、夢でないとしたら僕は数年後、確定で死んでしまうということだ。
神様、そんなの理不尽すぎやしませんか。
だって聞いてほしい。僕が転生したということは元の世界で死んだってことだろう?その数年後にまた死を迎えるとはこれ如何に。
前世では、そんなに悪いことしてないと思うんです。
これと言って良いことも特にはしていないが……。それにしたってこんなのあんまりだ!横暴だ!基本的人権の侵害!
ちくしょう……!絶対に――絶対に生き残ってやるッ!




