↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/15

第1話 史上最凶の極悪貴族

 迷宮《ダンジョン》の中に、金属が打ち合う音と怒号が響き渡る。


 一帯にはむせ返るほどの腐臭が充満しており、空気は酷く濁っている。

 周囲には、ゾンビの群れ。

 今にも零れ落ちそうな腐った肉、隙間から見えるは骨。

 腐敗した肉と臓物をまき散らしながら、一心不乱に暴れているが、一体一体は大した強さではない。


「ヴィンス坊ちゃま! 危険ですッ!」


「セバス、僕に口出しするんじゃない! これは定められた運命なのだ!」


 執事服を纏うセバスチャンが声を荒げる。

 彼の制止を振り切り、腰に下げた刀を抜き放ち、一人飛び出していく。


「皆の者、早く坊ちゃまを援護しなさい!」


「わかっているッ! だが、坊ちゃまが自分から離れていくのだから仕方ないだろう!」


「それを追いかけるのです! それでもヴァンデルシュタイン家の騎士ですか!」


「追いかけた末に、こんな深い階層に来たことを分かっていないのかッ!」


 すでに戦闘開始から一時間ほど経過しており、五名の騎士が僕を守るようにしてゾンビと交戦を続けている。


 懐から取り出したるは聖水。

 神聖な祈りが込められた水であり、アンデットに対して強力な浄化作用を持つ。


 細かい意匠が施された瓶の蓋を開けて、刀身に振りかける。

 この迷宮《ダンジョン》の攻略に高い金を出して大量に購入した特上の品だ。


「腐肉風情が、僕の血となり肉となり糧となることを光栄に思うがいい!」


 中身ではなく、その容器に金がかかっているようにも思えるが、効果は一級。

 寄ってくるゾンビを袈裟懸けに斬り捨てると、傷口を起点に浄化が始まり、その身体を消滅させる。


 ――レベルアップしました。


「よし、レベルが上がった! ……腐肉人間ども、束になってかかって来い! まとめて相手になってやるッ!」


 視界の端に流れるログを確認し、自然と口の端が吊り上がる。


「坊ちゃま、あまり挑発せぬよう! 守り切れませぬ!」


 騎士の一人が大量のゾンビに襲われながら、悲鳴を上げる。


「腐肉に人間の言葉などわかるものか! はーはっは!」


 調子に乗って目を離した隙に、後続のゾンビが骨の外れた腕を鞭のように振るってくる。


「……っ!」


 軌道が読みにくい。ならばと距離を取り、聖水の瓶を投げつける。

 皮膚が爛れ落ちて露出した頭蓋にクリーンヒット。中身の聖水を頭から被ったゾンビは瞬く間に浄化していく。

 振るわれた腕が目の前に来たところで消滅した。

 グロテスクな肉片が足元にべちゃりと落ちて消える。


 ひっ!


「……服が汚れたらどうするッ!」


 こんなところで僕は死ぬわけはないので、目下の不安要素は、肉片が付着するかもしれない恐怖からくるストレスだ。

 だが、僕が死亡フラグを回避するためには、まずは自身の強化をする必要がある。

 服に付くのは諦めるとして、口にだけは入らないようにしよう。


 ふっと気を抜いたところに、赤黒い物体が飛び掛かってくる。


「坊ちゃま、危ない!」


 騎士の一人がそれを斬り伏せる。

 人間の頭部ほどの大きさの肉塊に、昆虫の足のようなものが生えた気味の悪い生物が両断され、どくどくとどす黒い緑色の液体を垂れ流していた。

 よく見ると、肉の皺が人の顔を模しているようにも見える。


 そうこうしているうちに、ゾンビたちがわらわらと集まってくる。

 おそらく、ゾンビたちだけであれば、いずれ殲滅できるだろう。

 しかし、それに加えて、謎生物も定期的に飛び掛かってくるのでたまったものではない。

 生に執着するアンデットは、生気に寄って来るものだ。

 このままでは埒が明かない。


「坊ちゃま、ここは一旦引きましょう! これ以上は我々も守り切れません!」


「何を言っているッ! 誇りあるヴァンデルシュタイン家の人間に対し、背を見せて逃げろと言うつもりか!」


 安心するが良いさ。僕は死なない。

 ここは無理にでも押し通らせてもらう!

 それにこんな美味しいシチュエーション、しゃぶりつくさずしてゲーマーは名乗れない!

 いわばチュートリアル前のボーナスステージみたいなものなのだから!


「け、決してそのようなことは……ですが、このままではいずれ……」


 うーん……確かに、結構倒しているが全然数が減っている気がしない。

 ゾンビは着実に減らせているが、問題は肉塊昆虫だ。

 定期的に始末してはいるが、増えていく一方である。

 いずれは、押し潰されてしまうだろう。

 ……というかもう半分潰れかけている。


「頭を叩くッ!」


 アンデットたちの後方で蠢くひと際大きな異形。

 人間のような身体の背中から、その身体の二倍ほどの大きさの肉の塊が飛び出し、そこから生える節足動物のような、複数の節のある六本の足と鎌のような二本の腕。

 体高は五メートルほどになるだろう。

 顔面は十字に割れて、めくれ上がった皮膚の裏にびっしりと並ぶ無数の歯。

 股の間から生えたカマキリの腹のように盛り上がった肉から、粘液の糸を引きながら肉の塊を産み出している。


 ――屍食鬼《グール》。


 食った死体の特徴を得る、一等危険な魔物である。

 食えば食うほど成長するなど、まさしく化け物だ。

 こいつが肉塊昆虫を延々と産み出しているのだから、一向に数が減らない。


「坊ちゃま、あれは無理です……!」


「ついてこい、皆の者ッ!!」


 騎士の言葉を無視して陣形から飛び出す。


「坊ちゃまっ!!」


 慌てた騎士を無視して特攻する。

 ここからは、剣術の成長のために温存していた魔法の出番である。


「そのでかい体が命取りだ! ――喰らえ、我が最強魔術! 魔法式展開――【アイシクルピアス】」


 魔力を練り上げ、術式を組み上げる。

 空中に複数の魔法陣が展開されると同時に、鋭い氷の礫が幾重にも降り注ぐ。


「うぉおおおおおお!! 僕の経験値になるが良いッ!!」


 大量に飛来する魔法の雨が、周囲のゾンビや肉塊昆虫どもを巻き添えにして、土埃を舞い上げる。

 レベルアップログが流れるのを視界の端に捉え、それなりの数をまとめて始末できたことを確認する。


「はぁはぁ……これだけ撃てば……」


「グォォォオオオオオオ!!」


 今まで不気味なほど静かだった屍食鬼《グール》が、空気を震わせ、土埃が吹き飛ぶほどの雄叫びを上げる。

 その咆哮を一身に受け、思考が一瞬止まる――怯みスキルかッ!?


「くッ……! なにくそぉぉぉおおおお!! 【気力活性】!」


 怯み状態を気合で跳ね除け、スキル【気力活性】により、身体能力を上げながら特攻する。

 僕の放った魔術により、奴の身体には複数の傷が付いていたが、それでも致命傷には程遠い。


「……っ!ヴィンセント様をお守りしろぉッ!」


 背後から、騎士たちの取り乱す声が聞こえる。だが、そんなこと関係ない!

 奴の身を支える脚を切断するべく突っ込む。

 屍食鬼《グール》はそれを迎え撃つようにして、不気味なほどに長い鎌の生えた両腕を振り上げた。


「うぉぉぉおおおおお!!」


 走る勢いのまま、刀を横なぎに振るう。

 しかし、屍食鬼《グール》の攻撃速度のほうが早く、このままではこちらの攻撃は届かず、それどころか、体を真っ二つにされてしまうだろう。

 だが、心配することはない。


「まだ、ゲーム本編は始まっていない。僕が生き残ることは確定しているのだッ!」


 屍食鬼《グール》の凶刃が迫る。


「ヴィンス坊ちゃまッ!!」


 セバスの叫び声が迷宮《ダンジョン》内に響き渡る。

 僕の体を裂こうというその刹那――


「なんとしても守れぇ!! ぎゃぁああぁあああああ!!」


 振り下ろされる屍食鬼《グール》の鎌から、騎士が身を挺して僕を守る。

 ぶ厚い鎧が拉げて、騎士の一人が吹き飛ばされる。


 自分から攻撃に当たりに行くとは、馬鹿な奴だ。

 なぜなら、僕はゲーム本編が始まるまでは、死ぬことはない。

 僕が死ぬのは、死亡イベントのあとなのだから!


「うぉぉおおおおおお!」


 吹き飛ばされた騎士に目もくれず、屍食鬼《グール》の脚を斬り付ける。

 一刀のもとに細く長い脚を両断し、支えの一つがなくなった奴はバランスを崩している。

 どうやら、剣術も爆発的に成長しているようだ。

 これも全ては、死亡イベントを迎えるまで死なないことを逆手に取った僕以外には不可能であろう経験値の荒稼ぎによるものだ。

 死を克服した僕に怖いものはない!


「グゴォォオォオオオオ!!」


 その隙に、屍食鬼《グール》の脚を一つずつ両断していくと、その脚を再生させながら、味方のアンデットどもすらも巻き込み、両腕の大鎌をがむしゃらに振るう。


「再生能力もあるのか……小癪なッ!」


 奴の鋭い鎌を一太刀でも浴びれば、齢十四歳の少年の体など、ひとたまりもないだろう。

 だが、恐怖で剣筋が鈍ることはない。


 僕を細切れにせんと、巨大な鎌が迫る――


「死んでも守れぇッ! ぐぁぁああああ!!」「ぎゃぁああああ! 絶対骨折れたぁ!!」「くそがぁぁああ! なんでノーガードなんだぁああ!」


 後続の騎士たちが次々に体を投げ出して、屍食鬼《グール》の凶刃を防いでいく。


 まったくどうしようもない奴らだ!

 僕はどうせ死なないんだから、お前たちの援護は必要ないというのがわからんのかッ!

 ……いや、これも死亡イベントを迎えるまで、僕を死なせないため、世界が仕向けていることなのか?

 だとすれば、僕を中心にこの世界が回っているということだ。

 ならば!お前たちのその命――僕のために使い果たすが良い!


「名もなき魔物よ!このヴィンセント・ヴァン・ヴァンデルシュタイン――辺境伯家の次男にして、史上最凶の極悪貴族。その僕を前にして、なおも立ちはだかろうとは……我が絶技を披露するに値する!」


 屍食鬼《グール》の攻撃で吹き飛ばされた騎士たちが、雨のように降りしきる中、刀を鞘に戻し、自らの内なる力『マナ』へと語りかけた。


「居合・上位式展開――」


 足元に陣が浮かび上がり、魔力が波紋のように全身を駆け巡る。


 スキル【気力活性】により無理矢理引き上げられた力を存分に活かし、体を捻って壁を蹴ると、五メートルほどの高さまで飛び上がり、長い脚に支えられた奴の顔面へそのままの勢いで飛び込んでいく。


「【鷺抜】」


 意識することもなく、身体が動いた。

 ニューロンより発生した電気信号がシナプスを介して伝わり、全身の筋肉に命令を下す。

 命令を受けた筋組織一つひとつが、寸毫も乱れることなく、一つの動作に収束し、定められた型を再現。

 鞘が鳴り、閃きが走る。


 ――残心。


 一瞬の静寂。風すら息を潜める。


 次の瞬間、空気を断つような閃光とともに、風が逆巻く。

 様々な生物の特徴をなした異質な肉塊に幾重もの筋が走り、数拍ののち、音もなくその肉体を消滅させた。


「……どうだ? 僕でも倒せただろ?」


 周りの騎士に問いかけるが、うめき声をあげるばかりで返事はない。

 騎士たちは、一人残らず地面に倒れ伏しているが、死者はいないようだ。


 取り巻きの敵についても、屍食鬼《グール》との戦闘に巻き込まれて大きく数を減らし、原型を留めていても、まともに動ける奴は残っていない。


 大量に流れるログに、だらしなく頬が緩む。


「どうやら僕は、また一つ壁を越えたようだ。ふふ……順調だ……」


「坊ちゃま!大丈夫ですか……!?もうこんな無茶なことは……」


 焦った様子を滲ませた執事のセバスチャンが、どこかぎこちないフォームでこちらに駆けてくる。


「心配しすぎだ、セバス! いいか、僕はな――」


 彼のほうへ振り返り、こう答えた。


「――死亡イベントが来るまでは、絶対に死なないのだッ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。