第17話 悪党としての格
突然響き渡る悲鳴に、この場の全員の視線が集まる。
賊の親玉であるゲイル・ジョーンズが、フランチェスカを拘束し、剣を突き付けていた。
「お嬢様ッ! ……貴様ッ、その手を離せ!」
シルヴィアは傷を負い、膝をついており、酷く憔悴した様子だった。
「お、お前ら、動くんじゃねぇッ!! 調子に乗るのはそこまでだ! 武器を下せ!」
フランチェスカを拘束したゲイルは、唾を飛ばしながら、焦燥に表情を歪ませる。
ゲイルの右後方を見ると、メイドのメルが腹から血を流して横たわり、ピクリとも動かない。
――ありえない……こいつはまさか。
「近づくな! 俺たちを見逃せ! でなければ――こいつを殺す……!」
フランチェスカを人質に取り、メイドのメルを切り裂いたであろう赤い血が滴るブロードソードをフランチェスカの首筋に突きつけたまま、声を張り上げる。
展開させた陣からゲイルに視線を移し、立ち上がる。
――間違いない……やりやがったッ……!
「い、いやぁぁ……」
フランチェスカはエメラルドグリーンの瞳に涙を湛え、小さく声を零す。
「はわわわ……私は関係ありませぬ……!」
セバスは離れたところで頭を抱えて丸くなっている。
「……くっ……お嬢様を、どうするつもりだ……!」
シルヴィアはゲイルを刺激させないようにしているのか、静かに口を開く。
しかし、その身体は怒りに震えているように見える。
「こいつは俺たちが安全に逃げるための盾だ! 殺したりはしない!」
「そのあとはどうなる……!」
シルヴィアは歯を食いしばり、辛抱強く交渉する。
「ちゃんと解放してやる。運が良ければ助かるかもしれない」
「信じられるか! 行方が分からなくなった時点で、解放されたかどうかなど、確認のしようがない。素直に解放されるとは到底思えない!」
ゲイル・ジョーンズ……許せないッ!
――僕を差し置いて、人質を取るなんて!!
それは、僕の専売特許だろうがァッ!!
ゆらりと一歩足を踏み出す。
「おいッ! 悪鬼! 動くんじゃねぇ! この状況が目に入らないのかッ!」
しかも、それだけで飽き足らず、僕の召使い第一号をも手にかけてくれたわけだ。
……何してくれとるんじゃ、ワレェ!
真っ赤に染まった視界の中、ギロリと下手人に焦点を合わせ、さらに一歩踏み出す。
「お、おい! 聞こえねぇのか! こいつを殺されてもいいのか!」
ゲイルはフランチェスカをぐっと引き寄せ、彼女の目の前に刃をちらつかせる。
「い、いやぁ!!」
「お嬢様ッ! ……ヴィンセント様、お待ちください!」
悲鳴を上げるフランチェスカを見て、僕を引き止めようとするシルヴィア。
「き、きひひ、ぎゃははは……ギャーハッハッハッ!!」
僕を相手に人質戦法とは――こいつは笑いが止まらないな。
「お、お前……く、くくく狂ってやがるのかッ!」
引き攣った表情のゲイル。恐怖でガタガタと震えている。
人質というのは、交渉ができる相手にこそ有効なものだ。
僕にそんなものは通用しないと理解しろ。
お前の目論見をすべて潰すことで証明してみせよう。
どちらが悪党として格上なのかをッ!!
刺すような視線でゲイルの姿を捉える。
「殺すのか……?」
「あ、ああ、お前が止まらない限りなッ!」
「そうなれば、お前は死ぬ」
一歩踏み出す。
「お、お前が止まれば済む話だ! そ、そそ、それでお前の大事な妹は助かる!」
ゲイルが一歩後退る。
「ク……クク……クッハハハハ!! ……大事……? 大事だと……?」
「何がおかしいッ!」
「……知っているか? 僕は馬車の中でその妹に殺されかけたんだ……そんな奴を僕が大事にしているとでも……?」
「……! で、でたらめだッ!」
「嘘だと思うのなら、そこのメイドに聞いてみるといい。そこの妹が命じて、実際に僕を殺そうとした張本人だ」
「ぐ……! ……し、しかしヴィンセント様! 私はどうなっても構いません! だからお願いします! お嬢様だけは助けてくださいッ……!」
シルヴィアは血が出るほどに唇を噛み、頭を地面に擦り付ける。
「シルヴィア……!」
フランチェスカが悲痛な声を上げる。
「この通りだ。つまり、その人質は何の役にも立たないということがわかったか?」
一歩前へ。
ゲイルの後方に一瞬視線を移す。
「…………あ、ああ……そんな……嘘だ……」
現実逃避するゲイルに改めて問いかける。
「殺すのか……?」
「……ッ!! い、いや俺は……」
狼狽したように視線をうろつかせる。
「いいぞ殺してみろ。その時がお前の命日となる!」
深く沈み込み、一気に地面を蹴った。
ゲイルに向かって一直線に走り出す。
「ヴィンセント様ッ! させませんッ!」
負傷しているシルヴィアが、遅れて僕に追いすがるが、伸ばした手は空を切る。
ゲイルとの距離、五メートル。
「……や、やめろ……やめろぉぉぉおおおおおお!!」
自暴自棄になったゲイルが剣を振り上げた。
世界がコマ送りになる。
ゲイルとの距離、三メートル。
振り下ろされる剣がフランチェスカの首筋に到達するまで一秒とない。
腰に下がる刀に手を掛ける。
【一閃】――深く大きく踏み込む。間合いの外から抜かれる刃。
伸びる斬撃。だが、わずかに届かない。
フランチェスカの首にゲイルのブロードソードが触れ――
「ミッションを完遂しろ! メイドのメルッ!!」
「てやぁぁああああああッ!」
僕が叫ぶのと同時に、腹に薄い水の膜を纏わせたメイドのメルが、気の抜けるような叫び声とともに体を丸めながら、ゲイルの左脇腹に衝突した。
「……なっ!?」
その衝撃にゲイルが体勢を崩し、フランチェスカを手放した。
メイドのメルが作ったその一瞬により、居合のスキルで大きく距離を詰めた僕の到着が間に合った。
ゲイルとの距離、一メートル。
「僕の前で人質を利用したことを後悔するがいいッ!!」
――ザンッ!
水平、左方向に振るった刀が、ゲイルの右の上腕に食い込み、肉を裂き、骨を断ち斬った。
残心。
「……ッガァァああああああ!! マァダダァアアア!!」
獣のような悲鳴を上げながらも、次の瞬間には左手で落ちていた剣を拾い上げて斬りかかってくる――。
右足を引き、左に振り払った刀を流れるように右上に斬り上げ、左腕をも断ち斬った。
「ッゴァァアアアアアアア!! チクショウガァァァアアアアア!!」
名前:ゲイル・ジョーンズ
HP:■■□□□□□□□□
状態異常:両腕欠損、失血
やばい!結構ダメージ受けてる!
慌てて【ウォーターヒール】を発動すると、ゲイルの体に薄い水の膜が纏わりつく。
……ふう。僅かずつだが、徐々に回復していっているようだ。
どうやら、ヘンリックが両腕を失い、それでも体力が半分も残っていたのは、VITが高かったからのようだ。
さて……最後の仕上げだ!
ゲイルの頭を掴みながら、重たい体を高く掲げる。
「……お前たちの頼りにしていた親分はこの通り僕のコレクションになることが決定したッ! 同じ末路を辿りたくなかったら、おとなしく投降しろ!!」
まだまともに動ける十数人の賊は、その誰もが疲れ切ったような、それとも人生を諦めてしまったかのような表情をして、皆一様に武器を下げたのだった。
*
すべてが終わったころには、日は完全に落ちていた。
僕たちは焚火を炊き、腰を下ろす。
周りでは騎士たちが賊を縛り上げて、それをせっせと地面に並べていく。
戦闘の結果、騎士と賊を合わせて死亡者三名、負傷者八名。そして投降した賊が十二名。
負傷者については、騎士たちが適切に処置を済ませた。
失った腕はというと、教会で高いお布施を払えば生やしてくれるらしい。
教会、便利すぎる……。
なお、死線を乗り越えた者たちの様子はというと。
「おじょうちゃまぁぁああああ! なでなでちてぇっ!!」
「ふふ……よちよち。いい子ね、シルヴィア……」
赤ちゃんメイドが赤ちゃん化し、それをなにやら恍惚としたような表情で撫でているフランチェスカ。
いや、普通逆だろうと思うが、彼女らにとってはそれがあるべき姿であるようだった。
というか、フランチェスカの奴、完全にシルヴィアを手懐けていやがる。
さすがは悪役貴族ヴィンセント先輩の妹、といったところだろうか。
「さすが坊ちゃまですなっ! セバスは最初から信じておりましたぞぉ! さて、さっそく……」
セバスは調子のいいことを言いながら、なにやら手足を縛られ転がされている賊の懐に手を突っ込み、まさぐり始めた。
「な、なにすんだ爺! 俺はノンケだ!」
……いや、そうじゃないと思う。
単純に金目の物を探しているのではないだろうか。
本当に逞しい悪党である。
こいつはほっといても大丈夫だろう。
「さて、メイドのメル。ミッション完了だ。褒めてつかわそう」
「へ、へへ……メイドのメル、やりました……!」
敷かれた布に横たわる我が召使い。
メイドのメルの奮闘がなければ、フランチェスカは無事では済まず、僕の悪党としてのプライドもズタズタであっただろう。
さすがは悪役貴族に仕える第一のしもべである。
「今はゆっくりと休むがいい! 我がしもべよ!」
「……ヴィンス坊ちゃまは、また私を助けてくれました」
一度目は、昔の僕が僕じゃなかったときのヴィンセントのことだろう。
「ふん、別にお前を助けたわけじゃない。お前に託したミッションが中途半端に放り投げられたままだったからな」
「はいっ……! みっしょんできるようにしていただき、ありがとうございます……!」
ふにゃふにゃとした顔をしながら、そんなことを言う。
「ふう、僕もなんだか疲れた……」
メルのふにゃっとした顔を見ていると、ずっと張りっぱなしだった気が抜けて眠くなってくる。
「メルももう寝たほうが……って寝てるし……」
気が付いたら、既にメルは、すぴー、と鼻に提灯を作って眠っていた。
あとは騎士たちに任せても問題ないだろうし、僕もそろそろ寝ようかな。
あくびを一つ、馬車の中に寝床を求めてその場を立ち去ったのだった。




